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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第三章 夏フェスに行こう
30/63

悪い子は井戸に落とされる

「逃がさないんだから。待ちなさい、コソ泥騎士!」


 アイはあとを追って馬車から飛び出す。

 僕もあとに続こうと立ち上がり、ふと足を止める。行ったところでなにができるだろう。丸腰のあいつにすら歯が立たなかったのだ。下手に出しゃばったら、むしろアイの足手纏いになってしまう。そうなったら最悪だ。

 人には役割があるのだ。僕の役目は戦うことじゃない。

 まず警官の救助から開始した。木箱から引っ張り出し、仰向けに寝かせる。どうやら意識を失っているだけのようだ。

 警官を残し、僕は馬車から出た。外は野次馬が集まり出している。


「トモ君。いったいなにがどうなったのですか。あいつが聖剣を持って逃げ、それをアイが追いかけて行きました」


 野次馬の中からアヤムが出てきた。僕は掻い摘んで説明を行う。


「あの人がそんなに強いなんて。どうしましょう、アイは一人で追って行きました。それに向こうは聖剣を所持しています。返り討ちにされちゃいますよ!」


 僕は悔しさに下唇を噛む。なにもできない自分に怒りすら湧いてくる。こんなことなら剣術を習っておくのだった。せめて体くらい鍛えておけばよかった。僕は剣すら満足に振れやしない。

 歯痒さがジリジリと体の芯を蝕んできたとき、なにかが思考の隅を掠めた。

 掠めたものは次第にはっきりしてきて、一つの閃きとなり、僕の行動を促した。


「ベネッサさんはどこだ!」

「私と花屋さんの縄を解いたのち、近くにあった警察の詰め所に通報しにいきました」

「彼女が帰ってきたら、オレが武器を借りて行ったと伝えてくれ!」


 すぐに馬車に戻り、ベネッサさんのアタッシュケースを開けた。

 ベネッサさんの話しでは、これを使えば小さな女の子でも、筋肉ムキムキの重戦士に勝てるということだ。眉唾ものだけど、今は藁にでも縋りたい。

 僕は銃本体をズボンのベルトに差すと、一緒に入っていたものを鷲掴みにして外に出た。


「アイはどっちに行った?」


 アヤムが示した方向に、僕は走った。走りながら弾をマガジンに詰め、本体にセットし、上部のスライドを引いた。あとはこれを相手に向け、トリガーを引く。

 途中でぶつかり合う金属音を耳にした。アイとロバートが戦っているに違いない。僕はそちらに進路を取った。

 裏路地の広い場所に、二人の姿を見定めた。

 アイが劣勢に立たされていることはすぐにわかった。

 サマードレスはところどころ切り裂かれ、白肌が露出し、地面を転がされたのか、ピンクの髪は土で汚れ、サンダルも片方脱げているようだ。手に握っている剣は中ほどで折れ、破片が路地の隅に落ちている。まさにボロボロだ。


「アイ!」


 僕が叫ぶと、アイとロバートがこちらを向く。


「バカ、なんできたのよ!」

「援護しにきたに決まってるだろ」


 アイの声がくぐもっている。体にダメージを受けているのだ。


「小僧、いいところにきてくれた。このお嬢ちゃんを説得してくれねえか。大人しく引き下がれって」


 ロバートは涼しい顔をしている。その体には傷一つない。


「ふざけんじゃないわよ。誰があんたを見逃すもんですか。絶対とっ捕まえてやるんだから」


 アイは折れた剣を構える。どうやら痛めているのは左肩のようで、構えが歪になっている。


「さっきからずっとこの調子だ。いい加減諦めてくれ。お嬢ちゃんの腕じゃオレには勝てねえんだからさ」


 一向に引き下がる素振りを見せないアイに、ロバートは笑みを引込める。


「……この剣はいい品だ。ゴツイ見た目のくせにものすごく軽くて使い易い。おまけに切れ味もパーフェクトだ。お嬢ちゃんが持ってる剣もバターみたいに切断できた」


 ロバートは片手で聖剣をクルクル回して見せてきた。


「これが最後のチャンスだ。オレは逃走するが、追ってくるんじゃねえ。もし今度向かってきたら容赦なく切り捨てる。こいつの切れ味ならお嬢ちゃんの首を落とすくらいわけもない」


