第10話『それでも彼らは斯く告げる -Shout the oath.-』
「……………………、え?」
呆然としたイルの声が、僕の耳に届く。
だけど、それも当然だろう。
イルだけじゃない。イルの隣にいるシアやアンジェだって、驚愕に目を見開いている。
カタストラス・ヘプターという男が告げた言葉は、僕達にも大きな衝撃を与えていた。
「光の……巫女」
それは、霊獣国テヴィエスにおける最高存在。
シーベールに住む僕だって知ってる。
それくらい、『光の巫女』という名前は、大きい。
「――――、」
イルが『光の巫女』だという事実。
これまでのことを振り返ってみれば、嘘だという可能性はゼロじゃなかった。
なぜなら、イルはテヴィエス人だ。
初めて出逢った時、彼女が着ていたのは、あの国特有の衣装……『着物』だった。
あの時、イルの身なりはボロボロだった。
そしてイルは、船乗りに助けられたという。
……ならば、イルがぼろぼろだった理由は。
かの国にて、カタストラスに追われて……そして、海に落ちてしまったからなのではないか。
消えない恐怖。刻まれた恐怖。それは、カタストラスによるモノで。
だからイルは、カタストラスに恐怖していたのではないか。
海に落ちたイルはそのまま、船乗りに……アーロンさんに助けられて、そして――シーベールに来た。
飛躍した発想だが……そう、考えれば。
辻褄は、合う。
「――――、」
イルの様子を、見る。
イルは、未だ震えていて、目の端には透明の雫が浮かび上がっていた。顔は真っ青で、呆然としている。
「イル……イルが、光の巫女……? 光の巫女って……? イルはだれ? なん、なの……? わかんない……わかんないよぅ…………」
「イルちゃん! 落ち着いて!」
「シア……? イルは、イルは……っ!!」
「だいじょうぶ、大丈夫だから……」
不安定な状態に陥ったイルを、シアが抱きしめ、落ち着かせる。
そんなイルの様子を見て、カタストラスは小さく呟く。
「……なるほど、『光の巫女』は記憶を失っている、というワケか。――まぁ、だからと言って俺がすべきコトには変わりないが」
「――っ。あなたは、いったいなんでイルを狙っているんですか」
そもそも、それが理解できなかった。
仮に、イルが『光の巫女』だとして……だったら、なぜ天辰理想教はイルを狙うのか。
「――それが、俺に与えられた使命だからだよ、『双星』」
「ッ……その『双星』だって、意味がわからない。なんであなたは、僕をそういう風に呼ぶんですか……!?」
「言っただろう。真実を知ろうが知るまいが、貴様がここにいるという事実がすべてなのだと。ゆえに俺から言うことは何も無い。……だが、ひとつ、言うのであれば。
貴様は未だその力を使いこなせていない。いいや――貴様に足りないのは"覚悟"だ。本来、その力があれば、俺など容易に斃せる。それほどまでに、その力は特異なのだ。だが……貴様が俺を斃せていないのは、ひとえに"覚悟"を背負っていないからだ。
俺を殺す――という、な」
「………、ッ」
「『殺さずに戦いを終わらせる』などというのは、ただの理想論だ。砂糖菓子のように甘い、子供が抱く柔な理想。異なる信念がひとたび衝突すれば、そこには必ず傷が生まれる。その果てに、死がある。殺し合いというのは、結果が定まった単純な競争だ。
俺は貴様を最初から殺すつもりでいる。
貴様は俺を最初から殺すつもりがない。
結局のところ、この"差"なのだよ。俺と貴様を隔てるモノは。よく言われないか? 貴様は『甘い』と」
「―――!」
『甘い』――それは、シオン・ミルファクを形容する言葉のひとつだろう。
――『このひとはね、底抜けなお人好しだから、心の底からあなたを助けようと思ってる』
――『要は、またおまえのお節介ってわけだ。甘いね、相変わらず』
――『………優しいですね、兄さんは』
周囲の人間から、たびたび言われる言葉。
僕だって自覚してるモノ。
