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Wizard of Diaster  作者: 巡
第二章 霊獣覚醒
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Prologue『逃亡。昏い闇の果て -In The Dark-』

   すべての命に在る、小さく、暖かい祈り

   あなたの魂にもある、光のような優しい祈り

   いずれ、きっと、わかる時が来るけれど

   いまはまだ、ゆりかごのなか




 ―――――昏い闇の中を、少女は走っていた。


 木々が立ち並ぶ森。夜に染まったその場所に光は無い。暗闇の中を、少女は駆け抜ける。

 肩口まで伸ばされた、黒い髪の少女。年の頃はとおくらいだろう。それゆえに、幼い少女がこの場にいる光景は端的に言って異様だった。

 既に限界を通り過ぎた足は、痛みを何処かへ置き去りにしてしまっている。息も絶え絶えになりながら、それでも少女は走ることをやめない。

 止めた瞬間、少女は、終わってしまうから。


「はぁ、はぁッ、ハァッ――」


 彼女の脳裏に浮かぶのは、ある光景。




『――イル様、お逃げくださいッ! はやくッ!』




 そう言ったあのひとの姿が、脳に焼き付いている。

 そして――赤く、紅い血が、そのひとの体から流れ出した光景も。


「~~~~~~~ッ!!!!」


 瞬間、込み上げる吐き気。全身を襲う恐怖。それを無理矢理抑えつけ、少女は走る。

 不意に、視界が歪んだ。それが、自分の眼から溢れる涙だと気付くのに、数秒かかった。


(フィエナ……フィエナぁ……っ)


 心の中で、名を呼ぶ。

 大事なひとの、名を。


「ぁ――ッ」


 不意に、ガッ、と。木の根元に足を引っかけてしまい、思い切り倒れ込む。


「う、ぁ………っ」


 全身に伝わる鈍い痛み。口の中に砂が入ったのだろう。じゃりじゃりと、嫌な感覚が腔内を走る。


「や……だめ。いか、なきゃぁ……」


 止まるわけには行かない。止まったら、終わってしまう。


 終わってしまったら――――あのひとの犠牲に、意味がなくなってしまう。


 だから、行かねばならない。判っている。なのに――


「どうしてぇ……動かないのぉ……っ」


 まるで石にでもなったかのように、自分の身体が言うことを聞いてくれない。


「うごいて……うごいてぇ……!」


 何度も、何度も。自らの足を叱咤する。

 もう一度動きさえすれば、後はどうとでもなるから。だから動いて――そう、祈っていた瞬間。





「――――ようやく追いついたぞ『光の巫女』よ」





 聞きたくなかった声が、耳朶に響く。


「――――――、」


 引き攣った声が、喉の奥から漏れ出る。

 恐る恐る、振り返る。そこには、二人の男が立っていた。


 一人は、蒼髪の長身の男。視線だけで人を殺せるのではないかと錯覚するほどの鋭い目付き。整った顔立ちであるのに、目付きがそれを台無しにしている。長身ゆえに、少女を見下ろす形となっている今の状態では、その鋭さが増している。


 もう一人は、まだ少年の雰囲気を残した、緑髪の男。にこにこと、人の良い笑みを浮かべ、柔らかい印象を与える。だが、この状況下においては、その笑みは些か異常であった。


 特徴的だったのは、両者とも、白い祭服カソックと黒のストールを身に付けているというコトだった。

 黒い闇の中で、白く、その存在を示していた彼らは、まるで亡霊のように見えた。


「もー、やっと見付けた。最近のちびっこって、こんなに足速いの?」


 陽気な声で、緑髪の男が告げる。声自体は、明るいモノ。けれど、何故か、得体の知れない不気味さを、少女は本能で感じ取った。

 まるで、わざと明るく振る舞うことで、本性を隠しているような――そんな気がしたから。


「知らん。貴様は何処に行っても煩いな。……それより、早く使命を果たすぞ」


 緑髪の男をいなしながら、蒼髪の男は少女の方へ足を進める。


 ――少女の視界に、何かが映る。


 男の着ている白の祭服。その純白を染め上げるように、真っ赤なナニカが、べっとりと付いていた。

 たぶん、それは、少女の脳裏に焼き付いているモノと同じもので――――



「まったく……あの女、手間を取らせてくれる。だが、いくら巫女を逃がすためとは言え、自らを犠牲にする……その献身だけは、認めざるを得ないな。さすがは、『守護者』と言うべきか」



