再会、そして大ピンチ
僕は柱の影からそっと聖堂の中を覗き込んだ。
ゾンビの気配がないことを確認すると、すぐにデロリスリッチのプライベートエリアへと走る。
適当な部屋でダクトから降りたのち、シャロ姉さんを探して教会内を巡り歩いた。途中のゾンビは隠れてやりすごすなどし、なんとか持ち堪えていた。
まず武器を確保しなくてはならない。しかしこの教会内には武器になりそうなものがなにもないのだ。モップもなければ箒もない、台所に行っても包丁一本なかった。
恐らくこちらの反撃を阻止するため、意図的に撤去したのだろう。探すだけ無駄という結論に達しかけたとき、ふと解体室の中に鉈があったことを思い出す。
むざむざ敵の手の中に行くのは気が引けるも、よく考えればこの教会事態がやつらの縄張りみたいなものだ、と納得し、僕はプライベートエリアへと向かったのだった。
恐る恐る廊下を歩き、誰もいない解体室へと侵入する。
人肉が散乱するテーブルから鉈を手に取り、眉を潜める。
鉈は偽物だった。事務室の剣と同じく、ゴムで作られた模造品で、その辺にあるノコギリやら肉切り包丁を調べるも、やはり同じくゴム製の偽物だった。
僕は無言で部屋の中を見渡す。至るところに人体のパーツが置かれ、グロテスクなことこのうえないものの、再度目にすると疑問が湧いてくる。
フックに吊るされている胴体は二十体ほどだけれど、これらの人間はどこから連れてこられたのだろう? これだけの行方不明者が出たのならニュースになるはずだが、そんな話は聞いたことがない。それに、あの大群のゾンビはどこからきたのだ? 裏の墓場から出てきたと考えるのが自然だけれど、どのゾンビも腐敗の度合いが同じなのはなぜだろう? 遺体は徐々に腐敗が進み、いずれ白骨化してしまう。襲ってきたゾンビの見た目から、死後二週間と仮定すると、先々週、ファキオワード市で大量の死者が出たことになる。しかし、先々週は依頼で何度も街を巡ったものの、葬式なんて行われていなかった……。
なにかがおかしい。僕は解体部屋を注意深く観察していると、ふと妙なものを発見し、それが置かれている棚に近づく。
扇形の青い物体で、中央には鳥と思しき生物が描かれている。「思しき」とつけたのは、絵が途中で途切れているため全容が把握できないからだ。恐らく、本来は丸型をしていたものを割り、この形を作ったのだと思われる。パズルのピースが連想された。
なぜこんなものをここに飾っているのだ。棚の中に他の荷物は見当たらない。これだけ明らかに浮いている。
それに手を伸ばしたとき、廊下から音がした。誰かがきた。
僕は入口横にある大鍋の脇に身を隠した。
入ってきたのはデロリスリッチだった。後ろには二体のゾンビを引き連れている。一体は僕がダストボックスに落とした女ゾンビで、もう一体は初めて見るやつだ。背は僕よりやや低く、髪を後ろで束ねている。胸の膨らみが確認できることから、こいつも元は女性のようだ。
二体は足取りもしっかりしている。他のゾンビのようにたどたどしい動きではない。ダクト内の移動速度も頷ける。デロリスリッチが引き攣れていることから、この二体は幹部に違いない。ゾンビの中のキャリア組、エリートゾンビだ。なんと恐ろしい……。
手の震えを押さえながら、僕は息を潜める。解体室の出入り口は一つだけだ。逃げ道を塞がれたら終わりだ。
三体が部屋の隅に行ったのを見計らい、僕は出入口に向かって移動した。可能な限り身を低く保ち、音を立てないよう静かに進む。
出入口まできたとき、足元の血溜りがピチャリと音を立てた。
ヤバイ、ミスった。心の中で舌打ちをしていると、目の前の床に影が落ちてきた。
ゆっくり背後を振り向くと、そこにはエリートゾンビの二体が立っていた。
僕はダッシュで解体部屋から逃げた。足はこちらの方が早い。じゅうぶん逃げ切れると思っていた矢先、僕は背中から組みつかれ、その場に倒れた。
組みついてきたのはエリートゾンビの髪を束ねている方だ。なんて足の速さだ。走ってくるゾンビなんて反則だ。
エリートゾンビは僕を逃がさぬようギュッと抱きつき、首筋に噛みついてきた。
余り痛くなかった。歯から麻酔成分でも分泌されているのだろうか、甘噛みされているような感覚だ。
そうこうしているうち、貧乳のエリートゾンビもやってきてしまった。
ちくしょう、ここまでなのか。僕の頭の中に諦めが生じ始めた。貪られることを覚悟するも、予想外なことが起きた。貧乳エリートゾンビは、束ねエリートゾンビの体を掴み、僕から引き離し始めたのだ。
なんだかわからないけれど、願ってもない状況だ。僕はこの隙に逃げ出す。
聖堂に出て教会の一階を走っていると、前方から唸り声が聞こえてきた。
ヒラゾンビたちだ。このまま進むと鉢合わせになる。
僕は足を止め、やつらをやりすごすため手前の部屋へと入る。
慌てていたせいでよく確認しなかったけれど、そこは石膏像が置かれている部屋だった。そして部屋には先客の姿があった。
「シャロ姉さん……」
そこにいたのはシャロ姉さんだった。身を丸くしていた彼女は、ゆっくりこちらを見る。
僕の姿を確認するや、「トモ君、会いたかったわ!」と抱きついてきた。
会いたかったのはこちらも同じだ。僕もシャロ姉さんをギュッと抱き締める。