シオン・ミルファクは、優しさを捨てきれない甘い人間だ。
だから……僕は、こんな時においても、それを捨てきれない。
殺したくなんかないと、思ってしまうのだ。
「『双星』――たとえ貴様であろうと、我が使命を邪魔するというのなら、俺は貴様を殺す。それだけだ。
ゆえに、巫女を渡すがいい。さもなくば――容赦なく、貴様を殺す」
けれど、相対する男から放たれる殺意は、あまりにも鋭くて。
ここが、僕と彼の"違い"なのだと――僕は、再び、無理矢理思い知らされた。
「――、――……」
……身体は未だ、震えていて。
……心はいまも、怯えていて。
シオン・ミルファクは、殺意の刃に、首下を抑えつけられたまま――動けないでいた。
* * *
「―――――――――、え?」
放たれたテイルム・ヘクサの言葉。
それは、ロート・ニヴェウスの心に、尋常じゃないくらいの衝撃を与えた。
「おま、え………なに、デタラメなこと言って……」
「嘘なんかじゃないよォ。え? なに、信じられない? 仕方ないなァ。じゃあもっと、証拠ってヤツを教えてあげようじゃあないか!」
そう言って、テイルムは大げさな手振りをしながら、言葉を続ける。
「――十年前。夜天星辰王国魔導師団による『アルカディア殲滅戦』が行われたのは知ってるよね?」
「っ……ああ」
「あの作戦のせいで、ぼく達は多大な損害を被った。……それこそ、天辰理想教って組織が表向きに壊滅するくらいにね」
「まぁ下っ端の連中のコトなんてどうでもよかったんだけどね」と、テイルムはけたけた嗤っている。
「おっと、話がズレたね。……そうそう、殲滅戦のことだ。
当時、あの作戦の指揮を執っていたのは――そう、グレン・ミルファクだったんだよ。
いやーほんと、あの男は化物だったよ。たったひとりで、ぼく達の大半を制圧しちゃうし。ただでさえグレン・ミルファクを含めた『黄道十二宮』が全員参加の状況でヤバかったってのに、あんなコトされちゃあ壊滅も仕方ないよねって」
「――、」
その話を聞いて、場違いだが、ロートは少し嬉しくなった。
やはり、自分の憧れた英雄の強さは尋常ではないと。
悪を打ち斃す光は、強かったのだと。
同時に、疑問が過ぎる。
――だったら、なぜ。
グレンは、負けてしまったのか。
「――そういう状況が続いて、こりゃぼく達終わったなってなったんだけど……まァ、アイツも結局は人間だったってわけ。疲労は溜まる、限界は近い。そんな時に――ぼく達の親玉が、彼の前に現われた」
「おまえらの……親玉?」
「そ。天辰理想教の創設者。七星司教のひとりにして、間違いなくこの国で最凶の魔術師――その名を、イデアル・ラ・モルテ。
閃光の英雄グレン・ミルファクは、イデアルと戦って――そして、敗北したのさ」
「―――………、イデアル・ラ・モルテ」
その男が、グレンを殺した者の名前。
「でもまァ、イデアルもそのあと捕まったんだけどね。壮絶な戦いのあと、隙を突かれて王国魔導師団のヤツにポイっと。だからいま、彼は監獄島『ディスペラドゥム』に収監されている。もっとも……それが、偶然だったのか、或いはわざとだったのかは、ぼくも判らないけど」
「……どういう意味だよ、それ」
「判んなくていいよ。
とにもかくにも……こうして、英雄グレンは、イデアルに敗北し死亡。けれどイデアルもディスペラドゥムに収監され『天辰理想教』は表向きには壊滅――これが、十年前の『アルカディア殲滅戦』の顛末だ。どう? 満足してもらえた?」
「――ああ、嫌なくらいに理解したよ、クソッタレが。俺の憎悪に、ひとつ、理由が増えたってコトもな」
告げられた真実を前に、ロート・ニヴェウスの心は一度は動揺したが……心のどこかに、落ち着いている自分が確かにいることを、ロートは感じていた。
熱く昂ぶりすぎて、逆に冷めてしまったのかもしれない。
だから、ロートの視線は、ただ一人――テイルムへと、注がれていた。
敵意を、乗せて。
「……良い眼だ。けど、まだ理解していないのかい?
