公国捜査局
会食を終えたのち、僕らは二手にわかれた。エリーとシャロ姉さんは、クラークさんパトリシアさんと一緒に六人目の殺人現場へと向かい、僕とアイはクロドさんを訪ねるためステアー地区へと赴いた。
クラークさんから教えてもらった住所を頼りに、クロドさん宅のドアをノックする。
「本当にアイの言っていた人かな? 同姓同名の別人だったりしないか?」
「それを確かめにきたんでしょ」
アイがそっけない返事をすると同時に玄関が開き、白髪交じりの老人が姿を見せた。
「ずいぶん若いお客だ。どちらさんかな?」
「久しぶりですね。私を覚えています?」
僕が自己紹介をするより先に、アイが口を開いた。
老人は記憶を探るように両目を細め、しばしアイの顔を凝視する。
「三年前はお世話になったわ。グローベルクよ」
ようやく思い出したようで、彼は大きく息を飲んだ。
「思い出したよ。騎士団長の娘さんだね」
どうやら同一人物のようだ。二十年前にヤックハルスの捜査を担当し、三年前にアイのお父さんの事件も担当した男。
「こっちは同僚のマイザ・トモルよ」
「マイザ・トモルです」と、僕はクロドさんと握手を交わす。
「まさか君が尋ねてくるとは思わなかった。まあ中に入りなさい。私も退屈していたところだ。話し相手ができるのは喜ばしい」
僕とアイはリビングに通され、勧められた椅子へと腰を下ろす。
「待っていてくれ、今お茶を用意する。いつも肝心なときに妻は留守にしているんだ」
リビングから出ようとしているクロドさんに、アイは、「結構です」と断りを入れる。
「用がすんだらすぐ帰るわ」
友好的な話でないことを感じたのか、クロドさんの顔が強張る。
「あなたにいくつか聞きたいことがあるの。まず初めに確認するけど、あなたは公国捜査局の人間なのよね?」
数秒の間を置き、クロドさんは頷いた。
「私はあなたを市警の人間だとばかり思っていたわ……」
クロドさんは、僅かにアイから視線を逸らしたように見受けられた。
「ああそうとも、今は退職したが、去年まで私は公国捜査局に身を置いていた。それがどうかしたかね?」
「私のお父さんが殺されたとき、なぜ市警でなく捜査局が出てきたの?」
「騎士団長が暗殺されたなら重大な事件だ。事件の速やかな解決を図るため、我々にお鉢が回ってきただけだ」
「解決ですって! どこがよ! 犯人は未だに捕まってないじゃない! それともなに? あなたたちの業界用語では、迷宮入りのことを解決とでも呼んでいるわけ?」
僕は立ち上がったアイを宥め、椅子に座らせる。
アイが興奮してきたようなので、僕が代わって話しを進める。
ここにきた経緯を話すと、クロドさんは、「あの記者か」と、忌々しそうに歯を噛み締めた。
続いて僕らが三日前にヤックハルスと遭遇したこと、その際、やつが黒水晶のナイフを持っていたことを話すと、彼の顔にははっきりと動揺の色が出た。
「気になりますか……」
僕は脇にあるテーブルを指差す。テーブルの上には、ここ数日の間に発行された新聞が載せられていた。開かれているのは全てヤックハルスについての記事だ。
「当然だ。この街に住んでいて、この事件が気にならんという人間はおらんだろうさ」
クロドさんは不自然なまでに微笑んでみせた。はぐらかそうとしているのは明白だ。もう少し踏み込む必要がある。
「これは小耳に挟んだ話なのですが。テロール帝国には秘密機関があるとか?」
彼がギクッと肩を揺すったことに、僕は内心驚いた。これって眉唾話しじゃないのか。
「その工作員たちは黒いナイフを渡され、国外で非合法な活動を行うそうですが、ヤックハルスがそうなんですか?」
クロドさんはアイの方にチラリと視線をくべ、彼女と目が合うとすぐに視線を逸らした。まるでなにか疾しいことでもあるような行動だ。
「アイのお父さんを殺した暗殺者もヤックハルスなんですか? それとも別の誰か? 市警でなく公国捜査局が出てきたのも、これが帝国との国際問題に発展すると考えたからですか?」
クロドさんは沈痛な面持ちで沈黙していたのち、
「……クロコを見てはならん……」
独り言のようになにごとかを呟いた。
そうこうしているうち、彼の奥さんが帰ってきたらしく、玄関が開く音がした。
「あなた、お客さんがきているの? ちょうどよかったわ。たった今サミュエルさんから美味しいハーブティーの淹れ方を教わってきたところなの」
「その必要はないよ。彼らは今用がすんで帰るところだ」
歓迎されてないのは明白だった。粘ったところでこれ以上の話しは望めそうにない。僕らは早々にクロドさん宅をあとにした。
「目ぼしい収穫は得られなかったわね」
「けど当初の目的ははたせた。二十年前にヤックハルスの捜査を担当したクロド・ベルル氏は、三年前にアイのお父さんの事件を担当したその人だった、と……」
結局二十年前のヤックハルス事件について尋ねる機会はなかったけど、まあ仕方がない。
僕とアイは一向に和らぐ気配がない暑さの中、本部へと戻った。




