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Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
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第01話『平穏。運命の一歩前 -calm days-』



 ――青い空が、頭上に広がっている。



 澄み渡った蒼穹に浮かぶ、白い雲。ふわふわ漂うそれを眺めていると、実に穏やかな気持ちが、胸中に広がる。有り体に言えば、のどかというやつだ。

 爽やかな風が、頬を撫でる。夏は終わったとはいえ、まだまだ暑いのは変わりない。風で涼みながら、僕はぼーっと空を眺める。



「………なぁ、シオン」

「んー……? なに、ロート」


 隣の方から、親友――ロート・ニヴェウスが、僕に声をかけてくる。視線をそちらへ向けると、ロートは寝っ転がりながら、僕と同じように空を眺めていた。



「たまには………授業サボるのも、いいな」

「…………ノーコメントで」



 こんな風に。

 僕とロートは、授業の時間をサボりながら――実に穏やかな時間を過ごしていた。



 * * *



 事の発端は、三十分ほど前に遡る。

 三限目の授業が終わり、十分間の休みを挟んだあと、四限目が始まる――その直前に、四限目担当の講師であり、僕らの担任であるオルフェ先生が教室にやって来て、


『――スマン! 大人の事情により次の授業は自習にする! じゃあなッ!!』


 と、それだけ言い残して嵐のように去っていたのだった。



『………自習だって』

『ラッキーだけど、つまんねぇな』

『まぁ仕方ないよ。何の事情かは判らないけど、大人しく自習しよう』

『うーん、自習かぁ。何すっかなぁ……って、どうしたリオ。さっきから黙り込んで』

『………なぁ、ロートよ』

『? なんだよ、急に』

『……次、サボるか』

『――乗った!』

『おいそこの不良ども』

『うし、リオ、屋上いくぞ!』

『よっしゃァッ!』

『あっおい! ロート、リオ! 本気で行くのか!?』



 リオの誘いにロートが即座に乗り、二人はそのまま屋上の方へ向かってしまう。僕はそんな二人を連れ戻すべく、彼らの後を追う。


 ――で、結局、二人を連れ戻すことは叶わず、そのまま二人に押し切られ、流されるがまま、僕もサボることになってしまった。


 ……人生で初めて――自習とはいえ――授業をサボったのだった。



 * * *



「どうよ、優等生。悪魔オレたちの甘ーい誘惑に耐えきれず、初めて授業をサボった感想は?」


 不意に、扉が開く音と共に、話しかけてくる声。その声の主は、もうひとりのサボり魔――リオだった。その手には、三人分の、炭酸水ソーダが入った瓶があった。ジャンケンに負けたリオが、購買まで買いに行っていたのだ。


「……うるさい。だいたい、授業サボるなんて発想自体がおかしいんだ。授業はしっかり受けるものだろ」

「ロート、今の聞いたか」

「ああ、ぜんっぜん説得力がないな」

「……いま何言っても負けな気がする」

「はっはっ。ま、押しに弱いおまえが、オレらに押された時点で負けだったんだよ。――それより、ほら、コレ」


 リオが手に持っていた炭酸水ソーダの入った瓶をこちらに寄越してくる。それを受け取るや否や、蓋を開け、一気に喉奥へ流し込む。すると、腔内で炭酸が弾けると共に、清涼感が体中に行き渡る。


「はーー……やっぱ美味ぇなコレ。こんなモンまで作るなんて、さすが商業大国の文明力」

「しかも独占せず他国に輸出するからな。だからこそ、俺達もこうして恩恵を受けられる」


 そう。いま僕達が飲んでいるこの飲料は、元を辿れば商業国アゥキドンが製造し、輸出したものだ。

 かの国の文明度は、控えめに言って四大国したいこくの中でも飛び抜けて高い。アゥキドンには僕達の知らない技術が多く存在し、それにより発展を遂げてきた……という歴史がある。


