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Wizard of Diaster  作者: 巡
第一章 運命始動
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第16話『緋き昔日、果たされた約束 -Be fulfilled promise-』


 ――――負けた。


 ついに、シオン・ミルファクが己を超えた。

 魔導館の床に寝転びながら、ロートはそう思った。


 自分の持てる総てを出し切った。その上で、負けた。

 だが、ロートの心には、満足な気持ちがあった。


 昔日の誓い。あの日交わした再戦やくそくを、今日、果たした。

 結果は敗北であったとしても――そのことに、変わりはないのだから。


「ははっ……チクショウ、痛ぇなぁ……」


 全身が痛い。魔力も、もう無くなった。

 ――全力を尽くして、その上での敗北。

 その事実は、ロート・ニヴェウスという魔術師に、ある感情を思い出させた。


 ロートには、たぐいまれな才能があった。それは彼自身自覚していたことだし、それに酔いしれないよう、常に自分を戒めてきた。そうして、ロートは他人に認められた『天才』となった。しかしそれは、ロートにある感情を忘れさせたということと同義であった。


 幼き日に初めて味わったモノ。また上を見上げるための礎となるモノ。


 久しく忘れていた『敗北』という経験。それを通して、ロートは思い出した。



「……悔しいなぁ……」



 ――ああ、そうだ。


 ――俺は、悔しいんだ。



 シオン・ミルファク。

 自分の初めての親友であり、

 自らが師と仰ぐ人の息子であり、

 そして自分の――最大の、ライバル。


 ゆえに、いいやだからこそ。


「次は、負けねぇ……」


 この悔しさは次の勝利への礎。今日の敗北を胸に刻もう。


 ……ふと、己の頬が濡れていることに気付いた。

 それが、自分の涙だということを理解するまで、ロートはしばらくかかった。



 * * *



「―――――ぁ……」


 己の勝利を告げるその声を聞いた瞬間、僕は糸が切れたみたいにその場に倒れこんでしまう――はずだったのだけど。


「ぇ……?」


 優しく、その場に倒れ込むはずだった僕を受け止める、誰かの腕。


「シオンくん」

「……せん、ぱい」


 緋色の少女――シア先輩が、穏やかな笑顔で僕を受け止めてくれていた。

 そのまま、先輩はゆっくりと床に座り、僕を――疲弊して動けない僕は先輩にされるがままだ――横たわらせ……


「えっ?」

「ふふーん。ご褒美」


 ――そのまま、膝枕させられた。


 頭の裏に伝わる柔らかい感触。鼻孔に伝わる何やらいい匂い。目と鼻の先に先輩の顔がある。


「―――」


 脳がフリーズして何も言うことが出来ない。


「……いや、だった?」

「とんでもないです。ありがとうございます」


 即答する。衝動のまま、なぜかお礼まで言ってしまった。

 そんな僕の様子に、先輩はけらけら笑ったまま、口を開く。


「……勝ったね」

「……はい、勝ちました」


『勝利』――その事実に、ようやく実感を覚え始める。


 ……ついに、ついに僕は、己を超え、ロートを超えた。


 遠く、長い道程みちのりだった。けど、ここまで来れたのは――他の誰でもない。背中を押してくれた最高の親友と。



「――おめでとう、シオンくん」



 目の前にいる、このひとのおかげだ。


「……先輩。少し、いいですか」

「なぁに?」

「――伝えたいことが、あるんです」


 だから――言わなければならない。

 僕がそう言うと、先輩は急に黙り込む。

 その表情からは、上手く感情を読み取ることができない。


「………伝えたい、こと、って?」


 震える声で、先輩が僕に訊ねる。


「………っ」


 心臓がどきどきしている。やっぱり言うのを止めよう。そんな臆病な心が顔を覗かせている。

 けど、決めたんだ。





「先輩――僕は、あなたのことが、好きです」





 ――この戦いに勝ったら、この想いを告げよう、って。


 あなたが好きだという気持ちを、伝えるって。

 たとえ届かなくとも、告げないまま潰えるより、よっぽど良いから。