 告げられた事実に、少女の心は一瞬で凍り付く。


「や、ぁ……いやぁ……っ。いやあああああああああああああああッッッ!!!!!!」


 ――抑えていた感情が、少女を支配する。


 ざく、ざく。恐怖という感情が刃物となって、少女の心を切り刻む。


 消えないように。

 取れないように。

 深く、その心に、刻み込んでいる。


 怖い、恐い。目の前に立っている敵から今すぐ逃げろと、本能が告げている。

 それが原動力となって、少女の体は再び動きだす。


「ッ、逃がすか!」


 当然、男が少女を逃がすはずもなく、彼は少女を捕まえんと後を追う。


「はぁ、ッ。は――ッ!」


 必死に走りながら、少女は涙を流す。


(ごめんなさい、ごめんなさい……っ)


 少女を護った、大事なひとに謝りながら、彼女は涙を流し、走り続ける。

 走って、走って、走って――――そして。



「………………………、ぁ」



 逃亡の終わりを告げる場所に、少女は辿り着く。

 深い森を抜けた先にあったのは、断崖絶壁だった。崖の先に広がる海を、月明かりが照らしている。


 ――終わりだった。自然が作りし行き止まりに、少女はどうすることもできない。



 …………ぴちょん。冷たい雫が、頬を打った。



 最初は弱々しかったそれは、やがて強い雨脚へと変わる。ザァザァと地を打ち付ける水の音。一気に体は冷えていき、体温を奪っていく。


 とても冷たい、雨のなか。少女は絶望に、感情を支配されていく。


 ザッ、と。地を蹴る音が耳に届く。振り向けば、そこにはあの蒼髪の男が、苛ついた顔をしながら立っていた。


「また、ちょこまかと逃げてくれたな……加えて、この闇だ。おかげで、魔術を撃とうにも撃てなかった。……いや、案外それはおまえが持つ唯一の幸運だったのかもしれないな。――だが、それもここで終わりだ」


 そう言って、男は少女に近付く。それに反するように、少女は後退る。

 だが、後ろにあるのは崖。ゆえに少女の後退は、すぐに終わりを迎えた。


「……こんな年端もいかぬ子供が、次代の巫女とはな。運命とは因果なものだ」


 不意に、男が口を開く。その顔からは、何を考えているのか読めない。


 ただ――――今まで行動に、そしてこれからの行動に、何の躊躇いもないということだけは、判った。


 それが、狂気に満ちているということも。




「――恨むならこの世界を恨めよ、『光の巫女』。才無き身でありながら巫女に選ばれたこと。そしてここで我らに囚われること。それこそが『アジェンダ』に記された使命であり――おまえの運命ものがたりだったのだ」




 そして、審判を告げるように――男は、少女にそう言った。


「っ……あ」


 いま、少女の心に巣喰っているのは、罪の意識と恐怖だった。

 自分のせいで、大事なひとを失ってしまったコトへの罪悪感と――これから、自分がどうなるか判らないことへの、恐怖。


 負の感情が、少女の心を塗り潰す。

 黒く、昏く。精神を侵していく。

 震え戦慄く少女の心。あまりにも幼すぎる彼女の精神は、耐えきることができない。

 際限なく膨れあがるソレに耐えきれなくなり、思わず少女は―――




「―――――――――………………あ」




 一歩、後退あとずさってしまった。

 踏み出した足は地へ着かず、虚空を踏み抜く。

 ゆえに当然の帰結として、少女は昏き海へ落下していく。


「なに――ッ!?」


 突然の事態に、男は対処できず、落下する少女を見ることしかできなかった。


「―――――――――」


 逆さになっていく景色を視界に映しながら、少女は思う。




(イルが……イルが、未熟なせいだから。イルが、弱いから―――こんなことになっちゃったんだ)




 幼き少女は、ただ延々と、自らを責め続ける。

 こうなったのはすべて自分のせい。ならば罰を受けねばならない。


 近付いてくる水面。あと数秒もしないうちに、あの中へ飛び込む。



 ……そっと、空へ手を伸ばした。



 誰も、この手を掴んでくれるひとなんて居ないと、判っているのに。 

 絶対に、己を救ってくれるひとなんて居ないと、理解しているのに。


 諦めきれない心が、どこかにあった。


 そして――


















「………………ごめん、なさ――――」

「い」と、最後まで言い切る前に。








『光の巫女』と呼ばれた少女は――昏き海の中へ、堕ちていった。





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