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Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
34/47

第10話『それでも彼らは斯く告げる -Shout the oath.-』


「……………………、え?」


 呆然としたイルの声が、僕の耳に届く。

 だけど、それも当然だろう。

 イルだけじゃない。イルの隣にいるシアやアンジェだって、驚愕に目を見開いている。

 カタストラス・ヘプターという男が告げた言葉は、僕達にも大きな衝撃を与えていた。


「光の……巫女」


 それは、霊獣国テヴィエスにおける最高存在。

 シーベールに住む僕だって知ってる。

 それくらい、『光の巫女』という名前は、大きい。


「――――、」


 イルが『光の巫女』だという事実。

 これまでのことを振り返ってみれば、嘘だという可能性はゼロじゃなかった。

 なぜなら、イルはテヴィエス人だ。

 初めて出逢った時、彼女が着ていたのは、あの国特有の衣装……『着物キモノ』だった。

 あの時、イルの身なりはボロボロだった。

 そしてイルは、船乗りに助けられたという。


 ……ならば、イルがぼろぼろだった理由は。

 かの国(テヴィエス)にて、カタストラスに追われて……そして、海に落ちてしまったからなのではないか。

 消えない恐怖。刻まれた恐怖。それは、カタストラスによるモノで。

 だからイルは、カタストラスに恐怖していたのではないか。


 海に落ちたイルはそのまま、船乗りに……アーロンさんに助けられて、そして――シーベールに来た。

 飛躍した発想だが……そう、考えれば。

 辻褄は、合う。


「――――、」


 イルの様子を、見る。

 イルは、未だ震えていて、目の端には透明の雫が浮かび上がっていた。顔は真っ青で、呆然としている。


「イル……イルが、光の巫女……? 光の巫女って……? イルはだれ? なん、なの……? わかんない……わかんないよぅ…………」

「イルちゃん! 落ち着いて!」

「シア……? イルは、イルは……っ!!」

「だいじょうぶ、大丈夫だから……」


 不安定な状態に陥ったイルを、シアが抱きしめ、落ち着かせる。

 そんなイルの様子を見て、カタストラスは小さく呟く。


「……なるほど、『光の巫女』は記憶を失っている、というワケか。――まぁ、だからと言って俺がすべきコトには変わりないが」

「――っ。あなたは、いったいなんでイルを狙っているんですか」


 そもそも、それが理解できなかった。

 仮に、イルが『光の巫女』だとして……だったら、なぜ天辰理想教かれらはイルを狙うのか。



「――それが、俺に与えられた使命だからだよ、『双星』」

「ッ……その『双星』だって、意味がわからない。なんであなたは、僕をそういう風に呼ぶんですか……!?」

「言っただろう。真実を知ろうが知るまいが、貴様がここにいるという事実がすべてなのだと。ゆえに俺から言うことは何も無い。……だが、ひとつ、言うのであれば。

 貴様は未だその力(・・・)を使いこなせていない。いいや――貴様に足りないのは"覚悟"だ。本来、その力があれば、俺など容易に斃せる。それほどまでに、その力は特異なのだ。だが……貴様が俺を斃せていないのは、ひとえに"覚悟"を背負っていないからだ。

 俺を殺す――という、な」

「………、ッ」

「『殺さずに戦いを終わらせる』などというのは、ただの理想論だ。砂糖菓子のように甘い、子供が抱く柔な理想。異なる信念がひとたび衝突すれば、そこには必ず傷が生まれる。その果てに、死がある。殺し合いというのは、結果が定まった単純シンプルな競争だ。

 俺は貴様を最初から殺すつもりでいる。

 貴様は俺を最初から殺すつもりがない。

 結局のところ、この"差"なのだよ。俺と貴様を隔てるモノは。よく言われないか? 貴様は『甘い』と」

「―――!」


『甘い』――それは、シオン・ミルファクを形容する言葉のひとつだろう。




 ――『このひとはね、底抜けなお人好しだから、心の底からあなたを助けようと思ってる』

 ――『要は、またおまえのお節介ってわけだ。甘いね、相変わらず』

 ――『………優しいですね、兄さんは』



 