 異能を扱う魔術師ぼくたちとは違い、人が作り、人の技術で発展してきた国。それが、アゥキドンだ。


「いつか行ってみたいなぁ、アゥキドン」

「そういえば、今年の学外学習は運良ければ国外に行くかもって兄貴が言ってたな。他の先生の発案らしいが」

「マジでか」

「だったら嬉しいけど……オルフェ先生が言ってることだからなぁ。適当に言ってるだけじゃないの?」

「まぁ、あの兄貴だしなぁ……過度に期待するのはやめとくか」

「おまえら担任に対して遠慮ねぇな」


 そんな、他愛もない会話を交わしつつ、僕達はだらだらと過ごす。



「――なぁ、そういえばさ。『光の巫女』が替わったって話、知ってるか?」


 やがて、授業終了時間にさしかかったころ、ふとロートがこんな話題を出してきた。


「『光の巫女』って……テヴィエスの偉い身分のひとのことだっけ」


『光の巫女』――そういう身分が、霊獣国テヴィエスに存在していると、聞いたことがある。

 国の象徴……とでも言えばいいんだろうか。王様とはまた違うらしいけど、それに等しい身分のことを『光の巫女』と呼ぶらしい。詳しくは僕も知らないので、これ以上のことは言えないけど。


「ああ。……何でも、先代が急死したらしい。で、この前正式に次代の巫女が就任したらしいんだけど……その次代ってのが、すっげぇ小さい子供なんだと。確か、まだ十歳とかだったか」

「子供――? 子供が、そんな大層な役目に就任したの?」

「通常なら、もっと年齢を重ねてからなるものらしい。けど、案件が案件だけに、そうもいかないってワケ。由緒正しき云々ってやつだ」

「――。そう、なのか。……大変だろうね、その子も」

「ああ、まったくだ」


 十歳の子供が、国の頂点に等しい場所に立つ。その重圧プレッシャーはきっと生半可なモノでは無いだろう。


 ――だって、周囲の人間から送られる期待の視線は、あまりにも重いから。


 僕はそれを、知っている。

 かつて、経験したから。


 英雄グレン・ミルファクの息子。それだけで、周りの人間は息子である僕に期待の眼差しを送る。

 僕と父さんは違うのに、同じコトを求められる。


 いや……求められる、というより、比較される(・・・・・)というべきか。


 勝手に比べ、勝手に『差』を理解し、勝手に落胆する。

 あまりにも無責任。あまりにも身勝手。

 ……いまさら、そんなことを言っても仕方ないと判っている。

 今の僕は彼らの心情も――少なからずは――理解できる。そう思えるくらいには、成長できたという自負と自覚がある。


 けれど――『光の巫女』は、まだ幼い子供だという。

 果たして、そんな彼女が耐えきれるのか。


(……判ってる。僕には何もできない。これはきっと、偽善に近い何かだ。でも――彼女を応援したいという気持ちは、たぶん、間違いじゃない)


 未だ、顔も知らぬ他人のことだけど――僕は密かに、『光の巫女』を応援したいと思った。



「ふーん……その子って、可愛いのかな」

「うわ、リオ……おまえ、まさか幼女趣味ロリコン……」

「いやちげぇよ!?」

「そういやエメも言っちゃなんだが幼児体型だし……やっぱおまえ……」

「なんでそこでエメが出てくる!? ってかおまえも失礼だろ! ぜったいアイツに告げ口するからな!?」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人の親友を視界の端に捉えつつ、僕は再び空を見上げる。


 ……きっと、ロートが『光の巫女』の話題を出したことに、特に意味なんて無かったんだと思う。ただ、会話のネタになれば良い、くらいの気持ちだったのではないだろうか。


 だから僕も、それ以上気にすることは無かった。



「……平和だなぁ」



 そんな暢気なことを口にしながら、授業終了を告げる鐘の音を、僕は聴いていた。




 * * *




 時は放課後。学校から解放され、足早に帰宅していく生徒の波を眺めながら、僕は生徒玄関前で待ち人を待っていた。だんだんと陽が落ちるのが早くなってきたこの季節。昼間は暑くとも、夕暮れ時になると少しだけ肌寒くなってくる。


 ……あの日(ロートとの決戦)から、はやくも一ヶ月近くが経とうとしている。


 あの日以降、変わったものもあれば、変わらないものもあった。


 そう、たとえば変わらないもの。それは――僕の、周囲からの評価だろう。


 いちおう、欠陥を克服したにもかかわらず、僕は依然として、『欠陥魔術師ディフェクトゥス』の烙印を押されている。それも当然だ。なぜなら僕は、自分が欠陥を克服したことを周囲に――親しい人物以外――には伝えていないのだから。

