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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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ツーマンセル

 翌朝、朝食の後始末を終えとき、一通の電報が届けられた。送り主はセシールさんで、アイを連れて本部まできてくれということだ。

 僕はすぐにアイの家に自転車を走らせ、一緒にベケット本部へと向かった。

 本部にはクラークさんとパトリシアさんがいた。その顔からは高揚感が見て取れた。


「マイザ君とグローベルク君の到着か。これであとはブルーボーン君がくれば全員ですね」


 クラークさんは落ち着きなく肩を揺する。


「新情報が舞い込んできたようなのです。是非みんなに知らせたいと言うので、緊急招集をかけました」


 アヤムがお茶を乗せて持ってきた。


「新情報ですって。いったいどんなのよ?」

「まあまあ待ってくれ、全員揃ってから話したい。……聞けば驚く内容とだけ言っておこう」


 アイは大人しくソファーに腰を下ろす。


「クラークったら、私にも教えてくれないのよ。いったいどんな情報なのかしら」


 驚いたことにパトリシアさんも知らないらしい。これは相当すごい情報とみた。


「おはようございますぅ。わたし参上ですぅ」


 エリーがやってきたようだ。

 奥からシャロ姉さんも出てきて、これで全員が揃った。


「では始めよう。……昨日の夜、我が新聞社に匿名のタレコミがあった。新聞社と言ったが、正式には僕個人宛てに手紙が届いた。書かれていた内容は驚くべきものだよ。今起きている事件とも無関係ではないだろう」


 かくしてクラークさんは話し始めた。タレコミによって知り得た情報を……。

 驚くべき内容に、聞き終えたセシールさん、アヤム、エリー、シャロ姉さん、パトリシアさん、五人はしばし言葉を失ったようすだった。


「なんか君たち二人は反応が薄いね。荒唐無稽だったかい」


 皆とは違い、僕とアイの反応がいまいちだったことに、クラークさんは首を傾げる。


「いえ、まさか。大いに驚いてますよ。なあ、アイ!」

「そっ、そうよ、メッチャビックリよ! カニスの日にそんな意味があったなんてね。あっあはは」


 ジャン・シッカートとカニスの日。そして二十年前の猟奇事件。クラークさんが語ったのは、昨日僕らがクロドさんから聞かされたものと同じ内容だった。


「ジャン・シッカートか、なかなか役に立つことしてくれたじゃない。クロドさんが言うには好青年だったらしいし、急死したのが残念でしかたないわ」


「バカ」と、僕はアイの口を塞いだ。

 クラークさんが得たタレコミには、ジャンの死までは語られていない。


「どういうことだい。なんでグローベルク君がそのことを知っているのかな。『クロドさんが言うには』なんて、勘繰りたくなる言い方だね」


 アイが語るに落ちてしまったせいで、僕らは全員の疑念に晒される。

 もうどうしようもないので全てを白状した。今度驚いたのはクラークさんだ。


「なんてこった、あのアパートが殺人鬼の住まいだったとは」


 クラークさんはソファーの背もたれに後頭部をつける。


「しかし君たちも人が悪いね。せっかく一本取ったと思ったら、とんでもないカウンターを返された気分だよ」

「すいません。他言しないようクロドさんとの約束があったもので」

「わかるよその気持ち。僕ら記者も、情報源を明かさないことを条件にインタビューを行うときもある。まあそれは別として、おかげでタレコミ主が判明した。クロドさんに違いない。君たちに語ってしまったことで口が軽くなったんだろう。隠し事を持つというのは辛いものだからね」


