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Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
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第03話『小さなふれあい -Compassionate-』


「――で、今に至るというワケね」

「そういうことです……」



 ……というわけで。

 場所は外ではなく、僕の家。少女を背負ったまま、僕はシアとの待ち合わせ場所まで赴き合流したあと、少女を介抱するため、ひとまず僕の家まで向かうことになった。現在、彼女は僕のベッドの上で寝かせている。

 ……つまり、デートは中止となったわけだ。


「ところでシオンくん。わたしは怒っています」

「…………………はい」

「待ち合わせに遅刻したと思ったら、なぜか小さな女の子を背負ってるし、しかもその子はぼろぼろだし、『あぁ、わたしの彼氏が犯罪者に……』って思ったんだよ、わたし?」

「ほんっっっっっとすみません。埋め合わせはいつか絶対にします」

「言質取ったからね? まぁ怒っているのは嘘なんだけど」

「嘘なの!?」

「わたしは寛容な女ですから」


 してやったり、といった表情を浮かべるシア。


 ……相変わらず遊ばれてる(いじられる)な、僕。


 もはやこの扱いに関して諦めつつあった。たぶん、このひとには――いろんな意味で――一生敵わないだろう。



「そもそも、シオンくんが犯罪そんなことしないって信じてるしね。――それに君はもともと、困ってる人間を放っておけない性質の人間だもの。それがたとえ、見知らぬ少女であったとしても、君は優しいから、きっと助けようとする。

