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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第四章 恐怖を売る女
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宿泊予約

 ヴァクラム地区教会は市の外れにある。建物は年代物で、数世紀の期間を跨いで現代に残っている。かつては修道士たちが住まう修行の場所だったらしく、内部はかなり広い。裏手には墓地が広がり、そこが問題の場所だ。


「歴史ある建物のわりには、やけに新しいわよね」


 馬車から降りると、アイは感想を口にした。


「何回も改修を重ねているらしいからな。外壁や各部屋は新品同様さ。つい最近も大規模な工事を行ってたな、確か……」

「トモ君は以前きたことがあるんですかぁ?」

「ああ、中学のとき社会体験学習があってさ、オレの班はここで司祭の仕事を体験したんだ」

「あんたって、広く浅くの典型よね」

「経験豊富と言え」


 僕らは教会の聖堂へと歩く。まずは司祭と話しをしなければ。


「あらっ? シャロ姉さまはどこでしょぅ?」


 確かにシャロ姉さんの姿がない。辺りを見渡すと、止めていた馬車の中に彼女を発見した。


「シャロ姉さんどうしたの?」


 僕が馬車に戻ると、シャロ姉さんは、フギャ―と頭を抱えて縮こまった。


「なんだトモ君か、脅かさないでよね」


 胸を撫で下ろすシャロ姉さん。


「いったいどうしたんですか? 教会に着いたからみんな降りてますよ」

「えっ、あっ、ああ。うっかりしていて気づかなかったわ。ほっ、ほほほ……」

 

 とびっきり浮かない顔で彼女は馬車から降りてきた。今日のシャロ姉さんはどこかおかしい。

 僕らは気を取りなおして教会へと足を踏み入れる。

 手前に並ぶ長椅子に、奥に設置されている祭壇。天井付近には鮮やかなステンドグラスが飾られ、太陽光に照らされ輝いている。


「どのようなご用件でしょうか?」


 出てきたのは若い女性だった。歳は二十歳ほどで、教会のローブを纏っている。


「わたしたちはベケット総合ライフサービスの者なのですが、司祭さんはいらっしゃいますでしょうかぁ?」


 エリーがフレンドリーな口調で尋ねる。


「私がそうですよ。このヴァクラム地区教会の司祭を務めます、デロリス・シルバーバーグともうします」


 僕は引っかかるものを感じた。


「ここの司祭って男の人じゃなかったっけ?」


 記憶している限りでは、司祭は五十代の男性だったはずだ。社会体験学習のときも、その人が色々教えてくれた。


「ああそれは、私の父、クロレンスのことだと思います。父は持病の悪化のため三ヵ月ほど前に引退し、私がその後を引き継ぎました」


 司祭に持病なんてあっただろうか。見たところは健康そうな人だったのに。


「そんなことより、皆さんはどういったご用件でここへこられたのですか。お祈りではないのでしょ」


 そう言ってデロリスさんは、右から順番に僕らの顔を確認し始める。


「実はですねぇ……」


 昨晩、教会裏の墓場でゾンビが目撃された旨を伝えると、デロリスさんはゆっくりと首を振るった。


「見間違いでしょう。我が教会は平穏そのものです」


 そう言ってデロリスさんはクスッと小さく笑みを零した。


「心配なら今から墓場を案内しましょうか。自分の目で見れば納得してもらえるでしょう」

「そうね、それが一番確実だわ。行きましょうみんな」


 アイがそう言うと、デロリスさんは僕らを連れて裏口へと歩き出す。


「みんな待って!」


 不意にシャロ姉さんが呼び止められた。


「効率を重視して二手に別れましょう。私はここに残って聖堂を調べるから、墓場の方はお願いするわ」


 そう言ってシャロ姉さんは聖堂をグルリと見渡した。なにか気になることがあるらしい。


「いったいこの聖堂のなにを調査するというので?」


 デロリスさんは不審そうに両目を細める。


「……まあいいでしょう。では墓場を案内します、お三方はついてきてください」


 シャロ姉さんを聖堂に残し、僕らは墓場へ向かった。

 結局のところ、デロリスさんの言うとおり、墓場に異常は確認できなかった。墓地内を一通り巡ってみたものの、地中から這い上がってきた穴もなければ、墓石が荒らされた形跡もない。


