戦闘初参加
午前十時の森は清々としていた。
燦々と降り注ぐ真夏の太陽光を遮る枝葉、近くの川から吹いてくる冷風、そして心地よい小鳥のさえずり。都市部の喧騒からも遠ざかることができ、居心地は悪くない。僕が産まれる前にはワイン工場まであったそうで、ここから公国各地に高級ワインが運ばれていた時期もあったそうだ。
しかし残念ながら今の僕には、これら自然を愛でる精神的余裕はない。
僕の全身を支配しているのは緊張だった。額から下たる汗を何度も拭いながら、葉陰が落ちる地面を静かに進む。
――これが初めての実戦参加だ。下手をすれは命を落としかねない。
先行しているアイたちはどうだ。周囲が静かなことから、まだコボルトとの戦闘を開始してはいないと思われる。
コボルト討伐の依頼が入ったのは今朝早くのことだ。依頼主はステアー地区の会長さんで、地区の森に住みついてしまったコボルトの群れを退治してほしいとのことだ。そんなわけで僕らはコボルト退治に出向いてきたというわけだ。
本来戦闘は、アイ、エリー、シャロ姉さんの役目だが、今回は僕も参加する運びとなった。これは別の依頼が関係している。
「頼りにしてるからな、相棒」
僕は右手に握り締めている武器を軽く叩いた。
不意に森が騒がしくなる。獣のような叫び声や、堅いものがぶつかる音、魔法による破壊音が澄んだ森の空気を震わせる。アイたちがコボルトとの交戦を開始したのだ。
僕は集中を維持したまま、音の方に足を向けた。しばらくすると、前方の草木がガサガサと揺れ、やがて一体のコボルトが姿を現す。
人の背丈ほどの緑色の体に、猿を醜悪にしたような顔。右手には棍棒を持ち、こちらに向かって駆けてくる。
シャロ姉さんが予想したとおり、戦闘の場から逃げ出す個体がいたようだ。僕の役目は逃走を始めた個体への対応だ。
僕は右手に握った武器を襲いかかってくるコボルトへと向けた。弾薬はフル充填されている。マガジンに九発と、薬室に一発。スライドは引いてあり、安全装置も解除されている。
コボルトが十メートルほどに迫ったところで、僕はトリガーを引いた。
森に乾いた音が響くと同時に、コボルトの足が止まる。もう一度引く。今度はコボルトがのけ反り、更にもう一度引いたとき、コボルトは地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
火薬の臭いを嗅ぎながら、地面に横たわるコボルトを見下ろしていると、
「どうやら上手くやれたようね」
草木を掻き分け、アイが姿を現した。
「そっちはどうなった?」
「群れにいたやつは全て片付けたわ。一匹逃げたやつがいたけど、たった今あんたが倒した」
アイは死亡したコボルトと、僕が持つ武器を見比べる。次世代の武器、銃だ。
アイはどこかやるせない表情で、抜身のまま握っていたロングソードを鞘に納めた。
「そっちはどうですかぁ。トモ君に怪我はないですかぁ」
「そのようすだと問題なしのようね」
やがてエリーとシャロ姉さんもやってくる。
二人は倒れているコボルトを見て、「おおっ」と感嘆を漏らした。
「コボルトを倒したわけですからぁ、これでトモ君も立派な騎士ですぅ」
「そんなわけないでしょ。トモルが自力で倒したわけじゃないんだから、立派でもなんでもないわよ」
アイはエリーの発言を強く否定した。
実際アイの言い分が正しいだろう。コボルトを倒したのは僕の実力ではない。銃のおかげにすぎないのだ。
「エルフ製の新武器か……」
シャロ姉さんは僕の手にある銃を繁々と見つめた。
「はい、クロウルーフという会社が制作しました。アームズフェスタに行ったとき、そこの広報さんと知り合ったんですよ」
ベネッサ・カレン。僕らと一緒に聖剣強奪騒動に巻き込まれたエルフの女性だ。コンキスタ駅で別れた彼女が、ベケットに現れたのは六日前のことだった。
