Interlude_Ⅰ『歪なる思念、■■■■■■■■■ -?-』
――深い、夜。すべてが寝静まる、昏い時。
そこは、教会だった。明るく、妖しい月光が、高く設置されたステンドグラスから差し込んでいる。
静寂で満たされた礼拝堂。そこに、三人の人間がいた。
彼らが纏っているのは、白の祭服と黒のストール。穢れ無き純白と夜のように深い黒が同在した服装は、何処か神聖さを醸し出すと同時、無穢を冒涜していた。
『「光の巫女」を逃したそうね、カタストラス』
一人が、そう告げた。
声の主は、一人の女だった。金髪のロングヘアに翡翠の瞳。およそ女性として一種の完成された貌と身体を持つ、美しい女性であった。
しかし、彼女の姿には、些か異質な点があった。
――――ソレは、影だった。
暗闇の中にあってなお理解できる異常。彼女は今、カタチある存在として、この場にいないのだ。
ふとした瞬間にブレる姿。それはまるで、別の場所から、この礼拝堂に己が姿を投影しているかのよう――否、それは紛れもない事実であり、彼女は別の場所からこの場所へ自分の影を映していた。
そこに存るのに、存ない。
亡霊のように存る彼女は、不気味であった。
「ああ。言い訳などしないさ。アレは俺の失態。ゆえにどう責められようと甘んじて受け入れよう」
その言葉に返事したのは、蒼髪の男――カタストラスと、呼ばれた男だった。
男の名は、カタストラス・ヘプター。
先において、少女……イルを捕えようと、昏い闇の中を駆けた者達のひとりである。
彼は影ではなく、カタチある存在として、この場所にいた。
それは、カタストラスの隣に居る少年も同様だった。
「えっ、ほんとかいカタリー! 何でもしていいんだね!?」
「……テイルム。あの場にいた貴様も、俺と同じ失態を犯しているのだぞ」
「いやァ、でもぼく、巫女様が落ちた時に居なかったしぃ?」
「屁理屈を抜かすな。相変わらず煩い奴め」
少年のあどけなさを残した緑髪の男――テイルムと呼ばれた彼は、ケタケタと嗤っている。
どこか不気味な雰囲気を纏った彼の名は、テイルム・ヘクサ。
そんなテイルムの様子はいつものコトなのだろう。彼のことなど気にしないまま、カタストラスは、女の"影"へ視線を向けた。
「――残り二人は不在、か」
『ええ。けれど仕方ないことよ。我々全員が同席するなんて滅多にないことだし……そして、「彼」が"ディスペラドゥム"に収監されている以上、本当の意味で全員が揃うのは、遙か先の話だわ』
『ディスペラドゥム』――それは、魔導国シーベール最大にして最固の牢獄。犯罪を犯した者のほとんどがここに収監され、罪を赦されない限り決して出ることが叶わない罪人達の檻である。
そこに、彼らに関係する何某かが収監されていると言うが――しかし今は、ソレは関係のないことであった。
「……それもそうだ。余計なコトまで聞いてしまったな。
――では、話を戻そう。『光の巫女』についてだ」
何故ならば、本題は、あくまでこれなのだから。
彼らは先において『光の巫女』を捉えようと動いていた張本人だ。もっとも、その目論見は失敗に終わったが……
『別段、失敗を責める気なんてないわ。そも、「アジェンダ」に記されているのは筋書き。であれば、その筋書きさえ狂わなければ何の問題も無い。……そうでしょう?』
"筋書き"――そう、彼女は言った。
それは、いったい何を意味するのか。
『「光の巫女」の居場所は既に判っているわ。
魔導国シーベール、第一魔導学究都市アルサティア――そこに、彼女はいる』
「――近いな。……だが、しかし。そうか、シーベールか。これも、何かの因果なのだろうか」
小さく、カタストラスは独りごちる。闇に溶ける呟き。一瞬の間のあと、カタストラスは再び口を開いた。
「ひとつ、訊いてもいいだろうか」
『何かしら?』
「俺達が『光の巫女』を捕えるのは『アジェンダ』に書かれていたコトがゆえ。それはいい。だが、ゆえに気になるのだ。――『奴』は、一度取り逃がすすらも知っていたのか、否か」
『さぁ? そこまでは判らないわ。「アジェンダ」を持ち、そして全てを識るのは「彼」だけ。そう――私はあくまで代理よ。「彼」の、ね』
「―――、」
『私が聞いたのはひとつ。カタストラス、貴方が「光の巫女」を捕えるということだけ。ただ、それだけよ』
静謐に、彼女はそう告げる。
「……俺が、というのが気になるな。テイルムではダメなのか」
『ええ。それは「アジェンダ」を狂わせることになる。すなわちそれは、「彼」の意志を曲げることと同義。――それは、あなたも本意ではないはず。違くて?』
「……、」
「ふーん。ま、いいんじゃないのそれで。だって、彼女だけだしね。今において『彼』と繋がれるのは。だからぼく達は、彼女の言葉を「彼」の言葉をして受け取るし、アジェンダを遂行する。そこだけは、カタリーも納得でしょ。都合なんて何処も悪くない」
「――ああ、そうだな。確かに、不都合など何も無かった」
さも当然かのように、カタストラスは告げる。
――何か、違和感。
『そうよ、何もおかしなことなんてない。
「彼」の言葉を私は聴く。それを、貴方達に伝える。ほら――「彼」が居なくても、私達がすべきコトは狂わない。なぜなら私達がすべきコト、目指すべき果ては既に定められているから』
それは、常人では理解できない思考回路による結論。
幾度思考を繰り返そうと、決まっていた答え。何があろうと変わらない歪な鋼の思念。
ゆえに、ここまでの会話はほぼ無意味。簡潔に、ただ意志を確認するためのモノに過ぎない。
『私達は何の為に在るのか。何を目的として此処に居るのか。
それは、偉大なる天辰による世界の"救済"を齎すため。ゆえに、私達が目指すべき最果てはただ一つ。それこそが――』
――――理想郷、と。
闇に溶けるように、呟きが、静謐の世界に響く。
「ならばこそ――ああ、果たそうではないか、この使命を。我らが天辰へ、我らが神へ祈りを捧げながら。来る救済の日を実現するために。
そう――運命は確実に進んでいる。その時が来る未来は、遠くない」
カタストラス・ヘプターは、告げる。
その表情は、実に穏やかで――だからこそ、歪な姿。
我らが神、と。彼は言った。
彼らが神と仰ぐ存在はただひとつ。
「『理想郷に星が輝かんことを――叡智の魔術師に光あれ』」
ゼノ・アルフェラッツ――原初の魔術師。
いまはこの世界に存ない者。
すべてを究め、あらゆる叡智をその身に刻んだ、魔術の祖。
そんな人間を――彼らは、神と仰ぎ、信奉する。
歪な思念が、ここに、三つ。
星に理想を掲げ、理想郷を目指し歩く、白き衣を纏いし狂人達。
彼らの名は――――
Interlude_Ⅰ『歪なる思念、■■■■■■■■■ -?-』
Interlude_Ⅰ『歪なる思念、其の名は天辰理想教 -Arcadia-』