 周囲の人間から、たびたび言われる言葉。

 僕だって自覚してるモノ。



 シオン・ミルファクは、優しさを捨てきれない甘い人間だ。



 だから……僕は、こんな時においても、それを捨てきれない。

 殺したくなんかないと、思ってしまうのだ。


「『双星』――たとえ貴様であろうと、我が使命アジェンダを邪魔するというのなら、俺は貴様を殺す。それだけだ。

 ゆえに、巫女を渡すがいい。さもなくば――容赦なく、貴様を殺す」


 けれど、相対する男から放たれる殺意は、あまりにも鋭くて。

 ここが、僕と彼の"違い"なのだと――僕は、再び、無理矢理思い知らされた。


「――、――……」


 ……身体は未だ、震えていて。

 ……心はいまも、怯えていて。

 シオン・ミルファクは、殺意の刃に、首下を抑えつけられたまま――動けないでいた。



 * * *



「―――――――――、え?」


 放たれたテイルム・ヘクサの言葉。

 それは、ロート・ニヴェウスの心に、尋常じゃないくらいの衝撃を与えた。


「おま、え………なに、デタラメなこと言って……」

「嘘なんかじゃないよォ。え? なに、信じられない? 仕方ないなァ。じゃあもっと、証拠ってヤツを教えてあげようじゃあないか!」


 そう言って、テイルムは大げさな手振りをしながら、言葉を続ける。



「――十年前。夜天星辰王国魔導師団による『アルカディア殲滅戦』が行われたのは知ってるよね?」

「っ……ああ」

「あの作戦のせいで、ぼく達は多大な損害を被った。……それこそ、天辰理想教アルカディアって組織が表向き(・・・)に壊滅するくらいにね」


「まぁ下っ端の連中のコトなんてどうでもよかったんだけどね」と、テイルムはけたけた嗤っている。



「おっと、話がズレたね。……そうそう、殲滅戦のことだ。

 当時、あの作戦の指揮を執っていたのは――そう、グレン・ミルファクだったんだよ。

 いやーほんと、あの男は化物だったよ。たったひとりで、ぼく達の大半を制圧しちゃうし。ただでさえグレン・ミルファクを含めた『黄道十二宮ゾディアック』が全員参加の状況でヤバかったってのに、あんなコトされちゃあ壊滅も仕方ないよねって」

「――、」


 その話を聞いて、場違いだが、ロートは少し嬉しくなった。

 やはり、自分の憧れた英雄の強さは尋常ではないと。

 悪を打ち斃す光は、強かったのだと。

 同時に、疑問が過ぎる。


 ――だったら、なぜ。


 グレンは、負けてしまったのか。



「――そういう状況が続いて、こりゃぼく達終わったなってなったんだけど……まァ、アイツも結局は人間だったってわけ。疲労は溜まる、限界は近い。そんな時に――ぼく達の親玉が、彼の前に現われた」


「おまえらの……親玉?」


「そ。天辰理想教アルカディアの創設者。七星司教のひとりにして、間違いなくこの国で最凶の魔術師――その名を、イデアル・ラ・モルテ。

 閃光ひかりの英雄グレン・ミルファクは、イデアルと戦って――そして、敗北したのさ」


「―――………、イデアル・ラ・モルテ」


 その男が、グレンを殺した者の名前。


「でもまァ、イデアルもそのあと捕まったんだけどね。壮絶な戦いのあと、隙を突かれて王国魔導師団のヤツにポイっと。だからいま、彼は監獄島『ディスペラドゥム』に収監されている。もっとも……それが、偶然だったのか、或いはわざとだったのかは、ぼくも判らないけど」