 わたしの知るシオン・ミルファクは、そういう子だから」



 ――ほら、こういうトコとか、絶対に敵わない。


 ともすれば、僕より僕を理解しているのではないかと思うくらい、シアは僕という人間のことを判っている。

 それが、とても嬉しくもあり――同時に、彼女に釣り合うくらいの男にならねばと、改めてそう思う。


「ってことで、わたしもシオンくんの手伝いをしようと思います」

「でもシアに迷惑を…………、いや、よろしくお願いします」

「素直な子は好きよ、わたし」

 にこにこと、シアは笑う。


 ……だって、断ろうとした時、むすっとした表情を浮かべられたら、断ろうにも断り切れないでしょ。

 内心、そう思って――同時に、そんなシアを可愛いなぁと思いながら――いた瞬間、不意に、コンコン、と。ノックが鳴った。


「兄さん? 入りますよ?」

「うん、いいよ」


 ドアが開く、そこには銀髪の少女――僕の妹であるアンジェが、タオルや服を手に抱え立っていた。


「とりあえず、その子の着替え持ってきましたけど……」

「ありがとう、アンジェ。それと、ごめん。いろいろさせちゃって」

「いえいえ、いいんですよ? 全然気にしてませんし」

「アンジェ……」


 笑顔を浮かべ、そう告げるアンジェ。

 つくづく、僕はいい妹を持ったと実感する。ほんと、僕には勿体ない。


「アンジェちゃん。こんにちは」

「シアさん。こんにちは」


 二人が挨拶を交わす。

 僕とシアが付き合い始めてからというものの、二人は急激に――といっても、話を聞く限り前から兆候はあったようだが――仲良くなった。

 まるで、姉妹のよう――僕は、二人を見てそう思った。何にせよ、二人が仲良くなるのは僕としても嬉しいことだ。


「それで、この子は、いったい誰なんですか?」

「そうだ、アンジェにも説明しなきゃだった」


 僕はアンジェに、この子について掻い摘まんで説明する。


「なるほど……では、とりあえず目覚めるのを待つしかないですね」


 と、アンジェがそう告げた瞬間。



「ん……んぅ……」



 ベッドの上――つまり、少女を寝かせていた場所から、声が聞こえた。

 それはつまり、少女が起きようとしていることに他ならないわけで。


「あ、ぅ……ここ、は……………」

「目、覚めた?」

「ぇ……?」


 一番近くにいたシアが、少女に話しかける。少女はぱちぱち、と瞬きし、シアの顔を数秒見つめる。


「~~~~~~~~ッ!?!?!?」

 だが、次の瞬間、少女はガバッと起き上がり、壁際の方へと逃げるように移動した。突然の事態に、僕達は面食らう。


「…………だ、れ……なの……?」


 おそるおそる、といった感じで、少女がか細い声でそう尋ねる。

 その体は、よく見れば震えていた。


「―――――、」


 目覚めたら知らない場所にいた――それだけでも、怖がるに値する状況だろう。けれど僕には、彼女の恐怖の理由が、それではない気がした。

 ……とても怯えた眼だった。何かに恐怖し、その感情が消えないまま、彼女の心に居座っているのだろう。僕はそう、直感する。


 だから僕は、怯えさせないよう、努めて優しい声で、自分の名前を少女に教える。


「……僕はシオン。ねぇ、君の名前は?」

「な、まえ……なまえ……」


 俯きながら、視線を左右に彷徨わせ、少女は呟く。


「…………イ、ル…………」

「イル、か。姓は?」

「………………わから、ない」

「えっ?」

「………わからない、の…………イルが、なんでこんなところにいるの、か………イルが、だれなのかも……ぜんぶ、わからないの………」

「―――、」


 そのとき、僕の脳裏にあることが過ぎった。


「……シアさん。この子、もしかして……」

「うん……たぶん、記憶喪失だと思う」



 ――記憶喪失。それは、現在の僕に当てはまることでもあった。



 記憶の欠落。あるべきはずのモノが、見当たらず、思い出せるはずのモノが、思い出せない。

 自分が何者であるのか判らない、不明瞭な状態。


 ……不意に、想起される、昔日の記憶。


 幼き日、己に記憶がないとわかった時、僕は不安定な状態に陥った。

 相手は僕を知っているけど、僕は相手を知らない。そんな認識の不一致が、僕を苛ませた。

 そして何より――自分が誰であるのか、自分でも判らない。得体の知れない恐怖。それが、イルを今も襲っている。



 ……そう、僕は、それを知っているから。

 今のイルの心情を、僕は痛いくらいに理解することができていた。


「――――、」


 ……イルの小さな姿に、過去の面影が見えた。


 恐怖に震える弱き過去の自分。己を理解できず苦しむ自分。

 昔日の幻影が、不意に現れ、そして消えた。


 思い返す。

 あの時――――僕は、どうやって、この恐怖を乗り越えたのだったか。


 チラ、と。アンジェを見る。

 ……そうだ。隣に、この子がいたから、僕は乗り越えられた。

 アンジェが――周りに優しい人たちがいたから、その暖かさに背を押され、今の己を受け入れた。



 ――それはつい最近だって、経験したこと。



 だからこそ、僕は――


「……イル」

「ひぅっ……」


 僕が少女の――イルの名前を呼んだ瞬間、イルはびくっと肩を震わせる。


「――落ち着いて。僕は君に何かしたりしない」

「や……あ、ぅ………ほん、と……?」

「もちろん。僕も、そこにいる彼女達も。君を傷付けたりなんかしない」


 かつて、僕の周りにいた人達がしてくれたように、僕も彼女に、優しく接する。

 怯えさせないように、怖がらせないように。


「………どうし、て?」


 ――どうして、助けてくれるの?


 内容を省いた問いを、イルが怯えた眼で伝えてくる。


「……どうやら僕は、困ってる人を放っておけない性質タチの人間らしいんだ。君を助けたい。理由なんて、ただそれだけだよ」


 そう、結局の所、僕は彼女を放っておくことができない。

 かつての自分とイルを重ねてしまったことも、理由のひとつではあるのだろう。けれど、もっと根本的なところで、シオン・ミルファクが困っている他人ひとを見捨てる、なんて選択は有り得ないのだ。


