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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第一章 バイト先は騎士団本部
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母の衝動買い

 バイトが終わり帰宅すると、母がリビングで真剣な顔をしている光景が目に入ってきた。


「なにやってんの、母さん?」


 母の前には、大きな木製の箱が置かれていた。


「あっ、お帰りトッ君」


「ただいま」と返しながら、僕は母の隣に立つ。

 近くで確認すると、どうも箱ではないようだ。木製の外観に、丸いダイヤルやスイッチ類がたくさんついている。側面には数字が並んだゲージのようなものがあり、母が回すダイヤルに合わせ、数字を指す矢印が動くようだ。ガーガーと薄気味の悪い音が発せられており、どこか不安な気分にさせる。


「これなに?」

「当ててみて。トッ君が学校に行っている間に買ってきたのよ」


 うちの母は新しいものが大好きだ。珍しいものや新商品が発売されると真っ先に飛びついてしまう癖がある。


「新型の金庫だろ。そして側面についているのは温度計。大事なものを保管するだけでなく、部屋の気温も計ってくれる優れもの、とかいうキャッチフレーズの商品」


 母は勝ち誇ったように指を振るった。


「ブッブー、大外れ。これはね、ラジオっていうものよ」


 ラジオ? なんだそりゃ。僕は数回瞬きをする。


「新たな時代のエンターテイメントよ。百聞は一見に如かず。実際に体験してみるのが一番ね。もうちょっとで設定が終わるから待ってて」


 そう言って母は、片手に持った説明書と睨めっこを始める。


「無駄使いも大概にしないと、父さんが出張から帰ってきたら怒られるよ」

「なによ。トッ君の自転車は、ママの無駄使いのおかげで入手できたんじゃない。応募シール集めるの大変だったんだから」


 僕が乗っている自転車は、母が懸賞で当てたものだ。半年前、大手飲料メーカーの二十周年キャンペーンが開催された。ジュースの缶についている応募券を集めて応募すると、ランダムで景品が当たるというものだ。母は一等の、お風呂用ボイラーを狙っていたものの、残念ながら当たったのは三等の自転車だったのだ。母が自転車に乗れないため、必然的に僕のものとなった。メーカーのロゴがデカデカと印刷されているせいで外観はダサいけれど、ミスリル合金をフレームに使用しているらしく、軽いわりにとても強固だ。


「まあいいや。それより夕飯はなにがいいの」

「トッ君に任せるわ」


 僕は自室にバッグを置き、夕飯の準備に取りかかった。

 掃除、洗濯、炊事。この家の家事は全て僕が担当している。別に母が怠け者というわけではない。ただ極端に不器用なのだ。ニンジンを切れば全て繋がっており、お肉を焼けば九割方焦がし、洗濯をすれば服が色落ちしてしまう。我が母、マイザ・アカリは家事スキルに恵まれていないのだ。

 いつから始めたかは覚えていないけれど、いつしか僕が母の代わりに家事を行うようになってしまっていた。母も自分の仕事を取られたことを気にするでもなく、むしろ歓迎してくれた。『得意な人が得意なことをやればいい』。母は合理主義者なのだ。

 スライスした豚肉をフライパンで炒め、皿に盛りつけソースをかける。一定の大きさに切り揃えたニンジン、レタス、セロリ、ブロッコリーをボウルに盛りつけ、軽く香辛料を振りかける。あとは粉末でスープを作り完成。僕と母はあまり食べる方ではない。夕飯はいつもこんなものだ。


「できたよ」


 でき上がった夕飯をリビングに運び、テーブルの上に並べる。


「こっちもできたわよ。スイッチオン」


 母がそう言うや、どこからともなく音楽が流れ始めた。家の前をアイスクリーム屋の馬車でも通過したのかと思ったけれど、どうも違うようだ。


「まさか、それから聞こえているの?」

「ピンポーン。これがラジオというものよ。驚いた」


 驚いた。すなおに驚いた。


「中にオルゴールでも入っているとか?」

「違うわ、そんなちゃちな仕掛けじゃないわ。――飛んでくるのよ。今聞こえているこの音楽はね、遠くにあるラジオ局っていう場所から飛んでくるわけ。風船や木葉みたいに」


 わけがわからなかった。音楽が飛んでくるだって、そんなバカな。信じられない。


「もちろん音楽がそのままくるわけじゃないわ。私も販売員から聞きかじった知識しかないけど、ラジオ局が電波っていうものを辺りに飛ばしていて、それに音楽なんかを乗せているんだって。その飛んでいる電波を拾うのがこの機械ってわけよ」

