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翌日。


オレは教会とやらに行くそうで、街の外で出発の準備をしていた。

勿論、家族も集まっている。


ちなみに、この街にも教会はある。しかし、わざわざ父は遠出してまで他の街の教会に行こうとしているようだ。


「行ってらっしゃい、イクス」


兄が手を振って見送ってくれている。


「行ってらっしゃーい!」


サリアも元気に手を振ってピョンピョンと跳ねている。


「道中、何があってもお父さんから離れちゃダメよ」


母が心配そうな表情を浮かべてオレを見上げている。


「大丈夫だ!俺が付いてる!」


そして、相変わらず元気な父が自身の胸を強く叩いて自信満々で言い張った。


ふむ。

見送られると言うのは、なかなかどうして、悪い気分ではないな。


前世ではオレが旅立とうと、死地に向かおうと、見送ってくれる者なんていなかったからな。


「イクス。無理だったらいつでも言うんだぞ。別に恥ずかしい事じゃないからな」


どうしてそこでニヤつくのだ?


ふむ。そうか。そうだったな。

オレは今世で産まれてこの方、一度も乗馬した事がなかったのものだ。


実のところ、前世でも乗馬した事がない。

馬は居たのだが、ほとんどが食用だったのだ。

乗馬用の馬も居たには居たが、皆はオレを怖がって近寄ってくれなかった。


無理矢理にでも跨ったら、馬が泡を吹いて気絶した事もあったな。


だが、問題ない。


今のオレは子供だ。この通り、馬に跨る事が出来ている。

乗馬経験はないが、問題ないだろう。


なに。ドラゴンのように操縦すれば良い話だ。

少し脅してやればーー。


「ちょっ!馬が泡吹いて倒れちゃったよ!」


ふむ。…なぜだ?

ドラゴンのように少し脅して歩かせようとしただけなのだが…。


「イクスッ、怪我はない?大丈夫?痛いところはない?」


「ふむ。大丈夫だ」


大丈夫だから、母よ。オレの身体をペタペタと触るのはやめて欲しい。

こそばゆいぞ。


「おかしいな?昨日までは元気だったはずだが…」


「お馬さん、大丈夫?」


父とサリアは倒れた馬を観察している。

サリアよ。馬を突くのはやめてやれ。可哀想だ。


しかし…やはり、食用は食用と言う事か?


「仕方ない。イクス。俺の後ろに乗れ」


倒れた馬を諦めたのか、父は自分の愛馬に跨って馬の尻を叩いて、オレを招いた。


「む…?」


だが、なんだ。

なぜか、父の後ろに乗ると言うのは気が引ける。


怖いとか、そう言う事ではないのだ。

虫の知らせとでも言えば良いのか…?

兎に角、嫌な予感しかしないのだ。


「ふむ。オレは走ろう」


「走るのは構わないが、ここからどれだけ距離があると思ってるんだ?大人しく乗っておいた方が良いぞ」


その言葉は嬉しいが…やはり、気が引けるな。

確か、向かう先は”カルンカーレ”…だったか?


名前は聞いた事がないが、今のオレの身体ならば余裕を持って大陸を一周できる体力があるから何の問題もないだろうな。


「問題ない」


「そうか。お前がそう言うなら、それでいいが…。限界が来たら言うんだぞ?」


「ふむ。分かった」


オレの了承を聞き届けた父が前に向き直り、手綱を握り締めーー。


「ハイヤーッ!」


勢いよく手綱を振るうと馬が前足を高々と掲げて父が落ちた。


これが俗に言う転落というものか。

なかなか良いものを見れたな。


「父さん…僕の時と同じ事してるじゃないですか…」


「あなた…。良い所を見せたいのは分かるけど…少しは懲りてはどうかな?」


兄と母が呆れ混じりに溜息を吐いている。


あの時に感じた虫の知らせは、この事だったのか。あの時に父の後ろに乗っていたら、今頃、父の下敷きにされていたな。


「お馬さん、バイバーイ!」


ふむ。父の馬が走り去って行ったな。

追い掛ければ、追いつかない事はないが…。


ふむ。やめておこう。


追い付いた所で、馬の扱いなどオレは知らない。それに、また気絶でもされたら、たまったものじゃないからな。


「父さん、どうするんですか?あれ、最後の馬でしたよ?」


「あなた…。また馬を買って行くのですか?」


随分と呆れられてるな、父よ。

仰向けに倒れたままだが、メンツが丸潰れだぞ?


