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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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暗礁から暗礁へ

 帰りは自転車を手で押し、アイと一緒にゆっくり歩いた。なんとなくゆっくり歩きたい気分だったのだ。


「二十年前とお父さんの事件についてはわかったけど、今起きている事件についてはなんのてがかりもなかったわね」


 アイは腕を組み、夕焼けに染まった空を見上げた。

 クロドさんは今起きている事件についてはなにも知らなかった。僕らの捜査は暗礁に乗り上げてしまったのだ。


「なあアイ。まだヤックハルスの捜査を続けるのか? あいつはお前が探している人物とは別だぞ」


 アイがヤックハルスを探していたのは、お父さんの事件との関連が疑われたからだ。別件であることが判明した以上、これ以上捜査を続ける必要はない。


「はあ? なに言ってんの、続けるに決まってるじゃない。騎士の勤めとして、市民生活を脅かす殺人鬼を放っておくわけにはいかないでしょ」


 そう語るアイからは、さっぱりとした雰囲気が漂っていた。それでいい。復讐でなく、市民のために剣を取るのは騎士のあるべき姿だ。


「そうなると次の一手が必要だな。捜査は振り出しに戻っちまったわけだし……」


 困ったことにもうすぐカニスの日も終わってしまう。学校が始まったなら、本腰を入れた捜査は不可能だ。残された期間は少ない。

 急にアイが立ち止まった。右腕を押さえ、辛そうに顔を顰めている。


「さっきやられたせいだな。一旦病院で診察してもらった方がいいな」

「平気よ。ただ痛みが走っただけだから。傷口も開いてないし」


 そう言ってアイは右手の包帯を摩る。


「あんな無茶二度とするんじゃないぞ。一歩間違えばブスリとやられてたぞ」


 僕の言葉に、アイはもう一度足を止める。


「そうよ、それよ! なんであいつ、私をブスリとやらなかったのかしら? やろうと思えばあのとき脇腹を刺せたはずなのに?」


 危険な状態だったことは理解しているようだ。この辺がアイの危うさなのかもしれない。勇気と蛮勇を取り違えている節もある。


「それに、爺さんの口を塞ぎたいなら殺してしまえばよかったのよ。なんでわざわざ脅すなんて真似をしたのかしら?」


 アイが言うように、今日のヤックハルスの行動には解せない部分が多々ある。

 あのときの場面を思い返していると、ふと頭の隅に引っかかるものがあった。

 違和感の正体を探ろうと頭を巡らすも、結局わからず、もどかしさが込み上げてくるだけだった。


「ジャンってやつはこの街のスコフィールド地区に住んでいたのよね。せっかくだから足を運んでみない」

「そうするか、どうせ他に当てもないんだ。行くだけ行ってみるか」


 行ったからどうなるものでもないにせよ、気分転換の散歩くらいにはなるだろう。

 僕らは自転車に乗り、スコフィールド地区へとペダルを漕いだ。

 スコフィールド地区は工場が多く建っている。住民の半数は労働者で、集合住宅や団地が至るところに見られる。労働者を対象とした酒場関連は充実しているものの、ファッション関連には乏しい。洋服やアクセサリーといったものがほしいときは、隣のヴァクラム地区へと足を運ぶのだと、この地区に住んでいるクラスメートから聞いたことがある。教会すらないため、不便この上ないと嘆いていた。

 クロドさんによると、ジャンは地区中心に住んでいたとのことだ。聞いた住所を頼りに進むと、やがて一軒のアパートに辿り着く。このアパートの四階にジャンは一人で住んでいたらしい。公国の悲願を叶えたヒーローの住まいとしては貧しすぎる。

 情緒のあるレンガ造りの壁を眺めていると、入口から人が出てきた。


「どうやら世界ってのは思ったより狭くできているらしい。まさかこんなところで二人とバッタリでくわすとは驚いた」


 なんという偶然か、出てきた人物はクラークさんだった。こういうのを奇遇と言うのだろう。


「ヤックハルスについて、なにか重大な手がかりでも掴んだかい?」

「ああ、それなら……」


 得意げに口を開くアイ。僕は彼女の背中を小突いたのち、クロドさんとの約束があったことを耳打ちする。


「それなら……まったく成果なしよ。イヤになっちゃうわ、まったく」


 すっかり忘れていたようで、アイは首筋から大粒の汗を滴らせた。


「どうやら、お互い塩梅はよくないようだね。僕の方もさっぱりさ」


 クラークさんはお手上げといったように、両手を広げて見せた。


「ここから出てきたのはなぜです?」

「取材さ。この地区には刃物工場があってね、そこの技術者がこのアパートに住んでいるんだ。黒水晶のナイフについてなにかわかるんじゃないかと思ったけど、結果は空振りだ」


