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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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事件解決、しかし……

 エリーとシャロ姉さんに助けられた数分後、警官隊が工場内に突入してきた。指揮を取っていたノア警部にその場を任せ、僕とアイはすぐに病院へと搬送された。

 アイはすぐに輸血が実施されたことにより一命を取り留め、治療明けの朝、なにごともなかったように目を覚まし、ごく普通に朝ご飯を平らげた。傷の深い左右の太腿は縫合され、現在は分厚い包帯に包まれている。五日間は絶対安静とのことで、彼女はしばしベッドで退屈な日々をすごすハメになってしまった。


「拘束具が鎖から包帯に変わっただけじゃないのよ。マジ信じらんない!」


 アイは文句タラタラだった。彼女にとっては怪我よりこちらの方が辛いかもしれない。

 僕の方もアイに負けないくらいの重傷だ。ナイフによる切り傷が多数と、刺し傷が数か所。外した肩の関節は見事に壊れており、一週間ほどギブスが必要だ。


「そうそう、明日は少年ジャンデーの発売日だから買って持ってきてね。あんた自由に歩けるんだから構わないでしょ」


「へいへい。ちゃんと金は払えよな」


 僕はアイの病室を出て、自分の病室へと戻った。

 ベッドに腰を降ろし、先程アイから聞いた話を整理する。

 話というのはアイが持っていた登山ナイフについてのことだ。トーマス氏の殺害に使用されたという凶器で、それについて一つだけ確認したことがあったのだ。


『あんた以外に誰にも教えてないけど。それがどうかした?』


 アイが語った言葉は余り喜ばしいものでなく、僕を憂鬱な気分にした。

 売店で買った缶コーヒーを啜りながら、思案に耽けていると、ドアがノックされた。


「やあ久しぶり。容体はどうだい?」


 尋ねてきたのはクラークさんで、お見舞いの果物をテーブルに置いたのち、ベッドサイドの椅子に腰かける。


「見てのとおりですよ。オレもアイもボロボロ、二人仲よく入院が決まりました。オレが三日間で、アイが一週間。市立病院の空きベッド解消に一役買いましたよ」


 皮肉と取られたようで、クラークさんは申しわけなさそうに視線を下げた。


「まさかパティがヤックハルスとはね……、確固たる証拠が大量に出ているにもかかわらず、未だ信じられずにいるよ」


 視線を天井に移し、遠い目をしながら語った。


「本社は大慌てだよ。死に物狂いで追っていたヤックハルスが、まさか同僚の中にいるとは誰も予想していなかった。どう記事を書いていいものやら、僕らにとって寝耳に水さ」


 クラークさんは椅子の足をグラグラ揺らした。


「真実をありのまま書けばいいじゃないですか。パトリシア・コーウェンが今回の犯人で、八人を惨殺したと」

「そうもいかないよ。今回の事件にも報道規制が敷かれ、二十年前の事件には触れてはいけないことになった。それに本社の事情もある。社員の中から犯罪者を出してしまったんだ、ファキオワードポストのイメージダウンは避けられない。どうやって受けるダメージを軽減させるか、現在上層部で審議中さ」


 僕はベッド脇にある、今朝のファキオワードポスト紙に目をやる。起きてからざっと目を通したものの、ヤックハルスの記事が一つも掲載されていなかった。他人に厳しく自分に甘く、典型的なマスコミ心理を垣間見た心地だった。