もしかして、泣いているのか?

……ふむ。仕方ない。少し手助けしてやるか。


「父も走れば良いではないのか?」


「「え…」」


さすが親子だ。父と兄の驚く声が息ピッタリだ。少し羨ましいぞ。


しかし、何を驚く必要がある?

この大陸にあるのだから、たかが知れてるだろうに。


「そうね。それが良いかも知れませんね。あなたにも良い薬になりますよ」


「で、でも、母さん…カルンカーレは凄く遠い…いえ、何でもありません…」


あの屁理屈ばかりの兄を瞬時に黙らして飼い慣らすとは…母の眼力は凄いな。


「後の事は全てあなたが責任をもって下さいね。それと、イクスに何かあれば許しませんから」


ふむ。父よ。どうしてオレを親の仇を見るような目で睨むのだ?

助太刀しただろうに。


ふむ。難しいな。


「イクス。本当に気を付けるのよ。魔物と出会ったら、お父さんに押し付けるのよ?それと、何かあったら全部お父さんに押し付けるのよ?それから、お父さんに何かされたら絶対に私に言うのよ。私が全力で懲らしめてあげるから。いい?」


「ふむ。分かった」


チラリと父の様子を伺ってみると、父は子供のようにしゃがみ込んで地面に指で落書きしていた。


どうやら、かなり落ち込んでいる様子だ。


「イっくん!頑張ってね!」


「ふむ。頑張る必要もないと思うが、気持ちはありがたく受け取ろう」


だが、一つ気になる。

オレは何を頑張れば良いのだ?


「さて、行くぞ。父よ」


「おぅ…」


元気が唯一の取り柄みたいな父だが、今は傷心中のようだな。


「あなた。情けないですよ?」


「は、はいっ!頑張って行ってきます!!」


母の言葉に、即座に元気を取り戻した父が胸に手を当てて敬礼し、オレを置いて走り去ってしまった。


これが愛の力と言うものか…素晴らしいな。


だが、オレを置いて行くのは感心しないぞ、父よ。道が分からんではないか。


仕方ない。追い掛けるか。




〜〜〜



走り始めてから、数分でオレは父に追い付いた。


とは言え、父は途中で疲れ果てて座り込んでいたのだが。


「お前の誕生日に街に着くのは少し難しいかもな…。なんか、すまねぇ」


そして、いつにもなく弱気になっている。


ふむ。どうしたものか。

目的地さえ分かれば《転移》できるのだが…。


まぁ、良い。

別にオレは誕生日に街に到着したいと言う欲求があるわけでもないしな。


「問題ない」


そう言いながら、座り込む父の手を取って引っ張り上げ、立たせてやる。


「それにしても、イクス。お前、速いなぁ」


む?どう言う意味だ?


「馬よりも速かったんじゃねぇか?」


あぁ、足の速さか。

ふむ。オレにとっては当たり前だと思うのだがな。


オレが歩き始めると、父も続いて歩き始めた。


「一体どんな走り方をしたんだ?誰にも言わねぇからさ、俺にだけでも教えてくれよ」


「ふむ。家に置いてあった”物量質と魔力質の研究”と書いてあった本を読めばいい」


「…ん?」


訳が分からない。と言った表情だな。

だが、その本は実際に家に置いてある。オレが書いた手作りの本だ。幾つか訂正を入れているが、読めぬ事はないだろう。


「そこに全部載っているぞ」


走るのが僅かばかり速くなる体重の乗せ方も書き記した。それらを理解し、実際に行えれば、ある程度は走る速度が速くなるだろう。


それ以外は、努力と根性で何とかするのだな。


「お、おう」


なぜ戸惑う必要がある?

