第04話『賑やかな休日 -Part Ⅰ-』
翌日。運良く学校も休みだった僕達は、イルのことを知っている人がいないか探すため、街の方まで出てきていた(ちなみにイルは、当面はうちで預かることになった)。
依然として、この子の事情や生い立ちは判らない。王国魔導師団に頼ってもよかったけど、他ならぬイルがそれを拒んだ。
……たぶん、イルはまだ、僕達以外に対して、恐怖を覚えているのだろう。だから、他の人達に触れることを恐れた。
その恐怖の理由が何なのか判らないけど――僕が安易に踏み込んでいい領域ではない。
だから今は、彼女でもできることを。僕達が支えながらやっていこうという方針となったのだ。
「――というワケで、おまえ達にも協力してもらう」
「いやどういうワケだよ」
僕の言葉に突っ込みを入れる白髪の少年――つまりはロートが、困惑を隠しきれない顔で立っていた。その隣にはリオやエメもいた。
場所はアルサティア中心の噴水前。街は休日ということも相まって、人が多い。
僕達――僕と、アンジェ――も加え、いつものメンツがこの場に揃っている。
「どういう、って。説明しただろ、ロート。人の話を聞いてないの?」
「聞いてるわバカ。リオじゃねぇんだから」
「なんで今オレを馬鹿にした???」
「なんとなく」
「なんとなく、じゃねぇよッ!?」
流れるように、リオをイジるロート。
実に鮮やかである。
「あー、はいはい。センパイうるさいですから少し黙りましょうねー」
「おまッ、エメ! ここぞとばかりに会話に入りやがって!」
「だってセンパイいじるの楽し………いえ、何でもないですよ?」
「いまのを本心と受け取っていいな? いいよな? ぜってぇ今度泣かす」
「きゃーこわーい」
「うっざ、この後輩うっざ!」
そして、リオとエメによるじゃれ合いまでが、ワンセットであった。
相変わらずの二人だ。
「アイツらは放っとくか。……で、その子について何か知ってる人を探すんだっけか」
「うん。……といっても、この子はたぶんテヴィエス人だから、望みは薄いけどね」
イルに聞こえないよう、ロートに静かな声でそう告げる。ロートは「なるほどね」といった表情を浮かべると、
「要は、またおまえのお節介ってわけだ。甘いね、相変わらず」
「……うるさいな。別にいいだろ」
……くそ、やっぱり言われた。
「でも、それが兄さんの良さですよ、ロートさん。それに、兄さんがこうなのは、ロートさんもよく知ってるはずです」
「ま、それ言われちゃ何も言えねえけどな」
不意に、アンジェが僕とロートの会話に混ざる。その後ろにはイルが、アンジェにぴったりくっつくようにして隠れていた。時折、イルが僕達の様子を見るためか、ちらちらと顔を覗かせている。
「その子が、イルか」
「っ!?」
ロートがイルに声をかけると、イルは肩をビクッと震わせ、再びアンジェの後ろに隠れてしまう。
「……俺、嫌われてんの?」
「目付き悪いし、仕方ないね」
「さっきの仕返しやめろ」
「冗談は置いといて、まだ怖がってるんだよ。だから優しく声かけてくれ」
「優しく、ねぇ……」
そう、ロートは小さく呟くと、
「……よ、よぅ?」
「ぶはっ」
引き攣った笑みを浮かべながら、イルに声をかけていた。
ちなみに、そんなロートの姿に僕は思わず吹きだした。
見れば、隣に居たアンジェも横を向いて口許を抑えている。
「笑うな!!」
「だって……くっ、ははっ! ギャップが、すごい……」
「仕方ねぇだろ……子供は苦手なんだよ。どう接すればいいか判らねぇし」
ロートがそう告げた、その時だった。
「………ふ、ふふっ」
微かに聞こえる、誰かの笑い声。
それは、アンジェのすぐ傍から聞こえてきて。
「……イル?」
「ぁ……その、ごめん、なさい………わらっちゃって……」
そう。その笑い声の主は、他の誰でも無い――イルのものだった。
「……やったじゃん、ロート」
「微妙に喜んでいいのか判んねぇのがまた」
「あ、ぅ………ごめんなさい」
「あー違う、謝らなくていい。別に気にしてないから」
「そうだそうだ、こんなヤツのことなんか思う存分笑っていいんだぜ?」
「この人のコトも笑っていいですよー」
「よくねぇわ」
リオとエメも会話に混ざってくる。二人はイルに近付くと、しゃがみ込み、イルと視線を合わせる。そして、笑いながらイルに向かって挨拶をしていた。
「よっ、こんにちは。オレはリオ・ウルフェンっていうんだ。よろしくな」
「あたしはエメリア・フェイツェっていうの。エメって呼んでね?」
「エメ……? リオ……?」
「おう。――おい、ロート。おまえだけ名前言ってねぇだろ」
「……すまん、言い忘れてた。俺はロート・ニヴェウス。……その、なんだ。よろしく」
「――――…………、」
ロート達三人に挨拶され、イルはどうすればいいか判らない、といった様子で僕に視線を向けた。その手は固く、アンジェの服の裾を握っている。
