Prologue_F『星空の下、昔日の約束 -a promise-』
――――それは、数多の星が輝く、美しい夜の日のことだった。
「わたしね、もうすぐここから出て、家の方に戻るの」
星空の下、二人の少年少女が、肩を並べ座っていた。
そこは隔絶された二人だけの世界。ここにいるのは彼と彼女の二人だけであり、それ以外のモノは存在しなかった。
「帰っちゃう……の?」
そう聞き返した声に、少年はどうしても寂しさの色を隠せなかった。
「うん。ここにいられるのは、あと二日くらいかな」
「………そ、っか」
「もう、そんな顔しないの。男の子でしょ」
少女は苦笑しながら、少年を宥める。
少年とさして年齢は変わらないはずなのに、彼女の方が一歩大人に見える。
彼女はいつもそうだった。何処か常に大人びてて、自分を弟のように扱ってくる。そしてそれが、少年は決して嫌なわけではなくて。
――少年は、そんな彼女のことが、好きだった。
だから、離れるということが、嫌で嫌で仕方なかった。
「でも僕、××が居なくなるの……寂しいよ」
「……わたしも、だよ。本当はここに居たい」
「だったら――!」
「でもね。それじゃだめなの」
少年の想いを理解しつつも、少女は強く、その願いを否定する。
「わたしたちが一緒に居たいと願っても、周りがそれを許してはくれない……だからわたしは、行くしかないの」
その時、少女が言った言葉の意味を、その時の少年はひとつも理解できていなかっただろう。
それくらい、彼はまだ、幼かった。
「よく……わからないよ」
「そっか。……うん。いまは、わからなくてもいいよ。だけどもっと大きくなって、このことを思い出した時に、わかってくれればいい」
短く、そして何処か諦めの意を含んでいた言葉を聴いたとき、少年は形容しがたい不安を感じた。
もう逢えないのではないか。ここで、彼女とはお別れなのではないか――そんな不安が過ったから。
だから――。
「じゃあ、僕が××を迎えに行くよ」
一握りの勇気を振り絞って、彼女にそう言った。
少女の、空のように蒼い両目が、大きく見開く。視線が右へ左へ彷徨っている。
まるで、いまの少年の言葉が信じられないものであるかのように。
だから、少女の不安を断ち切り、肯定するために、少年は言葉を紡ぐ。
「大きくなって、もっと魔術の腕も上達して、そして父さんみたいな立派な魔術師になったら……必ず、××を迎えに行く。ぜったい、約束する」
それは、本心からの言葉だった。
子供の時分ではあったけれど、それでもこの想いに――彼女を好きだという想いに、偽りはなかった。
そのとき、彼女がどんな顔をしていたかは覚えていない。笑っていたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど少年は、笑っていて欲しいと思った。
……そうして、少し経ったあと。
「――ねぇ、シオンくん」
「うん。なに?」
「ぜったい……約束、してくれる? 本当に、迎えに来てくれる?」
「絶対に、迎えに行く。どれだけ時間がかかっても、かならず××ちゃんのところまで行くよ」
迷わず、はっきり。そう答える。
そんな少年を前に、少女は夕日のような緋色の髪を指先でいじりながら、少し照れくさそうに、
「……うん、待ってるね。ずっと、ずっと」
そう、答えてくれた。
風が吹き、木々が揺れる。
上を見上げれば、幾百もの星が散りばめられていて、まるで黒い布に白い点を何百も何千も打ったみたいだと、少年はぼんやり、そう思った。
ただ、目の前に広がるこの景色がとても美しいということだけは、少年でも理解できた。
「……すごく、きれい」
少年の隣で、少女が夜空を見上げながら、小さく呟く。
その横顔を見て、少年は固く誓った。
絶対に、約束を果たすと。
心の芯に――魂に、そう刻んだ。
数多の星が煌めいていた、夜の日。
それは、少年と少女がひとつの約束を交わした時の記憶で。
――そして、いまはもう、思い出せない記憶。