第15話『氷炎協奏曲 -Shion Milfac / Lot Niveus.-』
「――やった、成功した……っ」
シオンが【固有魔術】の発動を成功した光景を、シアは魔導館のギャラリースペースから眺めていた。
「……シアさん」
「アンジェちゃん」
不意に、自分に話しかける声があった。振り向けば、そこにはシオンの妹――アンジェがいた。
「アンジェちゃんも、見に来てたんだね」
「……いちおう、最初から。入り口近くで見ていましたけど」
そう言って、アンジェはシアの隣に並び立つ。
「あれが、兄さんの【固有魔術】、ですか……」
「うん。――【同時魔核処理】。シオンくんの欠陥は、魔核が二つあるせいだってことを仮定に、わたしと彼で創ったモノ。ほんと、大変だったよ」
「【固有魔術】を、たった二ヶ月で創るなんて……普通なら、有り得ませんよ」
「普通なら、ね。でも、彼にはそれを成し遂げるだけの意志があった。だからわたしも、自分に出来るコトを全部した。たとえ異常しくても、それが、わたし達の答えだったから。その結果が――今、わたし達の目の前にいる、彼だよ」
「……すごい、ですね。本当に。……わたしじゃ、きっと出来ませんでした」
「褒めるのは、彼が勝ってからだよ」
シアは視線を正面へ戻す。視線の先には。笑顔で魔術を撃ちあう二人の少年。その光景に、思わず苦笑する。隣を見れば、アンジェも呆れ顔で彼ら二人を見ていた。
「……ほんと、男の人ってよくわからないです。なんであんな楽しそうに喧嘩するんでしょう」
「そうかな? わたしは、判る気もするけど」
「そうなんですか?」
「要は、譲れないモノがあるんだよ。誇りというか、意志、かな」
誰にだって、譲れないものはあるだろう。たとえば、今の彼らの場合は『勝ちたい』という意志。
負けたくない、コイツに勝ちたい――そんな欲が、男の場合は泥臭く、青臭くなるだけという話。女ならば、理解できなくても仕方ないことだ。
けど、シアは……その光景が、とても眩しく、嬉しかった。
なぜなら、今、目の前にいる少年は――
「うん――あれは、わたしが知ってるシオンくんだ」
彼女の記憶にある、幼いころのシオン・ミルファクと、同じだったから。
「―――、」
そう誇らしく告げる緋色の少女の横顔を見て、銀の少女は何を思ったのだろうか。紫水晶の双眸から、感情は読み取れない。
「シアさんは……」
「うん?」
「――兄さんを、どう想っていますか」
ふと、呟くように。アンジェはシアにそう訊ねる。
アンジェの手は、なぜか震えていた。
「――――、」
「ぁ……や、その。何でもないです! 忘れてください」
「……ううん。あなたには、言わないとだよね」
シアはそう言うと、アンジェの耳元に口を近づけ、
「―――、―――……」
「………ぁ……」
小さく、その言葉を告げた。
* * *
魔術を撃つ。魔術を躱す。
目まぐるしい魔術の応酬。それは紛れもなく、僕がロートについていけている証拠だった。
「――ッ!」
迫る氷槍。それを、火属性の魔術を以て融かす。
蒸発。水蒸気が立ちこめ、視界が遮られる。
(何処だ――ッ?)