 なんで、僕がそうしているのか――その理由は、模擬魔術戦終了直後、オルフェ先生にとあることを言われたからだ。




『――シオン。おまえ、さっきのアレ……』

『え……? あ、固有魔術のことですか?』

『………ああ。おまえが固有魔術を開発したことに関しては、何も言うつもりはない。だけど……このことを、今は絶対に、周りに言うな』

『えっ……どうして、ですか?』

『……丁度良い。ロート、おまえも聴いとけ。

 シオンが持つ固有魔術、ロートが持つ固有詠唱。口にすればたったコレだけのことで、何てことの無いように思えるが……いいか、おまえらはもう、普通じゃない(・・・・・・)。普通じゃないことで、厄介な奴らから目を付けられるかもしれない。――それだけは、避けたいんだ』

『厄介な、奴ら……?』

『要するに、悪い大人ってこと。この世界には、そういう輩が沢山居るからな』

『……けど、先生。俺達は魔術師だ。今じゃないにせよ、いずれ自分の成した結果を発表するのは当然のことじゃないんですか?』

『だから言ったろう。今は(・・)周りに言うなって。……確かに、魔術の徒としては、己が功績を発表するのは当然さ。それは、早ければ早いほど偉大なモノとなる。そうすることで、栄光と名誉を得られるのも否定しない。――だからこの忠告は、魔術師としてではなく、生徒を受け持つ講師として言わせてもらう。

 おまえ達はまだ子供だ。そうである内は、大人オレに護らせてくれ』

『……オルフェ、先生』

『それと、もうひとつ。固有の力を手にしたおまえらに、言っておきたいことがある。

 いいか、力そのものに善悪は無いんだ。大事なのは、その力をどう扱うかということ。

 ――魔術ってのは殺すモノにもなりえるし、救うモノにもなりえる。……それだけは、忘れないでくれ』




 ……あの時の、オルフェ先生の言葉をすべて理解できたわけじゃない。ただ、先生が真に僕らを案じて、ああ言ったということだけは判った。


 だから僕は、欠陥を克服したことを周りに伝えなかった。先生の心配を、裏切りたくなかったから。

 これが、変わらないもの。未だ僕が『欠陥魔術師ディフェクトゥス』である理由。


 そして、変わったもの。これが一番、大きく変わったもので――。


「シーオンくんっ」


 後ろからトントンと、軽く叩かれる。辺りには既に人気はなく、気付けば僕ひとりになっていた。

 いや――ひとりでは、ないけど。

 後ろへ振り向く。すると、そこには、緋色の少女が微笑みながら立っていた。その姿に、僕も思わず頬が緩む。


「――先輩・・。今朝以来ですね」

「はい、そうですね、シオンくん。君に会えない間は寂しかったです」

「っ……先輩。いきなりそう言うの、ちょっとズルくないですか」

「だって、本心ですもん。……あ、照れちゃいました?」

「……いいです。はやく帰りましょう」


 そして僕と先輩は並んで歩き出す。

 そのまま、校門を通り過ぎ、人気ひとけのないところまで歩く。

 すると、先輩は周囲を確認して、誰も居ないことを確認するや否や、大きく深呼吸して――


「――はい、王女様モードおしまい!」


 と、そう言い放った。


「はは……お疲れ、シア」


 苦笑しながら、彼女を労う。


 ――改めて。彼女の名は、シア・シーベール。

 魔導国シーベールの王女にして……僕がいま、お付き合いさせてもらってる人だ。


 もっとも、僕とシアが交際していることを、周囲には――といっても、知ってる人は知っているが――伝えていない。身分差がある僕達が交際していることが知られると、いろいろ面倒なこと――シアや僕に対してのやっかみとか――が起きるからだ。僕は面倒なことを巻き込まれても全然構わないのだが、シアをそういうコトに巻き込むわけにはいかない。

 だから僕は学院ではシアのことを『先輩』と呼ぶし、彼女は依然、人目のあるところでは『高嶺の花である王女様』を演じている。

 表向きは、以前と変わらないというわけだ。


 ……ぶっちゃけ、バレるのは時間の問題な気がするのだけど、とりあえずそこから目を逸らすことにする。


「王女って大変よね……。好きな人と満足に居ることすらできないもの。ある程度覚悟してたこととはいえ、嫌になっちゃう。いっそ学院のみんなに晒け出しちゃおうかしら。そしたら学内でも一緒に居られると思わない?」

「さすがにそれは止めといた方が……それに、僕は今のままでもいいけどね」

「えっ……し、シオンくんは、わたしと一緒に居るの、いやなの……?」

「ああいや! 違うって!」


 僕の言葉で不安になったのか、シアは不安げな表情を隠すことなく僕に尋ねてくる。


 ……そんな彼女の行動でさえ、可愛らしいと思ってしまうのは、少し馬鹿らしいだろうか?



