終わりよければ……
「私の個人的な意見として、学校で一番楽しいときって、体育でも昼休みでもなく下校時よね。面白くもない授業から解放されたこの瞬間が、なにより快適だわ」
僕はとくに同意を述べることもせず、ただ考えに耽っていた。
「問題はこの『宿題』という邪魔な荷物があることよ。最近思うんだけど、この制度は教師たちが生徒への嫌がらせとして考案したんじゃないかしら。てっ、人の話しを聞きなさいよ!」
右の爪先に走る激痛に、堪らず僕は悲鳴を上げる。
「ちょっと暴れないでよ。あんた、今私に肩を貸していること忘れてない! というか、耳の傍で大声出されると迷惑なんだけど」
「どの口が言うか! 松葉杖で足の指を潰されれば悲鳴の一つも上がるだろ!」
「松葉杖じゃなくロフストランドクラッチよ。モコモコ雲を探したりするんだから」
そう言ってアイは右手に持つロフなんたらクラッチをクルリと一回転させた。
あれから一週間が経ち、昨日めでたくアイは退院となった。とはいえ両足の深手がそんなに早く癒えるわけもなく、しばらくの間は歩行補助ステックの使用を余儀なくされた。
「早く足が完治しないかしら、日常生活が不便で仕方ないわ。遊びにも行けないじゃない」
「医師の話しでは一ヶ月は安静にしておく必要があるそうだ。諦めて家で大人しくしてな。下手に動き回ると治りが遅くなるぞ」
僕の正論に、アイは不満そうに唇を尖らせた。
「やむをえないわね、足が治るまでは文学少女でいることにするわ。過去の名作から、近年の大賞受賞漫画を読み漁ってやるんだから」
「漫画かよ。文学少女を自称するなら、せめて文字が主体になったものを読むべきだと思うが」
「バカにしないでよ。私は立派に小説とかも嗜んでるわよ。ちなみに最近読んだのは、兄に好意を抱いている妹が、兄の気を引くため魔王と契約して世界征服を始める話よ」
「どんな小説だそれは! ストーリーがぶっ飛びすぎだろう!」
「えーとね。『俺が妹に好かれすぎたせいで人類が滅びそうな件』ってタイトル。ほら、漫画みたいな絵が描いてある小説があるじゃない。ライトノベルっていうジャンルらしいわよ」
とりあえず、そのようなものがあるのだと心に留めておくことにした。
「まあいい、それより夕飯だ。今のオレにとってなにより重要なのは、夕飯の献立をなににするかだ」
「優柔不断ね。そんなの適当に食べたいものにすればいいのよ」
「そう思うだろ……。オレも家事初心者の頃はそう思っていた。慣れてくればわかるが、これがそう単純な話じゃないんだな。栄養バランスとか、予算とか、スーパーの特売日との調整とか、色々難しい要素が絡んでくるんだ。これに作り手の拘りが加わると更に面倒になる。同じメニューばかりじゃ芸がないだろ」
「そう……なの。よくわかんないけど、あんたも苦労しているのね……」
僕は脳髄に電流が流れるのを感じた。あのアイから共感してもらえたのだ。感激するなと言う方が無理だ。
「いっそアイが決めてくれ。お前が食べたいものを言ってくれ。オレがそれを作る」
「いいの? アカリおばさんイヤがらないかな?」
「母さんへの配慮なら不要だ。アイがくることを嬉しがっていたからな。お前の決定には従うさ」
足が完治するまでの間、アイは僕の家に居候することになった。
今のアイは一人では階段を上ることすらままならない。常につき添い人が必要な状態だ。ピアトラが帰国してしまい、なお彼女からアイの面倒を見ると約束した手前、この流れは必然と言える。
僕がアイの家に泊まり込む案もあったものの、そうすると我が家の家事が疎かになる。なにか打開策はないかと考えたところ、逆の発想に至った次第だ。幸い我が家には部屋が余っているし、母も乗り気だ。「トッ君が女の子を連れこんじゃった。キャー」などと一人で盛り上がっている始末だ。ある意味迷惑極まりない。
「じゃあハーブチキン作って。カニスの日の初日のときは、私が怪我したせいでルーチェの手が回らなくて、けっきょくお流れになっちゃったのよ」
「了解した。家にグレイビーソースがなかったから買って帰らないとな……」
「はあっ! あんたもしかしてグレイビーソースで食べる気? ハーブチキンにはオーロラソースでしょうが!」
「待て待て、ここはテロール帝国じゃなくフェンスター公国だ。この国ではグレイビーソースが標準だろうが。それに、アイも前に『次はグレイビーソースで食べてみょうかな』って言ってたじゃないか」
「あれは、あのとき、あの瞬間の私の意見。人の気持ちは日々変化するものよ。今はグレイビーソースなんて信じられない気分なの。私にとってはオーロラソースが正解なの。それ以外は認められないわ!」
アイはきっぱりと拒否してきた。
「まったく。ピアトラめ、アイに余計な知識を植えつけやがっ……」
僕はハッと口を噤んだ。しまった、うっかり口を滑らせてしまった。
「ピアトラ? 誰よそれ? 私にオーロラソースの素晴らしさを発見させたのはルーチェよ。前に教えたじゃない?」
「だったな……。悪い悪い、ちょっとした勘違いだ……」
ホッと胸を撫で下ろす。
ルーチェ・リサイアの正体について、アイには内緒にしてある。この真実はアイにとってなにひとつプラス要素がない。最悪人間不信に陥る可能性もある。そんなわけで秘密にすることを決意した。
「そうそうルーチェよ……。なにもこんなドタバタしているときに辞職することないじゃない」
「遠方に住む両親が病気になったんだから仕方ないって。タイミングが悪かったと割り切ろうぜ」
世の中には知るべきことと、知らなくていいことがある。嘘もときとして良好に働くのだ。
「そうね。結果として喜ばしい状態になったわけだからいいっか……」
それは何気ない返答で、つい聞き流してしまった。
止めている自転車の脇についたところで、ようやく意味に気づき、僕はアイに発言の真意を問う。
「いちいち細かい男ね。そういうときは、『えっ、今なんか言ったか?』って、はぐらかすのがルールでしょうが。最低限のマナーくらい守んなさいよね!」
アイは顔を真っ赤にしながら怒鳴ってきた。
「そんなことより早く帰るわよ。スーパーに寄って買い物しなきゃならないんでしょ。おばさんお腹空かせてるわよ」
そう言ってアイは僕の肩を離れると、自転車の荷台に横座りする。
「私もたくさん食べて栄養つけなきゃね。せっかく社長から休暇をもらっているんだから、今のうちに力を蓄えとこっと」
バッグを前カゴに納め、ステックを胸に抱え、サドルをポンポン手で叩き、僕に早く乗るよう促す。
「それがいい。怪我なんてものはさっさと治すに限る。早く一人で生活できるようにならねえとな」
「まあ、あんたの家が快適なら、そのまま居つくことを検討してあげないでもないけど……」
「……そうなるよう努力する」
そして僕はサドルに腰かけ、ペダルを踏み込んだ。
ちょっと謎が残っていますが、これで一応の終了です。ギャグ物を書く練習であると同時に、初めてライトノベルを意識して書いた作品でもあります。
世界を救うのでなく、あくまで街で起こる日常事件を解決するストーリー。ファンタジーで少年探偵団物をやるというコンセプトで企画したものです。
今読み返してみると、文章がくどい部分が多々ありましたので、この辺は時間を見つけ、徐々に読みやすいように修正していきたいと思います。