神経を集中させ、ロートの位置を探る。しかし、気配を殺しているのか、間違いなく近くにいるはずなのに、その存在を察知することができない。
――そう判断するまでに二秒。
ならば次に僕が採るべき手はひとつ。
「風よ疾走しろ――【突風】ッ!」
詠唱を紡ぎ、風属性魔術を顕現。それにより、視界を遮っていた水蒸気を払う。
そして現われるのは、目を見開くロートの姿。彼を視界に捉えると同時、地面を蹴り走り出す。
詠唱をしている暇はない。ここで生まれた刹那の間隙を活かすならば、間合いを詰めロートにも詠唱をさせる暇を無くすことだ。
――だが、それでも上回るのが、ロート・ニヴェウスという男。
「――【氷槍・双】ッ!」
刹那の内に、紡ぎ顕れる氷の槍。
《超速攻詠唱》――彼だけが持ちうる固有の業。それがいま、ここでようやく片鱗を見せる。
片方は正面。そしてもう片方は――――背後。
「っ!」
回避は不可能――いいや、否。
躱す術がないのなら、防ぐ術を創り出せ。僕はそれを識っている――いや、識ったから。
全ての神経を右手へ。想像するのは大気を掴むそのビジョンのみ。
「魔力収束――硬化」
失敗は敗北を意味する。ゆえに、失敗など断じて許されない。
「魔力壁―――展開ッ!」
そして、氷槍を防ぐ壁を展開した。
展開した魔力壁に氷槍が直撃する。バリィンッ! と破砕音が響く。それを確認すると、僕は一気にその場から離脱する。
「はっ――妙な真似するじゃねえか。魔力収束なんて、いつ覚えた?」
「この修行期間中にね。――最高の先輩から、教えてもらったんだ」
魔力収束。大気中の魔力を収束し、それを行使する高等技術。
僕はそれを、修行中にシア先輩から教授してもらった。
……もっとも、コレは【同時魔核処理】起動状態でしか使用できない。そうでありながら、未だ成功確率は五分五分といったところだ。
さっきのは賭けに等しい。成功しなければ、負けていた。
「――ッ」
静かに、自分の状態を把握する。
……大丈夫。まだ、戦える。
魔術戦を始めて既に十五分以上が経過している。ここまで、ずっと全力だった。ゆえにここで懸念すべきなのは『魔力枯渇』――魔力がゼロになる状態――だ。
僕もロートも、残り魔力は少ない。
だが、こんなところで倒れるわけにはいかない。
「さぁ――続き、やろうぜ」
なぜなら、ロートはまだ、戦いを望んでいる。
ならば、応えなければ。
「空気と交わりて、その身を壊せ――【爆発】ッ!」
《速攻詠唱》により【爆発】を発動。
「燃えろ、焔――【小さな焔】!」
間髪入れず、【小さな焔】を発動。二つ同時に火属性魔術がロートへ襲いかかる。
――が、これだけでは終わらない。
「穿ちて燃やせ――――【炎槍】ッ!!!!」
三個目の魔術――【炎槍】を、今度は《二重詠唱》を以て発動する。これにより、本来なら初級魔術である【炎槍】の威力が増幅する。
小規模の魔術を連続で放ち、最後に大きめの魔術を撃つ。これにより、対処に手こずらせる。安易な手だが、何もしないよりかはマシだ。この間に、次の手を考える。
「【飛瀑】――ッ!」
――ロートならば、これくらい対処するだろうから。
上空に、水属性を示す青色の魔術陣が出現する。そこから――地に叩きつけるかのような勢いで水が流れ出す。
(上級魔術……ッ!)
行使が難しいはずの上級魔術を、あの状況下でロートは難なく発動させる。
――やっぱり、すごいよ。おまえは。
だけど――僕は、おまえに負けたくない。
「【痺雷】ッ!」
ロートが【飛瀑】を発動させている間、僕は床が水に侵食されていない場所まで移動し、詠唱を完了させていた魔術――【痺雷】を、地面に広がっていた水溜まりに向かって、発動させる。
水溜まりは、ロートの足下まで続いている。そしてこの水は、純水ではない。ゆえに――
「ぐッ、ああああアアアアアアッッッッッッ!!!」
彼の下まで、電気が流れる。
(やったか――?)