「僕とあなたじゃ釣り合わないことくらいわかってる。それでも、僕はあなたが好きなんだ」



 高嶺の花と、道端の草。花は美しいからこそ人々から愛でられるのであり、草は草でしかないからこそ、誰の目にも留められない。

 それでも――ああ、それでも。

 シオン・ミルファクは、シア・シーベールという少女が好きなんだ。

 そう、このこころが言っている。


「僕はもう、昔の僕じゃない。あなたが知っている僕じゃない。――だけど、判るんだ」


 記憶はない、想い出もない。けれどこの心は識っている。

 かつての僕も、彼女が好きだったと。

 それが、判るから。


「もう一度言います。――シア先輩、僕は、あなたが好きです」


 シア先輩の眼を真っ直ぐ見つめ、僕はもう一度告げる。

 蒼穹ソラ色の瞳に僕が映っている。それは、先輩も僕のことを見ている証拠だった。


「……ばか」


 そう言って、先輩は。


「――――んっ」


 僕の唇に、自らの唇を重ねた。


「~~~っ!?」


 突然のことに、僕は目を見開く。当然だけど何も言えず、僕は目を閉じてただ先輩の行為を甘んじて受け入れるしかできない。

 熱く、柔らかな感触が、唇に伝わる。優しく、穏やかな、そんな口づけ。だからこそ胸中が暖かな気持ちで満たされる。


 ずっと、ずっとこのままでいたい――そう、思ってしまう。

 永遠とも感じる刹那――それに、終わりが訪れる。


 離れていく先輩の唇。そして、先輩が潤んだ目で僕を見つめながら、口を開く。




「わたしも……君が、ずっと好きだったよ。ずっと、ずぅーーーっと……幼いあの頃から、大好きだった。

 あなたがいたから、わたしは変われた。あなたがいたから、わたしは、前に進むことができたの。

 記憶が無いとか、そんなの関係ない。――そんなもので、わたしの想いを否定させない。それに、シオンくんは、記憶が無くてもシオンくんのままだった。

 ……確かに、わたしはこの国の姫だけど、それでも自分の好きなひとくらい、自分で決めるよ。だから、だからね……?」




 ひとこと、区切って。



「わたしと……付き合って、くれますか……?」



 顔を真っ赤にしながら、シア先輩はそう言った。



「……僕が聞いてるのに」

「だってぇ…………恥ずかしいんだもん」

「可愛いです、先輩」

「…………むぅ、生意気。あと、その『先輩』ってのやめて。敬語も」

「え……じゃあ、なんて呼べば……」

「正解したら、またご褒美あげる」



 そう言われても――と、迷ったのは一瞬。

 正解は、すぐ、頭の中に浮かんできた。




「―――――シア」




 ――ああ、これだ。


 懐かしい気持ち。暖かい気持ち。

 かつての僕が、そう呼んでいたって、判る。


「~~~~っ、シオンくん!」

「わっ……んんっ」


 再び、僕と先輩は唇を重ねる。

 今度は、さっきよりも激しく。

 先輩の舌が、僕の腔内を蹂躙する。ぴちゃ、くちゃ。卑猥な水音が耳朶に響く。

 衝動に突き動かされるまま、互いが互いを、求める。その身体に、証を刻むように。


 そして……また、彼女の唇が離れる。唇と唇の間に、透明な橋が一瞬だけ架かる。

 彼女の両目の端に、小さく、光るものが見えた。



「あぁ……わたし、幸せ。こんなに幸せな気持ちになったの、はじめて。あの時の約束・・が、ようやく叶って……ずっと想っていたあなたに、好きだって言ってもらえて……嬉しくて嬉しくて、仕方ないの。わたし、こんなに幸せで、いいのかなぁ……っ?」

「……いいに決まってます。きっと先輩は……ずっと、待っていてくれたんでしょう? だから――お待たせしました」

「~~っ、うん、うん……っ。もう……遅いよ、ばかぁ……。敬語、だめって言ったのにぃ……っ」

「す、すみま……いや、ごめん、シア」

「うん……よろしいっ」



 コツン、と。先輩が……いや、シアが、僕の額に自分の額を重ね合わせる。


「……ね、シオンくん」

「………なに?」



「――もう、離さないよ。絶対に、どこにも行かせない。ずっと、わたしの傍に居て」

「――離れるつもりなんてない。絶対にどこにも行かない。ずっと、きみの傍に居る」


 

 僕がそう言うと、シアは――これまで見たどれよりも、最高で綺麗な笑顔を、見せてくれた。




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