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Wizard of Diaster  作者: 巡
第一章 運命始動
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第12話『変わりたいという願い、変わろうとする意志 -go on a dateⅡ-』


 店の外へ出て行く黒髪の少年。その後ろ姿をジッと見つめる人物がいた。

 年齢相応の体付き。銀髪のロングへアに紫水晶アメジストの瞳。一見すれば、どこにでも居そうな少女だが、そこはかとない雰囲気を持つ彼女は、少しだけ異質なものにも感じられた。


「――むっ。出て行ったようですね……頃合いを見てわたしも出なければ」


 少女の名は、アンジェ・ミルファク。

 シオンの義妹いもうとだった。


「今日の兄さんはやけにソワソワしてたので、何かあると見て追いかけてきましたが……正解でしたね。別に追いかけてどうこうする気はありませんが、ここまで来たらバレないようにしなければ――」

「なにやってるんですか?」

「ひゃぅっ!?」


 不意に、後ろから耳元で囁かれる。そのせいで、変な声を上げてしまい、店内の視線が一気にこちらへ向く。が、すぐに興味を無くしたのか、買い物へ戻ってしまった。


「あ、あ、あ……あなたはっ」

「はい。どうも初めまして、アンジェ・ミルファクさん」


 後ろを振り向いたアンジェを待っていたのは、他でもない。先ほどまで彼女が尾行していた人の内のひとり――シア・シーベールだった。


「どうして、わたしの名前を……」

「まぁ、いろいろとありまして。それより、ここじゃ何かと不味いから外に出て話しませんか?」

「で、でも、外には兄さんが……」

「シオンくんならさっき通りの方へ歩いて行くのが見えましたよ? だから、数分くらいは大丈夫だと思います」

「う、うぅ……」

「というわけでほら、行きましょう!」

「わっ! ちょっと、押さないでください!」


 ぐいぐいと、シアに背中を押され、アンジェは連行されるように外へ出る。


「――改めまして。わたしはシア・シーベール。この国の王女で、あなたの先輩です」

「………どうもご丁寧に。アンジェ・ミルファクです。よろしくお願いします」


 店のすぐ傍にあったベンチに座り、互いに自己紹介をする。

 ジッ、と。アンジェはシアを注視する。自分と同じく長く伸ばされた鮮やかな緋色の髪に蒼穹の瞳。そして、整った体付きの中でも特に――


(……………大きい………)


 自分より遙かに大きいバスト。身長もそうだが、肉体面で圧倒的にアンジェ負けている。

 負けた――などと、勝手に敗北感をアンジェは味わっていた。


「――で。なんでアンジェちゃんはわたし達を尾行してたんですか?」

「…………しっ、してませんよ? なんのことです?」

「嘘つくのへたですね」


 秒で嘘を看破された。


「そもそも、シオンくんは気付いてないでしょうけど、わたしは気付いてましたよ? アンジェちゃん、最初からわたし達の後つけてきてましたよね」

「うぅぅ………」


 しかも尾行していたことまでバレている。


「し、仕方ありません……ええそうです。わたしはあなた達を尾行してました。今朝の兄さんの様子が、あまりにもおかしかったので……」

「おかしいって、具体的には?」

「そわそわしてました」

「そわそわ」

「あんな兄さん、初めて見ました。ですから、わたしはこうして兄さんの後をついてきたわけです。純粋に心配ゆえのことなので、決してやましい気持ちとかじゃないですからね」