「お帰り、どうだった?」

「手がかりなしです。ゾンビ出没の痕跡はどこにもありませんでした。シャロ姉さんの方は?」

「私の方もとくに変わったところはなかったわ。思いすごしだったわ」


 どうもおかしい。彼女の動揺が伝わってくる。


「このぶんだと見間違いの線が濃厚ね。暗かったみたいだし。酔っ払いが墓場に迷い込んでたってオチに一票入れるわ」

「私もアイの意見に賛成するわ。酔っ払いが迷い込んでいただけよ。うん、そうに違い!」


 シャロ姉さんが二票目を投じる。


「オレもアイの案に一票入れるか……。酔っ払いかはわからないけど、目撃者の見間違えが一番あり得そうだしな」


 幽霊や幻獣を目撃した場合、最初に考えなくてはならないのは見間違いの可能性だ。多くの場合はそれで説明がつく。


「さすがトモ君、話しがわかるわ。エリーも見間違いで異議なしよね?」


 シャロ姉さんはエリーに振る。


「わたしの考えですかぁ……。その前に一つ、司祭さんにお願いがあるんですが?」


 デロリスさんがうなずく。「なにかしら?」


「暑い中歩いたので咽が乾いてしまいました。お水を一杯頂けないでしょうかぁ」


 エリーのずうずうしいお願いに、デロリスさんはイヤな顔一つせず、「待っていて」と、奥に引っ込んで行った。


「今のうちにみんなに話しておかねばならぬ件がありますぅ」


 デロリスさんがいなくなるや、エリーは真剣な口調になる。


「先程墓地を歩いているとき、僅かですが魔力の残滓を感知しました」


 魔力の残滓? なんだそりゃ。


「食べ物の残り香みたいなものです。ホットケーキを食べ終わったあと、ハチミツの匂いが残っているみたいに。魔法を使った場合、しばらくその場に魔力の残滓が残るのです。ちなみにこれは魔導師にしかわからないものですよぅ」


 知らなかった。そんな現象が起こるとは。


「それはつまり、墓場でなんらかの魔法が使われたってわけだな」

「はい、間違いありません。更につけ加えると、この残り香は魔法を使用した本人からも感知できるんですがぁ」


 ここでエリーはデロリスさんが消えた方を向き、


「墓場と同じ残滓を司祭さんから感じました」


 ポツリと呟いた。


「あの司祭、そんなことなにも言ってなかったわよね」

「司祭さんはなにか隠していますぅ」


 なにやらキナ臭くなってきた。周りの空気が緊張を帯びてきた。

 そうこうしているうち、デロリスさんはトレイに水を持って戻ってきた。

 さて、どうしたものか。エリーが言ったことを突きつけるべきか、それともここは大人しく引き下がった方が賢明なのか。アイ、シャロ姉さんも答えを出しかねているようだ。


「あのー、一つお伺いしますがぁ」


 コップを受け取りながら、エリーが会話を切り出す。


「この教会に宿泊は可能でしょうか?」


 んっ? どういうことだ。エリーの意図が見えない。


「可能ですけど。それがなにか?」

「実はですねぇ。こちらの女性、シャロン・セミーリャさんは大学で歴史を専攻しておりぃ、古の時代から続くこの教会に興味を示しておりますぅ」


 急に話しを振られ、シャロ姉さんは、「はいっ?」と呆けた声を出す。


「もしよかったら、この教会に一泊させてはもらえないでしょうかぁ」

「お安い御用です。二部屋ほど空きがありますので、なんでしたらあと一人大丈夫ですよ」

「本当ですかぁ。ありがとうございます。やりましたよシャロ姉さま。念願だったヴァクラム教会に泊まれるチャンスですぅ」


 シャロ姉さんはポカンとし、何度も瞬きを繰り返していた。

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