「……どういう意味だよ、それ」

「判んなくていいよ。

 とにもかくにも……こうして、英雄グレンは、イデアルに敗北し死亡。けれどイデアルもディスペラドゥムに収監され『天辰理想教アルカディア』は表向きには壊滅――これが、十年前の『アルカディア殲滅戦』の顛末だ。どう? 満足してもらえた?」

「――ああ、嫌なくらいに理解したよ、クソッタレが。俺の憎悪に、ひとつ、理由が増えたってコトもな」



 告げられた真実を前に、ロート・ニヴェウスの心は一度は動揺したが……心のどこかに、落ち着いている自分が確かにいることを、ロートは感じていた。

 熱く昂ぶりすぎて、逆に冷めてしまったのかもしれない。

 だから、ロートの視線は、ただ一人――テイルムへと、注がれていた。

 敵意を、乗せて。



「……良い眼だ。けど、まだ理解していないのかい?

 軍用魔術アサルトマギアも使えない。高等魔術ハイマギアも使えない。たったひとつ使えるのは、固有詠唱だけ。でもそれじゃあ、ぼくには勝てないよ。確かに、その年齢でそれだけ戦えるのはすごいコトだ。うん、それだけは認めてあげる。

 でもね――キミは井の中の蛙だ。その精神に驕りなど無かったとしても、キミは世界を知らない。上には上がいる。つまり、キミは弱いんだよ。ぼくには勝てない。判るかい?」

「やってみなくちゃ、わかんねェだろうが」

「…………はぁー。もう、分からず屋だなあ。けど……そこが、面白いんだよなァ。くひひっ。

 いいよ、じゃあ教えてあげる」


 嗤いながら、テイルムは何か呟き始める。それはおそらく、詠唱で。

 詠唱しながら、テイルムはひとさし指を真っ直ぐにし、腕を水平に構える。

 そして、ロートが瞬きした、次の瞬間だった。



「――――――え?」



 ナニカが、頬を掠めた。

 つぅー、と。流れていく血液。

 ドゴォンッ!と、ロートの後方では、何かが崩れる音がした。

 振り返ると、そこには――壁を貫通した建物があった。


「な……っ!?」


 ――なんだ、いまの魔術は? いや、魔術なのか?


 視認できなかった。何が起こったのか理解することもできなかった。


 ただ――アレが当たっていれば、間違いなく。

 自分は、死んでいた。



「何が起こったのか判らないって顔だね。じゃあ教えてあげよう。

 これはね、禁忌魔術【超速電撃砲アストラグル】っていうんだ。雷属性の魔術でね、こと貫通力っていう面においては、これに勝る魔術はない。『属性槍』とか目じゃないよ。あんなの、これに比べたら児戯も当然さ。それでいて、この速さだ。――当たれば、人間の頭を抉り抜くくらい、容易だ」

「禁忌魔術……だって?」

「うん。――ぼくはこういうのだって使える。けど、ここまでコレを使ってこなかったのは……つまり、今までのぼくは本気じゃなかったってコトなんだなァ。というか、その気になればいつだって、キミなんかすぐ殺せるんだよ」