 ではもう一つ辛さを吐き出すとしよう。僕はクロドさん宅でヤックハルスと遭遇したことを伝えた。

皆は「エッ」と口を揃えて驚きを示す。クラークさんの話し以上の衝撃を与えることになってしまった。


「なんか君たち二人は僕の一歩先を行くね」


 なぜかクラークさんは悔しそうに唇を噛んだ。


「でもそれって、ヤックハルスがトモ君とアイちゃんの動きを知っていたということですよねぇ。そんなことってありえますかぁ?」

「考えられるとすれば、二人が殺害現場を目撃してしまったせいね。もしかするとずっとマークされているのかもしれないわ」


 シャロ姉さんがゾッとすることを言う。僕は反射的に窓の外を見てしまった。


「……そのヤックハルスって、前にあなたたちが目撃したのと同一人物だった?」


 パトリシアさんは疑念を滲ませていた。


「背丈は同じだった? 体つきは? なにか特徴は? 持っていた黒水晶のナイフは本物だったの?」


 怒涛の質問に、僕とアイはタジタジになる。


「細かい部分は覚えてないわ。ただ黒水晶のナイフは間違いなく本物だった。実際にやつと刃を交えた私が保証するわ」


 アイが強い口調で断言すると、パトリシアさんは引き下がった。


「なにはともあれ、次にやるべきことは見えてきた。そのジャンの部屋に出入りしていた人物を探そう。必ずなにか知っているはずだ」


 僕、アイ、エリー、シャロ姉さんは頷く。


「みんな、ちょっといいかしら……」


 一度咳払いをしたのち、セシールさんは静かに声を上げた。


「これは私の個人的な意見なんだけど、今の話しをノア警部に打ち明けてはどうかしら。警察なら捜査権限もあるし、人手だってたくさんいるわ。私たちより手際もよく捜査を進めれると思うのよ。事件の一刻も早い解決を願うなら、そうするべきじゃないかしらね……」


 遠慮がちに語るセシールさんからは、辛労のようなものが感じられた。僕らの誰からも反論の言葉が出なかったのは、それが正論だったからだろう。


「被害者発見のニュースが聞こえてくるたびに怖くなるのよ。いつか団員の誰かが被害者名簿に載るんじゃないかって……。ヤックハルスはアイちゃんと互角に渡り合えるくらい強かったんでしょ。最悪帝国がかかわっている可能性もある以上、私たちはこの件から手を引くのが無難だと思うわ」


 個人的な意見などではない。セシールさんの口から出てしまった以上、それはベケット総合ライフサービス社長兼、ベケット騎士団団長の判断だ。僕らが反論できようはずもない。


「セシール・メルーオーダさん。少しよろしいでしょうか」


 異議を唱えたのはパトリシアさんだった。


「あなたが考えるとおり、この件は警察に任せるのが筋でしょう。ですが人にはなさねばならぬことがあるんです」

「と、おっしゃいますと?」と、セシールさんは訝しむ。

「私の父は二十年前の被害者の一人です」


 セシールさんがハッと口を押えた。


「それは……、ご冥福をお祈りしますわ……」


 セシールさんは胸の前で聖印を切る。


「身内が殺人鬼の手にかけられたからこそ、現状を黙って見ているのは我慢ならないのです。あんな犯罪を許しておけるものですか! 今日一日だけ待ってはくれないでしょうか。今日なんの成果も上がらなければ、あとは警察に任せましょう」


 同情心に訴えたパトリシアさんの懇願は、セシールさんを説得するにじゅうぶんな力を秘めていたようだ。


「……わかりました。では、今日一日だけ捜査を認めます。それでなにも成果が上がらなかったなら、この件からベケットは手を引きます。トモ君からの依頼を放棄することになるけど、その辺は理解してくれるわよね」