がくっ、と。ロートが膝をつく。さすがのロートでも、今の攻撃は効いたはずだ。
だが――。
「―――………まだ、だァッ!!」
ロートは、立ち上がった。
「ッ……やるじゃねぇか、シオン。流石に、今のはやられるって思ったぜ」
「だったら大人しくやられてくれよ……どんだけしぶといんだ」
「当たり前だ。そんな簡単に、倒れてやるモンか。だってよ……この感覚、この高揚感――あぁ……最ッ高だ。俺はようやく、最高の相手と、望んだ戦いをしているんだ」
噛みしめるように、ロートは呟く。
「俺はいま――最高に楽しいぞ、シオンッ!!」
「――ああ。僕もだ、ロートッ!!」
しかし、現実とは非常なモノ。
僕とロートが声高らかにそう告げた瞬間。
ぐにゃり、と。視界が歪んだ。世界が捻じ曲がり、立っているのさえやっと、というような感覚。
(くそ――『魔力枯渇』の兆候現象か……ッ)
まだ、まだここで負けるわけにいかないのに。現実は残酷に、事実を突きつけてくる。
歪んだ視界の中、ロートの方を見る。すると、ロートもふらつくように立っていた。どうやらロートも、僕と同じ状態のようだ。
「……あー、くそっ。なんでこうなっかなぁ……」
「まったくだよ……。まだ、ここからなのに」
もはや僕達は倒れる一歩寸前。気力だけで何とか持ちこたえてる状態だ。
それはひとえに、負けたくないという意志があるから。
でも、それ以上に――この最高の刹那を、何時までも、永遠に、続けていたいという願いがあるから。
けれど、それは許されない願い。何故なら、永遠などこの世界には存在しないから。
物事には始まりがあって、終わりは必ず来る。ゆえに、永遠など存在しない。
だから、
「次で終わらせよう、ロート」
次の一撃に、全てを込める。
己が魂を懸けた一撃を――放つ。
「――ああ。いいぜ」
僕がそう言うと、ロートは頷いてくれた。
示し合わせたかのように、僕達は始まりの位置へ戻る。そして、三度、互いに向き合う。
ロートの姿が、視界に映る。
「なぁ、シオン」
不意に、ロートが僕の名を呼ぶ。
そして――――。
* * *
あの白き離別の日から、ずっと気にしていた。
幼き日、己を倒したアイツに絶対に勝つと誓った。
再戦を、約束した。
その日を待ち望んで、研鑽を積んできた。
だが――そうして、再会した少年は、欠陥を背負い立ち止まっていた。
――違うだろう。おまえはそんなところで止まるような器じゃない。
魔術が好きだった。偉大な師に憧れた。
だからこそ、その息子に立ち止まって欲しくなかった。
何故なら、おまえの真実の想いは、立ち止まることを忌避しているから。
己と同じく、あの閃光の憧憬を追い求めているから。
――だから、俺が背中を押してやる。
そのためなら、ロート・ニヴェウスという少年は、シオン・ミルファクにとっての悪となることすら厭わない。
彼の為ならば、自ら泥を被ろう。それすらも取り込んで、お前の糧にしてみせる。
欠陥魔術師? そんな名称、知ったことか。そう呼ぶ奴らはシオンの真価を知らない。ゆえに勝手に言わせておけ。俺はおまえが劣等ではないと識っているから。
――だって、おまえは這い上がってきてくれた。
時間はかかったけど、そんなことはもうどうでもいい。
だからいまは、この最高の刹那を胸に刻み、共に詠おう。
我が朋友。我が好敵手よ。ここに、あの日の約束を果たそう。
「――勝つのは、俺だ」
* * *
笑みを浮かべ、ロートはそう告げた。
「―――――――――、」
魔術が好きだった。偉大な父に憧れた。
けれど、何の因果か、魔術が使えなくなった。
――ああ、所詮僕は、ここまでの器だったのか。
そう思い、夢を捨て、諦め――立ち止まった。
欠陥魔術師と、蔑まれてきた。
だが、それはもう既に過去のこと。現在を生きる己にとっては所詮、振り返るだけのものでしかない。
弱きシオン・ミルファクはもう死んだ。
ここに立っているのは、新生した自分。
親友が背中を押してくれた。
××な人が隣にいて、そして手を引っ張ってくれた。
彼らがいたから、僕はいま、ここにいる。
……迷いはない。
超えるべきは眼前の魔術師――最高の朋友。
たかが模擬魔術戦。けれど、僕にとってはそれ以上の意味を持つ戦い。
「――いいや、ロート」
追いつけないと思っていた。勝てないと思っていた。
目の前にいる魔術師には、どうあっても、敵わないと。そう思っていた。
だけど……いま、僕は親友と、渡り合えている。それが、最高に嬉しかった。
ゆえに――
「――勝つのは、僕だ」
己に残る全てを賭して、この戦いに終止符を打つ。
「「――――行くぞォッ!!」」
そして今、此処に終幕を告げる一撃が放たれる。
「――不与の救済、絶なる苦罰・存在するは苦痛の檻
されど、此処は煉獄に非ず・汝は赤炎に焼かれる者・罪人咎めし不滅の業火――――」
「――終わらない、破滅の冬・身を切る霜、吹き荒ぶ雪、咬みつく氷、荒れ狂う風
其は全てを凍らせ、永久不動のモノを創る・破滅、それ即ち刹那の封印―――――」
同時に紡がれる詠唱。己が出せる全霊の一撃を出すため、魔術を構築する。
彼我の距離は三十メートル。この三十メートルこそ、決着の舞台。
「永劫の苦しみを与える紅き炎――【地獄の業火】ッ!!」
「破滅の冬は、神をも凍らす――――【破滅の冬】ッ!!」
一秒の狂いも無く、詠唱が同時に終わる。
刹那――――魔導館に、破冬と業火が顕現する。
燃え狂う紅き炎。万象凍らす白き冬。紅白乱れる幻想が、ここに衝突する。
互いが得意とする属性――すなわち、僕が火属性。ロートが、氷属性での攻撃。属性相性においては僕の方が有利。だが、属性相性で勝っていても、威力は互角。
それはひとえに、ロートが使っている魔術が僕より高位のモノだから――否、それだけではない。ロートの力量が、魔術の完成度を上げているのだ。
ゆえに、属性相性など物とせず、拮抗している。ここでも、ロートと僕の力の差を感じる。だけど、決して臆することだけはしない。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
叫ぶ。すべてを出し切るように、雄叫びを上げる。
そして――――。
「俺の―――――勝ちだッ!!」
ロートの【破滅の冬】が、僕の【地獄の業火】を飲み込んだ。
全霊の一撃が、負けた。
―――………まだ、だ。
まだ、終わらない――終われない。
――終わるわけには、いかないッ!