「ハァイ、久しぶり」と、僕、アイ、アヤムに軽快な挨拶をしたあと、彼女は訪問理由を告げた。彼女はクロウルーフ社を代表し、ベケットへある依頼を持ってきたのだ。
内容は、自分たちが開発した銃をベケットで使用してほしいとのことだった。
ベネッサさんは本社に戻ったのち、コンキスタでの一件を仲間たちに報告した。その結果、二回使用しただけで不具合が起きるようでは実用性に欠けると判断し、世に出すのはもう少し先に延ばされたそうだ。
銃に更なる改良を施すにあたり、実戦データが不足していることに気づき、僕らに銃のモニターをやってもらおうということだった。
セシールさんが承諾すると、後日、銃一丁と大量の弾薬、そしてマニュアルが送られてきた。
週一の分解清掃、可動部への注油。運用する上で少々手間がかかるようで、さっそくアイが辞退した。
「こういうのはトモルが適任ね。コンキスタでもあんたが使ってたじゃない」
アイの一声で、なぜか僕が担当することになってしまったのだ。
銃の名称は、『プロタゴR10S』。フェスタに持ってきたものの改良型だ。マイナーチェンジが行われたので、ラストに『S』がつく。
「多分、近い将来、エルフたちが大陸で勢力を伸ばすわね」
シャロ姉さんはポツリと語る。
「アルボーレ自治区でまったりと暮らしているエルフたちがですかぁ。わたしにはどうもイメージできないですぅ」
エリーは頬に指を当て、考え込む。
「だって、トモ君はコボルトを倒しちゃったんだから。騎士の実力を測るうえで、コボルト討伐は一つの目安よ。一体一で倒すことができれば一人前で、不可能ならまだ半人前。素人が剣を習い始めたとして、平均的な成熟期間は一年といったところね。トモ君が銃を手にしたのはつい三日前よ」
シャロ姉さんの言うとおり、僕は銃を扱い始めて三日しか経っていない。適当な広場で簡単な射撃練習をしたくらいだ。
「コボルトはメジャーな魔物だけど、けして弱くはないわ。一般人が立ち向かえば重症を負わされる。でもトモ君は倒してしまった。これは驚くべきことよ」
銃口を対象に向け、トリガーを引く。最低でもこれができればオーケーだ。撃つ際に反動があるけれど、わりとすぐに慣れてしまう。
「剣術を極めた騎士より、銃で武装した一般人の方が強いのよ。今のトモ君と私が戦ったら、間違いなくトモ君が勝つでしょうね」
そこまで話し、シャロ姉さんは口をへの字にまげた。やはり多少の悔しさはあるらしかった。
「こんなちっちゃな塊が、鍛え抜かれた剣術より強いなんて納得できない」
そう言ってアイは、僕がもつポーチから銃弾を一つ摘まみ、指でコツコツ叩く。
「危ねえから不用意に扱うな。それって衝撃を与えただけでも爆発するんだぞ」
「えっマジで! 早く言いなさいよね」
アイはビクッと指を止め、弾をポーチに戻す。
「たしか火薬が使われているのでしたよねぇ。火種がなくても爆発するのですかぁ?」
「ああ、特殊な火薬を使用しているらしい。弾の後ろの平たい部分に衝撃を与えると、充填されている火薬が爆発して、尖端部分が飛んで行く仕組みだ」
『雷管』『薬莢』『弾丸』、どうも部位ごとに名称があるようで、この辺りは複雑だ。僕も他者に説明できるほど熟知していない。
「もしこれが量産されてしまったなら、大陸全土にいる騎士さんはお役御免になってしまうですぅ。魔法だってますます衰退してしまいますよぅ。そうなったら悲しい限りですねぇ」
エリーの言葉に、アイとシャロ姉さんも閉口する。
世界を変える武器、ベネッサさんの言ったことは、あながち間違いでもないのかもしれない。
「色々と思うところはあるけど、とりあえずここから動かない。依頼人にも討伐完了を報せなきゃいけないし。……それに今日から『カニスの日』なんだから、早く本部に帰って羽を伸ばしましょうよ」
「みんな大好き七連休ですぅ。なにして遊びましょうかねぇ」
僕らは森を出ると、待機させておいた辻馬車に乗り込んだ。




