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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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行方不明のアイ

 奇跡を願うというのは儚い行為だ。そもそも奇跡に頼らざるおえなくなった時点で、それは負けも同然なのだ。

 酒場、遊戯施設、食糧品店、ホームセンター。スコフィールド地区にあるこれらの店を回ってみても手がかりゼロで、隣のヴァクラム地区にある同様の店を回ってみたものの、やっぱり手かがりはなく、気がついたときには上空は朱色に染まっていた。

 夕暮れから移り変わった星空を仰ぎながら、僕は溜息を一つ吐く。


「時間切れか……」

「そのようだね……」


 これでヤックハルス捜査は終了だ。結果は僕らの敗北。薄々予想はしていたものの、どこか悔しさがある終わり方だ。


「まだわからないよ。パティとグローベルク君、そしてブルーボーン君とセミーリャ君。彼女らがなにか掴んだかもしれないじゃないか」


 クラークさんの言葉に従い、微かな希望を抱きながら待ち合わせ場所へと向かう。

 待ち合わせ場所はオープンカフェだ。カニスの日の間は、大抵のカフェが深夜まで営業しているのだ。ここではアルコール類も扱っているようで、酔い潰れている人も多々見られる。殺人鬼がうろついているというのに呑気なものだ。


「今年のカニスの日は慌ただしかったね。僕らにとってはヤックハルスの日だ」


 そう言ってクラークさんは、注文を取りにきたウエイトレスにブラックコーヒーを注文する。


「クラークさんたちは、引き続きヤックハルスを追うんですよね?」

「当然だよ。ここまできたんだ、最後までやり遂げてみせる」


 クラークさんの目はギラギラと輝いていた。この人なら、いずれヤックハルスの正体に到達しそうな気がした。

 そうこうしているうち、エリーとシャロ姉さんが姿を現す。二人の晴れない表情から、結果が出なかったのだということが見て取れた。


「ゴメン、ダメだったわ。たくさん店を回ったけど、ジャンについて知っている人は皆無だったわ」

「無力なわたしたちを許してくださいですぅ」


 二人はすまなそうに肩を竦めながら、僕らと同じ席に着く。


「まあ仕方ないさ、十年という歳月は短くないからね」

「残された希望は、アイとパトリシアさんか」


 僕らはアイたちが現れるのを待った。勝ち誇った顔のアイがやってきて、「喜びなさい、有力情報をゲットしたわ」。そんな言葉を発してくれることを願いながら……。

 一時間ほどこうしているも、アイたちは一向に現れる気配がない。


「それにしても遅いわね? 待ち合わせ場所を間違えたのかしら?」


 シャロ姉さんはげんなりと腕時計を眺める。


「それはないでしょう。アイちゃんだけならともかくぅ、パトリシアさんが一緒なんですよぅ」

「是が非でも今日中に手がかりを掴もうと躍起になっているんだろうね。パティは負けず嫌いだからね。きっとグローベルク君もその口だろ?」


 納得だ。アイの負けず嫌いはイヤというほど知っている。

 僕らはそれから一時間ほど待った。まだ二人の姿はない。


「仕方ない。先に引き上げるとしよう」


 クラークさんは椅子から腰を上げた。


「いいんですか? あとでパトリシアさんから文句を言われたりしません」

「構わないよ、こういうことはよくあることだから。あとからパティがきて、僕らの姿がなかったとしても納得してくれるよ」


 指定された時刻に現れなかったのなら仕方がない。ここで時間を潰しているのも不毛だし、アイたちに連絡を取る手立てもない以上、どうしようもないことだ。


「じゃあ、オレたちはここで捜査を打ち切るわけですけど、もしクラークさんの方で真相がわかったなら教えてくれると嬉しいです。ここまでかかわった以上、なんか気になるし」

「お安い御用だ。やつの正体が判明したら忘れずに教えるよ。もちろん記事にするより先にね」

 クラークさんとお別れの握手をすませ、僕らは帰路についた。


※ ※ ※ ※ ※


 翌朝の目覚めは最悪だった。見た夢の内容は覚えていないけれど、体中に掻いた汗からするに、悪夢だったのは間違いない。

 タールのようにねっとりとしたまどろみを振り払い、時計を確認すると、まだ朝の五時半だ。二度寝する気にもなれず、僕は着替えて一階に降りて行く。

 母はまだ眠っている。昨日も部屋で遅くまで仕事をしていたようなので、起きるのは昼頃だろう。

 トーストとミルクで簡単に朝食をすませると、濃い目のコーヒーをカップに注ぎ、リビングのソファーに腰かける。

 夏の日の出は早い。時刻は六時を回ったばかりだが、外はすでに明るい日差しで照らされている。今日は暑くなりそうな気配だ。

 僕はラジオのスイッチを入れた。六時は朝ニュースの時間だ。ラジオで語られる話題も市内で続発する連続殺人ばかりだ。なにか進展があっただろうか。

 どうやらよくない方向に進展があったらしい。ヤックハルスは昨晩も犯行に及んだようで、アナウンサーの口から、新たな遺体発見が報じられた。

 発見場所はスコフィールド地区で、発見者は清掃業の男性。見つかった遺体は二人分ということだ。『二人』ではなく、『二人分』という言い方がなんともグロテスクだ。朝食の最中に聞かなくてよかった。

