想定外の方向
「やあベケット騎士団のみんな。昨晩はお世話になったね。ああ、これはイヤミじゃないから悪しからず」
僕らがレストランに入ると、カウンターに座っていたクラークさんはにこやかな笑みを携えて近づいてきた。
「とりあえず席に着こう。なあに気にするな、今日は僕の奢りだ」
僕らは席に着く。
「ずいぶん気前がいいのね」
「この会食を主催した者として当然の役目さ」
「でもできることなら、余り高額な注文は勘弁してくれるとありがたい」と、クラークさんは最後につけ足した。
「すいません、フォアグラのソテーを願いします」
話しを聞いていたにもかかわらず、アイはウエイトレスさんに高額な注文を出す。
「わたしは唐揚げハンバーグのキャビア乗せをお願いしますぅ」
「じゃあ私はトリュフとマツタケのスープスパゲッティをお願いします」
アイに続けとばかりに、高額なメニューを注文するエリーとシャロ姉さん。なんて非情な。
「君たちは容赦ないね。恐れ入ったよ」
クラークさんはおしぼりで額の脂汗を拭った。
「オレはトマトサンドイッチをお願いします」
「君は実に好感が持てる。他人を思いやるのは人として正しい姿だ」
クラークさんはおしぼりをテーブルに戻し、コーヒーを一杯だけ注文した。
「お待たせ。野暮用で遅くなっちゃったわ」
パトリシアさんがやってきた。彼女はクラークさんの隣に座り、僕ら全員と握手を交わす。
「さてと、今日のこの会食を価値あるものにしましょ。ただその前に知らせなきゃならないことがあるの。……昨晩六人目の犠牲者が出たらしいわ」
全員が息を呑んだ。
「場所はどこだい?」
「聞いたら驚くわよ。私たちがいたヴェクター地区よ。ちょうどクラークがベケットのみんなに捕まったところから、三区画離れた場所ね。おしかったわ、もう少しでヤックハルスの姿を激写できたかもしれないのに」
パトリシアさんは悔しげな表情で、テーブルの水を一口飲む。
昨晩起こったことの詳細はこうだ。
古今東西、新聞記者という者は、世間を驚かすスクープを追い求めている。パトリシアさんもその例に漏れず、スクープを欲したらしかった。社内で踏ん反り返っている上司の鼻を明かせるくらいの大スクープを……。そこで彼女が目をつけたのがヤックハルスだ。現在ファキオワード市に暗い影を落としている連続殺人鬼の正体を突き止めたなら、文句なしの大スクープだ。そんなわけで彼女は自ら囮になり、ヤックハルスを誘き出し、その姿を写真に納めようと踏んだらしいのだ。
「無茶もいいところね。もしかしたらあなたが六人目の犠牲者になっていたかもしれないのよ」
諭すように語るアイに、僕はジト目を向ける。お前が言うな。
「ほんとそうだよ。僕だって君を尾行するような真似はしたくなかったんだ。同僚に心配をかける行動は慎むべきだと思うよ」
無茶をしようとする彼女の身を案じたクラークさんは、密かにあとをつけ、危険に巻き込まれた際に助けに入る算段だったらしい。
「それについてはもう誤ったでしょ。ただそれは別として、昨晩あなたもカメラを所持していたのはなぜかしらね?」
「愚問だね。昨晩本当にヤックハルスが現れたとして、そのときカメラを持っていなかったとしたら記者として一生の名折れだからね」
結局どちらも『新聞記者』だったというわけだ。
「僕がヤックハルスに間違われたのは想定外だったけどね。まあおかげでベケット騎士団と面識ができた。収穫はあったと言える」
誤解が解けたのち、僕らがベケット騎士団だと知ると、クラークさんは今日の会食を計画したのだった。
「念のため言っておきますが、私たちもヤックハルスを追っていますけど、情報はほとんどありませんからね」
シャロ姉さんに念を押され、クラークさんは首を横に振った。
「僕としてはいろんな方面の人間とパイプを作っておきたいからね、これは無駄じゃない。立派な仕事の一貫だ。強いて言うなら、ここの支払いに会社の領収書が降りてもいいくらいかな」
アイたちが注文した料理が運ばれてきたのを見ながら、クラークさんは語った。
「そう言えば今日はクラークの奢りなのよね。なら私も恩恵に甘えましょう。すいません、マリンヒャーワインを一つ」
パトリシアさんは真っ昼間だというのにワインを飲む気のようだ。そんな彼女に、クラークさんは目を細める。
「あなたは私のアルコール耐性の高さを知ってるでしょ。一杯だけなら素面と同じよ」
「いや、不満があるのは価格のことなんだよね……。ワインならなにもマリンヒャーじゃなくてもってね……」