「あとは僕個人の心情が少々……。一年ちょっとだけだったけど、パティと僕はパートナーだったんだ……。願わくば、彼女の一刻も早い出頭を祈るよ」


 あの後パトリシアはまんまと逃走に成功した。どうやって警官隊の目を逃れたのかは定かでないものの、もしかすると秘密の抜け道なんかが準備されていたのかもしれない。

 市警は今朝から森の大規模な捜索を実施しているようで、今日一日、森への侵入禁止を促す放送が朝方早くに聞こえてきた。


「そういえば、マイザ君のお母さんはいつ頃お見舞にくるんだい? 本社を代表して謝りを入れておこうと思ったんだけど。同僚が息子さんに酷いことをしたとしてね」

「ああ、オレのお袋はお見舞にはきません。なんでも仕事で手が離せないらしいんですよ」

「息子の入院にも立ち会えないなんて相当忙しいんだね。どんな仕事をしているんだい?」

「さあ、恥ずかしがって教えてくれないんですよ。ただ、空のインク瓶と画材が大量にゴミに出るので、絵画っぽいことをやっているとは思うんですけど……」

「もし有名な人なら一度取材させてほしいところだね。ここ最近は暗い記事ばかりだったから、たまには芸術特集なんかも悪くない」


 あの母が有名人とは思えないものの、一応、形だけの返事を返しておく。


「さて、次はグローベルク君の病室に行かないと」


 クラークさんが椅子から腰を上げたとき、またドアがノックされた。


「失礼するよ。傷の具合はどうかな」


 返事をするより早くドアが開き、ノア警部が姿を見せる。


「ファキオワードポストの記者も一緒か、ちょうどいい」


 警部はヨレヨレのコートを揺らしながらこちらに歩いてきた。


「つい三十分前、森の捜索中にパトリシア・コーウェンが発見された」


 警部の口から出た言葉は、今僕らの最大の関心事だった。


「彼女の状態は?」「面会は可能ですか?」「罪状の程度は?」「弁護士は決まっていますか?」


 クラークさんからの質問攻めを、警部は両手を掲げて制す。


「どうか最後まで聞いてほしい。できれば冷静さを保ったうえでな。……発見されたとき、パトリシア・コーウェンはすでに死亡していた。私はマイザ少年とグローベルク君に事の次第を告げるためにきたのだ。その後、ファキオワードポストの誰かに遺体の確認を頼むつもりだった。『ちょうどいい』と言ったのはそれだ」


 警部は淡々と説明した。クラークさんは一瞬取り乱したように身震いするも、すぐに落ち着きを取り戻す。


「具体的な状況は……?」

「パトリシアの遺体は崖の下から発見された。逃走に夢中でうっかり足を滑らせたのだろう。現在遺体は鑑識に回されている。まさに因果応報だな、同情の余地はない」


 クラークさんは複雑そうな表情で小さく頷いた。


「遺体の確認は僕が行います。よろしいですね」

「病院前に我々の馬車が止まっているから、すぐに署に向かってくれ」

「了解です……」


 そう言ってクラークさんは病室から出て行った。


「では私も行くとしよう。すまないがグローベルク君へは君から伝えてくれんか」


 帰ろうとする警部を、僕は呼び止めた。


「パトリシアが持っていたナイフは押収しましたか。あれって重要な証拠だと思うんですが」


 警部は、「いいや」と首を振るった。


「パトリシアは凶器を所持していなかった。逃げている途中に落としたのだろうな。君が言うとおり重要な証拠ではあるが、森の中からナイフ一本探し出すのは至難の業だ。署員の間でも溜息が漏れているところだ」


 それは妙だ。パトリシアの目的はナイフに捕らわれたジャンおじさんの解放だったはずだ。あのナイフを落としたりするだろうか。


「ではさらば。お大事にな」


 背中を向ける警部。ここで僕はあることを思いつき、もう一度警部を呼び止めた。

 サイドテーブルに置いていたポーチに手を忍ばせ、収めている銃を握り、そしてそれを警部に向ける。


「なんだね、それは?」


 ポカンとした表情で首を傾げる警部。僕は数秒の沈黙を挟んだのち、


「……なんでもありません。それじゃまた」


 銃を降ろし、警部に手を振った。


「ああ、しっかり体を休めてくれ」


 病室に一人になると、僕は腕を枕にしてベッドに寝そべる。

 染み一つない天井をボーッと見つめながら、今まで頭に引っかかっていたものを消化する作業を開始する。ようやく違和感の正体に気がついた。

 そうなのだ、普通はああいう反応をするに決まっているのだ……。

 ……明日、彼女に会う必要がある。

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