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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第一章 バイト先は騎士団本部
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VS冥精霊

 僕は剣を自転車の荷台に括りつけ、力の限りペダルを漕いだ。

 疲労を訴える体を精神で奮い立たせ、悲鳴を上げる膝と足を根性で動かす。

 デルタ高原はファキオワード市と、隣のカリキュエクセ市の境目付近に位置する。街を抜け、高原に続く街道をひた走っていると、遠くからこちらに向かって一匹の馬が駆けてきた。

 白い毛並みに、『ユーゲント レンタホース』と書かれた首輪をしている。アイリスがチャーターした馬に間違いない。胴体には馬車と連結する器具がつけられているも、途中から折れ、馬車本体は見当たらない。なにかから逃げているのか、酷く怯えたようすで僕の脇を通りすぎていった。

 背筋を冷や汗が伝った瞬間、遠くから閃光が放たれ、鳥の群れが飛んでいくのが見えた。

 どうやらこの剣は買い取ることになりそうだ。僕は閃光が放たれた場所へ急いだ。

 アイリスと老人、そしてエリーさんは、今まさに冥精霊の驚異に晒されているところだった。最悪なことに一体ではない。三体の冥精霊が、獲物を狩る狼のごとくアイリスたちの周りを囲んでいた。

 冥精霊を直に見るのは初めてだ。昔読んだ図鑑で大まかな造形は把握していたものの、実物は写真なんかより遙かにインパクトがある。

 形は比較的人間に近く、頭、胴体、四肢に該当する部位がある。ただしその体は薄黒い半透明で、とても真っ当な生物とは思えなかった。黒ガラスを焼いて人形でも作れば、似たものができるかもしれない。恐いと言うより不気味だ。

 アイリスとエリーさんは老人を軸に、互いに背中を合わせながら冥精霊と対峙している。魔法の一種なのだろう。エリーさんは両手に光を宿し、それを冥精霊たちに向けている。先程の閃光は威嚇のために放ったものだと思われた。

 アイリスは剣を抜き、同じく冥精霊に睨みを利かせている。普通の剣では効果がないことは彼女も承知しているはずだ。これは気持ちの問題なのだ。

 弱いところを見せれば、即襲われる。彼女は冥精霊に対し、精一杯の強みを見せているのだ。

 この場が膠着していることを理解した。すぐにでも援護に行きたいところだけれど、今下手に動くと、一気に危険な状況に陥りかねない。

 いったい、どう行動するのがベストだ! 

 様々な案を巡らせていると、場が動いた。一体がアイリスたちの方に一歩距離を詰めたのだ。

緊張状態で痺れを切らせたのか、これにアイリスが反応を見せた。握り締めていた剣を掲げ、かけ声と共に冥精霊に向かって振り下ろした。

 普通なら脳天をカチ割る渾身の一撃となるところだが、相手が悪かった。アイリスの剣は冥精霊の体をすり抜け、地面を抉る結果に終わった。

 普通の武器では効果がないという理由がこれか。まるで霧でも相手にしているみたいだ。

アイリスが確かな動揺を見せる。自分がまるで無力だという事実がショックだったのか、唖然と立ち尽くす。

 そのせいで相手の反撃への対応が遅れてしまった。冥精霊が振り回した腕を脇に受け、地面を転がる。


「アイちゃん!」「お嬢ちゃん!」


 エリーさんと老人が叫んだのを機に、残り二体の冥精霊が変化を見せた。半透明な体を黒い蒸気のようなもので包み、両手を広げ、動物が牙を剥き出すように口を大きく開く。素人目に見ても攻撃的な反応だとわかる。ヤバイ状況だ。

