表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第四章 恐怖を売る女
36/63

再会、そして大ピンチ

 僕は柱の影からそっと聖堂の中を覗き込んだ。

 ゾンビの気配がないことを確認すると、すぐにデロリスリッチのプライベートエリアへと走る。

 適当な部屋でダクトから降りたのち、シャロ姉さんを探して教会内を巡り歩いた。途中のゾンビは隠れてやりすごすなどし、なんとか持ち堪えていた。

 まず武器を確保しなくてはならない。しかしこの教会内には武器になりそうなものがなにもないのだ。モップもなければ箒もない、台所に行っても包丁一本なかった。

 恐らくこちらの反撃を阻止するため、意図的に撤去したのだろう。探すだけ無駄という結論に達しかけたとき、ふと解体室の中に鉈があったことを思い出す。

 むざむざ敵の手の中に行くのは気が引けるも、よく考えればこの教会事態がやつらの縄張りみたいなものだ、と納得し、僕はプライベートエリアへと向かったのだった。

 恐る恐る廊下を歩き、誰もいない解体室へと侵入する。

 人肉が散乱するテーブルから鉈を手に取り、眉を潜める。

 鉈は偽物だった。事務室の剣と同じく、ゴムで作られた模造品で、その辺にあるノコギリやら肉切り包丁を調べるも、やはり同じくゴム製の偽物だった。

 僕は無言で部屋の中を見渡す。至るところに人体のパーツが置かれ、グロテスクなことこのうえないものの、再度目にすると疑問が湧いてくる。

 フックに吊るされている胴体は二十体ほどだけれど、これらの人間はどこから連れてこられたのだろう? これだけの行方不明者が出たのならニュースになるはずだが、そんな話は聞いたことがない。それに、あの大群のゾンビはどこからきたのだ? 裏の墓場から出てきたと考えるのが自然だけれど、どのゾンビも腐敗の度合いが同じなのはなぜだろう? 遺体は徐々に腐敗が進み、いずれ白骨化してしまう。襲ってきたゾンビの見た目から、死後二週間と仮定すると、先々週、ファキオワード市で大量の死者が出たことになる。しかし、先々週は依頼で何度も街を巡ったものの、葬式なんて行われていなかった……。

 なにかがおかしい。僕は解体部屋を注意深く観察していると、ふと妙なものを発見し、それが置かれている棚に近づく。

 扇形の青い物体で、中央には鳥と思しき生物が描かれている。「思しき」とつけたのは、絵が途中で途切れているため全容が把握できないからだ。恐らく、本来は丸型をしていたものを割り、この形を作ったのだと思われる。パズルのピースが連想された。

 なぜこんなものをここに飾っているのだ。棚の中に他の荷物は見当たらない。これだけ明らかに浮いている。

 それに手を伸ばしたとき、廊下から音がした。誰かがきた。

 僕は入口横にある大鍋の脇に身を隠した。

 入ってきたのはデロリスリッチだった。後ろには二体のゾンビを引き連れている。一体は僕がダストボックスに落とした女ゾンビで、もう一体は初めて見るやつだ。背は僕よりやや低く、髪を後ろで束ねている。胸の膨らみが確認できることから、こいつも元は女性のようだ。

 二体は足取りもしっかりしている。他のゾンビのようにたどたどしい動きではない。ダクト内の移動速度も頷ける。デロリスリッチが引き攣れていることから、この二体は幹部に違いない。ゾンビの中のキャリア組、エリートゾンビだ。なんと恐ろしい……。

 手の震えを押さえながら、僕は息を潜める。解体室の出入り口は一つだけだ。逃げ道を塞がれたら終わりだ。

 三体が部屋の隅に行ったのを見計らい、僕は出入口に向かって移動した。可能な限り身を低く保ち、音を立てないよう静かに進む。

 出入口まできたとき、足元の血溜りがピチャリと音を立てた。

 ヤバイ、ミスった。心の中で舌打ちをしていると、目の前の床に影が落ちてきた。

 ゆっくり背後を振り向くと、そこにはエリートゾンビの二体が立っていた。

 僕はダッシュで解体部屋から逃げた。足はこちらの方が早い。じゅうぶん逃げ切れると思っていた矢先、僕は背中から組みつかれ、その場に倒れた。

 組みついてきたのはエリートゾンビの髪を束ねている方だ。なんて足の速さだ。走ってくるゾンビなんて反則だ。

 エリートゾンビは僕を逃がさぬようギュッと抱きつき、首筋に噛みついてきた。

 余り痛くなかった。歯から麻酔成分でも分泌されているのだろうか、甘噛みされているような感覚だ。

 そうこうしているうち、貧乳のエリートゾンビもやってきてしまった。

 ちくしょう、ここまでなのか。僕の頭の中に諦めが生じ始めた。貪られることを覚悟するも、予想外なことが起きた。貧乳エリートゾンビは、束ねエリートゾンビの体を掴み、僕から引き離し始めたのだ。