「や、そこまでは聞いてないですよ……?」

「……それに、最近の兄さんは、変わりましたから。だから、心配だったんです。根を詰めすぎてるんじゃないかって」


 シオンは、変わった。あの日、兄がかつての親友(ロート)と模擬魔術戦をしたという、あの日から。それは、家族だからよく判る。


「以前の兄さんはもういなくて、今の兄さんはただひたすらに前を見て歩こうとしてる」



 ――その変化が、わたしにとっては×なモノなのだけれど。



「でも、それが兄さんの決めたことなら、わたしなんかが口を出していいわけないです。……だから、こうして陰ながら見守ることしかできない」


 それくらいは、どうか許して欲しいと、アンジェは思う。

 わたしには何もできないけど、見守ることだけは――許して欲しいと。

 そう、アンジェは思う。


「アンジェちゃんは、シオンくんが好きなんですね」

「…………ええ。わたしは、兄さんが好きですよ? ――家族ですから」


 嘘は言ってない。あのひとを想うこの気持ちだけは、嘘を言わないと、アンジェは決めている。


「……シア先輩」

「なんですか?」

「……なんで、王女である貴女が兄さんに付き合うのか、わからないですけど。でもきっと、悪いようにはしないって信じてますから」


 本当は、その役目は自分がやりたかった。だけど、いまのシオンに必要なのは己ではなくシアだと理解しているから、アンジェは身を退く。


「兄を――よろしくお願いします」

「……はい、任せてください」


 ぺこり、と。アンジェはシアに向かって頭を下げる。シアはそれを、笑って受け止めていた。


「……ところで。わたし、先輩の王女様口調が作り物って気付いてるんですけど」

「えっ!? ……そ、そうなの……じゃあ、王女様モードやめます……」

「ええ、そうしてください。わたしも、そっちの方が良いです。それと……その、ひとつ、いいですか?」

「うん。なぁに?」

「その……シアさんって、呼んでいいですか?」

「~~~っ。もちろん! 良いに決まってるよ!」

「きゃっ!? ちょ、シアさん! 頬をぷにぷにしないでください!」

「やーんもう可愛い。なんで兄妹そろって可愛いコトするかなぁ。あ、ほら。お肌もすべすべ。お人形さんみたい。ね、もっかい触ってもいい?」

「あなた王女ですよね!? もうちょっとその意識持ったらどうです!?」


 言ってることがシオンと同じであった。


 初めて会話して、まだ数分も経っていないというのに、彼女達の会話はとても弾んでいた。シアにとっては『シオンの妹』であるというだけで、アンジェが信頼に足るに充分だったのだろう。王女の仮面を外した途端、アンジェに対して遠慮が無くなった。

 

 対するアンジェも『兄にとって大事なひと』であるということが、最終的な決め手になったのか、シアとの距離を縮めることを是とした。……その結果が、こんなこと(イジられる)になるとは、思ってもいなかったが。


 兎にも角にも――シオンと関係ありながら、直接関わることのなかった二人の道は、今ようやく、ここで交わった。

 その関係に、時間というモノは関係無く、アンジェとシアは旧知の仲であるかのように、言葉を交わしていた。

 まるで、仲睦まじい姉妹のよう――。ともすれば、傍目からはそう見えていたのかもしれない。


「じゃあ、シオンくん来るまで一緒に待ってようか!」

「ふぇ!? い、いやですよ! わたし帰ります!」

「えー。いいじゃない別に」

「わ、た、しが! イヤなんです! なんで居るのって思われるじゃないですか!」

「別にシオンくんはそんなこと気にしないと思うんだけどなぁ」


 そんな風に、シアとアンジェが談笑していると――


「――ねぇねぇお姉ちゃん達ィ。暇ならオレらと遊ばない?」


 不意に、彼女達に声をかける者達がいた。


 三人組の、図体が大きい男達。見たところ魔術師ではない――おそらく、商業国アゥキドンの人間だろう――が、充分に体は鍛えられており、女であるアンジェ達ではまず力では敵わないということが窺える。

 アルサティアは魔術学究都市であると同時、交易都市だ。日々物流が行われるということは、人の出入りも激しいということ。ゆえにこういった、他国の軟派者が行商ついでに街の人間に絡むことは珍しくない。


「………誰ですか、あなた達」

「ワォ。キツい目。可愛い顔が台無しだよ?」

「……話しかけないでください。迷惑です。アンジェちゃん、行こう」

「ちょちょ、待ってよ! オレら、いま卸先が立て込んでてさぁ。数時間くらい暇なワケ。だから、その間遊べないかなぁ~~って」

「ごめんなさい。急いでるので――」

「いや、だから――」

「っ……触らないで!」


 男達の誘いを無視し、アンジェの手を引いてこの場から離れようとしたシアの手を、ひとりの男が掴む。だが、即座にシアがその手をはたいた。


「いってぇ~……オイ、何するんだよ女」

「――先に触ろうとしたのがいけないんでしょう。淑女レディの手を気安く触れるなんて、礼節がなってませんよ?」

「ッ――このガキ!」


 男に向かい、シアはそう言い放つ。その発言が頭にきたのか、男は再度シアを掴もうとする。

 そうなる前に、アンジェは詠唱を開始する。見れば、シアの口も小さく動いていた。どうやら、考えることは一緒のようだった。

 だが――それよりも、速く。


「――【痺雷パレナム】――」


 魔術発動を告げる声が、アンジェ達の耳に届いた。

 ビリビリィッ! と、小さな紫電がシアの手を掴もうとした男に直撃する。すると男は、そのまま地面は倒れ込んでしまう。


「なっ」

「お、おい! 大丈夫か!? くそっ、いったい誰が――」 





「――――そのひとに、手を出すな」





 狼狽する男達の前に現れる、ひとりの少年。

 夜のような深い黒髪に、黒の双眸。

 見慣れた姿のはずなのに、その姿はとても凜々しく、雄々しく――頼もしい。


「……兄、さん」


 少年――シオン・ミルファクが、眦を決して、そこに立っていた。



 * * *



 店を出たあと、僕は何故か怒っていた先輩の機嫌を直すために、大通りの方へ出て、ある物を買いに行っていた。

 ある物……それは、アイスクリーム。先ほど、店へ行くとき大通りを通った際、アゥキドンの商人さんが露店で売っているのを見かけたのだ。


(……まぁ、安易な考えではあるんだけどね)


