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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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囮作戦

 本部に戻った僕らはテーブルを囲み、ヤックハルスを探し出すアイデアを出し合った。

 実用的なものから荒唐無稽なものまで出揃った結果、アイが単独で行っていた囮作戦が一番効率的との結論に至った。

 やり方は単純明快。誰かが一人で路地を歩き、僕たちは物陰からそのようすを見張る。見事ヤックハルスを誘い出すことに成功したら、あとは言わずもがな。市内を恐怖に陥れたシリアルキラーは僕ら四人にボコボコにされたうえ、警察に突き出されるわけだ。

 囮役を担うのはエリーだ。当初はアイが名乗りを上げたものの、囮はできる限り可憐な方がよいということで却下された。

 そんなわけでファキオワード市に夜の帳が降りる頃、僕らは作戦を開始した。

 網を貼るのはヴェクター地区だ。この地区は巡回している警官の数も少ないため、ヤックハルスがこの近くで犯行に望む可能性が高いと思われたからだ。

 一人で裏路地を歩くエリーを、僕たちは近くの建物の屋上から見張る。全体を見渡せる絶好の隠れ場所だ。


「かれこれ一時間ね。ヤックハルスがやってくる気配はなしか」


 緊張が途切れたのか、アイは大きな欠伸を一つする。


「釣りは焦っちゃいけない。下手に動かず気長に構えるもんだ」

「魚のいない場所に釣り餌を垂らしたって意味ないわよ。見たところ周りには人っ子一人いないけど」


 アイは立ち上がり、下の路地を一望する。

 僕も同じように周囲を確認するも、彼女が言うように人っ子一人見当たらない。

路地を挟んだ向かいの建物にはシャロ姉さんが待機しており、僕と目が合うと、彼女は両手を広げるジェスチャーをしてきた。


「さっさと出てきてくれないものかしらね。昔の借りを利子つきで返してあげるのに」


 アイは腰を下ろすと、懐のナイフを取り出し、刃を月明かりに照らした。昨日持っていた登山ナイフだ。


「それってスカートの中に隠し持っていたやつだよな。今日は囮じゃないんだから、普通に剣を持ってくればよかったのに?」


 どうしてもナイフがいいというのなら、ベケットの備品にある戦闘用ダガーを持ち出せばいい話だ。わざわざ登山ナイフなんか使う必要が見当たらなかった。


「このナイフでやつを叩きのめすことに意味があるのよ。三年前にお父さんの命を奪った凶器なんだから……。過去に自分が使用した凶器で鉄槌を下されるなんて、最高の皮肉とは思わないかしら」


 僕の頭に疑問符が浮かんだ。


「どういうことだ? 三年前にアイが見た黒ずくめの暗殺者は、黒水晶のナイフを持っていたんじゃないのか?」

「……ああ、勘違いさせちゃったわね。私が見た黒ずくめの暗殺者が黒水晶のナイフを持っていたのは事実よ。でも犯行に使われたのはこのナイフなの。お父さんの背中に深々と突き刺さっていたわ。やつはナイフを二本持っていたのね」


 紛らわしい。てっきり黒水晶のナイフが殺害に使用されたのだと思っていた。

 どこか解せないものを感じているとき、笛の音が聞こえてきた。

 エリーからの集合合図だ。僕らは屋上から降り、エリーの元に集まる。


「どうかしたの? なにか気になることでもあったとか?」


 シャロ姉さんの問いに、エリーは難しそうな顔のまま頷いた。「とても気になることがあったのですぅ」と。


「みなさんは気づきましでしょうか。先程そこの通路を人が通りすぎたのを」


 そう言ってエリーは脇の通路を指差す。


「嘘、人影なんて見えなかったわよ」

「アイちゃんがいた場所からでは死角になって見えなかったのでしょう。わたしは確かに見ました。女性が一人で歩いて行くのを……」


 エリーはいつになく真剣な眼差しだ。


「そして女性が通りすぎたあと、もう一人の影が横切っていきました。まるで隠れながら彼女の後を追っているような印象を受けたですぅ」


 みんなの表情が強張った。女性を追う人影。怪しすぎる。


「追いましょう。その女性が危ないわ!」


 真っ先にアイが駆け出し、僕らがあとに続く。

 走り出してすぐ、女性のものと思し後姿を遠目に確認する。続いてその後ろをつけている人影もはっきりと視認できた。

 人影の動きを探るため、僕らは一旦物陰に身を潜める。


「間違いないわね。あの女性を狙っているわ」


 そう言ってシャロ姉さんはレイピアを抜く。


「ようやくヤックハルスのご登場か。待ちくたびれたわ」


 アイは登山ナイフを抜く。


「今まで犯した罪の償いをさせますぅ」


 エリーの掌に魔力の帯電が起こる。


「『ヤックハルス逮捕』。明日の一面は決まりだな」


 僕は銃の安全装置を解除する。

 シャロ姉さんの「GO!」のかけ声と共に、僕らは物陰から飛び出し、人影に各々の武器を突きつけた。


「動くんじゃないわよ。この殺人鬼!」

「動いてもいいですがぁ。大怪我しますよぅ!」

「もし抵抗する素振りを見せるなら手を刺すわ。逃げる素振りを見せるなら足を刺すわ。大人しくするなら五体満足のまま警察に引き渡してあげる」

「つまり年貢の納めどきってわけさ、オーケー」


 僕らは人影に向かって各々の武器を向ける。

 人影は男だった。月明かりの下、ボサボサの髪と無精髭、皺だらけのシャツが確認できた。


「どこかで見たことがあるわね」


 アイは男の顔を繁々と見つめる。


「わたしも見覚えがありますぅ。どこだったか、つい最近見た顔ですぅ」

「みんなもそうなんだ。じゃあ私のデジャビュじゃなかったのね」


 みんなは忘れているようだけれど、僕は彼をはっきりと覚えていた。


「ファキオワードポストの記者だ。ほら、昼間、事件現場でノア警部と問答していた人だよ」


 クラーク・クリプトン。人影の正体は彼だった。


「正解だ。僕はファキオワードポストの記者だ。残念ながら名刺は持っていない」

「クラークっていったよな。……そうか、あんたがヤックハルスだったのか」


 警部にしつこく捜査状況を尋ねていたのは、警察の同行を探る目的があったのだろう。


「不正解だ。僕はヤックハルスじゃない、善良な一市民さ。君たちは勘違いをしている。できれば武器を納めてくれるとありがたいかな」


 クラークは慌てたようすもなく、ややおどけたように振る舞った。


「クラーク! なぜあなたがここにいるの? この人たちはどなた? なぜあなたに武器を向けているわけ? わけがわからないわ!」


 前を歩いていた女性がこちらにきた。こっちも知っている人だ。クラークの同僚、ファキオワードポストの記者で、パトリシア・コーウェンだ。


「やあパティ、今宵は月がキレイだね。……この状況の説明だけど、きっと僕の君へのお節介が壮大な誤解を招いた結果だと思われる……」


 そう言ってクラークは、困り顔を更に深めた。

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