ゾンビ事件発生
唐突だけれど、ベケットで一番強いのは誰だろうか?
ある日、この何気ない疑問をみんなにぶつけてみたところ、ある共通の名が上げられた。
「それはシャロちゃんね」「それはシャロ姉さんですよ」「それはシャロお姉さまですぅ」「そんなのシャロ姉さんに決まってるでしょうが」
セシールさん、アヤム、エリー、アイ。みんなの答えは同じだった。
実に納得できる答えだ。シャロ姉さんこと、シャロン・セミーリャ。彼女はとにかく強い。剣の腕は超一流で、レイピア一本あれば大男はおろか、凶暴極まりないオークですら地に伏させてしまう。おまけに美人ときたものだから堪らない。大学では歴史を専攻し、いずれは考古学の世界に足を踏み入れるのが夢だそうだ。
そんな完璧なシャロ姉さんだけれど、実は一つだけ大きな弱点を抱えていたのだ……。
※ ※ ※ ※ ※
月曜のことだった。僕は学校が終わり、アイと一緒にベケットに出社してきた。裏に自転車を止め、表に回ると、出社してきたシャロ姉さんとバッタリ出くわす。
「シャロ姉さんも今出社ですか」
「いえ、私は依頼を終えてきたところよ。今日は講義が休みだから朝から出社していたの」
「なんの依頼だったんですか?」
「当ててみて、なんだと思う」
僕はシャロ姉さんを観察する。キャミソールにデニムのショートパンツといった夏らしい姿で、肩にはショルダーバッグをかけている。戦闘でないことは確かだ。
「モテない男の一日恋人とかですか?」
ヤマ勘で答える。さすがに適当すぎた。シャロ姉さんは、「ブッブー」と不正解を示す。
「正解は絵画教室のヌードモデルでした」
妖艶な笑みを残し、シャロ姉さんはベケット本部に入って行った。
僕が立ち尽くしていると、急に頬を引っ張られた。
「あんた、今絶対想像したでしょ。メッチャクッチャエロイ顔してた。やらしいやつ!」
アイは僕の頬を乱暴に離し、本部の入口を潜る。
なんなんだよいったい。心の中で不平を言いつつ、脳裏に浮かんでいた妄想を振り払い、ニヤけていた顔を引き締めたのち、僕も本部へと入る。
どうやらお客さんがきているらしい。セシールさんとアヤムの前には、老年の男性が座っていた。
軽く挨拶を交わし、奥の部屋でエプロンをつけ、仕事の準備をする。
「飲み物はコーヒーでいいですか」
セシールさんに尋ねる。
「もう商談はすんだからいいわ。それよりトモ君、みんなを呼んできてちょうだい。重大な依頼が入っちゃったわ」
なにやら大事なことのようだ。僕は急いでみんなを呼びに行く。アイ、シャロ姉さん、奥で待機していたエリーに声をかける。
みんながソファーの回りに集まったのち、依頼についての説明が始まる。
「紹介するわ。こちらは商店街会長のガストンさんよ」
「初めまして、ガストン・クロックと申します」
ガストンさんは名刺を僕らに配る。『ポーセリン商店街会長 ガストン・クロック』とある。
「みんな心して聞いてね。今回の依頼はとても重要よ。場合によってはファキオワード市全体の問題にもなりかねないことよ」
セシールさんは神妙な面持ちだ。
「商店街の会長さんが、重大な依頼とはなんでしょうか?」
シャロ姉さんは渡された名刺を片手で遊ばせながら尋ねる。
「近々行われるヴァクラム祭は皆さんもご存知と思われます」
ヴァクラム地区で毎年行われている夏祭りのことだ。ファキオワード市民なら誰でも知っている。花火が上がったり、有名ミュージシャンの野外ライブが開催されたり、毎年大がかりなイベントが催されているのだ。
「我が商店街が中心となり、毎年市民の皆さんを楽しませてきたヴァクラム祭ですが、今年の開催が危ぶまれる事案が出てきたのです」
それは大ごとだ。夏祭りはみんなが楽しみにしているイベントだ。それが中止なんてことになったら全市民が悲観に暮れる。
「そんなの困るわよ。今年はベケットのみんなで行く計画なんだから!」
「そうですよぅ。絶対に行くんですぅ。いったいなにが起きたのですかぁ!」
アイとエリーは悲痛な声を出す。
「ゾンビです……」
ガストンさんはポツリと呟く。
「ヴァクラム地区には教会があるのですが、昨晩そこの墓地で、ゾンビと思しき存在が目撃されたのです」
パラッと、なにかが床に落ちる。見るとそれは、先程ガストンさんからもらった名刺で、落としたのはシャロ姉さんらしかった。
彼女は落とした名刺を拾うと、額に掻いていた大粒の汗をハンドタオルで汗を拭う。
「なっ、なんでもないのよ。ちょ、ちょっと暑くてボーッとしちゃっただけよ。ほほほっ」
どこか挙動不審な気がした。
「目撃したのは近くの住民なのですが、仕事で帰りが遅くなり、近道のため墓地の脇道を通ったとき、それらしきものを見たそうなのです。ゾンビでなくグールの可能性もありますが、いずれにせよ、そんな危険な存在がうろついていては祭りどころではありません」
ゾンビはもっともメジャーなアンデットだ。死亡した人間を死霊術で蘇らせ、一時的に使役するのだ。遙か昔の暗黒時代、足りない労働力を補うため考案されたのだと、社会科の授業で習った。当時は猫の手どころか死体の手すら借りたかったのだ。
ここで少しだけ、本から得たうんちくを披露させてもらおう。
ゾンビが使役される期間は長くても一週間ほどだったらしい。それをすぎると腐り始め、生きた労働者たちに不快感を与えるからだ。それ以外でも重大な問題がある。
使役されていたゾンビはいずれ暴走し始めるのだ。こうなると厄介極まりない。周りのものを破壊して回ったり、人に危害を加え始めたりと、ただの迷惑なモンスターになり下がる。この制御を失った状態のゾンビが、俗にグールと呼ばれるものだ。
「もしそうなら警察に通報しないといけませんよぅ。ゾンビを作るのは違法行為ですぅ」
エリーの言うとおり、現代では、ゾンビ作成は人権法に触れる。
「ええ、本当なら当然警察に通報します。ただ、下手な噂が流れて祭りのイメージが悪くなるのは避けたいのです。ですから、警察の前にあなたがたに調査を依頼したい。ヴァクラム地区教会に出没したのが本当にゾンビなのか。本当だとしたら、それはどの程度の規模で発生しているのか。これが我々商店街からの依頼です」
ガストンさんは深々と頭を下げた。
「契約書の作成が終わりましたので、確認をお願いします」
アヤムはガストンさんに書類を渡す。
「全市民が楽しみにしている夏祭りの成否はみんなにかかっているわ。がんばってちょうだい」
どうやらすでに引き受けることになっていたようだ。
セシールさんの声により、アイたちは出かける準備を始めた。




