妙案
次の日、僕とアイは朝一番で市立図書館へと赴いた。
等間隔に並べられた書架には、びっしりと本が詰められている。この中から黒水晶のナイフについての手がかりを探すのは骨が折れる作業だ。
「なんか頭痛がしてきたわ」
膨大な数の蔵書を前に、アイは早くも体調不良を訴えてきた。
「まだ初めてもいないだろ」
グロッキーになっているアイは放っておき、僕は書架を見て回る。
黒水晶のナイフの記述があるとすれば、いったいどのジャンルだろう。俗説を信じるなら、かのナイフは帝国の秘密機関の工作員が所持しているとのこと。
とりあえず手前にあった、『帝国から見た世界』という本を手に取ってみる。
帝国の始まりは約六百年前、テロール地方にできた都市国家に端を発する。この小国家には、ミタカ家とヴェルンハルト家という二つの大家があり、リーダーのような位置にあったようだ。やがてこの都市国家は帝国にまで成長し、ミタカとヴェルンハルトは王室へとランクアップされた。帝国皇帝は代々この二家の誰かから選出されているとのこと。確か現皇帝の名前はミタカ・シンサクといったはず。この伝統は今も続いているのだろう。
「へえー、伝説の魔導師クド・ロリアンデはタイムトラベルに成功してたんだ。やるぅ」
隣の書架にいたアイがすっとんきょなことを発した。その手には、『世界怪事件ファイル』という本が開かれている。
「これ見てよ。十年前、ラデルフィア国のルエドリッジ市では、全住民が消失する事件が起きたのよ。不思議よね」
僕は頭を抱える。アイは実に純粋な子だ。
「トンデモ本もいいけど、今はやることがあるだろ。手がかりを探さないと」
アイは渋々『世界怪事件ファイル』を戻し、かったるそうに図書館内を見回した。
「砂漠に落としたコインを探すのと、どっちが簡単かしら」
うんざりといったふうに、作業を開始した。
歴史書、百科事典、武具ガイド、鉱物学。様々な書籍を開き、黒水晶のナイフという単語を探すも、まったく見当たらなかった。
一時間、二時間と時間はすぎ、途中菓子パンで簡単なお昼をすませ、午後の部へと突入し、更に一時間が経過したとき、
「もうダメ。頭が沸騰する」
とうとうアイが音を上げた。
「なんであんたは平気なわけ。こんな文字ばかりの本を延々と読み続けれるなんて、人智を超えた力がなきゃ無理でしょうに」
そう言ってアイは閲覧テーブルにぐったりと崩れた。活字慣れしていない彼女には辛い作業だったらしい。
とはいえ辛いのは僕も同じだ。長時間椅子に座っていたせいで、腰が痛くて仕方がない。
大きく背伸びをして体を解したのち、再び本に向き合うも、どうも気乗りしない。どうやら完全に集中力が途切れてしまったらしい。
休憩を入れるか、と考えていたとき、伏せていたアイがガバッと顔を上げた。
「あー、私ってバカだ」
思わず頷いてしまいそうになるのを、僕はグッと堪えた。
「こんなことしなくても、簡単に調べる方法があったのに、なんで気づかなかったんだろ」
アイは不敵な笑みを浮かべている。なにやら不穏なことを考えているようすだ。
「ちなみに、それはどんな方法だ……。具体的に教えてくれるか……」
「簡単よ。知っている人から教えてもらえばいいのよ。あのクロドって爺さんは確実に知っているわけでしょ。だったらやることは一つでしょうが。向こうに喋る気がないのなら、その気にさせればいいわ!」
言うが早いか、アイは椅子から立ち上がり、図書館の外へと歩く。
ヤバイ、あの目は本気だ。クロドさんの胸倉を掴んで、洗いざらい吐かせる気だ。
アイを止めるため、僕は急いで彼女の後を追った。