 少しだけ罪悪感が湧いてきた。クロドさんから教えてもらったことを今すぐ教えてあげたい。


「ところで君たちはなんでここにいるんだい? このアパートに友達が入居しているとか……」

「少し違います。この地区に住むクラスメートに用があってきたんです。帰り道、脇のアパートから知っている人が出てきたので足を止めたってわけです。偶然ってあるんですね」


 内心のドキドキを表に出さないよう、自然な形で嘘を並べる。


「そうか、ベケット騎士団のメンバーなら大丈夫だとは思うけど用心してくれ。いつなんどき君たちが黒水晶のナイフの餌食となるかわからないからね……。そう、いつなんどき」


 言い終えるとクラークさんは、この場をあとにした。


「偶然にしてはできすぎてない。広いファキオワード市で、知り合いにバッタリでくわす確率ってどのくらいかしら」

「その低い確率に遭遇したから『偶然』なんだろ。それより一つ思いついたことがある。アパートに入ってみないか」


 名案というほどのものでもない。ただアパートの住人に、ジャンについて聞き込みを行おうというだけだ。ジャンと親しい人がいたのなら、その誰かは一度くらい彼の部屋を訪れたことぐらいあるだろう。いわゆる、『友達を尋ねてきた』だ。それを住人の誰かが目撃しているかもしれない。


「そう上手くことが運ぶかしら?」

「『ダメ元』って言葉くらい知ってるだろ」


 手始めに、かつてジャンが住んでいた部屋のベルを鳴らす。現在はカムデンという男が住んでいた。彼は五年前にこの部屋に入居したようで、前の入居者についてはわからないとのこと。

 ここは外れ。次は隣の部屋だ。

 隣は中年のおばさんが住んでいた。彼女は三十年近くこのアパートに入居しているらしく、ジャンのことも知っているようだった。

 退屈していたのか、それともただのお喋り好きか。素性のわからない少年少女である僕らを怪しむこともなく、十年前の隣人について語ってくれた。

 おばさんが言うには、ジャンはよき隣人であったそうだ。顔を合わせれば笑顔で挨拶をしてくるのはもちろん、率先してアパートの通路を掃除したり、ゴミ出しを手伝ってくれたりもしたらしい。文字通りの好青年と記憶していたようだった。

 一つ面白い話を聞けた。ジャンの家に度々出入りしている人物の姿があったとのことだ。


「深夜の遅い時間に部屋に入って行ったりしていたようね」


 正解の匂いが漂ってきた。


「その人物はどんな人でした? 特徴とかはなかったですか?」

「ゴメンなさいね、直に見たことはないのよ。通路を歩く足音が聞こえ、隣の部屋に入る気配がしていたってだけなのよ」


 その足音の主がジャンを尋ねてきていたのは確実のようだ。


「そんな時間にきていたということは、明らかに人目を避けていたわけよね。怪しいわ」


 アイは隣の部屋のドアを睨みつける。


「これは内緒の話なんだけど、下の階に住む奥さんは、街でジャンさんが親子で歩いているところを目撃しちゃったのよ」


 ここでおばさんは口元に手を当て、絞った声で語り出す。


「ジャンさんはこの街に単身赴任していたんじゃないかしら。街で目撃されたのは、遠くの家族が会いにきたときね。しかし彼はこの街で愛人ができてしまっていた。家族にはよき父を演じ、夜は愛人との時間を大切にしていた」


 その後おばさんの紹介で、このアパートに入居している主婦たちの話しを聞いた結果、概ね同じ内容の話しが聞けた。


「ジャンの家に出入りしていた愛人。そいつが黒水晶のナイフを受け継いだのかしら?」

「愛人っていうのは、おばさんたちの噂だろ。男の可能性だってある」


 いずれにしろ、この人物の行方を追ってみるのがいいだろう。今回の事件になんらかの形でかかわっているかもしれない。

 でもどうやって追えばいい。名前はおろか、顔立ちや体型、性別すらわからないんだ。探しようがないではないか。


「どうやってそいつを探そうかしら? なにか当てはある?」

「今まさに、オレも同じ質問をしようとしていたところだ」


 暗礁から抜けた瞬間、また別の暗礁に乗り上げてしまった。ここらが僕らの限界なのかもしれなかった。

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