「じゃあ、なんで………?」

「……その、ありのままのシアを見れるのは、僕だけって思ったら……君を独り占めできるって思ったら、他の人に見せるのは嫌だな、って……」

「~~~~っ。………う、うん。じゃあ、やめとくね」


 僕がそう告げると、シアは顔を赤くしたまま俯いてしまう。


 けどよく見ると、彼女の頬は少し緩んでいた。


 ……とても可愛い。こんな人と僕なんかが付き合えるなんて、未だに信じられないくらいだ。


 彼女――シアと僕は、幼い時に、一度出逢っている。けれど僕は、当時の記憶がない。僕には無くて、彼女には有るモノ。その差が、今となってはひどく悲しいコトではあるのだけど――それでも、彼女は今の僕を受け入れてくれた。

 だから、記憶がなくとも……いいや、無いからこそ、シアを大事にしたい。そう、思える。

 だから――


「――――、」


 そっと、シアの右手に触れる。そして、そのまま――彼女の手を、握る。


「ぁ………」


 ぽつり。彼女の口から、吐息が漏れる。そして、僕の手を握り返す感触が、伝わる。

 シアの蒼い瞳が、僕を視る。その瞳の中には、ほんの少しの驚きと――僕でも判るくらい、隠せないほどの喜びが、在った。


 ……顔が赤くなっているのが判る。

 だって、もう時刻は肌寒くなる夕刻なのに――体中が熱いから。


「………えへへ。嬉しいな、シオンくんから、そうしてくれるなんて」

「……正直、すごく緊張した。嫌がられたらどうしよう、って」

「嫌がるわけないじゃない。わたしは、シオンくんがすることで、嫌がることなんて何もないの。もぅ、そういうトコで変な心配するんだから。………そういうところも、わたしは好きなんだけどね」

「っ………」

「あ、照れてる。これは間違いなく照れてる」

「照れてない」

「またまたぁ。もう、可愛いんだからぁ」


 そんな、他人が聴いていたらむず痒くなるような、甘い会話を、僕達は交わす。

 他人にとっては甘すぎるモノでも、僕達にとっては、これ以上ないくらい幸せな会話だから。


 手を握ったまま、僕達は歩き出す。人気のない道。人混みや大通りを避けるのは、彼女のためとはいえ、やはり堂々と、放課後デート……というわけじゃないけど、好きな人と一緒に、寄り道を楽しみたいという気持ちは、僕もゼロというわけじゃない。だけど、僕たちの関係を秘密にしている限り、それはきっと、不可能なことだ。

 そんな、行き場のない気持ちを抱えながら歩いていると、やがて、シアの家……学院の寮前に到着していた。


(――もう、終わりか………)


 一抹の寂しさが、僕の胸中を過る。一日の間で、たった数刻しか一緒にいることしかできないからこそ、その時間が終わることが、どうしても寂しいと感じてしまう。

 けど、それを決して表情かおには出さない。こう在ることを望んだのは僕たち自身なのだから。

 ……だけど、それ以外ならば。


「あの、シ――」

「………ね、シオンくん」


 僕が口を開こうとした瞬間、わずかに早く、シアが口を開いた。彼女の方を見れば、その眼は僕の方をジッと見ていた。

 瞳の奥に在るのは、期待と、わずかな不安の色。


「その………ね? 週末――もしよかったら、なんだけど………」

「――うん、もちろん。断る理由なんか、どこにもないしね。……それに、僕も言おうと思ってた」


 即答する。

 シアが何を言おうとしているのか、みなまで言わなくとも判った。

 だってそれは――僕も、言おうとしていたことだから。


「じゃあ………楽しみにしてるね」


 はにかみながら、シアはそう告げ、寮の方へ向かっていった。

 その背中が、見えなくなるのを見届けたあと、僕も帰路につく。

 上を見上げれば、そこに緋色はなく、既に紺色へと変わっていた。




 ……あの日(ロートとの決戦)から、はやくも一ヶ月近くが経とうとしている。



 一か月――そう、それは、裏を返せば。

 僕とシアが付き合い始めて、もうすぐ、一ヶ月経とうとしているということだった。



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