 アイは動きを止め、悔しそうに歯を食い縛る。

 アイが怖気づいたのを確認し、ロバートは後ろを向いた。


「止まるんだロバート。さもないと怪我するぞ」


 僕は銃の尖端をロバートに向ける。

 ロバートはこちらを振り向き、さも不思議そうに首を傾げる。


「そいつは確か、あのエルフの女が持ってた土産物だよな。そんなもんでどうしようってんだ?」

「あれは嘘さ。これはエルフ自治区で作られた最新の武器だ。オレみたいな素人でもあんたのようなプロを負かすことができる」


 馬車に乗せられた際、ロバートは全員の持ち物をチェックした。当然ベネッサさんのアタッシュケースも確認されたものの、彼はこれが武器だと気づかなかった。故郷への土産物というベネッサさんの言葉をなんなく受け入れた。


「最新の武器ときたか。オーケ、非常に興味がある。いっちょ使ってみてくれないか」


 はったりだと思っているのだろう、ロバートは薄ら笑いを浮かべている。

 一瞬迷ったすえ、僕はトリガーにかけた指に力を込めた。

 ……おかしいことにトリガーが動かない。固定されているようでピクリともしない。僕は焦りの表情を銃に向けた。使い方が間違っているのだろうか。それとも故障か。やはりベネッサさんじゃないとダメだ。


「そんなこったろうと思ったぜ。はったりってのはもっと……」


 ロバートがみなまで言い終わる前に、


「テヤー!」


 隙ありとばかりに、アイが折れた剣で切りかかる。


「非常に残念だ。これでお嬢ちゃんを切り伏せなきゃならなくなった」


 ロバートはアイの不意打ちをなんなく聖剣で受け止め、彼女に蹴りを入れる。

 脇腹を強打され膝をつくアイ。ロバートは冷酷な目で聖剣を振り上げ、咳き込むアイに狙いを定める。

 僕は咄嗟にロバートに体当たりを食らわせ、アイを救う。

 ホッと息を吐く暇もなく、僕はいち早く体制を立てなおしたロバートに拘束される。


「小僧。お前はつくづくオレの邪魔をしてくれるな。聞くところによると、会場に貼った目眩ましの正体にいち早く気づいたのはお前だそうじゃないか。おかげで聖剣を外に運び損ねたぜ」


 僕の首に腕を回し、ロバートは耳元で憎々しく囁いてきた。

 外に運ぶ時間がなかったから、咄嗟に装花の土台に隠したというわけか。その後、回収しにきた花屋の馬車をハイジャックした最中、運悪く僕らが現れた。なんて巡り合わせだ。

 運命の女神を呪いかけたとき、


「そこまでだ。武器を捨てて、その子を離せ!」


 剣と鎧で武装した警官が六人、この場に雪崩れ込んできた。武装警官隊の到着だ。なんとか間に合った。

 警官たちの後ろにはベネッサさんとアヤムの姿が確認できた。


「クソッタレ、時間をかけすぎた!」


 この事態には、さすがのロバートも動揺を見せた。


「オレに近づくんじゃねえ!」


 そう言ってロバートは、聖剣の刃を僕の顔に近づけた。


「こいつを傷つけたくないだろ。オレを逃がせば、小僧は助かる。オレにちょっかいを出せば小僧は痛い思いをする。簡単な理屈だろ」


 なんてことだ。こんなはずじゃなかったのに。


「特別にお嬢ちゃんは見逃してやる。小僧に感謝するんだな」


 嘲られ、地面に膝をつきながらアイがこちらを睨みつけてくる。


「おい、後ろの方にいる眼鏡のお嬢ちゃん。オレが馬車で人質にしていた君だ。悪いが馬を一頭引っ張ってきてくれないか」


 ロバートが指名したのはアヤムだった。彼女に逃走用の馬を準備させる気だ。

 せっかくこいつを追い詰めたのに。僕のせいで全てが台無しになる。とんだ足手纏いだ。

 なにか方法はないか。こいつに一撃を食らわせ、拘束が緩んだ隙に腕からすり抜ける。

 最適なのは銃だ。幸いなことに右手に持ったままだ。役立たずの武器だけど、鈍器としてなら使える。叩きつければロバートの膝を砕くらいはできるだろう。

 銃……。ふとベネッサさんの方を見る。彼女ならこいつが作動しない理由もわかるのではないか。

 僕は右手を横に伸ばし、ベネッサさんに銃を見せる。トリガーを引く動作を何度も行い、作動しない旨をなんとか伝える。

 事態を理解したようで、ベネッサさんはハッと口元を押さえた。彼女は右手の親指と人差し指で銃の形を作ると、頻りにその側面を強調してきた。左手の人差し指を手首側から伸ばし、銃の側面で上下させる。