軍用魔術も使えない。高等魔術も使えない。たったひとつ使えるのは、固有詠唱だけ。でもそれじゃあ、ぼくには勝てないよ。確かに、その年齢でそれだけ戦えるのはすごいコトだ。うん、それだけは認めてあげる。
でもね――キミは井の中の蛙だ。その精神に驕りなど無かったとしても、キミは世界を知らない。上には上がいる。つまり、キミは弱いんだよ。ぼくには勝てない。判るかい?」
「やってみなくちゃ、わかんねェだろうが」
「…………はぁー。もう、分からず屋だなあ。けど……そこが、面白いんだよなァ。くひひっ。
いいよ、じゃあ教えてあげる」
嗤いながら、テイルムは何か呟き始める。それはおそらく、詠唱で。
詠唱しながら、テイルムはひとさし指を真っ直ぐにし、腕を水平に構える。
そして、ロートが瞬きした、次の瞬間だった。
「――――――え?」
ナニカが、頬を掠めた。
つぅー、と。流れていく血液。
ドゴォンッ!と、ロートの後方では、何かが崩れる音がした。
振り返ると、そこには――壁を貫通した建物があった。
「な……っ!?」
――なんだ、いまの魔術は? いや、魔術なのか?
視認できなかった。何が起こったのか理解することもできなかった。
ただ――アレが当たっていれば、間違いなく。
自分は、死んでいた。
「何が起こったのか判らないって顔だね。じゃあ教えてあげよう。
これはね、禁忌魔術【超速電撃砲】っていうんだ。雷属性の魔術でね、こと貫通力っていう面においては、これに勝る魔術はない。『属性槍』とか目じゃないよ。あんなの、これに比べたら児戯も当然さ。それでいて、この速さだ。――当たれば、人間の頭を抉り抜くくらい、容易だ」
「禁忌魔術……だって?」
「うん。――ぼくはこういうのだって使える。けど、ここまでコレを使ってこなかったのは……つまり、今までのぼくは本気じゃなかったってコトなんだなァ。というか、その気になればいつだって、キミなんかすぐ殺せるんだよ」
「…………………っ、あ……――――」
この時、はじめて。
ロート・ニヴェウスに、ある感情が、芽生えた。
それは……恐怖。
初めて、ロートは……死の一端に、触れた。
だからこそ、ソレは何よりも鋭い刃となって、ロートに襲いかかる。
この男は己より強くて、
この男は己をころせる。
――コレは、自分が敵う相手ではない。
その、当たり前のようなことに、今更になって気付く。
思い上がっていた。
強くなったという自負があったから。
油断はするなと、自分に言い聞かせておきながら――心のどこかで、勝てると思っている自分がいた。
それこそが、きっと、何よりも間違っていて――
「きひ……――いい表情するじゃないかァ。ううん、そそるねぇ。そういう絶望しきった表情が、ぼくは大好きだ!!!」
テイルムの狂気に満ちた嗤いでさえ、いまは、恐怖を加速させる。
「さァて―――そろそろ、おわりにしよっか」
ニコッ、と。途端にひとの善い笑みを浮かべ、テイルムは近付いてくる。
「――、――……」
……身体は固く、うごかなくて。
……心は初めて、怖がっている。
ロート・ニヴェウスは、絶望の刃に、首下を抑えつけられたまま――動けないでいた。
* * *
「―――――、」
シオンは考えていた。カタストラスが近付いてくる姿を、視界に映しながら。
「……、」
カタストラス・ヘプター。
理想郷の狂人。
彼の言葉から、彼が使う魔術からは――本物の殺意を感じた。
それは、シオンにとってあまりに縁が無さすぎるモノ。
優しさを捨てきれない少年が持つには、不相応なモノ。
……その差が、自分と彼を隔てていると、カタストラスは言った。
そして――【同時魔核処理】は、本来ならば己を斃せるだけの力がある、とも。
どうして、彼が【同時魔核処理】のことを知っているのかは判らない。
彼が言う、『双星』がなんなのかも、判らない。
けれど、彼は確かに言ったのだ。
この力には、彼を斃せるだけの力があると。
……ならば、足りないモノはひとつ。
己の、"覚悟"だけ。
すなわち、この男を『殺す』のか、否か。
「――――、」
そこまで考えて、シオンはある言葉を思い出していた。
『いいか、力そのものに善悪は無いんだ。大事なのは、その力をどう扱うかということ。
――魔術ってのは殺すモノにもなりえるし、救うモノにもなりえる。……それだけは、忘れないでくれ』
それは、講師の言葉。
自分を案じてくれたからこそ、言ってくれた言葉を。
シオンは、思い出していた。
――魔術とは、殺すモノにもなりえるし、救うモノにもなりえる。
その境界線をどちらに越えるのかは――結局の所、当人次第で。
特異で、常識を越えたこの力を、どう扱うか。
殺すために使うのか。
それとも――
(僕、は―――)
「ぁ、う………し、おん………」
不意に――イルの、震えた声が、シオンの耳に届いた。
イルの方を向く。そこには、シアに抱かれ、恐怖に感情を支配されたイルの姿があった。
「―――――、っ」
そんなイルの姿を見て、シオンは、思い出す。
――僕は、あの時、何を誓った?
