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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第五章 ヤックハルスデイ
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アイの不覚

「まあ、なにはともあれ、君たちが無事だったことを喜ぼう……」


 そう言ってノア警部はタバコに火を点けると椅子から立ち上がった。窓の方に歩き、夜のファキオワードの街をジッと眺める。

 ヤックハルスの出現が高らかに叫ばれたあと、すぐに警官が駆けつけてきた。

 ここでようやくアイは犯人を追うことを諦めたらしく、僕は彼女を離した。

 興奮から冷めた途端痛みが襲ってきたようで、アイは小さく呻いて右腕の傷を押さえた。

 ほどなく到着した警察の馬車により、アイは病院に運ばれ、僕は証言を取るため警察署へと通された。

 連続殺人の捜査担当が知っている人だったのが幸か不幸かはわからないが、少なくとも初対面の人と話す緊張が省かれたことは歓迎するべきだ。

 ノア・イングラム警部。デーモン事件の際、ベケットに協力を要請してきた人だ。


「犯人の目星はついているんですか?」


 僕の言葉に、ノア警部は居心地悪そうに肩を竦めた。


「過去に犯罪歴のある者、仮出所中の者、色々候補を上げてはいるが、どれも決定的とは言えんな……」


 警部は吸ったばかりのタバコを灰皿に戻し、椅子に座りなおした。


「正直に言ってしまえば、現時点ではまるで手がかりなしだ。ついでにもう一つ秘密を教えるなら、犯人の目撃者がいると聞いたとき、私は歓喜した。年甲斐もなく『ヤッホーイ』などと叫んでしまったことも白状しておこう」

「ぬか喜びさせてすいませんでした。犯人はフードで顔を隠していましたので……。まったく、気の利かない犯人ですよ」

「そうだな、素顔を隠す犯人はろくなもんじゃない。そして現場に証拠を残さない犯人は人でなしで、我々の休暇を台無しにする犯人は魔族の洗礼を受けた者に違いない」


 どうやらこの事件は警察たちの精神にもダメージを与えているようだった。


「だが今回、一つだけわかったことがある」


 ノア警部は新しいタバコを取り出し、器用に指で回し始めた。


「犯人はあのグローベルク君に傷を負わせたのだろう。犯人には剣術の心得があると見た。今後は騎士経験のある者に捜査の手を広げてみようと考えていたところだ」


 どうなのだろう。あのときのアイは冷静ではなかった。市警の機動隊の方がまだマシな戦い方をするだろう。


「失礼するわよ」


 急にドアが開き、室内にアイが入ってきた。


「アイ。傷は大丈夫なのか」


 アイは包帯が巻かれた右手を掲げてきた。


「ただの掠り傷よ。五針縫っただけで治療を終えたわ」


 五針も縫ったのか。ずいぶんと重い掠り傷だ。


「私の怪我なんてどうでもいいわ。今はあの犯人よ。やつは黒水晶のナイフを持っていたわ。あの忌々しい黒水晶のナイフを持っていたの!」


 アイはノア警部に詰め寄る。


「ああ、知っている。犯人が持っていた凶器については、さっきマイザ少年から聞いた」

「だったらなんでなにもしないの。警察はいつもそう。あのときもなんにもしてくれなかった!」

「まずは落ち着いてくれ。それではなんの話かわからん」


 もっともだ。その辺はアイも理解しているようで。何度か深呼吸を試みる。

 落ち着いたところで話しを再開かと思われたとき、予期せぬ邪魔が入る。


「警部、四人目の被害者が出たというのは本当でしょうか? 被害者の身元は? やはり今回も女性なのですか?」

「ヤックハルスの目撃者がいるとの情報が入っていますが、その方々へのインタビューは可能でしょうか? 可能ならどこにいるかお教え願います」


 男女二人が室内に押し入ってきた。男の方は三十歳くらいで、だらしなく無精髭を生やしている。女性の方は二十代の中頃で、男の方とは違い、キレイに化粧を施している。


「いったい君らはなんだ?」

「これは失礼、私はクラーク・クリプトンという者です。こっちの彼女はパトリシア・コーウェン。ファキオワードポストで記者をやっております。ヤックハルスが出没したとの話を聞きましたので、取材に応じていただければ幸いなのですが」


 クラークと名乗った男は、自分の胸にある記者証を指差した。


「取材を許可した覚えはない。いずれ会見を開くから、取材はそのときにしてくれ。おい誰か、ここの記者殿たちを外までご案内してさしあげろ!」


 記者二人は警官に引き摺られながら退出して行った。


「たく、なんだってマスコミってやつはこう鼻が利くんだ。まるでジャッカルだ」


 警部は、「やれやれ」と上着の襟をなおした。

 静かになったので話しを再開しようという矢先、またしても廊下が騒々しくなる。


「お嬢さま、ご無事ですか! 殺人鬼に襲われ怪我をしたとの知らせを病院からいただき、ルーチェは心配でたまらずに飛んでまいりました!」


 やってきたのはルーチェさんだった。エプロンは小麦粉に紛れ、カチューシャはずり落ちている。まさに家事を途中で放り投げてきたといった感じだ。


「てかルーチェ。あんた、その服のまま外出してきたわけ!」


 アイは頬を赤らめつつ、ルーチェさんが着ているメイド服を指差す。


「急いでいたんですってば」

「せめて上になにか羽織るとかしなさいよ。メッチャクチャ恥ずかしいでしょうが!」


 アイが廊下の方を気にする。廊下からは、署内の警官が室内をチラチラと覗き込んでいるようだった。


「記者の次はメイドさんの登場とはな。今宵の来客はずいぶんとバラエティーに富んでいる」


 そう言ってノア警部は、ルーチェさんの服装に面食らいつつもドアを閉める。


「そんなことより、怪我の方はどうなのですか」

「五針縫っただけの掠り傷よ」


 アイは包帯が巻かれた右腕をブンブン振って見せた。


「なんて痛々しいお姿でしょう。警部さま、犯人はどこのどいつですか? 是非とも落とし前をつけねばなりません!」


 ルーチェさんは先程のアイと同じように、ノア警部に詰め寄った。


「どうか落ち着いてくれ。犯人を逮捕した暁には、他の被害者の分もまとめて落とし前をつけさせるから。その辺のことは我々にまかせてほしい」


 ノア警部は若干圧倒されつつ、ルーチェさんを鎮める。


「もういいわ、帰りましょ。もう話はいいんでしょ」


 そういってアイは席から立つ。


「ああ、構わない。帰り道にはじゅうぶん気をつけるのだぞ」

「ほら、トモルとルーチェ。早いとこ帰るわよ」


 僕とルーチェさんはアイに手を引かれ、警察署をあとにした。

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