 なぜなら、僕の根幹にあるのは、憧憬である父だから。

 数多の人々を救おうとし、数多の人々を救ってきた、紛れもなく英雄であった父の姿が、今の僕にも残っている。

 その想いが、今の僕を形成している。


 ……なんて、ロートあたりが聞いたら「いや、そうじゃなくても、おまえは甘すぎるんだよ」って言われそうだけど。


 とにかく。

 僕はそういう人間であり、そうである以上、イルを見捨てることはできなかった。


「ぁ……う、」


 イルは視線を彷徨わせている。僕の言葉が本当かどうか、判らないのだろう。するとここで、シアがイルの下まで近付いていった。


「イルちゃん。わたしはシアっていうの。こっちの銀髪の子は、アンジェちゃん」

「アンジェっていいます。よろしくお願いしますね」

「……………シ、ア? アンジェ……?」

「うん。――ねぇ、イルちゃん。このひとの言ってることはね、嘘じゃないよ。このひとはね、底抜けなお人好しだから、心の底からあなたを助けようと思ってる。……わたしも、きっと、アンジェちゃんも、このひとに救われたからね。だから、信じていいと思うよ」

「………―――、」


 ゆっくり、イルが僕の方を向く。

 けれど、やっぱり俯いて、でもすぐに顔を上げて……それを、幾度か繰り返す。やがて、ゆっくり顔を上げると、イルは僕をジッと見つめる。

 茶色の双眸の奥で揺れる心。隠しきれない恐怖の色が、混在している。

 そう簡単に、割り切れないというのは、僕がよく判っている。


 ――だから、待つんだ。

 彼女自身の、選択を。

 触れるか、触れないか。その二択のうち、どちらを選ぶのかを。


 ……大きく、息を吸う音。

 ……そっと、息を吐く音。


 そして――― 


「………………………シオ、ン」


 小さな声で――けれど、確かに――僕の名前を、呼んでくれた。


「ああ。改めて、僕はシオン。――よろしくね、イル」

「………うんっ」


 手を差し出す。イルも、恐るおそるだけど、握り返してくれる。


 ――握った少女の手は、とても、小さかった。



 * * *



 ――イルは、目の前に居るひと達に対し、僅かにだが、恐怖以外の感情を抱き始めていた。


 いま現在、彼女の名前以外の記憶がない。

 けれど、消えない感情が、心の中に巣喰っていた。


 それは、恐怖。


 なぜ、自分が恐怖しているのか。

 いったい『何』に恐怖しているのか。


 その理由は判らない。だが、確かに、ソレは少女の心に在った。

 鋭く刻み込まれた感情は、記憶が無い状態であっても、消えないままだった。


 それゆえに、少女は恐怖した。

 記憶ないことも相まったのだろう。記憶喪失と、理由が判らない恐怖。それは、十歳の少女にはあまりにも過酷すぎるモノだった。


 だから――差し伸べられた手を握ることに、ほんの少しだけ、躊躇いがあった。

 真っ黒なソレが、その手を握ることを邪魔していた。


 だが、少年……シオン・ミルファクは、どこまでも優しいひとだった。

「君を助けたい」と、少年は言った。その言葉に、嘘は無かった。

 声色や態度、視線。そのすべてから、暖かさを感じていた。



 ――――ああ。いつか、どこかで、誰かから、

     これに似た暖かさを、感じた気がする。



 漠然と、そう感じた。

 けど、ソレが何かまでは、判らなかった。



 たぶんソレは、無意識の彼方に仕舞われたモノ。

 だからこそ、くしてしまった、記憶のかけら。



 イルという少女は、自分の名前以外を思い出せない。

 己が何者で、何故ここに居るのか判らない。


 喪くした記憶は無意識の彼方に。

 刻まれた恐怖は消えないままで。


 幼い少女は、怯えている。

 でも――彼の暖かさがあったから。彼から、混じりけの無い暖かさを感じ取れたから。


「………………………シオ、ン」


 少女は、震えながらも、彼の手を掴んだのだ。




 * * *



 自らの生い立ちを忘れた少女は、未だゆりかごのなか。

 優しさの根底にあるモノ。暖かな祈り。彼女がそれを識るのは、まだ先のこと。


 けれど――今、確かに、彼らは邂逅した。


 この邂逅であいが、シオンの――そして、イルの運命を変えることになると。

 今はまだ、彼らが知る由もなかった。



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