第09話『狂星争闘/開陽の星 -Mizar-』
テイルム・ヘクサが名乗りを上げたあと、先に動いたのはロートの方だった。
相手は『天辰理想教』。生半可な覚悟では通用しない相手だ。
ゆえに、油断はしない。最初から斃すつもりでいけ。
そう、己に言い聞かせ――ロートは、疾走する。
場所はアルサティア中心の大広場。既に周りには人は居ない。思う存分、戦える。
「――【氷槍】ッ!」
詠唱を完了し、魔術を顕現。間髪いれず、氷の槍をテイルムへ放つ。
「おっ、やる気充分じゃァん。いいねェ、そういうのはすごく良い」
余裕があるのか、依然、ふざけた様子を隠さないまま、テイルムは笑っている。
しかし、【氷槍】が向かってきていることには変わりない。このまま行けば、【氷槍】はテイルムに直撃する。
「けどなぁ……やる気だけじゃ、面白くないんだよなぁ」
テイルムがそう告げると、彼はそのまま【氷槍】を素手で掴み、そのままロートの方へ投げ返した。
「な――ッ!?」
一瞬にして逆転する構図。
ふざけるなよ、と言いたくなる衝動を堪えながら、ロートは紙一重で【氷槍】を躱した。
「ヒュゥッ! やるねぇ! やっぱこういうのじゃないと『面白く』ないんだよなぁ」
【氷槍】を躱したロートを見て、テイルムはケタケタと笑っている。
その嗤顔は、どこまでも、狂しい。
「……この狂人が」
「やだなぁもー。そんな風に言わないでおくれよ。『天辰理想教』が世間ではどんな扱いを受けてるのかは知ってるけど、ぼくだって面と向かって言われちゃ悲しいんだぜ?」
「……だったら、少しはそういう素振りを見せてみろよ」
「えぇ? 無理だよ。だって本気で思ってないからね」
当たり前じゃん、といった声音でそう告げながら、テイルムは近くの椅子へ腰掛けた。
「よっこいしょ」
「……テメェ、なんのつもりだ、それは」
「うん? いやー実はさぁ、ぼくここまで歩いてきたんだよね。だから疲れちゃって、少し休ませておくれよ。キミの相手をしながらでいいからさ」
「――ッ」
……なんだコイツは? 人を挑発する天才か?
心がやけに逆立っている。
挑発、煽り。これがそういう類いのモノだというコトは判っている。
だが――性質が悪いのは、それが少年の本心で。
裏表無く、『そう思っている』からこその発言――無意識に挑発しているのだと、ロートは少年の態度から理解してしまった。
「……クソが。だったら、その余裕を無くしてやる」
小さく、ロートは呟くと。
「―――――【氷槍・双】ッ!」
テイルムの正面に氷槍をひとつ。
テイルムの背後に氷槍をひとつ。
同時に二つの氷槍を展開する魔術を紡ぎ――そのまま、射出した。
「火属性魔力収束――展開」
パチン、と。指を鳴らす音が響く。
刹那、正面と背後それぞれに顕現していた氷槍が、融け消えた。
(ッ、《反属相殺》だと――!?)