「――――Est wehlects las anukreis.!」
【同時魔核処理】。
この現代において、シオン・ミルファクのみが使える、唯一の魔術。
その真髄を――残していた奥の手を、放つ。
「Finiteus vehlecting.!」
選ぶのは【直列回路】ではなく――『かつて在った回路』の状態。
それはつまり、魔術が使えなかった頃の僕の魔力回路ということ。
「Est'll initiet connexienden.―――」
走り出す。三十メートルの距離を、疾走する。
「ハハッ! まだやるか! 次で終わらせようなんて嘘じゃねぇか! ――――ああ、そう来なくっちゃなァッ!!!!」
盛大に笑いながら、ロートは魔術を《超速攻詠唱》で【氷槍】を次々に顕現させる。
その総数――二十。
火事場の馬鹿力というやつか。ここに来てロートはこれまでにない速さで魔術を顕現させていた。
――――ならば、その全てを撃ち落とす。
その為の、この回路なのだから。
「Finiteus connexiendenッ!」
選択したのは『かつての回路』――即ち、回路が『魔核』の存在部分で二つに枝分かれし、回路として成立させていた状態。
それはつまり、一つの可能性を示していた。
「Las omnis-procesia endeed.……ッ!」
全ての工程を終えた瞬間、脳が悲鳴を上げる。
リソースの全てを『魔核』の制御に回しても、容赦なく己を侵してくる痛み。
【直列回路】の比ではない。これは間違いなく、人智を――魔術の理を超越した力。
僕という魔術師の身に有り余るほどの力――異常なる魔術。
それを、行使する。
「……………、」
視界が歪む。真っ直ぐ見ることができない。今すぐにでも倒れてしまいそう。
だけど、
「………――シオンくんっ、がんばれっ!!!!」
その時――聞こえてくる、あのひとの声。
「――――…………ッ、ァアアアアアアアア!!!!」
大声を上げ、意識を保つ。
「――――Anfatim――――」
これで、最後。
魔術を完成させる最後の一句を、告げる。
「Aster wiltus erldio――――"las parale anukreis"ッッッッッ!!!!!」
――【同時魔核処理/並列回路】。二つある『魔核』を、正真正銘、同時に扱うための回路。
【直列回路】はあくまで【同時魔核処理】の副産物に過ぎない。本来、魔力回路の形とは、ひとつなぎになったものだ。分裂するより、一本に纏めたほうがいい。その発想によって生まれただけに過ぎない。
そして【並列回路】もまた、【直列回路】と同じくある固有詠唱を実現可能とする。
「――【炎槍】/【爆発】―――ッ!!」
右手と左手。左右の手から――異なる魔術を、同時に放つ。
そう――これこそが、【同時魔核処理】の真髄。『魔核』が双つあるからこそ出来ること。
《並列詠唱》――存在する二つの『魔核』それぞれに、イメージの違う魔力を流すことで、同時に二つの魔術を使用可能にする詠唱。
魔術は最大一度しか打てないという絶対的にして普遍的法則を覆す、異端なる業。
「邪魔だぁあああああ――ッ!!」
加速。氷槍が頬を掠め、紙一重のところで躱しながら進む。
その時、視界の隅に異なる方向からそれぞれ氷槍が迫っているのが見えた。通常ならば、同時に処理することは不可能。
だが、いま現在、異常である僕ならば、これくらい造作もない。
迫り来る氷槍を、火属性魔術をふたつ同時に行使し、融かす。
融かす、解かす、溶かす――迫る槍を融かし尽くす。
「ウオオオオオオオオおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
――二十本目。コレが、最後の氷槍。
「終わり、だ――ッ!!」
敵は目前。決着の刻はすぐそこだ。
