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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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独立の真相

「洗いざらい話してもらいましょうか。私のお父さんの事件、黒水晶のナイフ、そして二十年前の事件のこと。ついでにさっきのこともね。なんでヤックハルスがこの家にいたのよ。わけわかんないじゃない」


 クロドさんはハーブティーを一口飲んだあと、難しい顔をする。


「やむをえん、君たちには助けてもらった恩があるしな……。その前に約束をしてくれんか。これから私が話すことは君たち二人だけの胸にしまっておくと。私にとって途方もないリスクなのだから」


 おいおい、どんな話だよいったい。一瞬この場から退席しようかと本気で考えた。


「これを話すことで二十年前の事件についても話すことになる。もしかすると今起きている事件とも関連があるやもしれん」


 アイは両手を膝の上に置いた。授業でも見せたことのないほど真剣な面持ちだ。


「ことの起こりは三十年前、一人の男がテロール帝国からフェンスター公国に亡命してきたことに始まる。男の名はジャン・シッカートといい、帝国にいるときはクロコをやっていた」


 クロコ。またもやこの単語が出た。なんなのだこれは。


「そのクロコっていうのはなんなわけ? わかるように説明してよ」

「公にはされていないが、帝国にはある秘密機関があるのだ。クロコとはそこの工作員たちの名称だ。『いない人間』という意味らしい。暗殺、誘拐、脅迫など、帝国のためなら非合法なことも厭わない者たちで、我々はやつらのことを『黒いやつ』と呼び、恐れていたものだ」


 クラークさんが言っていたことは真実だったのか。


「黒水晶のナイフはそのクロコってやつらが所持しているわけね」


 アイに問われ、クロドさんは小さく頷いた。


「話を戻そう。とにかくジャンはそのクロコだった。専門は暗殺で、帝国のために何人もの命を奪ってきたそうだ。とにかく優秀な暗殺者で、その働きは元老院からも高く評価されていたそうな。帝国の繁栄に貢献した者として、時の皇帝ミタカ・トモヤから、『カニス・アイレウス』という称号まで送られたほどだ」


 カニス・アイレウス。計らずとも『カニスの日』が連想される。


「ジャンは公国に亡命するうえで、過去に自分が行った仕事の情報を手土産として持参してきた。詳しい内容は私も知らないが、帝国にとって相当都合が悪いものだったらしい。公国中央議会はこれを大層喜んだ。見事帝国の弱みを握った我が公国がしたことはなにか? それはかねてよりの悲願を達成することだ」

「……完全独立……」


 僕は思わず口を挟んでしまった。


「そのとおり! 公国はジャンからもたらされた情報を帝国に突きつけ、譲歩を迫ったわけだ。かくして帝国はこの譲歩案を受け入れ、公国との間に不可侵条約を結ぶ運びとなったのだ。もうわかっただろう、なぜ我が国では独立記念日を『カニスの日』と呼んでいるか。この名称は帝国への当てつけなのだ」


 思わぬところで歴史の真実を知ってしまった。にわかには信じがたい。


「それがヤックハルスによる連続殺人とどう結びつくんです?」

「簡単な話だ。二十年前にヤックハルスを名乗り、この街で殺戮を行っていたのはジャンだからだ」


 衝撃的なことを余りに簡素に説明されたため、理解が数秒遅れてしまった。


「ジャンは亡命後、ここファキオワード市に居住した。住所はスコフィールド地区だ。そして彼の監査役を命じられたのが私だったのだ。度々合ったが、彼は好青年だったよ。酒に酔って暴れることもなければ、誰かとトラブルを起こしたこともない。普通の市民として暮らしていたジャンだったが、ある日彼が妙なことを言い出した。呪いは逃がしてくれなかった、と……」


 呪いは逃がしてくれなかった。クラークさんから聞いた、ファキオワードポストに届けられた手紙の中身とも符合する。


「それからほどなく、この街で連続殺人が発生し始めた。我々はジャンを疑った。彼は否定していたが、私は彼が犯人であると確信していた。証拠をまったく残さず人を惨殺することなど一般人には不可能だからだ。間違いなく暗殺術に長けた者の犯行だ。ジャンしかいない。確定的だったのはファキオワードポストに送られてきた手紙だ。手紙の中で犯人はヤックハルスと名乗った。ヤックハルスとカニス・アイレウスは同じ意味だからな」

「なぜ放っておいたわけ。そいつが犯人だとわかっていたのなら逮捕すればよかったじゃない!」


 もっともな意見だ。ジャンを放っておいた理由がわからない。


「ジャンは公国の悲願を叶えてくれた恩人だ。中央議会の中には彼をヒーローと称える者もいるくらいだ。そんな彼にどんな対処ができよう。彼が本当に殺人鬼なら話は別だったのだが、肝心の決定的な証拠がないのではどうしようもなかった」

「なにそれ、じゃあ私のお父さんの事件をうやむやにしたのもそのため!」

「それは違う。三年前の事件とこの件にはなんの関連性もない。ジャンは十年前に死亡している。急な心不全だった。トーマス氏を殺害したのは別のクロコだろう」

「私は捜査が中断している理由を聞いているの!」

「当時、我々が市警経由で黒水晶のナイフの話しを聞いたとき、すでに三十時間が経過していた。時間が経ちすぎていたのだ。クロコはとうに帝国に帰還していたことだろう。帝国に捜査協力を求めたところで応じるはずもない。捜査のしようがないのだ」


「我々にはどうすることもできなかったのだ」と、クロドさんは苦しそうに顔を背けた。


「お父さんは帝国に殺されたのね……」


 アイは登山ナイフをジッと見つめていた。先程の交戦が激しかったようで、その表面は傷つき、ところどころ刃こぼれしている。


「ヤックハルスがなんでここにいたんです? まったく理解できませんでした」


 クロドさんはテーブルにカップを置き、「うーん」と腕組みをする。


「実のところ私もよくわからない。君たちがくる少し前、急に裏口から侵入してきたのだ。ジャンについて余計なことを喋るなと脅されたから、口止めだとは思うのだが。なんとも唐突なできごとだった」


 ……どういうことだ。それはつまり、僕らが昨日ヤックハルスの手がかりを求めてここにきたことを、やつが知っていたということか? それって……。


「脅しをかけられたってことは、やつの声を聞いたということですよね。どんなでした?」

「高いような低いような、奇妙な声だった。なんらかの方法で声質を変化させていたのだろう。性別すら判断できん」


 いったいなにがどうなっているのやら、頭はこんがらかるばかりだ。


「ただやつが黒水晶のナイフを持っていたのは事実だ。実をいうとジャンが所持していた黒水晶のナイフは行方がわからん。ジャンの死後に自宅の整理を行ったが、あのナイフはどこにも見当たらなかった」

「あいつがジャンの息子って可能性はない。親から受け継いだナイフで、親の真似をして殺戮行為を行っているとか」


 クロドさんは首を横に振るう。


「ジャンに家族はおらん。ただ知人という線はあるかもしれん。さっきも言ったとおり、ジャンは好青年だった。人当たりもよくてな、この街で知り合いが何人かいたようだった。その中の誰かがナイフを譲り受けた可能性はある」


 そんなのどうやって探せばいいやら。アイが言ったとおり、砂漠に落としたコインだ。

 僕はすっかり冷めてしまったハーブティーを一口飲んだ。

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