吊り橋効果というやつなのだろう。危機的な状況に置かれた男女が互いに惹かれ合う現象だ。結構いい雰囲気になってしまい、シャロ姉さんの唇が僕に近づいてくる。
一瞬脳裏にアイの顔が浮かび、受けるべきか拒否するべきか迷っていると、ふとシャロ姉さんが怪訝な顔をした。
「トモ君、首どうしたの? 歯形がついてる……」
さっき束ねエリートゾンビに噛みつかれた部位だ。
僕がザッと説明すると、シャロ姉さんの顔がみるみる青ざめていく。
「噛みつかれたなんて! どっ、どうしましょ。トモ君がゾンビになっちゃう!」
どうやらシャロ姉さんはフィクションと混合しているようだ。
「それは創作の中の話しですって。ゾンビは死体に死霊術をかけて作成するんですよ。僕は生きた人間ですし、死霊術もかけられてません。ゾンビになる要素なんかまるでないですよ」
よくある勘違いだ。吸血鬼は日の光に弱いや、ネズミはチーズが好きなど、フィクションに端を発した誤りは無数にある。ゾンビに噛まれた人間がゾンビ化するというのは、間違った知識なのだ。
「そっ、それなら安心だわ……」
そうは言うも、シャロ姉さんはどこか不安げだった。
僕にゾンビ化の予兆がないとわかれば、彼女も納得してくれるだろう。それより問題はこのあとだ。ドアに耳を当てると、外からは徘徊するゾンビたちの足音が聞こえてくる。この部屋から出るに出られない。今回はダクトもないし、見つかったらアウトだ。
さあ考えろ、考えるんだトモル。こんなところで人生を終えるわけにはいかないぞ。
「ダクト内で別れたあと、シャロ姉さんはどういった経緯でこの部屋にきたんです?」
とにかく情報を集めるのだ。突破口というものは思わぬところから見えてくるものだ。
「あのあとすぐ、ダクトから降りる穴を見つけたの。梯子を伝って下に行くと、そこは一階西側の倉庫だったわ。一人になったせいでパニクってたもんだから、確認もしないで廊下に飛び出したら、即ゾンビたちに見つかり、追い回され、這う這うの体でこの部屋に逃げ込んだの。そしてこの像の影に隠れたところで腰が砕けちゃった。さっきドアが開いたときは、漏らしそうになったわよ」
「ほんと情けないわ」と、シャロ姉さんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「完璧な人間なんていないんですから。苦手なものがあって当然なんですよ」
シャロ姉さんに対する軽蔑などは抱いていない。むしろ親しみが湧いたくらいだ。
「逃げているとき、気になったこととかはないですか? 例えばゾンビがおかしな行動を取り始めたとか」
エリートゾンビ二体の行動がどうも引っかかっていた。なぜあそこで僕を助けてくれたのだろう。不思議で仕方がない。
シャロ姉さんは「うーん」と考え始める、ハッと両目を見開く。なにか思い当たったようだ。
「あったわ、おかしな行動。迫ってきたゾンビが途中で追跡をやめたのよ」
解せない話だ。僕は詳しい説明を求めた。
「倉庫から出たとき、見つかって追いかけられたって話はしたわよね。そのとき追いかけてきたゾンビたちが、途中で足を止めたのよ」
「それはどの辺ですか?」
「すぐそこの廊下のまがり角なんだけど……落ち着いて考えると変よ。やつら、私がこの部屋に入るとこを目撃したはずなのに、なんでここに侵入してこないのかしら?」
僕とシャロ姉さんは同時に、部屋のドアに視線を移す。外からは一定の周期で足音が聞こえてくる。多分ゾンビが廊下を巡回しているのだろう。
「入りたくても、入ってこられない、とか……?」
僕は脈略なく頭に浮かんできた事柄を呟く。
「なぜ入ってこられないのかしら。この部屋にはやつらを寄せつけない力でも働いているというの?」
「この部屋にあるものといったら四体の石膏像だけです。まさかこれのおかげとでも……」
「調べましょう」
一途の望みをかけ、僕とシャロ姉さんは石膏像を調査する。
材質は普通の石膏のように思える。学校の美術室にでもありそうだ。とすると、この中に秘密があるのか。そもそも、騎士、魔導師、商人、踊り子といったモチーフにもなにか意味があるのだろうか。疑問は尽きない。
「あらっ、この像動かせるわよ」
言われて確認すると、確かに動かせるようになっている。
「手伝ってください。この下になにかあるかも」
僕らは二人で、騎士を模った石膏像を動かす。
睨んだとおり像の下には隠れているものがあった。十五センチほどの小さな穴だ。格子状の金属蓋がされている。排水溝かなにかだろうか?
魔導師像、商人像の下にも同じものがあり、最後の踊り子像を動かしたとき、それは起こった。
まず入口のドアがガチャリとロックされた。えっ、なに? と僕らが顔を見合わせたとき、排水溝からモクモクと白いものが漂い始めた。
「なっ、なによこれ。煙! いったいどうして!」
「わかりません! 下でなにかが燃えているのかも!」
わけがわからず状況を見守っていると、煙が部屋を覆い尽くし、一歩先も見えなくなる。おまけにかなり苦しい。
「出ましょう。なんかヤバイ気がします!」
「でもドアには鍵がかかってるわ!」
ノブをガチャガチャ回すも開くはずもなく、ドア本体に体当たりをするもビクともしない。そうこうしているうち、なんだか視界が暗くなってきて、ほどなく僕とシャロ姉さんは床に倒れた。