「…………………っ、あ……――――」


 この時、はじめて。

 ロート・ニヴェウスに、ある感情が、芽生えた。


 それは……恐怖。


 初めて、ロートは……死の一端に、触れた。


 だからこそ、ソレは何よりも鋭い刃となって、ロートに襲いかかる。


 この男は己より強くて、

 この男は己をころせる。


 ――コレは、自分が敵う相手ではない。


 その、当たり前のようなことに、今更になって気付く。

 思い上がっていた。

 強くなったという自負があったから。


 油断はするなと、自分に言い聞かせておきながら――心のどこかで、勝てると思っている自分がいた。

 それこそが、きっと、何よりも間違っていて――



「きひ……――いい表情かおするじゃないかァ。ううん、そそるねぇ。そういう絶望しきった表情かおが、ぼくは大好きだ!!!」


 テイルムの狂気に満ちた嗤いでさえ、いまは、恐怖を加速させる。


「さァて―――そろそろ、おわりにしよっか」


 ニコッ、と。途端にひとの善い笑みを浮かべ、テイルムは近付いてくる。


「――、――……」



 ……身体は固く、うごかなくて。

 ……心は初めて、怖がっている。

 ロート・ニヴェウスは、絶望の刃に、首下を抑えつけられたまま――動けないでいた。



 * * *



「―――――、」


 シオンは考えていた。カタストラスが近付いてくる姿を、視界に映しながら。


「……、」


 カタストラス・ヘプター。

 理想郷の狂人。


 彼の言葉から、彼が使う魔術からは――本物の殺意(・・・・・)を感じた。


 それは、シオンにとってあまりに縁が無さすぎるモノ。

 優しさを捨てきれない少年が持つには、不相応なモノ。

 ……その差が、自分と彼を隔てていると、カタストラスは言った。



 そして――【同時魔核処理このちから】は、本来ならば己を斃せるだけの力がある、とも。



 どうして、彼が【同時魔核処理】のことを知っているのかは判らない。

 彼が言う、『双星』がなんなのかも、判らない。


 けれど、彼は確かに言ったのだ。

 この力には、彼を斃せるだけの力があると。


 ……ならば、足りないモノはひとつ。


 己の、"覚悟"だけ。


 すなわち、この男を『殺す』のか、否か。



「――――、」


 そこまで考えて、シオンはある言葉を思い出していた。




『いいか、力そのものに善悪は無いんだ。大事なのは、その力をどう扱うかということ。

 ――魔術ってのは殺すモノにもなりえるし、救うモノにもなりえる。……それだけは、忘れないでくれ』




 それは、講師オルフェの言葉。

 自分を案じてくれたからこそ、言ってくれた言葉を。

 シオンは、思い出していた。


 ――魔術とは、殺すモノにもなりえるし、救うモノにもなりえる。


 その境界線をどちらに越えるのかは――結局の所、当人次第で。

 特異で、常識を越えたこの力を、どう扱うか。

 殺すために使うのか。

 それとも――


(僕、は―――)



「ぁ、う………し、おん………」


 不意に――イルの、震えた声が、シオンの耳に届いた。

 イルの方を向く。そこには、シアに抱かれ、恐怖に感情を支配されたイルの姿があった。


「―――――、っ」


 そんなイルの姿を見て、シオンは、思い出す。



 ――僕は、あの時、何を誓った?



 己の心に、問いを投げる。


 イルと初めて出逢った時。

 イルと過ごした日々の中。

 イルと視た優しい黄昏で。

 僕は――誓ったんじゃないのか。



 ――この子を、見守り、護ると。


 