力を求むならば努力するしか方法はないぞ。


「そう言えば、イクス。お前と二人っきりになるのは初めてだな」


ふむ。言われてみればそうだな。


「何か悩み事とかないか?あるなら俺が聞いてやるぞ。勿論、他の誰にも言わないからな」


悩み事か。

ふむ。特にないな。


悩みがあれば、自力で解決するのが一番手っ取り早い。

前世では悩みを教会の神父に相談して酷い目にあった記憶しかないのでな。


「ほら、遠慮せず言ってみろ。何でもいいぞ。例えば、恋の話とか、恋の話とか、恋の話とか」


全べて恋の話ではないか。


「お前も良い年頃だ。好きな子とか居るだろ?例えば、毎日遊びに来るサリアちゃんとか?」


ないな。


「おっ!黙り込むと言う事は図星なんだな!だよな!お前も恋する年頃なんだもんな!ガハハッ!良いぞ!サリアちゃんの家族とは俺が話を付けといてやろうではないか!」


ふむ。会話するのも面倒に感じて来るな。

兄はこれにずっと耐えていたのか。素晴らしい根性ではないか。


「ふむ。それはそうと、父よ」


「なんだ?もしかしてっ!?他に好きな子でも居るのか!?」


どこに戦慄する要素があったのか、甚だ疑問だが、このままでは話が進まん。無視するのが一番だろうな。


「目的地までどのぐらいだ?」


「あん?カルンカーレまでか?そうだなぁ〜…馬を丸一日走らせて付く場所だから…。三日ぐらいか?」


「ふむ。やはり馬が必要か?」


「あぁ、あれば楽だな」


そうか。

ならば必要ないだろうな。


なに、遠足だと思えば、歩くのも苦ではなくなると言うものだ。


「にしても、どうしてそんな事を聴くんだ?今更そんな事を考えても歩くしかねぇだろ?」


「ふむ。この近くに逃げた馬の気配を感じたのでな」


「なにっ!?どこだ!?どこから感じるんだ!?」


父がオレの方を掴んで勢い良く揺すってくる。

正直、酔いそうだ。


そんなに愛馬が恋しいのか。


取り敢えず、揺すられ続けるのも鬱陶しいので、父の手首を軽く掴んで揺するのを止める。


「いだ!?いだだだだっ!」


「ふむ。すまない」


少し込める力が強すぎたみたいだ。

手を離すと、父の手首に手形が付いてしまった。


「少し待っててくれ。手に入れてくる」


「わ、分かった…」


父は真っ赤に腫れた手首にフーフーと息を吹きかけて座り込んだ。


そんなに痛かったのか。なんだか申し訳ない事をしたな。


ふむ。では、馬の回収でも行くとするか。


場所は、ここから見える森の中だ。

とは言え少し距離があるな。

ここから大体1kmと言った所か。


まぁ、それぐらいならば一瞬で辿り着ける距離だ。


「『スキル解放、【瞬動】』」


ある程度の距離を一瞬で移動するスキルだ。

とは言え、初心者などが使うと5mやそこらしか移動できない。それに、融通も利かない。


しかし、オレは片手間でだが極めている。

今の未成熟な身体では10kmが限界だが、やろうと思えば月まで行って帰ってこれる自信がある。


それはさておき、解放したばかりのスキルを使用し、森まで一瞬で移動する。


「なっ!?消えーー」


その瞬間、父の変な叫びが聞こえた気がしたが気にしても仕方ないだろう。


「さて、父の馬は……む?馬が沢山いるな。人の気配もあると言う事は、その人間達が使っているのか…?」


父の逃した馬の側に人が居ると言う事は、もしかすると交渉する必要もあるかもしれないな。


「…む?」


森に一歩踏み入れると同時に、何か大きい気配が近付いてきている事に気が付いた。


それも、オレの方ではなく、馬と人間達が居る所にだ。そいつは、迷いなく、既に標的を定めているかのように一直線に向かっている。


これは非常に不味い。


この気配は間違いなく、魔物だ。

小さな気配を発する情弱な馬の命など一瞬で弾け飛ばせる力ぐらい持ってる。


折角ここまで来た。父にも馬を手に入れると約束を交わしている。なのに、無駄足を踏まされるなんて溜まったものじゃない。


「ふむ。仕方ない」


ならば、邪魔立てする魔物を排除するまでだ。


「『スキル解放、【加速】【豪脚】』」


森の中で【瞬動】を使えば酷い目に遭うのは目に見えている。だからこそ、この選択だ。


いつしか使用した事のあるスキルである。

まだまだ前世の身体能力に至るまでは遥かに遠いが、前回よりも使用可能時間が長くなっているのは確かだ。

その証拠に、全身に走る痛みが少ない。


手始めに軽く地面を蹴って駆け出すと、背後の地面が爆散し、オレは正面から大木に激突した。


む?どうやら、身体能力の急激な上昇の影響の所為で制御が利かなかったようだ。

だが、同じ失敗は一度までだ。


激突してしまった大木がメキメキと音を立てて倒れて行くのを横目に、再度、込める力を抑えて駆け出す。


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