序
この世界には、三種類のジョブがある。
一つ”魔法使い”。
武器は不慣れだが、魔法を得意とする者達。
二つ”戦士”。
魔法を不得意とするが、武器の扱いに長けた者達。
三つ”村人”
全ての能力が平均であり、何かが得意な訳でも苦手な訳でもない。凡人たる者達。
そして、論外なのが、どのタイプにも属さない”無能”。
名前の通りの無能であり、生きる事すら不得意とする者達。
スキルは使えず、魔法も使えない。産まれたとしても、殆どの者はすぐに死んでしまう。
そんな恵まれないジョブを授かって、尚、諦めない者がいた。
その者は、無能にも関わらず過酷な人生を生き抜き、呆気なく人生を自らの手で終わらせたーー。
魔導暦3802年。
世界は平和であった。
ありとあらゆる魔導機が制作され、一部の人間を除いて何不自由のない生活が可能となった世の中。
そんな世界で、無能である彼は嘆いていた。
「あぁ、退屈…」
男は、荒野で悪態を吐く。
いや、そこは荒野ではない。
元は綺麗な平原があり、川があり、美しい白亜の塔が立っていた。
しかし、先程まで行われていた激しい戦いで、その面影は見るも無残な姿へと変貌を遂げたのだ。
平原は焼け野原となり、一部は荒野と化した。あちこちには壊れた魔導兵器が転がり、どうしたらこうなるのかさえ不可思議な程に斬新な壊れ方をしている。
綺麗で大きな川は干上がり、今の現状だと本当にあったのか疑わしく思える。そして、そこには巨大兵器が横たわっている。
塔は、下町もろとも瓦礫となって、空中には壊滅した塔の大部分が浮遊している。
「どうして、この世界は僕を嫌うんだろうね…ハハハ…」
戦火の跡が残る中、男はあからさまに落ち込んで、乾いた笑みを浮かべた。
そして、肩を落として呟いた。
「あぁ、僕に友達が居たら、こんな事にはならなかったんだろうなぁ…」
彼が空を見上げれば、雲一つ無くない空に二つに割れた月が浮かんでいる。
「もう、これ以上生きていても仕方ないかぁ…」
そう言って、どこからともなく短剣を取り出して自身の胸に突き付ける。
「だけど、次は、次こそはーー幸せをこの手に…」
ーーだけど、まずは友作りからだね。
覚悟の篭った発言と共に、躊躇なく短剣を胸深く突き刺して男は命をーー世界を見捨てた。
ーーー
「四人の英雄の物語…」
本を持った女性はペラリとページを捲り、中々に寝付こうとしない子供達に読ませ聞かせる。
〜〜
古代歴1500年。
魔王が世界を混沌と破滅へと導き、人々は貧困に喘ぎ、無慈悲に惨殺されていた。
そんな人々を見て心を痛めた一人は反旗の狼煙を上げて人間が立ち上がった。
彼の名はオルタナ。
慈愛に満ち溢れる心を持った始まりの英雄”慈愛の勇者”。
彼は魔王を倒すべく仲間を集った。しかし、どこへ行こうと誰も集まらず、魔王の魔の手は世界を征服せんと迫るばかり。
焦る彼は一人で魔王に挑んだが、魔王の力は余りにも強大で命からがら満身創痍の状態で逃げ帰る事しか出来なかった。
だが、それでも尚、彼は諦めなかった。
魔王と一度戦った彼は、勝算を見つけ、再度仲間を集った。そして、やっとの思いで5人の仲間を集めた彼は、遂に魔王との死闘に勝利を収めた。
魔王が倒され、世界に平和が訪れ、新たな時代が始まった。だが、肝心の彼は仲間を残して姿を消してしまった。
〜〜
古代歴2000年。
とある山奥で、ひっそりと生きる名も無き剣士がいた。
彼の名前はリバイア。
強さを追い求め続ける”孤独の武神”。
彼は、孤独と共に生きながら、人知れず人々に迫り来る脅威と戦い続けていた。
その名もーー悪魔。
地獄から這い出し、魔王をも凌駕する力を持った存在。人々を惑わし、誑かし、魂を吸い取る怪物。
彼は誰よりも強く、一人で悪魔と戦い続けた。
しかし、これまでよりも強大な悪魔が出現してしまい、彼は敗北した。
死の淵から蘇った彼は初めて人里に降り立ち、人々に助力を求めた。だが、誰も彼に手も借そうとせず、二度目の敗北と共に、彼と世界は死を迎えた。
〜〜
神話歴0年。
悪魔に蹂躙され尽くし、滅んだ世界にどこからともなく一人の博識な賢者が現れた。
彼の名はループ。
知恵と知識の神の使い”永劫の賢者”。
彼は人々の繁栄の為に次々と魔法を生み出し、世界に幸せをと望み、魔法や技術を教えた。
だが、人間達は彼の思いを踏みにじり、あろうことか、彼の教える知識を悪意に使ってしまった。
それに悲しんだ彼は人々の前から永遠に姿を消してしまった。
〜〜〜
神話歴3000年。
世界を滅ぼす力を持った神々に敵対せし過去最強最悪の”災禍の魔王”と呼ばれる大魔王が居た。
世界中の人々は意志を一つにして魔王を倒そうと躍起になったが、魔王は指先を軽く動かすだけで容易く大陸を消し飛ばす力を持っていた。
魔王は生きとし生ける者達を恨み、全ての破壊を求めた。
その暴虐さに怒りを抱いた神々が彼を欠けた月の昇る晩に、一人の子供に力を託した。
子供の名は”エーテル”。
年端も行かないエーテルは神々に与えられた苦難を乗り越え、遂に、魔王は神々が与えし”神秘の塔”に封印された。
〜〜
「ふぅ〜」
本を読み終えた女性は一息付き、目の前にあるベットに目を向ける。
二人の少女は満足したかのように、気持ち良さそうに寝ているようだ。
女性は窓から覗く二つの月へと視線を向けて呟く。
「あぁ、早く、早く会いたいよ…私の愛しい人…」
窓から吹き込んだ一陣の風が彼女の白銀の髪を揺らした。