 銃に視線を戻したとき、彼女のジェスチャーの意味を理解した。

 銃の側面の同じ部位に、レバーがついているのだ。親指を伸ばして触れてみると、上下に動く。これだ。彼女はこれを言いたかったのだ。

 上がっていたレバーを下げると、トリガーの引き具合に微かな遊びができる。僕は銃の尖端をロバートの太腿に押しつけ、力いっぱいトリガーを引いた。

 辺りに爆音が響いたかと思うと、次の瞬間ロバートが絶叫した。

 僕はポカンとした表情で、地面に蹲るロバートを見下ろしていた。

 彼の太腿からは夥しい量の血が流れている。先程銃を使用した部分だ。

 ……これがこの武器の力なのか。

 恐れにも似た感覚で、僕は銃を凝視した。尖端の穴からは煙が上がり、微かに焼けた臭いがする。手には伝わってきた衝撃の感触が残っている。


「なにをしやがった! クソガキ!」


 ロバートの罵声により、ようやく我に返る。

 彼は鬼のような形相で僕を睨みつけている。負傷した右足を引き摺るように立ち上がると、僕を切り刻むべく聖剣を振りかざす。

 僕は咄嗟に、彼に向かってもう一度トリガーを引いた。

再び響く轟音。キーンとなる耳。衝撃で痺れる右手。鼻を刺す焦げ臭さ。それら不快なものを一瞬で味わったのち、僕の目に移ったのは、左肩から大量の血を滴らせるロバートの姿だった。彼は肩を押さえ、片膝をつく。

 ――これはとてつもなくヤバイ代物だ。誰でも手軽に人の命を奪えてしまう。銃を握る右手がズシリと重く感じた。

 ここで、呆然としていた警察たちがようやく動く。剣を抜いてロバートを取り囲み、お前には黙秘する権利と弁護士を雇う権利うんぬんを語り始める。

 ロバートは往生際が悪く、足と肩から出血しながらも、聖剣を振り回して警官たちを威嚇する。どうせ長くは持たないだろう。すぐにぶっ倒れるのがオチだ。

 あとは警察に任せ、僕は地面に膝をついているアイに手を貸す。

 アイは怯えているようだった。青い顔をし、震える体で僕にしがみついてくる。


「いったいどうしちまったんだ。剣を向けられるぐらい慣れっこのはずだろ」


アイからの返事は、「なんでもないわ」だった。


「ちょっとだけ昔を思い出しただけよ……」


 そう言って押し黙ってしまった。

 聞き返すべきか、そっとしておくべきか。難解な二択に頭を悩ませていると、後ろで堅いものが砕ける音がした。

 振り向くと、ロバートが聖剣で脇に立つ電柱を抉った光景が見えてきた。警察を威嚇するためデタラメに振り回していたせいだ。

 抉られた部分からビヒ割れ、折れる電柱。まずいことに、こっちに倒れてくる。


「みんな早く離れて!」


 ベネッサさんが叫ぶや、この場にいる全員が退避する。正確にはロバートを除いた全員だ。電柱の下敷きこそ免れたものの、落ちてきた電線に絡まり、悲鳴を上げる彼の姿があった。


