彼女の弱点
ボクとシャロ姉さんは証拠を探し、教会内を探索した。
「用意はいいですか?」
「オーケーよ」
周りを確認してから、僕がゆっくり扉を開ける。シャロ姉さんは一歩下がり、不測の事態に備える。内部に異常がないことがわかったら、次の部屋に向かう。この手順で各部屋を回った。
体験学習のときとは変わっている部分が多少見受けられた。一階は食堂、お風呂、そして僕らが泊まる修道士室があるのだけれど、修道士室のいくつかは倉庫に改装されたようだ。
二年も経てば内装も変わるのだな、と思いつつ調査を進めているうち、わけのわからない部屋を発見した。
「この部屋はなんでしょう? 前きたときはこんな部屋ありませんでしたよ」
家具などはいっさい見当たらず、代わりに石膏像が四つ置かれていた。それぞれ、騎士、魔導師、商人、踊り子を模っているようだった。入口のドアにはヘンテコな装飾が施されており、疑問を抱くにじゅうぶんな場所だ。
「美術品の展示ルームかしら? それにしては不自然よね……」
とりあえず保留とし、僕らは二階へと向かった。
二階は書庫や事務室があるだけで、目につくものはない。ただ、事務室の壁に剣が飾られているのを発見した。
「緊急時にはこの武器を使用しましょう」
僕らは現在武器をなにも持っていない。見学という名目である以上、武装してくるわけにはいかなかったのだ。
事務室の位置をしっかり記憶しつつ、三階に上がる。
「確か三階はなにもなかったはずです」
記憶していたとおり、三階に部屋はなく、ただ通路が伸びているだけだった。歩いて行くと聖堂のバルコニーへと行着く。
「部屋は一通り調べたものの、手がかりはなしか」
シャロ姉さんはバルコニーの手摺りに肘をつく。
「うーん、司祭は内部を自由に見て回っていいと言ってましたよね。それってつまり、見られて困るようなものは教会の中にはないということですよね」
僕も手摺りに肘をつく。ここからは聖堂全体を見渡せる。そういえば司祭の姿がないのはなぜだろう。余程のことがない限り、司祭は聖堂に待機していなくてはならない。教会本部が定めた規則ではそうなっているはずだ。
ほどなく、脇の部屋からデロリスさんが出てきた。
「……そういえば、一つだけ調べていない部屋があるわね」
「……ええ、一つだけありますね」
入室を禁止された、司祭のプライベートスペース。普通に考えて一番怪しい。
「多分、死霊術の儀式が行われているのはあそこね」
「エリーの話しでは明け方だそうです。しばらく時間がありますね。それまで待ちましょう」
僕は祭壇前に気怠そうに立つデロリスさんの姿を見ながら言った。
※ ※ ※ ※ ※
夕飯の時間になり、僕とシャロ姉さんは一階の食堂へと向かった。
テーブルの上には夕食が二人分準備されていた。メニューはミルクとコッペパン、ベーコンの缶詰に、丸ごとのトマト。なにひとつ手が加えられていない夕食だ。とてもお客に出すものではない。
「お気に召しませんか。これでも腕に縒りをかけたのですが」
デロリスさんはガッカリしたように肩を竦める。
「いいえ。ただ、今までに体験したことのない夕飯だったもので、驚いただけですよ」
微妙に皮肉っぽくなってしまったものの、デロリスさんは、「ああよかった」と、気にしたようすはなかった。
「ときにシャロンさん。教会はどうでした? 古の歴史に触れることはできましたかしら?」
話しを振られたシャロ姉さんは、口に傾けていたミルクのカップを置く。
「ええ、実に不可思議な建物に思えますね。建築様式は中世紀第二期のロマシックを踏まえているにもかかわらず、同年代のルータリズムにも通じるものがあります。そればかりか、後世のチェンバー様式すら取り入れている。そもそもこの教会はカルヴァン派の流れがありますよね。カルヴァン派が崇拝しているのは女神イソベメグミのはずなのに、祭壇のシンボルは地母神イシカワミカコです。建造物、崇めている神、全てが乱雑で、どういった系譜を辿ってきたのか興味は尽きませんね」