己の心に、問いを投げる。
イルと初めて出逢った時。
イルと過ごした日々の中。
イルと視た優しい黄昏で。
僕は――誓ったんじゃないのか。
――この子を、見守り、護ると。
だから、僕は――
* * *
「―――――、」
ロートは、考えていた。テイルムが近付いてくる姿を、視界に映しながら。
「……、」
テイルム・ヘクサ。
理想郷の狂人。
彼の態度は、ここまでずっと軽薄なままだ。
巫山戯ていて、おかしい。
狂人を体現したかのような男。
ここまでずっと、彼は、本気で戦ってなどいなかった。
それでいて、あの強さだ。
きっと、彼にとってはロートとの戦いも、『遊び』の一環でしかなくて。
それなのに、ロートは『斃す』などと、思い上がっていて。
だからこそ、思い知らされたのだ。
勝てない、と。
はじめて、ロート・ニヴェウスは――"絶望"を識った。
ロートにとって、『天辰理想教』とは憎悪の象徴だ。
いずれ斃すと誓ったモノ。
どうあっても、赦せないモノ。
だからロートは、力を付けた。
固有詠唱も会得した。
憧れた師のような速さを、求めて。
その果てに、奴らを斃すと。
けれど――憧れた英雄は、憎むべき者達の手によって殺されたことを知った。
手にかけた者が眼前に立つ狂人ではないにしても、天辰理想教がやったという事実には変わりない。
……井の中の蛙、と。奴は言った。
きっと、そのたとえは間違いでもなんでもなくて。
ゆえにロートは、理解してしまったのだ。
ロート・ニヴェウスでは、テイルム・ヘクサに――『天辰理想教』に敵わない。
それこそが、現状を表わすたったひとつの真実だった。
力の差は歴然。火を見るより明らか。
天辰理想教は、狂人の集まりでも……自分より遙かに強い、狂人の集まりだった。
ただ、それだけの話。
だからロートは静かに、眼を閉じ――
「―――――」
……いいや、待て。
だめだ、まだ、閉じてはダメだ。
なぜなら、まだ考えるべきことがある。
「ろ……ロー、ト………」
不意に、己の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り向く。そこには、不安げな表情を隠さないまま、ロートを見つめるフィリアの姿があった。
「………フィリ、ア」
その思考は、きっと、まず最初に行うべきだった。
――もし、俺が死んだら、そのとき、フィリアはどうなる?
――いま、俺の後ろにいる彼女は……どうなる?
彼女は王国魔導師団の魔術師だ。ロートよりは、実力は上だろう。
しかし、それでも――奴は、強い。
だから、戦ったとしても。
殺されるだろう。間違いなく。
ロート・ニヴェウスの屍を視界に映しながら、フィリア・クロヴァーラも、殺される。
そんな未来が、安易に想像できた。
「―――――、っ」
思い出せ。
――俺は、あの時、何を誓った?
