アイの過去
アイの家に着くと、僕はリビングに通された。
お茶の準備をするためルーチェさんがキッチンに引っ込んだあと、アイは語り始めた。
「色々邪魔が入ったせいで話しそびれちゃったわね」
なんのことか一瞬考え、黒水晶のナイフについてのことだと思い立つ。
「ちなみに、その理由をあんたは知りたい?」
「お前はオレに教えたいのか?」
ここでアイが沈黙する。考えるように上を向き、「うん」と短く答えてきた。
黒水晶のナイフ。アイは度々これについて言及していた。きっと彼女にとって重大な意味のあることなのだ。
「お茶が入りました」
ルーチェさんがトレイを持ってやってきた。
「せっかくだからルーチェにも聞かせてあげる」
「えっ、なにをです?」
ルーチェさんはきょとんと首を捻る。
「いいから座んなさい。……私のお父さん、トーマス・グローベルクが既に故人なのは二人共知っているわよね」
なんとなく予想はついていた。直にアイから聞いたわけではないものの、周りのようすなどから推測するのは容易だ。
「……殺害されたのよ」
かくしてアイは話り始めた。三年前、父が亡くなったときのことを……。
「あの日、お父さんは二階の書斎に籠っていた。急ぎの仕事と聞いていたから、私は邪魔しないよう一階で大人しくしていた。ちょうどこのソファーに座っていたわ。しばらくして、二階からキイキイと音がしてきた。書斎の窓だとすぐに気づいたわ。油が切れていて、開けるときいつもイヤな音がしていたから……」
そのときの光景を思い出しているのか、アイは天井を見上げる。
「なぜか音は鳴り止まなかった。書斎の窓が開けっ放しになっている。なぜ? お父さんはなぜ窓を締めないの? 居眠りでもしているのかな? そんな疑問を抱きながら、私は二階の書斎までようすを見に行った」
ここでアイはギッと歯を噛み締めた。
「書斎のドアを開けると、背中を刺されて倒れているお父さんを発見したわ。急いで駆け寄ろうとしたとき、書斎の中にもう人いることに気がついた。全身黒ずくめの人間で、その手には黒い刃のナイフが握られていた。まるで黒水晶のような透き通った刃と、金色に輝く装飾がしてあった」
僕はきつく口を閉じ、ルーチェさんは顔面蒼白で、それぞれアイの話しに耳を傾ける。
「そいつは私に気づくと窓から逃げていったわ。私は隣の家に助けを求めた。すぐに救急隊が呼ばれ病院に搬送されたけれど、お父さんは助からなかった。私は復讐を誓った。手がかりは黒水晶のナイフ」
アイはお茶のカップを手に取り、口に傾けた。
「それって大事件じゃないか。この街でそんな重大なことが起こっていたにもかかわらず、報道されないのはなぜだ。新聞にも掲載されていないぞ」
「お父さんは旧ベケット騎士団の団長だったのよ。騎士団長が暗殺されたとあったら大事になるわ。市民の動揺を避けるため報道規制が敷かれたのよ」
暗殺、報道規制、どこか現実離れしたものを感じる。
「警察は犯人逮捕どころか、やつの足取りすら掴めなかったわ。ファキオワード市警はスピード違反の馬車を検挙することにかんしてはピカイチだけれど、殺人犯を検挙する能力は皆無だってわかったのはこのときね。まあ、ノア警部は三年前の担当者じゃなかったんだから、彼に文句を言うのは間違いだったけど……。それにしても事件についてまるで知らないなんてね」
アイが警察を軽蔑する理由はこれか。
「でも、そんなことはどうでもいいのよ。――ようやく尻尾を掴んだ。あの殺人鬼が握っていたナイフ、あれは間違いなくお父さんを殺したやつが持っていたものと同じよ!」
あのとき冷静さを失った理由がわかった。
「それは本当ですか! 巷を騒がせている殺人鬼がそのようなナイフを……」
「ええ、三年前の光景はきっちり記憶に焼きついているのよ。まったく同じナイフだったわ」
そしてアイは微かな笑みを浮かべた。
僕は彼女から、どこか危なげないものを感じるのだった。