 なんだかわからないけれど、願ってもない状況だ。僕はこの隙に逃げ出す。

 聖堂に出て教会の一階を走っていると、前方から唸り声が聞こえてきた。

 ヒラゾンビたちだ。このまま進むと鉢合わせになる。

 僕は足を止め、やつらをやりすごすため手前の部屋へと入る。

 慌てていたせいでよく確認しなかったけれど、そこは石膏像が置かれている部屋だった。そして部屋には先客の姿があった。


「シャロ姉さん……」


 そこにいたのはシャロ姉さんだった。身を丸くしていた彼女は、ゆっくりこちらを見る。

 僕の姿を確認するや、「トモ君、会いたかったわ!」と抱きついてきた。

 会いたかったのはこちらも同じだ。僕もシャロ姉さんをギュッと抱き締める。

 吊り橋効果というやつなのだろう。危機的な状況に置かれた男女が互いに惹かれ合う現象だ。結構いい雰囲気になってしまい、シャロ姉さんの唇が僕に近づいてくる。

 一瞬脳裏にアイの顔が浮かび、受けるべきか拒否するべきか迷っていると、ふとシャロ姉さんが怪訝な顔をした。


「トモ君、首どうしたの? 歯形がついてる……」


 さっき束ねエリートゾンビに噛みつかれた部位だ。

 僕がザッと説明すると、シャロ姉さんの顔がみるみる青ざめていく。


「噛みつかれたなんて! どっ、どうしましょ。トモ君がゾンビになっちゃう!」


 どうやらシャロ姉さんはフィクションと混合しているようだ。


「それは創作の中の話しですって。ゾンビは死体に死霊術をかけて作成するんですよ。僕は生きた人間ですし、死霊術もかけられてません。ゾンビになる要素なんかまるでないですよ」


 よくある勘違いだ。吸血鬼は日の光に弱いや、ネズミはチーズが好きなど、フィクションに端を発した誤りは無数にある。ゾンビに噛まれた人間がゾンビ化するというのは、間違った知識なのだ。


「そっ、それなら安心だわ……」


 そうは言うも、シャロ姉さんはどこか不安げだった。

 僕にゾンビ化の予兆がないとわかれば、彼女も納得してくれるだろう。それより問題はこのあとだ。ドアに耳を当てると、外からは徘徊するゾンビたちの足音が聞こえてくる。この部屋から出るに出られない。今回はダクトもないし、見つかったらアウトだ。

 さあ考えろ、考えるんだトモル。こんなところで人生を終えるわけにはいかないぞ。


「ダクト内で別れたあと、シャロ姉さんはどういった経緯でこの部屋にきたんです?」


 とにかく情報を集めるのだ。突破口というものは思わぬところから見えてくるものだ。


「あのあとすぐ、ダクトから降りる穴を見つけたの。梯子を伝って下に行くと、そこは一階西側の倉庫だったわ。一人になったせいでパニクってたもんだから、確認もしないで廊下に飛び出したら、即ゾンビたちに見つかり、追い回され、這う這うの体でこの部屋に逃げ込んだの。そしてこの像の影に隠れたところで腰が砕けちゃった。さっきドアが開いたときは、漏らしそうになったわよ」


「ほんと情けないわ」と、シャロ姉さんは恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「完璧な人間なんていないんですから。苦手なものがあって当然なんですよ」


 シャロ姉さんに対する軽蔑などは抱いていない。むしろ親しみが湧いたくらいだ。


「逃げているとき、気になったこととかはないですか? 例えばゾンビがおかしな行動を取り始めたとか」


 エリートゾンビ二体の行動がどうも引っかかっていた。なぜあそこで僕を助けてくれたのだろう。不思議で仕方がない。


 シャロ姉さんは「うーん」と考え始める、ハッと両目を見開く。なにか思い当たったようだ。


「あったわ、おかしな行動。迫ってきたゾンビが途中で追跡をやめたのよ」


 解せない話だ。僕は詳しい説明を求めた。


「倉庫から出たとき、見つかって追いかけられたって話はしたわよね。そのとき追いかけてきたゾンビたちが、途中で足を止めたのよ」

「それはどの辺ですか?」

「すぐそこの廊下のまがり角なんだけど……落ち着いて考えると変よ。やつら、私がこの部屋に入るとこを目撃したはずなのに、なんでここに侵入してこないのかしら?」


 僕とシャロ姉さんは同時に、部屋のドアに視線を移す。外からは一定の周期で足音が聞こえてくる。多分ゾンビが廊下を巡回しているのだろう。


「入りたくても、入ってこられない、とか……?」


 僕は脈略なく頭に浮かんできた事柄を呟く。


「なぜ入ってこられないのかしら。この部屋にはやつらを寄せつけない力でも働いているというの?」

「この部屋にあるものといったら四体の石膏像だけです。まさかこれのおかげとでも……」

「調べましょう」


 一途の望みをかけ、僕とシャロ姉さんは石膏像を調査する。

 材質は普通の石膏のように思える。学校の美術室にでもありそうだ。とすると、この中に秘密があるのか。そもそも、騎士、魔導師、商人、踊り子といったモチーフにもなにか意味があるのだろうか。疑問は尽きない。


「あらっ、この像動かせるわよ」


 言われて確認すると、確かに動かせるようになっている。


「手伝ってください。この下になにかあるかも」


 僕らは二人で、騎士を模った石膏像を動かす。

 睨んだとおり像の下には隠れているものがあった。十五センチほどの小さな穴だ。格子状の金属蓋がされている。排水溝かなにかだろうか?

 魔導師像、商人像の下にも同じものがあり、最後の踊り子像を動かしたとき、それは起こった。

 まず入口のドアがガチャリとロックされた。えっ、なに? と僕らが顔を見合わせたとき、排水溝からモクモクと白いものが漂い始めた。


「なっ、なによこれ。煙! いったいどうして!」

「わかりません! 下でなにかが燃えているのかも!」


 わけがわからず状況を見守っていると、煙が部屋を覆い尽くし、一歩先も見えなくなる。おまけにかなり苦しい。


「出ましょう。なんかヤバイ気がします!」

「でもドアには鍵がかかってるわ!」


 ノブをガチャガチャ回すも開くはずもなく、ドア本体に体当たりをするもビクともしない。そうこうしているうち、なんだか視界が暗くなってきて、ほどなく僕とシャロ姉さんは床に倒れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