イルの視線に対し、僕は何も言わなかった。
視線だけを返して、イルの言葉を待った。それだけで、イルは僕の真意が伝わったのか、小さな声でロート達に返事をした。
「……………、うん。…………よろ、しく?」
「なぜ疑問形なのか」
「でも可愛いからおーけーですよぅ。それで、シオン先輩。なんであたし達、まだここに居るんです? イルちゃんを知ってる人探し、しないんですか?」
「ん、もちろんやるよ。でも、まだ全員揃ってないからね」
「全員、って…………あぁ、なるほど。先輩も抜け目ないですねぇ。このこのぅ」
「いたっ、痛いってエメ。肘で突くな」
――そう、いつものメンバーで揃っている僕達だが、今日ここにはもう一人、合流する予定となっていた。
その人物は、間もなく現われるはずで――
「シオンくーん」
噂をすればなんとやら。ほぼ反射的に、声がした方向を振り向くとそこには……
「………二人?」
外出用に変装をした緋色の少女――シアと、その横にもう一人、並んで立っていた。
「ごめんね、少し遅れちゃった」
「いや、気にしなくていいよ。それより、その人は――」
シアの隣に立つ少女に視線を向ける。
肩口まで伸ばされた、綺麗な桃色の髪で、おっとりとした印象を受ける赤色の眼。
何処かで見たことがある人物だった。記憶の糸を探り、彼女が誰かを思い出す。
「えっと……フィリア先輩、だっけ?」
「うん。ほら、ちゃんと自己紹介して」
「はぅ、急かさないでくださいよぉ……えっと、フィリア・クロヴァーラって言います。三年次生で、シア様のお付き兼護衛をさせてもらってます。その、えっと、よろしくお願いしましゅ!」
……この人、前も噛んで無かったか?
自分が噛んだのが恥ずかしかったのか、フィリア先輩は顔を真っ赤にして俯いている。
「うぅ……シア様ぁ、私、もう帰っていいですか?」
「ダメに決まってるでしょ。何の為に連れてきたと思ってるの」
「――そうだ。いったい、なんでフィリア先輩を?」
「イルちゃんのことを聞いて回るのなら、人が多い方がいいかなって思って。ロートくん達も来るって聞いたし、わたしもこの子を連れて行くかーっていう感じなのです」
そう言うやいなや、シアはロート達の方へ向き直る。
「こんにちは。ロートくん、リオくん、エメちゃん」
「ちわっす、先輩」
「こ、こんにちは!」
「こんにちはー」
ロートとエメは至って普通に。リオだけ、がちがちに緊張して挨拶を返していた。
「あはは。リオくん、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ?」
「で、でも。やっぱりまだ慣れないというか……あのシア先輩が実はこんな砕けた性格だったとか、未だに信じられないっていうか……何よりシオンの彼女ってのが一番信じられねぇ……」
――そう。実はシアの本当の姿を知っているのは、もはや僕とアンジェだけではない。僕とシアが付き合い初めてすぐ、シアの方から『彼らには教えておきたい』と言ってきたのだ。
……曰く、『その方が後々、気を遣わずにいちゃつけるから』らしい。
理由が可愛すぎた。
「ざーんねん。わたしは元々こういう性格だし、そして今はシオンくんの彼女なのです。あのわたしも、間違いなくわたしなんだけど……あれは、仮面だからね。仮面を脱いだわたしが、いまキミの目の前にいるシア・シーベールなの。……って言っても、やっぱり簡単に切り替えれないコトってあると思うから、ゆっくり、このわたしに慣れていって欲しいな」
「ぜ、善処します!」
笑顔を浮かべているシアに、そう言われたリオは、未だに緊張しつつ慌てながらも、しっかり返事していた。
……あの笑顔は、やっぱり反則だと思うんだよなぁ。
「後は――アンジェちゃんと……それに、イルちゃん。一日ぶりだね」
「はい、一日ぶりです」
「………シア?」
「うん、シアだよ。こんにちは、イルちゃん」
「……………んっ」
シアはアンジェ達の方へ近付くと、挨拶を交わしていた。イルも、シアにはあまり恐怖心を抱いてなさそうだった。
「さて……これで全員かな」
合計八人。随分と大勢になってしまった。
とはいえ、目的が目的だ。人が多いに越したことはないだろう。
「―――、」
「? ロート、どうかした?」
隣にいたロートが急に黙り込んだことに気付いた僕は、彼に声をかける。見れば、ロートの視線は、別の方を向いていた。その先には……
(フィリア先輩――?)
「……いや、なんでもない。それより、ほら。はやくしねぇと時間が無くなるぞ」
「えっ――あ、うん。そうだね。……よし、それじゃあみんな、行こうか」
ロートにそう促され、僕はみんなに声をかける。
どうして、あいつがフィリア先輩を見ていたのかは判らないけど……まぁ、大きな意味があるわけじゃないだろう。そう、僕は判断した。
――――そうして、賑やかな休日が始まった。




