殺人鬼再び
コボルトの討伐完了を地区会長に報告したあと、ベケット本部へと帰還する道すがら、僕らの乗った馬車は警察に止められた。
どうやらこの先に通行規制が引かれているため、回り道をしてくれということのようだ。御者は渋々馬をUターンさせる。
「事故でもあったのかしら?」
「恐らく例の殺人事件の捜査ね。現場はちょうどこの辺だし……」
シャロ姉さんの言葉に、アイは顔を顰める。
最近ファキオワード市では、ある殺人事件が世間を騒がせている。若い女性をターゲットとした連続殺人だ。最初に発生したのは先週の金曜で、早朝、新聞配達員の男性が裏路地で女性の遺体を発見した。体を鋭い刃物で広範囲にわたり切り裂かれるといった残忍な殺害方法だったようで、新聞を始めとするマスコミは挙ってこの事件を取り上げた。
衝撃的な事件に世間の動揺が止まぬうち、今週の月曜の朝にも同じ状態の遺体が発見され、いよいよ連続殺人事件の可能性を帯びてきたところだ。被害者は二人共若い女性であることから、同一犯による犯行の疑いが高いということらしい。
「女性を狙った連続殺人だなんて、怖くて一人で外を出歩けませんよぅ。せっかくのカニスの日が台無しですぅ」
「夜間の外出は極力控えることね。私の大学でも生徒に注意が勧告されたわ」
「どうせなら、わたしたちで犯人をやっつけてしまいませんかぁ。『ベケットの騎士たち、見事に殺人鬼を退治』。いい宣伝になりますぅ」
「ダメよ。そういうのは警察の役目なんだから」
シャロ姉さんの言うとおりだ。人にはそれぞれ役目がある。犯人の検挙は僕らの役目ではない。
「ファキオワード市警に犯人検挙なんて無理ですよ。シャロ姉さんは彼らの無能さを知らないんです」
珍しいことに、アイはシャロ姉さんの主張を強い口調で否定した。
「アイちゃんは相変わらず警察に対して厳しいですぅ。なにか恨みでもあるのですかぁ?」
「別に! あいつらの不甲斐なさを身に染みて知っているってだけよ!」
そう言ってアイは腕を組み、シートにもたれかかる。
「ずいぶん厳しいな。昔なにかあったのか?」
僕が尋ねてみるも、アイは、「ふん!」とそっぽを向いてしまった。どうも話す気はないようだ。
下手に食い下がって機嫌を損ねるのも面白くないので、とくに追及することはしなかった。
その後、祝日中の予定などを話しているうち、ベケット本部に到着した。
入口のドアを開けると、接客ルームでは朝刊に目を通すセシールさんの姿があった。その表情はどこか硬い。
「あっ、みんなお帰りなさい。依頼の方はどうだった?」
朝刊から顔を上げると、セシールさんはいつもの笑顔を見せる。
「コボルト討伐は問題なく終了しました。依頼主も満足のようです。それはそうと、どうかしましたか? いまいち表情がすぐれていないようですが」
シャロ姉さんもセシールさんのようすに気がついたらしい。
「ちょっと、今朝の朝刊の記事がね……」
セシールさんは読んでいた朝刊をテーブルに置く。見出しには大きく、『ヤックハルス再び!』とある。
「今朝、三人目の犠牲者が出たらしいわ」
最近巷を騒がせている連続殺人事件のことだろう。ついに三人目の被害者が出てしまったか。なんてことだ。
「発生場所はスコフィールド地区ですか……。帰ってくるとき通行規制が敷かれていたのはこのせいだったのね……。被害者はまた女性と……」
シャロ姉さんは朝刊を捲り、記事を読み始める。
「自分の住む街でこんな凶悪事件が起こるなんてショックでしょ。胸も痛くなっちゃうわよ」
そしてセシールさんは沈痛な面持ちで肩を竦める。
「二十年前にも似たような連続殺人が起きたんですよね?」
奥からアヤムが姿を現し、コーヒーが入ったマグカップをセシールさんに渡す。