「よくわからないけど、その機械は、ラジオ局ってところが飛ばした音楽を流すわけか」

「音楽だけじゃないわ、人の肉声だって聞けるのよ。七時になれば地域のニュースを読み上げるはずよ。番組表にはそう書いてあるわ」


 そう言って母はテーブルにつき、ナイフとフォークを手に取った。


「食べてるうちに時間になるでしょ」


 違いない。せっかく作った料理は冷めないうちに食べるに限る。


「ところで、バイトはどうだったの?」


 ボウルから摘まんだセロリを噛みながら、母が尋ねてきた。

 僕は少し間を置いたのち、「刺激的な職場だったよ」と答えた。アイリスの拳を受けた頬はまだ痛む。

あのあと意識を失った僕は、エリーさんの膝の上で目を覚ました。気絶している間、ずっと治癒術を施してくれていたようで、頬には痣一つ見られなかった。感謝極まりない。

 エリーさんにお礼を言ったのち、休憩室のワックスがけをやりなおし、今日の仕事は終わりとなった。ちなみに、アイリスとの間には完全に溝ができてしまったようで、彼女はあれから視線すら合わせてくれなかった。


「トッ君がベケット騎士団で働くって聞いたときは冷っとしたわよ。剣なんて握ったこともないでしょうに」

「オレが握るのは剣じゃなく、箒とチリトリ、雑巾とバケツ。厨房も任されることになったから、唯一の刃物は包丁くらいかな」

「騎士さんたちの憩いの場が、トッ君の戦場ってわけね」


 雑巾にバケツ、ブラシに洗剤。現在ベケットに備蓄されている武器だけでは心許ない。そのうち、床モップと重層の導入をセシールさんに進言してみよう。

 スープを口に運んでいるとき、ラジオから女性の声が聞こえてきた。


「始まったわ。『ファキオワードフェノメノン』よ。今喋っている人はアナウンサーっていってね、ニュースをみんなに知らせる職業よ」


 僕は夕飯を咀嚼しながら、ラジオから流れてくる声に耳を傾けた。

 語っているのはファキオワード市と、その周辺で起きた事件や事故の情報だ。先月起きた銀行強盗団の捜査状況や、不審者の目撃といった防犯にかかわるものから、来週市内にオープン予定の香水ショップの話題など、バラエティーに富んだ情報が話されている。

 アナウンサーがニュースの終わりを告げると、またラジオからザーといった不快音が聞こえ始めた。


「今日の放送は終了みたいね」


 そう言うと母はラジオに手を伸ばしスイッチを切った。


「もう終わりなの。なんかあっけないな」

「放送は始まったばかりだしね。番組コンテンツは徐々に充実していくみたいだから、それまで我慢しましょう。その頃には多くの家に普及しているわよ」


 食べ終わった母は、食器をキッチンへと下げに歩く。

 別に普及してから購入してもよかったのではなかろうか。広く普及すれば商品価格だって値下げされるだろうし。

 新しもの好きの母。本人いわく、この性格は祖父から受け継いだと言っていた。僕が産まれる前に祖父は亡くなった。聞くところによると、相当な変わり者だったらしい。我がマイザ家の血統には、変人の因子でもあるのだろうか。

 なんの気なしに、壁にかかっているタペストリーを見やる。先祖代々伝わっているものらしい。中央には『舞座』と、見慣れない模様が描かれている。一族を表す紋章らしいけれど、なんのことやらだ。

 僕も食事を終え、後始末を開始する。

 泡立てたスポンジで皿を擦り、水で洗い流す。洗い終わった食器はキッチンタオルで水を拭き取り、食器棚へ戻していく。

 食事の後片付けを完了させ、晴れ晴れと背を伸ばす。これで今日やるべきことは全て終わった。あとは自分の時間だ。

 考えた結果、今日は早々に眠りにつくことにした。色々と疲れた。明日も放課後はバイトがあるのだ。休息は必須だろう。

 シャワーで一日の汗を流したのち、僕は早々に眠りについた。

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