 これで機嫌が直ってくれるとは思えないが、少なくとも何もしないよりかはマシだろう。

 そう考え、僕は露店で二人分のアイスクリームを買い、急いで店の方まで戻っていた。


「――――――、」


 ――戻ってきた、が。


 店の前までやって来た僕の視界に入ってきたのは、三人組の男達に絡まれているシア先輩と――誰かは判らないが――ひとりの女の子だった。


「――――、っ」


 いつかの光景が、想起される。


 あの時、僕は何もできなかった。ただ、視ていることしかできなかった。

 何をすべきか理解しているけど、体は凍り付いたかのように動かなかった。喉は固まり、声がでない。迷いと恐怖が、頭の中に巣喰っていた。


 また――あの時と同じことを、繰り返すのか?

 何もできないと決めつけ、諦観を選択するのか?


(――嫌だ。それだけは、もうしない)


 未だ、この体は欠陥の身。今日はマナリングを付けていない。状況的には、ほぼ以前と一緒。


「――紫電よ、奔れゴース・ヴィオディル・・痺れなる雷を(ヒィアィス・)いま此処に(パレナム・ナオラ)


 ならば変えるべきは、以前と違うところは――この心だ。


「づ、ぅ、うあ、ぁ……ッ」


 詠唱を完了した刹那、僕を襲う強烈な頭痛。思わず、頭を押さえる。

 痛い――とんでもなく、痛い。


(――耐えろ、耐えるんだッ)


 たった一回でいい。この魔術を、何としてでも成功させる。


「――【痺雷パレナム】――」


 そして、魔術を顕現させる。

 僕の右手から、紫電が奔る。その雷は男の方へ直進すると、そのまま彼へ直撃した。

 突如の攻撃により、狼狽する男達。



「――――そのひとに、手を出すな」



 そんな彼らの元まで近付き、僕はこう言い放った。


「おまえか……さっきのをやったのはッ!」

「このひとは僕の連れだ。手を出さないでください。だいたい、先に手を出したのはそっちでしょう。これは正当防衛だ。――それに、もう王国魔導師団の人間は呼んでいます。これ以上やるっていうなら、こっちは然るべき対応を取らせていただきますが?」