 だから、僕は――



 * * *



「―――――、」


 ロートは、考えていた。テイルムが近付いてくる姿を、視界に映しながら。


「……、」


 テイルム・ヘクサ。

 理想郷の狂人。

 彼の態度は、ここまでずっと軽薄なままだ。

 巫山戯ふざけていて、おかしい。

 狂人を体現したかのような男。


 ここまでずっと、彼は、本気で戦ってなどいなかった。

 それでいて、あの強さだ。


 きっと、彼にとってはロートとの戦いも、『遊び』の一環でしかなくて。

 それなのに、ロートは『斃す』などと、思い上がっていて。

 だからこそ、思い知らされたのだ。



 勝てない、と。



 はじめて、ロート・ニヴェウスは――"絶望"を識った。


 ロートにとって、『天辰理想教アルカディア』とは憎悪の象徴カタチだ。

 いずれ斃すと誓ったモノ。

 どうあっても、赦せないモノ。


 だからロートは、力を付けた。

 固有詠唱も会得した。

 憧れた師のような速さを、求めて。

 その果てに、奴らを斃すと。


 けれど――憧れた英雄は、憎むべき者達の手によって殺されたことを知った。


 手にかけた者が眼前に立つ狂人ではないにしても、天辰理想教かれらがやったという事実には変わりない。


 ……井の中の蛙、と。奴は言った。

 きっと、そのたとえは間違いでもなんでもなくて。


 ゆえにロートは、理解してしまったのだ。


 ロート・ニヴェウスでは、テイルム・ヘクサに――『天辰理想教アルカディア』に敵わない。


 それこそが、現状を表わすたったひとつの真実だった。


 力の差は歴然。火を見るより明らか。


 天辰理想教アルカディアは、狂人の集まりでも……自分より遙かに強い、狂人の集まりだった。

 ただ、それだけの話。

 だからロートは静かに、眼を閉じ――


「―――――」


 ……いいや、待て。

 だめだ、まだ、閉じてはダメだ。

 なぜなら、まだ考えるべきことがある。


「ろ……ロー、ト………」


 不意に、己の名を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向く。そこには、不安げな表情かおを隠さないまま、ロートを見つめるフィリアの姿があった。


「………フィリ、ア」


 その思考は、きっと、まず最初に行うべきだった。


 ――もし、俺が死んだら、そのとき、フィリアはどうなる?

 ――いま、俺の後ろにいる彼女は……どうなる?


 彼女は王国魔導師団の魔術師だ。ロートよりは、実力は上だろう。

 しかし、それでも――奴は、強い。


 だから、戦ったとしても。

 殺されるだろう。間違いなく。


 ロート・ニヴェウスの屍を視界に映しながら、フィリア・クロヴァーラも、殺される。

 そんな未来が、安易に想像できた。


「―――――、っ」


 思い出せ。



 ――俺は、あの時、何を誓った?



 数年間、疎遠だった彼女と、再び距離が近くなったあの時も。

 つい先ほどだって、隣を歩く彼女を見て、思ったはずだ。誓ったはずだ。

 絶対に、守りたいと。

 年上だろうが、相手は王国魔導師団の人間だろうが、そんなの関係無い。

 もし、彼女に何かあった時――絶対に、守りたいと。

 そう、誓ったはずだから。



 だから、俺は――



 * * *

















「「――――諦めるわけには、いかないんだよッ!!」」

















 * * *




 シオンは思う。


 ――そうだ。僕は誓ったはずだ。


 イルを、守ると。

 けれど相手は己より遙かに強い魔術師。

 シオンでは敵わないだろう。その差を、既にシオンは理解している。

 そして――殺す覚悟を持たなければ、殺されるということも。



 ――それでも、僕は。



 殺さない。殺すつもりなんて一切ない。

 甘いと、いくら言われてもいい。

 優しさを捨てきれなくていい。


 なぜならばそれが、シオン・ミルファクの在り方だから。


 どうあっても変えることのできないモノ。

 シオン・ミルファクの在り方を否定することは、シオン・ミルファクにはできない。


 ゆえに――"覚悟"を決めろ。


 彼と渡り合う力ならば、既にこの手にある。

 足りないモノは、覚悟だけだった。

 戦うという覚悟。

 中途半端な戦意では、折られてしまうから。


 ――だから、ここに誓う。


 僕は『殺す』ためにこの力を使うのではなく。

『守る』ために、この力を使うと。

 それが、僕の"覚悟"。

 それが、僕の戦う理由。



 その決意を胸に――シオンは、揺光の星(アルカイド)の前に立つ。






 ロートは思う。


 ――そうだ。それだけは何があっても許すことはできない。

 

