彼女の過去
アイリスと一緒にベケットに着くや、セシールさんにからかわれた。男女の間を彷彿させる下世話な内容だったせいか、アイリスは強く否定した。
「酷い言いがかりです! 誰がこいつと関係を持ちますか! こんな腑抜けた男子、ぜんぜん好みじゃありませんから!」
非情に傷つく言い方だった。胸にグサグサ刺さるものがあった。
「こいつがどうしても私を送りたいと言うから、仕方なく送られてあげたんです」
なんと横暴な。すさまじい上から目線だ。
「ということは、アイちゃんがトモ君に気を許したのは事実なのよね。アイちゃん、滅多なことでは人の好意に甘えないじゃん」
エリーさんが話をややこしくし、
「そうね。アイは少なからずトモ君に心を開いている証拠だと思うわよ」
シャロさんが火種を蒔き、
「トモ君、これからもアイのことをよろしくお願いしますよ」
アヤムさんが油を注いだ。
「あー、もう、わかったわよ。みんながそう言うなら、こいつと仲よくしてやりますよ!」
そしてアイリスがブチ切れた。
「あんた今日から毎日私の送り迎えお願いね。それと学校にいるときも私の身の回りの世話しなさい。団員を助けるのも雑用係の仕事って、自分で言ったんだからね」
凄まじく身勝手で、一方的な話だった。即座に拒否しようとするも、
「キャー、アイちゃんがデレたわ」「これって一種の告白だよねぇ」「アイはトモ君のことを気に入ったようね」「私はお二人を応援します」
拒否することが許される空気ではなかった。猛獣の飼育係を押しつけられた気分だ。
「というわけで、これからコキ使ってやるから覚悟しなさいよ」
かくしてこの日を境に、僕のバイトは激務へと突入したのだった。
まず登下校をアイリスと共にするハメになった。朝はいつもより早く家を出て、アイリスの家に寄る。彼女を自転車の後ろに乗せ、学校まで走る。この時点で重労働極まりない。僕の家から見て、リバーヒル地区は市内の反対側だ。寄るだけでも大幅な遠回りになってしまう。おまけに人を一人乗せるのだ、学校についた時点で体力は尽きている。
学校にいるときはいるときで大変だ。購買へジュースやパンを買いに行かされたり、お昼休みに市内のスーパーへ走らされたこともあった。まさに専属奴隷だ。
「お前、なんだってアイリスの下僕になり下がっちまったんだ?」
「社長からの命令なんだから仕方ねえだろ。その分自給は上げてもらったから悪い話じゃねえんだよ」
あのあとセシールさんから、アイリスの面倒を見ることを正式な業務として命令された。どうもセシールさんはアイリスのことを特別気にしている節がある。
その辺について尋ねてみたところ、意外な事実が判明した。アイリスのお父さんは、ベケット騎士団が市営だった頃、騎士団長だったらしい。上級公務員だ。立派な屋敷に住んでいたのも頷ける。名前はトーマス・グローベルクで、セシールさんのお父さんとは親友同士だったそうだ。親が親友なら娘も同じだ。セシールさんにとってアイリスは妹みたいなものなのだ。
話しを聞いてみて、気になることがあった。二人のお父さんの関係だ。『親友同士だった』と、過去形になっていることだ。
イヤな予感を覚えてみれば案の定で、三年前、トーマス氏は故人となったのだそうだ。母親はアイリスが赤ん坊の頃に病死していることも、セシールさんは話してくれた。
……アイリスは孤独なのだ。
同情という感情により、僕は彼女のわがままを受け入れていた。
学校やプライベートでは横暴の限りを尽くすアイリスだけれど、ベケットでの仕事ぶりは熱心だ。お客さんには丁寧に対応するし、与えられた仕事は完璧にこなす。今日などは暗くなるまでかけ、商店街のドブ掃除を完了させ戻ってきた。
「先に帰っていてもよかったのに……」
「お前を家に送らなきゃならんだろうが」
「そっ、そうか……。いっ、いつも悪いな。たっ、助かっている……ぞ」
「気にすんな。これも仕事だ。残業手当が出るから問題ない」
「ああ、そうか! 仕事だから仕方がないな。このっ!」
「ウェッ! 首を絞めるんじゃない。苦しい!」
僕はもがきながら自転車を夜の市内を走らせた。