「マジで? 二十年前にもこんな事件があったわけ?」
「はい、私も知らなかったのですが、今朝の朝刊にそう書いてあります」
アヤムは朝刊の一部を指差す。
『今回の事件は二十年前の事件と驚くほど似ている。はたしてこれは模倣犯なのか、それともヤックハルスが再び動き出したのか。いずれにせよファキオワード市民が恐怖に震える日が再来してしまったのは間違いない。一刻も早い犯人の検挙を願うばかりである』
みんなの目は、自然とセシールさんの方を向く。僕らは産まれていないけれど、セシールさんは違う。なにか知っているだろう。
「私が小学生だったときね。今と同じ連続殺人が市内で発生し、大騒ぎになったことがあるわ。大変だったわよ。学校はしばらく集団登下校が続いたし、休みの日に遊びにも行けなかったから」
年齢にかんしたことなので抵抗があるのだろう、セシールさんは若干の躊躇いを滲ませつつ語り始めた。
「殺人鬼ヤックハルス。この名前は子供たちの間でも恐れられたものよ」
「朝刊の見出しにも出ていましたけどぉ、『ヤックハルス』っていうのは犯人のお名前なのですかぁ?」
「そうよ。当時、ファキオワードポストに犯人から手紙が届いたのよ。その中で犯人は自分のことをヤックハルスと名乗ったらしいのよ」
ファキオワードポストは市内にある新聞社だ。この朝刊もここが出版している。新聞社に手紙を送るとは大胆な。
「筆跡鑑定やらを試みたものの、結局ファキオワード市警は犯人を特定することはできなかったわ。そうこうしているうちヤックハルスは十人目を殺害したのち、ピタリと犯行をやめ、事件は有耶無耶なまま終息してしまったのよ」
「そして先週、二十年前と同じ事件が起き、今回も連続殺人に発展してしまった、と……」
僕が続けると、セシールさんは静かに頷いた。
「当時私の隣の席にメメリーって子がいたのよ。親切な子でね、教科書を忘れたときとか、よくお世話になったものね。その子のお兄さんがヤックハルスの被害者の一人でさ。だから事件がすごい身近に感じられたものよ。子供心に怖かったわ」
お兄さん? 女性ではないのか。
「お兄さんということはぁ、二十年前は男の人も被害に遭ったわけですかぁ?」
セシールさんは頷く。
「当時は男女問わずターゲットになっていたわ。この二十年の間にヤックハルスはフェミニスト精神を失ったらしいわね」
そう言ってセシールさんはコーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置く。
「……さあ、辛気臭い話は終わりにしましょ。今日から一週間はカニスの日よ。私たちも明日から休日だから楽しくやりましょう」
セシールさんは立ち上がり、大きく背伸びをする。
「そうですよぅ。殺人鬼は警察に任せ、わたしたちはたっぷり栄喜を養いましょぅ」
「エリーちゃんの言うとおりよ。みんなパーッと派手に遊びましょう。そうそう。トモ君には今までのバイト料も渡すからね」
「マジですか! やりい!」
お金。それは意地汚くとも人を引きつけてやまない、魔性のアイテムだ。
「よーし、明日はトモルに奢ってもらおうっと。今日中にデトニクスの一等席を予約しておこうかな」
「市内の高級レストランじゃねえか。そんなとこ行ったらオレの財政が即死する」
「いいじゃない。男なら度量のあるところを見せなさいよね。お金なんてパーッと使っちゃいなさい」
「断る。オレはこの金で抗菌まな板と、吹き零れ防止鍋を買うんだ。何人たりともオレのキッチンライフの充実を阻むことは許さん!」
「いや、そんなムキにならなくても……。てか、キッチンライフって言われても意味わかんないし……」
他愛ない会話ののち、僕らの午前は終了した。