《反属相殺》――ある属性の魔術に対し、それと反対属性の『魔力』をぶつけることで、その魔術を相殺するというもの。
魔力収束という高度な技術を求められるがゆえに、扱える者は少ないとされる超高等技術。それを、テイルムは難なく扱ってみせた。
「え? もう終わり?」
「んなワケ、ねぇだろッ!!」
「そう来なくちゃ。じゃあ、今度はこっちから行くね」
そう言って、テイルムは座ったまま、右手をロートへ向ける。
そして、詠唱を告げ始める。
「抉れ、削れ、穿て・是は汝を破壊し貫く一条なり―――【穿壊する石の槍】」
刹那の内に紡がれる詠唱。顕現する魔術は――巨大な石槍。
土属性上級魔術【穿壊する石の槍】。【石槍】という中級魔術の上位互換に当たるモノだ。
『属性槍』と呼ばれる魔術系統――【炎槍】や【氷槍】もこの系統になる――の中で、最も鋭利かつ殺傷性を帯びている魔術が土属性と氷属性、そして木属性になる。なぜならば槍を形成する物質が『石』や『氷』や『木』――すなわち、『固体』だからだ。
【炎槍】や【雷槍】などは、槍というカタチを取っているだけの魔術であり、貫いた後に引き起こす"結果"としては『燃焼』や『感電』というモノになる。いわば、『貫通』はついでというコトだ。
対して、この三属性での『属性槍』魔術がもたらす結果は純然たる『貫通』というモノ。
ゆえに、貫通性・殺傷性――すなわち、純粋な攻撃力としては、この三属性が秀でている。
――射出。放たれた石槍が、ロートを穿たんと襲いかかる。
「遮るはカタチ無き壁――【風護障壁】ッ!」
刹那、ロートは石槍を防ぐため、防御魔術――【風護障壁】を発動する。
ロートの眼前に展開される風の障壁。石槍はその障壁に直撃すると、途端に風化し始め、やがてただの土屑へと変わり果て地に落ちた。
属性同士の相性関係――この場合は、風属性と土属性の相反関係――が働いたのだ。
「へぇ、判断力はいいね。撃たれた魔術に対する反属性の魔術を撃ち返して相殺する……キミくらいの年齢で、しかも戦闘経験とか全っ然なさそうなのにソレがちゃんと出来るのは、中々にすごいコトだ。うん、誇って良いよ。ただの子供かと思ってたけど、中々やるじゃん」
「……おまえに褒められても嬉しくねえな」
「えー、なんでさ。……というかキミ、なんでさっきからぼくのコトを、そんなに目の敵にしてるんだい? ぼくたち、前にも会ったコトあるっけ?」
「……直接、おまえ自身を恨んでるわけじゃねえよ。俺は――天辰理想教らを憎んでるんだ。
――俺は、おまえらが潰した塵芥のひとつだよ。……もっとも、おまえらはそんなことなんざ覚えてねェだろうがな」
ロートは告げる。
心に巣喰う憎悪の一端を、吐き出すように。
――待ち望んでいた、いずれ、この時が来ることを。
そのために己は力を付けた。
固有詠唱・《超速攻詠唱》も会得した。
憧れた師のような速さを。
憧れた師のような強さを。
未だ、あの憧憬には届かずとも――少しくらいは、近づけたはずという自負が、ロートの心にある。
ゆえに今、ロート・ニヴェウスは誓うのだ。
この狂人――世界にとっての悪であり、そして己が憎悪の象徴を、斃すと。
「うーーーん…………? ぼくらが潰した塵芥のひとつ……白い髪………あぁ、思い出した! キミ、あの村の生き残りかぁ!」
「ッ!?」
だから、テイルムの発言は、ロートにとって予想外だったのだ。
有り得ない、と思っていた。
『天辰理想教』の人間が――潰してきた者達のことを、覚えているなど。
「まさか……おまえ、覚えて――」
「まあねぇ。キミ、『ヴィエンデ村』の人間だろう? その白髪は、あの村の……あの地域の人間にしか見られない髪色だ。だから思い出した。
それに――あの村はぼく達にとっても重要となった場所でねェ。記憶に鮮明と残っているよ」
「な…………に?」
――己が故郷が、重要? いったい、どういうことだ?
理解できない。いきなりそんなコトを言われても、理解せよという方が難しい。
そんなロートの様子を見て嗤いながら、テイルムは言葉を続ける。
「まさか、生き残りが居たなんてね。あの状況下では決して生き残れないはずなのに、天がキミを味方したか。いいや、或いはこれも――? くひひっ、まァどっちでもいいか」
「どういう……ことだ。いったい、なんで俺の故郷がおまえらにとって重要なんだよッ!?」
「キミが知ることじゃないよ」
テイルムは座ったまま、欠伸を噛み殺している。
その姿はやはり、余裕が見え隠れしていて。
「さて、そろそろ飽きてきたし……もう終わらせていい?」
「――ふざけんなッ!」
「だったらぼくを立ち上がらせてみろよ」
そう告げるや否や、テイルムの詠唱が始まる。
「風よ、虚空より起これ・その鋭き一閃で埋め尽くせ・姿無き無数の刃・いま彼の者を刻め―――【鎌風ノ鼬】」
瞬間――見えない刃が、ロートを切り裂いた。
「ガ、ァアアアアアアアアアアア!!!!」
無数の不可視の刃は、容赦なくロートを斬りつけ、その跡を刻んでいく。
「これ、はッ……!」
軍用魔術【鎌風ノ鼬】。
現代でも用いられる風属性の軍用魔術のひとつで、その効果は無数の不可視の刃を持つ風を起こすこと。
原理は至って単純。魔力壁のように、魔力収束により硬質化した魔力を刃状にし、それを風に乗せているだけ。ただ、その刃が恐ろしく鋭利で、殺傷能力を帯びており、この魔術を創り上げるために要求される技術の高さが、この魔術を軍用魔術にしているのだ。
高等魔術に分類されるこの魔術を、テイルム・ヘクサはいとも簡単に行使する。
それは暗に、テイルムの技量がロートより上だということを示していた。
「うーん、いい叫び声だ。けど、ありきたりすぎてつまんないなァ」
「……ッ、……!」
不可視の刃に切りつけられながら、テイルムの言葉が耳に届く。
「――、ッ」
歯を、食いしばる。
ここで終わってなどいられない。
これしきの痛みなど関係ない。
――俺は負けられない。
おまえらを、斃すまで。
ゆえに、
「――――【氷槍】ッッッッ!!!!」
今こそ、己が固有の力を行使する。
《超速攻詠唱》――それは、ロート・ニヴェウスが持つ唯一無二の固有詠唱。
――速く、もっと速くッ!