「――――これで終われるワケ、ねぇだろうがァアアアアアア!!」
だが、その寸前で――。
「【不動氷壁】ッ!!」
僕の進行を阻む、氷の壁を出現させた。
――ああ、そうすると、判っていた。
ロート・ニヴェウスならば、そうすると判っていた。
どれだけ、おまえのことを見てきたと思っている。
お互い、魔力はもうない。だが、僅差ではあるが、ロートの方が魔力は多い。なぜならロートはこの戦いにおいて《速攻詠唱》を多用していた。彼の観察眼ならば、そのこと見抜いていたはず。
ゆえに、僕がもう大火力の魔術を撃てないと、しかし勝負を決めるために確実に魔術を撃つと判断し、それを対処出来るよう絶対なる一の防御を構えた。
――そう判断したのが、ロートの唯一の誤算だった。
ここは防御に回らず、僕よりも速く通常の魔術を使い攻撃してくるべきだった。
(――おまえの敗因は、今の僕を見誤ったことだ)
此処に、勝敗は決する。
「Aster wiltus erldio――」
この想いを、届かせるために、
「――――――Anstpll zwoced!」
意地でも、もう一歩踏み出す。
「Chende anukreis.ッ!」
右手を前に掲げる。
「Est wehlects las anukreis.――Finiteus vehlecting.!」
【並列回路】を終了させ、求める回路を選択し、それを成す。
「――――Re:anfatim――――」
起動するは、眼前の壁を粉砕するが為の回路。
「Aster wiltus erldio;"las serie anukreis."――――!」
既に空の肉体から、魔力を引き出す。今日の分が無ければ明日の分を捻り出せ。
魂を削れ。限界を超えた先に、勝利は在る。
「猛り燃えろ・大いなる焔――」
詠を唱える。祈りを謳う。
これこそが、最後の魔術。シオン・ミルファクが出せる最後の一撃。
「――――【巨人の焔】ッッ!!」
猛り燃える巨大な焔。燃ゆる赤炎は不動の氷壁を融かす。
視線の先には目を見開くロートの姿。
魔力は既に空。魔術は先のもので最後。
「まだだ――ッ!」
しかし、最も原始的で、単純明快かつ有効な手段がある。
魔術は使えずとも――使える拳はある。
――――右手に力を込める。固く、拳を握りしめる。
この想いを、すべて此処に乗せる。
――それは、過去の自分との決別。
在りし離別の日。あの時、あいつに一度も反撃できなかった弱い己と、此処で決別する。
今度こそ、あいつに、この拳をぶつける。
たった一瞬の視線の交錯。それだけで、ロートは僕が何をするつもりか悟ったのだろう。
ニヤリ、と。あいつが笑った気がした。
ならば、次に訪れる光景は必然。確定された一秒後の未来。その結果は、どちらに転ぶのかは判らない。
だが、それでも僕達は、
「ロートォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――!!!!」
「シオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン――――――!!!!」
互いの拳を、ぶつけ合った。
頬に伝わる固い感触と、鋭い痛み。揺れる視界。飛びかける意識。それを、何とか繋ぎ止める。
――静寂が世界を満たす。
鉄の味が、腔内に広がる。意識は朦朧として、依然視界は歪んだまま。
もう、限界だ。
「あぁ………く、そ」
ロートの、声がする。
その声には、無念が含まれていて、けれどもどこか、喜びが感じられた。
焦点が合わない視界の中、ロートを視る。彼もまた、覚束無い足取りで立っていたがしかし、
「おまえの――勝ちだ、シオン」
そう言いながら、口許に笑みを浮かべ、その場に倒れた。
「勝者――――シオン・ミルファク」
己の勝利を告げるその声が、いつかのように魔導館に響いた。