 僕は同意する。


「計らずして締め切りができてしまったね。あんな概念は社会から抹消すべきだと心の底から思うけど、そうもいかない。……さて、時間がもったいないから動くとしようか」


 クラークさんに促がされ、僕らはソファーから立つ。タイムリミットは一日。はたしてどこまでできるだろう。


「でもどう動くのよ? 特定の人物を探し出す方法なんて知らないわ」


 アイからは途方に暮れた気配が漂ってくる。


「新聞に尋ね人の広告を載せるのはどうでしょうかぁ……って、タイムリミットは今日中なので意味ないですねぇ」

「手がかりが少なすぎるのよ。顔も名前もわからないんじゃねえ。なにか取っかかりになるものはないかしら?」


 エリーとシャロ姉さんが頭を捻る。


「こういうときは人探しの基本に立ち返ろう。酒場で聞き込みなんてどうかな。謎の人物がジャンの親友であるのなら、一緒に酒を酌み交わしたこともあるんじゃないかな」


 なるほど、なんとなく人探しのコツを掴んだ気がした。


「ジャンがこの街で普通の暮らしをしていたのなら、なにかしら店を利用していたはずですよね。スーパーマーケットとか辻馬車とか。退屈しのぎに映画館に足を運んだかも」

「そういうこと。人は生活するうえで必ずなにかしらの商業施設を利用するからね。そこの従業員が覚えている可能性がある。行きつけの店なんかなら申し分ない」


 行先がある程度定まったところで、僕らはスコフィールド地区へと向かった。

 打ち合わせどおり、途中で二手にわかれる。僕とアイ、そしてクラークさんとパトリシアさんで酒場を回り、エリーとシャロ姉さんが食品店と馬車屋を担当する。

 僕とアイがクラークさんたちと一緒に行動するに至った理由は、


「どうもマイザ君とグローベルクさんは、私たちにない運を備えているようね。どうかしらクラーク、二人の幸運を貸してもらいましょうよ」


 ようするにただの験担ぎで、深い意味はないのだ。

 僕とアイに幸運なんてものがあるとは思えない、現に、スコフィールド地区にある酒場、居酒屋、飲食店を順番に回るも、これといった成果は得られなかった。


「やっぱ十年も前にきていた客のことなんて覚えてないのよ。店員だって忙しいんだから」


 八件目の店が空振りに終わったとき、アイからボヤキが零れる。


「人には必ず行きつけの店ってところがあるわ。そこの店員なら常連客の顔を覚えているものよ。だから諦めずにがんばりましょ」


 そう言ってパトリシアさんはアイの肩を揉み解す。


「グローベルクさんはヤックハルスを捕まえて、お父さんの仇を打つんでしょ。だったらもっとがんばらなきゃダメよ」

「私のお父さんを殺したのは帝国のクロコよ。今市内を騒がせているヤックハルスを捕まえたところで敵討ちにはならないわよ」

「いいえ、それは違うわ。この事件を私たちが解決した暁には、その背後関係を全て公表してやりましょうよ。クロコのことも黒水晶のナイフのこともね。きっと帝国は大いに困るわよ」


 ジャーナリスト精神が刺激されているのか、パトリシアさんからは若干の狂気が感じられた。


「デリケートな問題ではあるね。下手に公表したなら、カニスの日の真相も公国民が知ることになってしまう。誇り高き完全独立が、実は暗殺者の助力の元に行われたという事実。興覚めは免れないね」


 クラークさんは顎を押さえて思案顔になる。事件解決の有無にかかわらず、このことが記事になるのは確定だろう。良い悪いは別として、公国内に衝撃が走るのは間違いない。


「クラーク、あなた勘違いしているわ。ジャンは暗殺者じゃなくてクロコよ。帝国秘密機関の工作員で、帝国の英雄で、公国のヒーローよ。公表することに問題なんかなにもないわ」

「ジャンは二十年前のヤックハルスなのよ。あなた、自分のお父さんを殺した人間をヒーローと呼ぶの? 私からすればあり得ないわ」


 アイは侮蔑の表情を向ける。


「私からすればあり得るのよ。彼のおかげで、私とお母さんはあのクズ男の暴力から解放されたんだから……」


 急にパトリシアさんから発せられた悪意に、僕らは押し黙る。


「ああ、ゴメン……。当時の我が家の家庭事情だから気にしないでちょうだい。……そんなことより、四人で動くのはやっぱり効率が悪いわね。更に二手にわかれましょうよ」


 彼女は人差し指で頬を掻きながら、取り繕うように話題を逸らした。どうやらパトリシアさんは複雑な事情を抱えていたらしい。


「私はマイザ君と行動することにするわ。クラークはグローベルクさんとでいいわね」


 面食らっていたせいか、僕は咄嗟に頷いてしまう。


「僕もそれで構わない。美少女と二人きりで歩くなんて、願ってもないチャンスだからね」

「私と並んで歩けることを光栄に思いなさい。後にも先にも、こんな機会は一生ないわよ」


 クラークさんとアイも同意を示す。


「いいことクラーク、欲情してグローベルクさんを襲ったりするんじゃないわよ」

「ご安心あれ、僕には女騎士に襲いかかる度胸なんてないよ。……ただ、グローベルク君の可愛さに魅入られて、血迷った行動に走る可能性は捨てきれないけどね」


 瞬間、アイは腰の登山ナイフをサッと抜き、おどけてみせるクラークさんの咽元に突きつけた。


「事前に決めておきましょう。私に変な真似をしたら痛い目に遭う。変な真似をしなければ痛い目に遭わずにすむ。オーケー?」

「オッ、オーケーだ。さすがは現役の騎士。無駄のない動作だ……」


 汗だくになりながら、クラークさんはナイフの切っ先から離れる。

 ……またなにかが引っかかった。これは昨日の違和感と直結しているに違いない。そんな気がする。


「やっぱり僕はマイザ君と行動するよ。よく考えると、今は挨拶しただけで不審者にされるご時世じゃないか。女の子と一緒に歩いていたら通報されかねない。いらぬ騒動を引き起こす必要はないからね」


 僕にはわからないけれど、成人男性にはなにかと生き辛い世の中なようだ。

 まあそんなわけで、僕はクラークさんと街を歩くことになり、必然的にアイはパトリシアさんと行動を共にすることとなった。

 すでに午後を回っており、残り時間はあと僅かしかない。奇跡が起こることに期待しつつ、僕はクラークさんと一緒に酒場を回るのだった。

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