 先に動いたのはエリーさんだった。両手に携えていた光を真紅の炎に変え、二体に向かって解き放つ。

二体の冥精霊が炎に怯んだ隙に、エリーさんは老人の方を向く。


「今のうちに退避してくださぃ! 私たちが時間を稼いでますぅ!」

「しかし君たちは!」

「依頼主の安全確保が第一ですぅ。それがうちの社訓なんですよぅ」


 エリーさんは両手から放出する炎を強めた。


「ですから早く逃げてください! ベケットの看板に泥を塗りたくありません!」


 エリーさんの迫力に説得されたのか、老人は一目散に走り出した。

 先程アイリスを吹き飛ばした冥精霊が、逃げた老人に気づく。頭をグルッと回し、離れて行く老人の方を向く。表情がないも、逃げる獲物に反応したことがわかった。

 ヤバイ、と思った矢先、


「依頼人に手え出すんじゃないわよ!」


 先程転がされたアイリスが起き上がり、老人に狙いをつけた冥精霊の前に立ち塞がった。剣は落としたようで丸腰だ。


「きなさい、私が相手よ。このブサイクな風船人形!」


 攻撃されたとき傷を負ったのか、右の脇腹を押さえている。痛みを我慢しているのだろう、声もどこか苦しげだ。

 このときすでに僕は動いていた。もう考えている暇はない。

身を隠していた繁みから自転車で飛び出し、再びアイリスに襲いかからんと身を屈めていた冥精霊に、真横からぶつかる。

 衝突の際、一瞬視界がブラックアウトし、平行感覚が失われる。

全身を駆け巡る痛みに呻いているうち、徐々に視界が戻ってくる。どうやら派手に転んだようだ。地面の草がクッションになってくれたのか、なんとか怪我は免れた。

 顔のすぐ横では、倒れた自転車の車輪がクルクル回転しており、フレームの間から薄黒い半透明の手が生えていた。

 ここでようやく、自分が冥精霊と絡まるように倒れていることに気がついた。

 ――冗談じゃない。こんなバケモノと添い寝なんてまっぴらだ!

 痛む背中を摩ることは後回しにし、僕は地面を這って距離を取る。

 困ったことに、冥精霊はまだ添い寝を続けたいらしい。手をこちらに伸ばし、逃げる僕の足首をガシッと掴んできた。

 すごい力だった。必死の踏ん張りも虚しく、冥精霊の前に引き摺られる僕。獲物が手元にきたことに満足したのか、冥精霊が口元に笑みを湛えたような気がした。恐らくそうだ。緩ませた口が大きく開口し、暗闇のように黒い口内を見せつけてきた。歯は見当たらず、半透明な体には胃などの消化器官も見受けられない。どうやって獲物を捕食するのか好奇心を刺激されたものの、それを自分の身で確認する気はない。

 手を振り解こうと、掴まれているのとは反対の足で冥精霊を蹴るなど試みるも、相手の体をすり抜けるだけで効果がない。

 ちくしょう。向こうはこっちに干渉できるのに、こちらからは不干渉なんてアンフェアすぎるだろ!


「トモルを離せ!」


 その辺に落ちていたのだろう。アイリスは木の棒で冥精霊の後ろから殴りつけるも、これまた無駄に終わる。攻撃事態は無駄だったものの、冥精霊は機嫌を損ねたようだった。空いている手でアイリスの腕を掴み、力ずくで引き寄せる。

 力負けしたアイリスは、「キャ」と短く悲鳴を上げ、僕の隣に転がされた。


「二人共! なんとか粘ってください。すぐにそちらに対応しますからぁ!」


 エリーさんは大粒の汗を掻き、片膝をついていた。それでも両手の炎で、二体の冥精霊を足止めしている。彼女が炎を止めたなら、あの二体も襲いかかってくるだろう。魔法がどの程度持続できるのかは不明だけれど、エリーさんの辛そうな状況からするに、そう長くは持ちそうもない。