シャロ姉さんは澱みなくスラスラと返答をする。
『ルータリズム』とか『カルヴァン派』とか、歴史の授業で聞いたことのある名称が何個か出てきた。さすがは大学生、歴史専攻はダテではないようだ。
「単純に長い時間の中で、色々な人がこの建物を利用していたというだけです。そのときどきの持ち主が好みに合わせて増改築を繰り返したというだけで、系譜などという大層なものではありません。崇拝している神については、この地方のニーズに合わせた結果でしょう。教会は住民に慕われてなんぼですから」
それからデロリスさんはコップの水をクイッと飲み、椅子から立った。
「あなたは夕食を摂らないので?」
「まだやらなくてはならない仕事が残っておりますので。夕食は一日の職務を全て終えてからです」
そしてデロリスさんは食堂をあとにした。
僕とシャロ姉さんは張り詰めていた緊張を解く。あの人がいるとどうも落ち着かない。
「味気ない夕食だわ。仮にもこっちはお客なんだから、もう少しマシなものを出すべきよね」
「同感です。野菜をカットするぐらいの手間はかけてほしいですね。これじゃあ小学生の調理実習の方がマシだ」
いなくなった途端、文句が口を突いて出た。
「せめてパンにつけるジャムくらい出しなさいよね。……もう我慢できない。私探してくるわ。それぐらい構わないわよね」
そう言ってシャロ姉さんは椅子から立つ。
隣の厨房に入ろうというところで、暗がりからヌッとデロリスさんの顔が出てきた。
またもや悲鳴を上げ、テーブルの下に滑り込むシャロ姉さん。
「ジャムをお出しするのを忘れておりました。ここに置いておきます」
彼女はイチゴジャムのビンを手前の棚に置く。
「お風呂はすでに沸かしてありますので、お湯が冷めぬうちにお入りください」
用件を伝え終わると、デロリスさんの顔は暗がりに引っ込んで行った。
とりあえずテーブルの下で頭を押さえているシャロ姉さんの肩を叩き、デロリスさんが去ったことを告げる。
「あの人食堂から出て行ったはずでしょ、なんで厨房にいるのよ。反対方向じゃない!」
「多分、一旦外に出て、裏口から厨房に入ったんですよ」
「この雨の中、なんでわざわざそんな面倒なことするのよ。普通に入ってくればいいじゃない!」
「なんらかの用事で外に出たあと、思い出したんですよ、きっと」
興奮状態のシャロ姉さんをなんとか落ち着かせる。
その後、食事を終えた僕らは、部屋に戻るなり入浴の準備を始めた。
今晩は早めに眠りにつき、死霊術の儀式が行われる明け方近くに起きる計画だ。
「では先に入ってきますね」
先に僕が入浴をすませ、次はシャロ姉さんの番だ。
風呂場は質素な作りだった。三メートルほどの浴槽に、二つのシャワー。体の汚れを落とす最小限の設備だ。
シャワーで体を洗ったあと、湯船に浸かる。湯加減は上々で、なかなか心地いい。夕食があれだったので、イヤな予感がしていたものの、いい意味で期待が裏切られた。
浴槽の縁にもたれ、水滴が滴る天井を見上げる。考えごとをする際の癖だ。
デロリスさんやら、ゾンビやら、眼前にぶら下がる悩みごとを押し退け、僕の頭に湧いてきたのはシャロ姉さんのことだった。僕の中には、彼女についてのある仮説が立っていた。
シャロ姉さんはもしかして……。
そこまで考えたとき、不意に浴室の入り口がガラリと開いた。
「ヤッホー、きちゃったー」
入ってきたのはシャロ姉さんだった。左手に持ったタオルで体の前を隠し、右手をこちらに振ってきた。
予期せぬことに、僕は慌てふためく。
「なななっ、なんで入ってくるんですかぁー!」
湯船の底を滑り、お湯の中に沈んでしまう。
「せっかくだからトモ君と一緒に入ろうかなって。背中流してあげよっか」
「すでに洗い終わりましたからいいです!」
「なんだ。つまんないわね」
シャロ姉さんはバスチェアーに座り、シャワーで自分の体を洗い始めた。
うなじから背中、背中から腰、腰からお尻。その一糸纏わぬ後ろ姿をガン見している自分に気づき、ハッと目を逸らす。