 これで犠牲者は八人。もはや事件解決は市民全員の悲願だ。ファキオワード市警にはなんとかがんばってもらいたい。蚊帳の外にいる僕には、解決を祈るより他ないのだ。

 今日の正午、事件の犠牲者を悼むため、市内にある教会が一斉に鐘を鳴らすとの話で、ニュースは終わった。

 飲み終わったカップを洗っているとき、玄関ドアがドンドンと音を立てた。こんな朝早くにお客らしい。

 ノックはもっと優しくしてほしいな、と思いながらドアを開けると、軒先にはルーチェさんが立っていた。


「朝早くに失礼します。昨晩お嬢さまはこちらにお泊りになられたでしょうか!」


 ルーチェさんは酷く慌てたようすだった。僕が否定すると、彼女は顔をサーッと青ざめさせた。


「昨晩お嬢さまが帰ってきていないのですが、どちらにおいでなのか、マイザさまはご存知ないでしょうか!」


 アイが帰ってきていないだって……。僕が詳しい説明を求めると、ルーチェさんは内心の狼狽を押さえながら話し始めた。

 グローベルク家のルールでは、主人であるアイの帰りが遅い場合、ルーチェさんは先に就寝してよいことになっているようだ。そんなわけでルーチェさんは昨日も先に眠りについた。そして今朝起きてみると、どうもアイが帰ってきた気配がない。確認のため部屋を覗いてみるもアイの姿はなく、ベッドなどが昼間手直ししておいたままだったことから、昨晩帰ってきていないという結論に至ったらしい。

 僕は昨日のことを話して聞かせた。


「では、そのパトリシアさんの家に泊められている可能性がありますね」

「ファキオワードポストに問い合わせ、彼女の家を教えてもらいましょう」


 僕は素早く支度を終えると、自転車の荷台にルーチェさんを乗せ、ファキオワードポストへと向かった。

 クラークさんが本社に泊まり込んでいたのは幸運だった。事情を話すと、一緒にパトリシアさんの住まいに案内してくれた。

 パトリシアさんはアパートに一人で暮らしているらしい。場所は本社から近く、徒歩でも数分で辿りつけた。

 パトリシアさんの部屋の呼び鈴を鳴らすも、反応はない。


「おかしいな、この時間ならパティは起きているはずだ」


 クラークさんはドアのポスト口から室内を覗きこむ。


「パティは留守のようだね。いつも室内で履いているスリッパが置きっぱなしになっている」


 ならばアイもここにはいないだろう。昨晩ここに泊まり、今朝早くパトリシアさんと二人でどこかへ出かけた可能性はあるも、それらを僕らに内密に行う理由がない。パトリシアさんも昨晩から帰ってきていないと考えるべきだろう。

 僕ら三人は顔を見合わせる。


「警察に連絡しましょう! 昨日の夜、二人の身になにかあったに違いありません!」


『なにか』。漠然と言ったのち、今朝のラジオニュースを思い出す。

 ……ヤックハルスは昨晩も犯行に及び、今朝遺体が発見された。場所はスコフィールド地区で、遺体は二人分……。

 僕は震える声で二人に話して聞かせた。


「すぐに警察署に向かおう! 遺体の身元を確認する必要がある」


 僕らは近くに止まっていた辻馬車に乗り込み、警察署へと急行した。

 馬車から飛び降り、入口付近を歩いていた婦警さんを呼び止める。今朝発見された遺体が知り合いかもしれない旨を告げると、彼女は大急ぎでノア警部に取り次いでくれた。


「まず君らを落ち着かせるとしよう。今朝の遺体はアイリス・グローベルクおよび、パトリシア・コーウェンの二名ではない。プライバシーがあるので詳しくは言えんが、数日前から行方不明だった人物だ」


 僕らは「ホッ」と、声に出して胸を撫で下ろした。

 ノア警部は大きく咳払いをする。


「他人だろうが知り合いだろうが、犠牲者は犠牲者だ。その態度は感心しかねるな」


 僕らは苦笑いで誤魔化す。


「まあいい。それよりヤックハルスの行方を追っていたグローベルク君と、ファキオワードポストの記者が行方不明というのは気がかりだ。昨日の状況を詳しく教えてくれんか」

「わかりました。……警部への説明は僕がしておくから、マイザ君とルーチェさんはベケット本部の方を当たってみてはどうだい。もしかすると帰っていたりするかもしれない」


 言われたとおり、この場はクラークさんに任せ、僕とルーチェさんは本部へと向かった。

 本部にはセシールさんの姿があった。僕とルーチェさんが駆け込んできたことで、彼女は読んでいた雑誌から顔を上げる。


「アイを知りませんか!」

「アイちゃん? 今日は見ていないけど、どうして?」


 僕はアイが昨晩から帰ってこないこと、同行していたパトリシアさんも行方不明になっていることを説明する。


「すぐにみんなを集めるのよ!」


 セシールさんは右手の爪を噛んだ。

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