 もちろんハッタリだ。呼んでなどないし、そもそも呼ぶ暇なんてなかった。

 だが、効果は覿面だったのだろう。男達は血相を変えて【痺雷パレナム】を喰らった男を抱え、この場から去って行った。


「―――……っ、はあぁぁぁ…………」


 思い切り息を吐く。

 ……めちゃくちゃ怖かった。手の震えは収まらず、まだ心臓がばくばく鳴っている。

 だけど、できた。この前の繰り返しにはならなかった。


「先輩、大丈夫ですか!?」


 シア先輩の下へ駆け寄る。先輩は呆然とした様子で僕を見つめていた。


「先輩……?」

「ぁ……う、うん。大丈夫だよ。……シオンくん」

「なんです?」

「――助けてくれて、ありがとう。すっごく……カッコよかったよ」


 笑顔を浮かべ、先輩はそう言ったのだった。


「ど、どういたしまして……って」


 ふと、先輩の隣に居る少女が視界に入る。銀髪の女の子。よく見ると、それは見慣れた人間のもので――


「アンジェ……?」

「違います人違いですさようならっ!」


 すると、少女――アンジェは脱兎の如く僕達の傍から離れていき、そのまま人混みの中へ消えていった。


「ありゃりゃ」

「なんでアンジェがここに……というか、先輩、アンジェと知り合いだったんですか?」

「んー。知り合いというか、さっき友達になった、って感じ? ほんとはこのまま一緒に買い物できたらなーって思ってたんだけど、台無しになっちゃった」

「な、なるほど……?」

「まぁ、それはまた別の機会ということで。……ところで、シオンくんは大通りまで何しに行ってたの?」

「何しにって、それは……あ」


 先輩のひとことで、僕はさっきまで手に持っていたもの――アイスクリームの存在を思い出す。だが、それは既に僕の手には無かった。


「…………やっちゃった」


 僕が買ってきたアイスクリームは――たぶん、頭痛により頭を押さえたときに――道に落ちてしまっていた。



 * * *



 ――そこから先は、あっという間に時間が経った。



「ん~~~~楽しかったぁ」


 時刻は十八時を少し過ぎた頃。僕とシア先輩は、最初の集合場所――つまりは、噴水前まで戻ってきていた。


 あの後、僕達はアルサティアの街中を見て回った。専門店だったり、喫茶店だったり、魔道具店だったり――本当に、いろいろ歩き回った。


 ちなみに、シア先輩が怒っていた件については、何てことは無く普通に許して貰えた。曰く、元々そんなに気にしてなかったとか、ナンパ男達から助けてくれたから全然許すだとか。


 ……なんで怒ってたのかは、教えてくれなかったけど。


「こんなに遊んだの、久しぶりですよ」

「わたしも。……どう? 気分転換、できた?」

「――はい。すごく。ありがとうございました」


 実際、先輩が僕をこうやって遊びに誘ってくれなければ、僕は焦りに焦ってどうにかなっていたかもしれない。そういう意味でも、本当に感謝しなければいけないと思う。


「―――、」


 噴水の縁に座って、そこから見える景色を眺める。西に征く夕日。黄昏の空は、何度見ても幻想的だ。


「来週で、一学期が終わるね」

「………――そう、ですね」

「シオンくんは、夏休みどうするの?」

「今年は、アルサティア(ここ)に残ろうと思います。修行を続けるには、やっぱりここのほうが都合いいですから。……その、先輩は?」

「わたし? わたしは……うん、わたしもここに残るよ。いえに戻っても何も無いしね」

「先輩、寮でしたっけ」

「うん。フィリアと同室なの。……そっか、シオンくん。ここにいるんだ。じゃあ、夏休みの間も修行手伝えるね」


 そう言うや否や、先輩は再び正面へ視線を戻す。

 街は依然、喧噪に包まれている。けれど、僕には、まるでここだけ世界から切り離され、二人きりであるかのような、そんな錯覚に陥っていた。

 それはきっと、この緋い世界が僕に……いや、僕達にとって、特別なモノだから。


「――魔術ってさ。すごいよね」


 ふと。小さく、呟くように。先輩がそう言う。先輩の視線の先には、魔術を扱う人々がいた。

 魔術を発動するための言葉――詠唱を謳う声が、耳に届く。その祝詞はやがてカタチとなり、世界に顕現する。



「急に、どうしたんですか?」

「ううん。ただ、この魔術の街を見てたら、ふとそう思っちゃってね。――魔術って、詠唱で世界を変えて起こすものじゃない? わたしはそれが、魔術を識った時からすごいなぁって思ってて」

「……? どういうことです?」

「『ただの言葉が、世界の在り方を変える』――それは、魔術師からしたら当たり前のことで、だからこそ、誰も気にも留めないんだけど、すごいことじゃない?」

「――――――――」



 その呟きは、本当に何気ないものだったのかもしれない。

 だってそれは、先輩が言ったように、魔術師にとっては本当に当たり前のことで――そんなこと、誰も考えなどしないのだから。

 だけど、その呟きで、僕の脳裏に、何かが過ぎった。



「ううん……詠唱っていうより、"言葉"がすごいのかな」



 そうだ。僕だって、"言葉"で変えられた。


「……、っ」


 あと一歩、あと一歩で求めていた答えに辿り着く。

 何か、もうひとつ――


「詠唱に世界を変える力があるのなら、自分自身をも変えれる力があるのかもしれないね。

 わたしは、それだけの力が"言葉"にはあると思うよ」


「――――――――、あ」


 そして――至った。

 正解でなくとも、解答たりうるモノに。


「……先輩」

「うん?」

「ありがとう、ございます」

「ちょっと、急にどうしたの?」

「判ったんです。僕が、どうすればいいか」

「…………ほんとう?」

「はい。まだ、その結果がどうなるか、判らないけど――何か、掴めた気がするから。何もしないより、その可能性にかけてみます。だから………手伝って、くれませんか?」

「――うん。君が、そうしたいっていうなら」


 夕焼けの中。僕は先輩に手を差し出す。先輩は、僕の手を笑顔で握り返してくれた。


 ――できるか判らない。上手くいくかどうか判らない

 だけど、やってやる。

 ここから――這い上がってみせる。

 そして、アイツの下へ行くんだ。


 固く、いま一度――僕は自分の心に、そう誓った。








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