そんな生温い速さでは届かない。
あの頂きに――閃光の英雄。我が憧憬であるグレン・ミルファクには届かない。
――もっと、もっとだッ!!
詠う、告げる、顕わす。
質より量。ただ速さのみを突き詰めた、最速の詠唱を以て――ここに、幾十もの氷槍を顕現させる。
その総数――三十。
「おッ!?」
突如として起こった現象に、テイルムは大声を上げる。
その声音はまるで、いきなり嬉しいことが起きて舞い上がっている子供のようで。
「喰らえ――ッ!!」
射出。三十の氷槍が、一気にテイルムへ奔る。
「キヒッ――」
嗤い声が聞こえた瞬間、テイルムが立ち上がり――詠唱を、開始した。
「不与の救済、絶なる苦罰・存在するは苦痛の檻
汝は赤炎に焼かれる者・罪人咎めし不滅の業火――――【地獄の業火】ッ!!」
刹那、燃え狂う紅き炎が、三十の氷槍を一気に融かし尽くした。
テイルムが発動した魔術は、火属性上級魔術【地獄の業火】。以前、シオンとロートが至高の戦いをした際、シオンが使った魔術だ。
その原理は、指定した範囲一体に『業火』――高火力の炎を発生させるというものだ。
それを、《速攻詠唱》を以て、テイルムは行使した。
一瞬にして完結する攻防。だが、ロートを襲っていた【鎌風ノ鼬】は既に止んでいる。そして何より――
「………どうだ、見ろよ。テメェを、立ち上がらせたぞ」
「……………、」
そう――先のロートの攻撃により、テイルムは椅子から立ち上がっていたのだ。
静寂が、訪れる。テイルムは視線をロートへ向け、何秒か見つめたあと……
「は、はは……あははははっ。アハハハハハハハッ。あはははははははははははははははははははははははは!!!!! うん、うん。そうだねぇ! ぼく立ち上がったねぇ!!! あっはっはっは!!!!」
途端、響き渡る歓喜の嗤い。
まるで、いま起きているコトが、心底嬉しくてたまらないとでも言うかのような。
まるで、いまの状況が、面白くてたまらないとでも言うかのような。
そんな嗤い声だった。
「それにしてもぉ――……キミのさっきの《速攻詠唱》、すごく良かったよ。うん、いい速さだ。――あァ、あの速さ………グレン・ミルファクを思い出すなぁ」
急に、聞き慣れた人物の名前が、眼前の人物から告げられて、ロートは自分の耳を疑った。
「――ッ。おまえ、グレンさんのことを知って……ッ!」
「当たり前でしょ。……あれ、キミもしかして、彼がなんで死んだか知らない感じ?」
「……、俺はただ、任務で殉職したってことしか、知らない」
そう。自分が知っているのはそれだけ。
もう随分と昔のはなし。
グレン・ミルファクは、王国魔導師団の任務の際、殉職したと。
それだけしか、教えられていない。
「……………へぇ。――じゃあ教えてあげよう!」
だから、いま。
充分すぎる時を経て。
今まで自分の中で整理が付いていた事実に――真実が、与えられる。
「――グレン・ミルファクは天辰理想教が殺した。
閃光の英雄は、理想郷の礎となったんだよ」
ニタリ………と。
テイルム・ヘクサは嗤いながら、ロート・ニヴェウスにそう告げた。