 むしろ問題なのはこちらだ。僕とアイリスは現在進行形で冥精霊の餌食になりかけている。


「離せ離せ! このバカバカ!」


 アイリスはがむしゃらに体をジタバタさせて抵抗を試みるも、冥精霊は意に返さない。やはり特殊な武器でなければダメなのだ。

 僕は辺りを見渡し、W105LAを探した。この状況を想定してあの剣を借りてきたのだ。自転車に積んだまま体当たりを行ったので、きっと近くに落ちている。

 剣はすぐに見つけたものの、不運なことに距離がある。手を伸ばしても届きそうもない。

 絶望的な心境に陥りかけたとき、剣の鞘についているバンドが、こちら側に伸びていることに気がついた。


「アイリス。一瞬でいいからこいつの気を引きつけてくれ。オレに考えがある!」


 返事はなかったけれど、アイリスは理解したようだった。冥精霊に罵詈雑言を浴びせながら、注意を引きつけ始めた。

 注意を引くことには成功したらしく、僕の足を拘束していた力が僅かながら緩む。この隙を逃さず、僕は剣に向かって飛びついた。

ギリギリ届いた。なんとかバンドの先を指に絡め、急いで剣を手繰り寄せる。

 剣本体を掴んだとき、アイリスが悲鳴を上げた。振り返ると彼女は地面に押さえつけられ、今にも噛みつかれるところだった。

僕は鞘ごと剣を冥精霊に打ちつけた。

 確かな手応えがあった。体をすり抜けるのではなく、実体のあるものを殴った感触が手に伝わってきた。

 殴られた頭部を両手で押さえ、冥精霊が苦痛に悶えている間に、倒れているアイリスを助ける。


「その剣って……」

「オーブリーの家から借りてきた。ウイリアムパッカードの新型らしい――」


 余所見したのが間違いだった。

 攻撃された冥精霊がとうとう怒り狂ったようで、僕に飛びかかってきたのだ。

たまらずその場に押し倒される。僕は鞘部分で冥精霊の顔を押さえ、噛みつきに抗う。


「アイリス、この剣を使え! これならぶった切れる!」

「わかった。今助けてあげるわ!」


 アイリスは横から手を伸ばし、僕が手にしている剣の柄を握る。そのまま剣を引き抜き、流れるような動作で冥精霊に一閃を浴びせる。

 次の瞬間、僕を押さえつけていた力が弱まる。体を起こすと、冥精霊は力なく地面に倒れ、半透明だった体を四散するように消滅させた。

 ――いける! 僕とアイリスは互いに頷き合った。


「あんたは下がってて。残りは私とエリーでじゅうぶんよ」

「手早く頼むぜ。こちとら、帰ったらお茶とホットケーキを用意しなきゃならねえんだから」


 僕は岩の陰に隠れ、ことのなりゆきを見守る。

 なに一つ心配ない。猛獣はたった今、敵の皮膚を突き破る牙を手に入れたのだ。うちの猛獣を止めるのなら、魔王でも呼んでこいだ。


「エリー、ご苦労さん。もう魔法止めてもいいよ」


 アイリスは剣のグリップをなおしながらエリーさんの方に歩いて行く。

 辛そうに顔をゆがめていたエリーさんは、アイリスがきたのを見ていつもの笑みを浮かべる。


「おやまぁ、立派な剣ですことぉ。どこに隠してたのぉ?」

「私の下僕が遅れて配達してくれた。これならあいつらにも有効よ。一体は切り伏せたわ」

「さっすがアイちゃん。ベケット期待の新人よね」

「おべっかはいいから炎を止めてよ。即効であいつらの首を切り落とすから……」


 真顔で恐ろしい言葉を発するアイリス。


「えーっ、独り占めは狡いよぅ。右のが私で、左のがアイちゃんの獲物。中折れアイスみたいに仲良く半分っこにしようよぅ」

「仕方ないわね。じゃあそういうことで決まり」


 互いの意見が纏まったところで、エリーさんは放出していた炎を止める。

 たちまち動き出す冥精霊。アイリスは剣を水平に構え、エリーさんは両手に雷を宿す。

 アイリスがかけ声と共に切りかかるや、戦闘が開始された。今度は互角の戦いになる。固唾を飲んで見守っていた僕は、とんだ肩透かしを食らうこととなった。

 互角ではなく圧勝だったからだ。アイリスの剣が一体の体を串刺しにし、エリーさんの雷が一体を貫く。二人はものの五分ほどで、二体の冥精霊に引導を渡してしまったのだった。今までの苦戦はなんだったのやら。


