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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第一章 バイト先は騎士団本部
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緊急事態発生

 バイト開始から一週間経ち、迎えた日曜日。今日は学校が休みだ。普段ならのんびり一日をすごすところだけど、そうはいかない。ベケットは日曜でも休みではないのだ。

 朝、いつもどおりの時間に起きた僕は朝食を食べ終え、リビングのソファーに横になっていた。

 バイト開始は十時で、まだ二時間以上の猶予がある。アイリス宅へ向かうには早すぎ、手持無沙汰が否めない。もう少し寝ていてもよかった。

 ふと思い立ち、ラジオのスイッチを入れてみた。暇つぶしくらいにはなるだろう。

 ニュースの時刻だったようで、ラジオの向こうではアナウンサーが地域情報を淡々と読み上げている。

 絶滅危惧種のインビジバードの保護基金が設立されたこと。市内在住の剣聖パッツォ・レーヴ氏が、舞台女優のエマ・イルディスとの熱愛を認めたこと。魔導協会がファキオワード支部の建物売却を検討しているなど、興味の湧かない話題ばかりだ。

 今朝、デルタ高原で野生の冥精霊が目撃されたとの情報で、ニュースは終了した。

 僕はラジオのスイッチを切り、再度ソファーに寝転び、テーブルに置かれていた雑誌を眺めて暇を潰した。

 文字を目で追っているうちにほどよい時間となり、僕はアイリスの家に行き、二人でベケットへと出社した。


「おはようトモ君にアイちゃん。今日も仲がいいことで」


 セシールさんの冷やかしに、気恥ずかしさを感じながら事務室で仕事着に着替える。

 仕事着といってもエプロンをつけるだけだ。着替えですらない。


「終わったのなら早く出て行きなさいよ。あんたがいると私が着替えられないでしょ」


 アイリスに追い出されるまま、事務室から出る。

 アイリス、エリーさん、シャロさんの三人は、ちゃんとした仕事着が用意されている。鎧の下に着るアンダースーツがそうだ。本来は動きやすいよう肌に密着するものなのだが、ベケットのは独自仕様となっている。パーティーにでも着ていくような可愛らしいデザインで、下はミニスカートだ。この上に鎧を装着すると、なんとも扇情的な姿になり、目のやり場に困ってしまう。考案したのはセシールさんで、男性客のリピーターを増やすための営業戦略だそうだ。


「そういえば、エリーさんとシャロさんの姿が見当たらないですが。まだきていないんですか?」


 箒で床を掃きながら、アヤムさんに尋ねる。


「エリーは依頼人のところへ寄ってからくるそうなので、少し遅れます。シャロ姉さまは大学の講義があるため、出社は午後からです」


 なら先に事務室から清掃した方が効率がよい。自分の中の作業スケジュールを組みなおしているとき、


「今日は営業しておりますかな?」


 来客ベルと共に、老人が入ってきた。お客さんのようだ。


「いらっしゃいませ。ベケット総合ライフサービスは年中無休ですよ」


 セシールさんが営業スマイルで近づいて行く。


「それはよかった。実は護衛を依頼したいのですが。よろしいでしょうか?」

「ええ、なんの問題ありません。まずはおかけください。詳しい話を聞きましょう」


 僕は急いでお茶を入れ、お客さんへと出した。

 料金など、依頼人との契約内容の取り決めは、セシールさんの役目だ。アヤムさんが脇に座り、契約書を作成する。


「なに? お客さん」


 アンダースーツに着替えたアイリスが、事務室から出てきた。


「ああ、護衛を頼みたいそうだ」


 アイリスは胸の前で、右の拳を左の掌に打ちつけた。


「よーし、久々に腕が鳴るわ!」


 今いる実働係はアイリスだけだ。あの老人の護衛任務は彼女が担当することになるだろう。

 案の定、「アイちゃん。お仕事よ」と、セシールさんからお呼びがかかった。


「了解しました!」


 アイリスは気合いじゅうぶんで歩いて行った。

 僕はアイリスがいなくなった事務室の床に箒を走らせる。

向こうでは契約がまとまったらしく、アイリスが装備部屋に入っていくのが見えた。ほどなくして、軽装を装着して出てくる。


「冷たいお茶を入れて待っていなさいよ」

「オーケー。キンキンに冷えたのを準備しておいてやる」

「ホットケーキも忘れないでよね」


 そう言ってアイリスは老人と一緒に外へ出て、通りを挟んだ真正面にある馬車屋に向かった。『ユーゲント レンタホース』という店で、馬や馬車のレンタルを行っている。

 アイリスと老人が乗った馬車が動くと同時に、エリーさんが出社してきた。


「今、お爺さんと馬車に乗ってたのアイちゃんですよねぇ。依頼ですかぁ?」

「はい、あのお爺さんが依頼人です。風景写真を専門に撮っている方で、護衛をお願いされました」


 アヤムさんが丁寧に説明する。


「ああそっか。それで郊外に撮影にいきたいから護衛を頼んできたのか」


 僕も話にはまる。


「今の時期、ハンドレッド高原はサクラが満開でしょうね。アイが羨ましいです」


 ハンドレッド高原は観光地として有名だ。国内外から観光客がくる。メントゥム大陸の中でも、ファキオワードにしかないサクラという樹木が群生しているのだ。春から夏にかけ、キレイな景色が広がっている。