クラークさんはもう一度おしぼりで汗を拭いた。
マリンヒャーワインはファキオワードが原産の高級ワインだ。今は隣街に移ってしまったが、昔はステアー地区の森、ちょうど先日僕らがコボルト討伐を行った森に工場があったのだ。
ウエイトレスがワインを運んでくると、パトリシアさんはうっとりした眼つきでグラスに口をつける。
「まあいいや、君にとってそのワインは特別なものだからね」
「わかってくれてありがとう。それではご馳走になるわ」
パトリシアさんはワインをクイッと咽に通す。
「ああ、最高ね。死んだ父の味がするわ」
そう言ってグラスの中のワインを揺する。
「聞いて驚け、パティのお父さんはマリンヒャーワイン工場のオーナーだったのさ」
「どう、少しは見直したかしら。わたくしこれでも、昔はお嬢さまでございましたのよ」
ホlホッホと、パトリシアさんは令嬢の真似をした。
「あそこの工場って、確かオーナーが代わるとすぐに隣街に移設されたと聞きましたが……死亡だったんですか……」
事情通のシャロ姉さんが口を開く。
「そうよ。今から二十年前、父はヤックハルスに殺害されたのよ。私が六歳のときね」
そう言ってパトリシアさんはグラスのワインを飲み干す。
敵討ち。そんな言葉が頭に浮かんだ。昨晩の無茶な行動も、スクープ狙いなどではなく、父を殺した相手への復讐と考えれば納得がいく。
「そんなことより早く仕事にかかりましょ。今日私たちが集まったのは世間話のためじゃないでしょ。ほらクラーク……」
パトリシアさんはクラークさんを肘で突く。
「わかった、では本題に入ろう。そこのマイザ君とグローベルク君の二人は、実際にヤックハルスを目撃したそうだね。三日前の事件現場に居合わせた二人組とは君たちのことだそうじゃないか」
「ええ、私とトモルがそうよ」
「詳しく教えてくれないか」
「有益な情報はなにもないですよ。あいつはレインコートを着込み、顔をフードで隠していましたし。せいぜい……」
僕は言葉を止める。黒水晶のナイフのことを明かしていいものか迷ったからだ。
「せいぜい、やつが変わったナイフを持っていたことくらいね」
僕の迷いはアイによって断ち切られた。
クラークさんは尋ねる。「変わったナイフとは?」。
「刃の部分が黒水晶のようになっていて、柄の部分に金細工がしてあるデザインよ」
ここでクラークさんが思案顔になる。両目を鋭く細め、口元の笑みも消える。
「ちなみに、そのとき被害者はどんな感じだったかな。できれば遺体の状況を教えてほしいんだ」
「暗かったのでよくわかりません。それにその場にヤックハルスがいたんですよ。それどころじゃありませんでしたって」
「そうか……。じゃあ一点だけ。その場に血痕はあったかい?」
意図の読めない質問に、僕は数回瞬きをする。
「先程も言いましたが、暗かったので……。というか、ナイフで切られたのなら血が出て然るべきじゃないんですか? 多分壁やら地面やらは真っ赤に染まっていたと思いますよ。臭いもすごかったし」
「血痕は確かにあったわ。ただ、人が殺傷された現場にしては控えめだったけど」
フォアグラのソテーを咀嚼しながら、アイが口を挟んできた。
「警察の発表では、あのときの遺体はナイフで滅多刺しにされていたらしいわ。人が静脈を切られたなら、ポンプのように血が噴き出て、辺り一面血塗れになるものよ。でもあの場所の血痕はかなり控えめだったわ」
クラークさんは器用に片方の眉を動かす。
「やはりそうか。一つ白状しよう。僕は警察の隙をついて、あの現場を取材したんだ。惨殺死体があったわりには現場がキレイだったから不思議に思っていたんだ。……そうだったのか」
クラークさんは顎に指を当て、ふむふむと納得しているときだった。
「あのーぅ。できればお話は少し待っていただけないでしょうかぁ」
見るとエリーはナイフとフォークを持ったままハンバーグに手をつけずにいた。
「食べてるときに惨殺死体とか聞かされるとねえ……、ちょっときついわね」
さすがのシャロ姉さんも食事の手を止めている。
「そうよクラーク。あなたのせいで、せっかくのワインが血に見えてきたじゃない」
パトリシアさんに指摘され、クラークさんは「申し訳ない」と頭を下げる。
その後全員が食事を終えたのち、話しを再開する。話の口火を切ったのはアイだった。
「トーマス・グローベルクって知ってる。旧ベケット騎士団の団長で、私のお父さんなんだけど……」
えっ、と思ったのも束の間、アイは三年前に起こった事件を全員の前で打ち明けた。