「少し脇に寄ってもらえるかしら」
体を洗い終わったシャロ姉さんが浴槽にくる。
浴槽に入るべく屈んだ際、タオルで隠れていた股座がチラリと覗き、僕の血液を沸騰させる。
「あの司祭のことだからものすごいものを想像していたけど、なかなかいいお湯じゃない」
「ふぁい、いいお湯ですぅ」
呂律が回らず、エリーみたいな声が出てしまう。
「すごい今のエリーにそっくり……って、トモ君顔が真っ赤じゃない!」
僕の視界はグルグルと回っていた。
「オッ、オレ。もう上がりますぅ」
「えっ、嘘! そんな! ならせめて、あと百数えてからにして!」
僕はシャロ姉さんに肩を押さえられ、湯船の中に留められる。
「お願いだから!」
力では到底敵わないので、やむなく彼女の言うとおりにする。
まるで小さな子供のように、僕はお湯に浸かりながら百まで数え始めた。
途中、カウントが早すぎるとの指摘を受け、数える速度を緩めるなどしたため、結局、風呂から上がる頃には完全にのぼせてしまった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
大の字になり、何度も深呼吸をする。視界の揺らぎが収まってくると、僕は水差しの水を一杯飲み、窓から入る外気で体を冷ました。
雨が降っているせいで外は薄暗い。おかしい、今は夏のはず。まだ日は昇っており、雨雲くらいでここまで暗くなるだろうか。
それに、先程から薄闇の向こうをなにかが動く気配がしている。遠くの空からは未だに雷の音が聞こえ、不気味な限りだ。
それより早く寝てしまおう。夜明け前に起床し、デロリスさんの監視をしなくてはならない。
僕は窓を閉め、ベッドに入った。
熱いお湯で疲労したせいか、早くに眠気が訪れ、意識が夢と現実の狭間に差しかかったとき、部屋の扉が開く音がした。
「ヤッホー、またきちゃったー」
やってきたのはまたしてもシャロ姉さんだった。パジャマ姿で、枕を抱えている。
……おいおいまさか……。
「お姉さんが一緒に寝てあげるわよ、トモ君」
シャロ姉さんは僕のベッドに枕を置く。
「どっ、どういうことですかぁ!」
眠気は一気に吹っ飛んだ。シャロ姉さんが今晩寝る部屋は隣だ。わざわざ僕のところにくる意味がわからない。
「いやね、トモ君が一人で寝るの怖がってるんじゃないかと思ってね~」
「今夜だけ特別よ」と、シャロ姉さんは僕の隣に寝そべる。
「別に怖くありませんって! 一人で寝ますからいいですよ!」
「またまた、痩せ我慢しちゃって。本当はガクブルなくせに~」
そう言ってシャロ姉さんはこちらにすり寄ってくる。
「必要ありませんって! お引き取り願います」
「トモ君のいけず。是非ともお姉さんに一晩守らせてちょうだい。お願いだから、うう……」
シャロ姉さんは両手を合わせて懇願してきた。
不意に外がピカリと光り、シャロ姉さんは毛布を頭から被って丸くなる。
……もはや確定だ。
「シャロ姉さん。もしかして……怖がってます?」
彼女は毛布から頭だけ覗かせ、しばしの無言を挟んだのち、「うん……」と頬を赤らめながら頷いた。
「私、幽霊とかゾンビとかがどうしても苦手なのよ。本当は死霊術の捜査なんてやりたくないんだけど、下手に断て、怖がりがバレたら恥ずかしいし……。これでもベケットではクールキャラで通っているんだから。お願いだからみんなには内緒にして……」
涙ぐんだ目で僕の手を握ってくる彼女。
「誓って誰にも言いません」
返事はもちろんイエスだ。僕に告げ口の趣味はない。
「ありがとう。感謝するわ」
シャロ姉さんは毛布から出てくると、またしても轟いた雷に怯え、再び頭から毛布を被る。
「今晩だけでいいから、一緒に寝てちょうだい! ねっ!」
そして、僕は首を縦に振った。色々とまずいものはあるものの、背に腹は代えられない。
(だってほら、彼女からの断ってのお願いだし。無下にはできないじゃないか)
自分を納得させたのち、震えるシャロ姉さんと一緒にベッドで目を瞑った。