数年間、疎遠だった彼女と、再び距離が近くなったあの時も。
つい先ほどだって、隣を歩く彼女を見て、思ったはずだ。誓ったはずだ。
絶対に、守りたいと。
年上だろうが、相手は王国魔導師団の人間だろうが、そんなの関係無い。
もし、彼女に何かあった時――絶対に、守りたいと。
そう、誓ったはずだから。
だから、俺は――
* * *
「「――――諦めるわけには、いかないんだよッ!!」」
* * *
シオンは思う。
――そうだ。僕は誓ったはずだ。
イルを、守ると。
けれど相手は己より遙かに強い魔術師。
シオンでは敵わないだろう。その差を、既にシオンは理解している。
そして――殺す覚悟を持たなければ、殺されるということも。
――それでも、僕は。
殺さない。殺すつもりなんて一切ない。
甘いと、いくら言われてもいい。
優しさを捨てきれなくていい。
なぜならばそれが、シオン・ミルファクの在り方だから。
どうあっても変えることのできないモノ。
シオン・ミルファクの在り方を否定することは、シオン・ミルファクにはできない。
ゆえに――"覚悟"を決めろ。
彼と渡り合う力ならば、既にこの手にある。
足りないモノは、覚悟だけだった。
戦うという覚悟。
中途半端な戦意では、折られてしまうから。
――だから、ここに誓う。
僕は『殺す』ためにこの力を使うのではなく。
『守る』ために、この力を使うと。
それが、僕の"覚悟"。
それが、僕の戦う理由。
その決意を胸に――シオンは、揺光の星の前に立つ。
ロートは思う。
――そうだ。それだけは何があっても許すことはできない。
たとえば、この場にロートひとりだったら、ここで死ぬことも是としたかもしれない。
しかし、いま。この場にはもうひとり居る。
ロートにとって守るべき存在。
ロートにとって大切な存在。
フィリア・クロヴァーラが、己の後ろにいる。
一度、憎むべき相手によって、大切なモノすべてを奪われたからこそ――もう二度と、同じ相手から大切なモノを奪わせてたまるものかと、ロートは誓う。
それに、もし、もしだ。
もし――グレン・ミルファクが、今も生きていたとするなら。
彼は、ここで諦めることを是としない。
意地でも、守れというはずだから。
こんなところで終わってたまるものか。
恐怖がなんだ。そんなモノ、飼い慣らしてやる。
中途半端な戦意はもう捨てた。もう二度と、折れはしない。
憎悪だけに囚われるな。
憎悪に支配されて見失っては、守れない。
――だから、ここに誓う。
俺はおまえらを斃すだけじゃない。
おまえらから、俺の大切な物を守り抜いてやると。
その決意を胸に――ロートは、開陽の星の前に立つ。
――異なる場所、そして同じ時において。
シオン・ミルファクと、ロート・ニヴェウスは、震える身体と心を抑えつけ、立ち上がる。
そして――シオンは、イルたちの前へ。右手で後ろを隠しながら。
同時に――ロートは、フィリアの前へ。左手で後ろを隠しながら。
それぞれ、守るべき存在の前に、臆せず狂人達へ立ち塞がった。
「なに……?」
「へぇ……?」
二人の少年の姿を前に、狂人達は同じ反応を見せた。
すなわち、驚愕。
ここまで徹底的に力の差を見せつけたというのに、なおも立ち上がるかという感情の声音。
眦を決して、少年達は狂人を見据える。
その双眸は――まだ、折れてなどいない。
熱く、瞳に、覚悟を宿している。
「――たとえ、あなたが僕より強かったとしても」
「……たとえ、アンタが俺より強かったとしても」
二人の少年が、二人の狂人へ告げる。
奇しくもそれは、全く同じ時。
――確かに、一度はこの心は折れた。
突如として訪れた暴虐に日常を破壊され、為す術もないまま、戦意が折れた。
恐怖を、覚えた。
死を、近くに触れた。
けれど、それでも――ああ、立ち上がってみせよう。
なぜならば、守りたいモノがあるから。
ゆえに、これは宣誓だ。
日常を破壊する者達から、大切なモノを守るため。
少年達は、非日常の象徴へ、告げる。
「守るべきひとが、この背中の後ろにいる以上ッ、意地でも僕は、あなたに立ち向かう――!」
「守りてぇヤツが、この背中の後ろにいる以上ッ、意地でも俺は、アンタに喰らいつく――!」
――僕は、まだ、終わってなどいないと。
少年達の宣誓を前に、二人の狂人はしばらくは無言のままだった。
しかし、数秒の後――途端に、彼らは嗤い始める。
「く――は、ははははは!! クハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
「あ――は、ははははは!! アハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
哄笑か、あるいは歓喜か。
きっと、どちらもだろう。
力の差を見せつけてもなお、立ち上がる彼らに、狂人達は愚かだと思う一方――思いもよらぬ抗いに、歓喜している。
ゆえに、相対する彼らは、告げるのだ。
「ハッ、おもしろい! それでもなお、俺に挑むか! ――いいだろう、その挑戦受けて立とう、『双星』!」
「だから、僕の名前は『双星』じゃないっ! 僕は――シオン・ミルファクだ!!」
「キヒッ、いいねぇ! 雑魚のわりに粋がるじゃないか! ――だったら、精々楽しませてくれよォ、少年!」
「いい加減俺の名前を覚えやがれ、狂人が! 俺は――ロート・ニヴェウスだ!!」
――来い。受けて立つ、と。
これより始まるは、狂人との戦いの第二幕。
されどこれは、幕引きへの序章。
『光の巫女』を中心とした物語の幕引きは――近い。