 たとえば、この場にロートひとりだったら、ここで死ぬことも是としたかもしれない。

 しかし、いま。この場にはもうひとり居る。


 ロートにとって守るべき存在。

 ロートにとって大切な存在。


 フィリア・クロヴァーラが、己の後ろにいる。


 一度、憎むべき相手によって、大切なモノすべてを奪われたからこそ――もう二度と、同じ相手から大切なモノを奪わせてたまるものかと、ロートは誓う。


 それに、もし、もしだ。

 もし――グレン・ミルファクが、今も生きていたとするなら。

 彼は、ここで諦めることを是としない。

 意地でも、守れというはずだから。


 こんなところで終わってたまるものか。

 恐怖がなんだ。そんなモノ、飼い慣らしてやる。

 中途半端な戦意はもう捨てた。もう二度と、折れはしない。


 憎悪だけに囚われるな。

 憎悪に支配されて見失っては、守れない。


 ――だから、ここに誓う。


 俺はおまえらを斃すだけじゃない。

 おまえらから、俺の大切な物を守り抜いてやると。




 その決意を胸に――ロートは、開陽の星(ミザール)の前に立つ。







 ――異なる場所、そして同じ時において。

 シオン・ミルファクと、ロート・ニヴェウスは、震える身体と心を抑えつけ、立ち上がる。


 そして――シオンは、イルたちの前へ。右手で後ろを隠しながら。

 同時に――ロートは、フィリアの前へ。左手で後ろを隠しながら。


 それぞれ、守るべき存在の前に、臆せず狂人達へ立ち塞がった。



「なに……?」

「へぇ……?」



 二人の少年の姿を前に、狂人達は同じ反応を見せた。


 すなわち、驚愕。


 ここまで徹底的に力の差を見せつけたというのに、なおも立ち上がるかという感情の声音。


 眦を決して、少年達は狂人を見据える。


 その双眸は――まだ、折れてなどいない。


 熱く、瞳に、覚悟を宿している。





「――たとえ、あなたが僕より強かったとしても」


「……たとえ、アンタが俺より強かったとしても」





 二人の少年が、二人の狂人へ告げる。

 奇しくもそれは、全く同じ時。


 ――確かに、一度はこの心は折れた。


 突如として訪れた暴虐に日常を破壊され、為す術もないまま、戦意こころが折れた。

 恐怖を、覚えた。

 死を、近くに触れた。


 けれど、それでも――ああ、立ち上がってみせよう。


 なぜならば、守りたいモノがあるから。


 ゆえに、これは宣誓だ。


 日常を破壊する者達から、大切なモノを守るため。


 少年達は、非日常の象徴へ、告げる。






「守るべきひとが、この背中の後ろにいる以上ッ、意地でも僕は、あなたに立ち向かう――!」


「守りてぇヤツが、この背中の後ろにいる以上ッ、意地でも俺は、アンタに喰らいつく――!」






 ――()は、まだ、終わってなどいないと。





 少年達の宣誓を前に、二人の狂人はしばらくは無言のままだった。

 しかし、数秒ののち――途端に、彼らは嗤い始める。


「く――は、ははははは!! クハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

「あ――は、ははははは!! アハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


 哄笑か、あるいは歓喜か。

 きっと、どちらもだろう。

 力の差を見せつけてもなお、立ち上がる彼らに、狂人達は愚かだと思う一方――思いもよらぬ抗いに、歓喜している。

 ゆえに、相対する彼らは、告げるのだ。






「ハッ、おもしろい! それでもなお、俺に挑むか! ――いいだろう、その挑戦受けて立とう、『双星』!」

「だから、僕の名前は『双星』じゃないっ! 僕は――シオン・ミルファクだ!!」



「キヒッ、いいねぇ! 雑魚のわりに粋がるじゃないか! ――だったら、精々楽しませてくれよォ、少年!」

「いい加減俺の名前を覚えやがれ、狂人が! 俺は――ロート・ニヴェウスだ!!」






 ――来い。受けて立つ、と。








 これより始まるは、狂人との戦いの第二幕。

 されどこれは、幕引きへの序章。

『光の巫女』を中心とした物語の幕引きは――近い。




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