「えっへん。私とアイちゃんは最強ダッグなのです!」


 エリーさんはアイリスと肩を組み、勝利のポーズを決めた。

 僕が岩陰から二人のところに戻ったとき、


「あーあ、終わっちゃたのか。せっかくきたのに……」


 馬に乗ったシャロンさんがやってきた。


「シャロ姉さん。わざわざ私を助けにきてくれたんですね。ありがとうございます」


 アイリスがしおらしい態度でシャロンさんを出迎える。シャロンさんはアイリスにとって憧れの存在だ。


「社長から連絡を受けたから、大学を抜けて急いできたのに。面白いところを終わらせちゃうなんて、悪い子たちね」


 シャロンさんはおどけたように口を開いたのち、


「……と思ったけど、そうでもないようね」


 急に声のトーンを落とし、真剣な眼差しで辺りを見渡す。

 なんのことだ? と疑問符を浮かべたとき、辺りから黒い霧が立ち昇り始める。

 黒い霧は一ヵ所に集まり、徐々に人の形を取り始めた。

 冥精霊だ……間違いない。この霧はあの薄黒く半透明な体を構成していたものに違いない。


「冥精霊は仲間意識が強いのよね。何体かで徒党を組んで行動する習性があるわ。そして極めつけはこれかな」


 黒い霧が密集すると、やがて一体の冥精霊が形作られる。

 大きい。身長は四メートル以上あるだろう。ガッチリとした胴体から伸びる手足は丸太のごとき太さで、体を覆う蒸気は禍々しい輝きを放っている。


「危険を察知したとき、互いに融合して強力な個体に変化する能力があるのよ。専門用語で極危攻撃反応っていうのよ」


 さすがは大学生、初めて聞く用語だ。


「問題なのは融合に上限がないことなのよね。仲間同士であれば二体だろうが十体だろうが融合可能なの。記録されている最大のものは三十一体だったかしら……」


 ビルほどの大きさの冥精霊が街を壊す姿を想像し、微かな震えがきた。


「大きさからするに、あなたたちが戦ったのは三体くらいかしら?」


 シャロンさんは目の前の合体冥精霊を観察している。


「そうですぅ。あれは三体合体グレート冥精霊ですぅ」

「グレートって、単に大きくなっただけじゃない。むしろ切り甲斐があるってもんよ」


 剣を構えるアイリスにシャロンさんが待ったをかけた。


「ダメよ、アイ。せっかくここまで足を運んできたのだから、あれは私が担当させてもらうわよ」


 そう言ってシャロンさんはグレート冥精霊の前に歩み出た。

 大丈夫だろうか。相手は三体合体した個体だ。一体より強いのは間違いないだろう。そんな相手に挑むにもかかわらず、シャロンさんの装備は腰のレイピア一本だ。鎧すら身に着けていない。ワンピースにレギンスといった出で立ちで、とても戦闘を行うスタイルではない。

 僕の心配を余所に、シャロンさんはレイピアを抜き、切っ先を天に向かって掲げた。


「面倒だから、さっさと終わらせちゃうわよ」


 そう言うや、ゆっくりとレイピアを回転させ始めた。自分を中心に、切っ先で円を描くようにだ。どこか見覚えのある動きに思えた。

 一周し、切っ先が天の位置に戻った瞬間、彼女はレイピアを振り下ろした。

 目にも留まらぬ速さとはこのことだ。かろうじて確認できたのは、合体冥精霊の体を通過する剣閃の輝きだった。

 僕の見立ては正しかったらしく、次の瞬間、合体冥精霊の体は中心からキレイに左右に別れて地面に伏した。文字通り真っ二つだ。


「シャロ姉さまの必殺技。リングムーンスラッシュですぅ」


 リングムーン……。ここでピントきた。


「あれっ? それってパッツォ・レーブの技じゃなかったっけか?」


 パッツォ・レーブ。市内在住の剣聖だ。朝のラジオニュースでは、舞台女優との熱愛がどうの言っていた。


「シャロ姉さんはパッツォ・レーブの直弟子なのよ。実力は今見た通り。下手な王宮騎士より強いんだから」


 アイリスの言葉に答えるように、シャロンさんはこちらに向かってウインクをしてきた。

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