「そんなぁ、アイちゃんのお父さんが暗殺ですかぁ!」
「嘘、トーマスさんが……」
エリーとシャロ姉さんが顔を青くする。
「ベケットの騎士団長が暗殺にあったなんて聞いたことがないぞ!」
「私も初耳よ。三年前、デスクの方にもそんな情報上がってきてなかったわ」
報道規制が引かれたのよ。アイは同じことを語って聞かせた。
「トーマスさんを手にかけた暗殺者がヤックハルスだとすると、やつはただの殺人鬼じゃないわね。トーマスさんは、私の師匠に匹敵する実力だったのよ……」
シャロ姉さんは戦慄するように身を震わせた。
「一ついいかな。その黒水晶のナイフについてなんだけど、何年か前に小耳に挟んだ話があるんだ」
クラークさんが遠慮がちに口を挟んできた。
「隣国のテロール帝国には、国家のために非合法な行為を行う秘密機関があるって噂を……」
全員の目が彼に集中する。
「断っておくけど、これはあくまで俗説だ。その機関の工作員たちは黒いナイフを所持し、暗殺や誘拐などの汚れ仕事を行うらしい。もう一度言うけど、これは噂にすぎない。都市伝説の類だ」
急に話が突拍子のない方向に行ってしまった。秘密機関、暗殺者。漫画やスパイ小説の中の話しだ。
「もしそれが本当なら、警察が捜査に消極的だったのも頷けるかも……」
アイはクラークさんの話しを鵜呑みにしてしまったらしい。
「あっ、そうだ。二十年前にも今回と同じ事件があったんですよね。そのときってどんなだったんですか?」
話しの方向を変えた方がいいと考え、僕はクラークさんに尋ねる。
「いい着眼点だ。実は僕も気になって調べてみたんだ。社内の資料室を漁ったところ、当時発行された新聞のバックナンバーが見つかった。書かれていた記事に参考になるようなものはなかったね。今回と同じように、『恐るべき殺人鬼』や『ファキオワード市民が恐怖している』といった内容ばかりだった」
「ヤックハルスからの手紙というのはどうでした。当時ファキオワードポストに送られてきたという話を聞きましたけど?」
「ああ、確かに当時うちにそういったものが送られてきたことは事実だ。手紙そのものは証拠品として警察に押収されてしまったけど、ちょうど僕の上司が事件担当の記者でね。手紙の内容もある程度覚えていてくれたよ。なんでも自分の忌まわしき生涯について淡々と書かれていたらしい。手短に言うと、自分が殺戮行為を行うのは呪いのせいだ、といった文面だったらしい」
「ファキオワードポストさんにしてみれば、それって大スクープですよねぇ。新聞の方に掲載とかはしなかったのですかぁ?」
「できなかったのさ。市から自制を促されたそうだ。市民の不安を煽る報道は控えろと強く言われたらしい」
どこかアイのお父さんの事件を彷彿とさせる展開だ。
「当時の事件にはあと一つ不可解なところがあってね。捜査を行ったのはファキオワード市警じゃなく、公国捜査局なんだ。おかしいだろ」
公国捜査局。警察の上層組織であり、その活動範囲は公国全土に及ぶ。詳しくは知らないけれど、市警では対処できないような大きな事件が起きたとき、支援として捜査員が派遣されるらしい。
「単純に、ファキオワード市警が犯人を特定できないから手助けにきた、とかではないのですかぁ? 公国捜査局ってそんなものですよねえぇ」
「それはない。捜査局がかかわってきたのは一件目の殺人が発生した直後だそうだから。殺人が数件起こったのち、途中から捜査に参加したというなら市警への助力と見ていいけど、初っ端から参加していたとなれば別だ。捜査局はこの事件を重要視していた証拠さ」
クラークさんはカップのコーヒーを飲み干す。
「実は、当時調査を行った捜査局捜査官の特定は済んでいるんだ。運がいいことに彼はファキオワードの住民で、退職した今も市内に住んでいた。二日前に自宅の玄関をノックしたんだけど、見事に門前払いを食らったよ」
「その人から話しを聞けば、なにかしら手がかりを得られるかもね。なんて人です?」
「名前はクロド・ベルル。現在六十歳で、ステアー地区に妻と二人で住んでいる。当時は捜査局のファキオワード事務室に配属されていたらしい」
捜査局とヤックハルス。いまいち繋がりがあるとは思えない。
「……私、その人に心当たりがあるかもしれない……」
抑揚のない声でアイが語った。皆が、エッ、とした顔をアイに向ける。
「お父さんの事件のとき、私のところに事情聴取にきた人がそんな名前だった……」
どうやらこの事件は予想以上に複雑なようだ。