「いいないいなぁ、あたしも行きたいなぁ、ハンドレッド高原――。そうだ、いつかみんなでお花見しようよぅ!」


 エリーさんの提案に、セシールさんは満更でもないようすだった。

 サクラを仰ぎながら、みんなでガヤガヤやるっている風景を想像しながら、僕は事務室の掃除を続けた。

 どれくらい時間が経っただろう。床掃除、窓拭き、棚の整理を終え、腰を伸ばしていたときだ。ふとアヤムさんのデスクが目に留まった。

 気になったのは、上に置かれている書類だ。先程の依頼にかんするもので、内容をまとめたもののようだ。

 自分でもなにが気になっているのかわからず、数秒ほど目を凝らす。記憶の隅にある事柄と、書かれている内容が、微妙に共鳴しているのだ。


『依頼内容 護衛』『対象人物 依頼者ご本人』『料金 時間につき一〇〇〇メント(税込)』。


 そして最期の備考欄に、『ハンドレッド高原および、デルタ高原』とあった。

 これだ!

 僕は急いでみんなの元に走った。


「アイリスが向かった場所って、ハンドレッド高原だけじゃないんですか!」


 僕の只ならぬようすを察したのか、三人は微かな動揺を見せた。


「ええ、そことデルタ高原の二か所に赴くそうですが――。それがなにか?」


 僕は今朝ラジオで聞いた地域情報を話した。今朝、デルタ高原で野生の冥精霊が目撃されたと言っていた。


「それが本当ならアイちゃんとお爺さんが危ないですぅ。冥精霊はBBBクラスの危険生物なんですよぅ!」


 エリーさんから普段の余裕が感じられない。セシールさん、アヤムさんの二人も顔を青ざめさせている。

 冥精霊クライド。メントゥム大陸の住人ならば、その危険性は認識している。

 火精霊ブラーエ水精霊マリナー木精霊ジョヴァンニなどの有益な働きをしてくれる精霊とは違い、こいつは人間に害を及ぼす。全ての精霊は敵対反応という特性を持っている。特定の生物に対し、極めて攻撃的になる習性だ。火精霊ならトロールに、水精霊ならオーガに、といった具合だ。冥精霊の場合、どういったわけかこの敵対対象が人間だから迷惑極まりない。冥精霊は積極的に人間を襲う。農村部では冥精霊に襲われ大怪我を負う人間が毎年出るのだ。専門家の間では、冥精霊を精霊のカテゴリーから除外しようという動きもあるくらいだ。


「精霊には普通の武器では効果がありません! いくらアイでも、剣が通じないんじゃどうしようもありませんよ!」


 アヤムさんが悲痛な声出す。

 セシールさんの状況判断は早かった。


「エリーちゃん、アイちゃんの増援に向かってちょうだい。あなたの魔法なら対応できるはずよ」

「了解ですぅ!」


 エリーさんはすぐに向かいの店で馬車をチャーターし、通りに消えた。

 間に合うだろうか。仮にエリーさんが間に合ったとしても、冥精霊を一人で撃退するのは無謀だ。

僕にもなにかできることはないか……。友人が危険に遭遇しているのだ。ここで掃除なんかしている場合じゃない!

 ――閃くものがあった。そう、友人だ。

 僕は身に着けていたエプロンを放り、ベケットの外へ出た。そのまま自転車に跨り、通りを全速力で駆け抜ける。

 向かうはオーブリーの家だ。通りを右折し、メインストリートに出る。メインストリートを北に走っていると、『モンターギュ コンシューマーアーム』の看板が見えてきた。

 僕は自転車から飛び降りると、店に滑り込んだ。


「いらっしゃい……って、トモルじゃねえか。いったいどうした。そんなにテンパって」


 運のいいことに、カウンターにいたのはオーブリーだった。手伝いの最中らしい。


「オーブリー。この前言っていた最新ロングソード。なんでも切れるとかいうやつ。あれまだあるか!」

「ああ、まだ売れてないぜ。なんせ他の武器と比べて価格が一桁違うからな。一般市民が護身用に持つにはオーバースペックすぎる」


 オーバースペックか、申し分ない。


「率直に言う。そいつを貸してくれ」


 オーブリーがキョトンと首を横にする。


「聞き違いか? 今、うちの目玉商品を貸してくれと聞こえたんだが」

「聞き違いじゃない。オレはそいつを拝借したい」

「おいおい、こいつは売りものだぞ。オレが親父にぶん殴られちまう」

「頼む時間がないんだ。下手するとアイリスが死んじまう。助けるにはそいつが必要だ!」


 オーブリーがギョッとする。


「彼女がデルタ高原で冥精霊とニアミスした可能性があるんだ。オレの思い違いならそれでいい。その剣は新品のまま返却される。もし使用することになったら……オレが買い取る。だから頼む。WP W105LAを使わせてくれ」


 僕は店の中央ガラスケースに納められた、立派な装飾のロングソードを指差す。


「……購入の際は、消費税分はオレの奢りにしてやるよ」


 そう言ってオーブリーはガラスケースの鍵を投げてよこした。

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