「どうやら終わったようですね」


 脇を見るとアヤムが戻ってきていた。要求されたとおり馬を一頭連れてきている。馬車を止めた警官が乗っていたやつだ。


「私にしてみれば、聖剣よりトモ君の方がずっと大事ですから……」


 アヤムは恥ずかしそうに顔を背ける。僕も少し照れる。


「こらそこの二人。最後まで油断しちゃダメよ」


 アイは僕の耳を引っ張り、無理やりロバートの方に視線を向けさせる。


「自業自得ね」


 アイは感電しているロバートに冷たい目を向ける。

 まったくだ。大人しく捕まっていれば命を失うことはなかったのに。

 ロバートに僅かな憐れみを向けたとき、それは起こった。

 ロバートが緑色の光に包まれたのだ。それはとても神々しい輝きだった。それもそのはず、光は彼が握っている聖剣から放たれているからだ。

 やがて聖剣が変化を見せる。側面の円盤が回転したかと思うと、それに合わせ、刀身が各部のスリットを基にスライドする。


「マジで……」


 アイが驚くのも無理はなかった。ダサかった聖剣は、アッと言う間に、不思議な形の刃に変形してしまった。


「これがアスラームの真の姿か……。ダサい剣だと思わせておいて、こんなグレートな素顔を隠していたとはな。実にシャイだ」


 ロバートが立ち上がった。感電によって黒焦げになっているどころか、その体は健康そのものだった。驚くべきことに、太腿と肩の血も止まっている。治ったとでもいうのか。


「おんっ? なかなか気の利いた剣じゃないか。使用者に自分の使い方を教えてくれるのか。親切なことで」


 まるで誰かと会話でもしているかのように、ロバートは額を押さえながら独り言を発した。

『使用者』だって? 聖剣と会話しているとでもいうのか? そんなバカな。

 事態の異常さに危機感を抱いたのか、警官の一人が切りかかる。しかし刃はロバートの手前で停止してしまった。まるでそこに見えない壁でもあるかのように。

 他の警官も次々切りかかるが、全て同じ結果に終わった。


「さて、お集まりのみなさんにこいつの力の一旦をお見せしよう」


 そう言ってロバートが聖剣を垂直に構えると、鍔の部分が左右に展開する。内部にはお椀を逆さにしたようなものがあり、それが震えたかと思うと、警官たちは全員吹き飛ばされてしまった。


「あれって、エルグデーモンが使ってた衝撃派じゃない。なんでよ?」


 アイの言うとおりだ。一週間前、ファキオワード市を騒がせたエルグデーモン。あいつが体から発した衝撃派と、今し方聖剣から発せられた不可視の力はよく似ている。


「えーと、反重力? ブラスター? お願いだからわかる言葉で言ってくれ。頼むぜ、相棒」


 なんで聖剣がこんな悪党に力を貸すんだ。保存期間が長すぎてイカレてしまったのか。


「さあて、問題はお前さん方の処遇だな。覚悟はいいか」


 ロバートは僕らの方を見て残酷な笑みを浮かべる。


「動くな。こいつの威力は身を持って知っただろう。また痛い目に遭いたくなきゃ、聖剣を捨てるんだ」


 僕はゆっくりと銃を構えた。


「小僧もこいつの力を見たろ。これがあれば最強だ。剣聖にだって負けやしねえ!」


 脅しは通じない。完全に聖剣の力に酔い痴れている。僕は躊躇なくトリガーを引いた。

 しかし銃から轟音が発せられることはなかった。何度もトリガーを引くも、内部でカチカチとぎこちない音がするばかりだ。


「ジャムだわ! 弾が詰まっちゃったのよ」


 よくわからないけれど不具合が起きたようだ。こんなときに。


「みんな逃げろ!」


 もはや打つ手なしだ。こんなときは三十六計逃げるが勝ち。僕らは全力でこの場から離れた。


「ちょっと聖剣はどうするのよ。取り返さないと」

「あんなものどうでもいい。命の方が大事だろ」


 なおも不平を言うアイの手を引き、裏路地から大通りに出る。


「いったいなにが起こってる! 突入した六人はどうしたんだ?」

「全員やられちまいました。あなたたちも早く逃げるんだ」


 僕の只ならぬようすに、控えていた警官たちは互いの顔を見合わせる。


「追ってきたわ」


 ベネッサさんの言葉に振りかえると、ロバートが裏路地から出てくるところだった。ゆっくりとした足取りで、陽気に口笛なんか吹いている。余裕綽々といった感じだ。


「逮捕しろ!」


 警官が三人ほど立ち向かうも、一瞬で吹き飛ばされ、他の警官の顔をゾッとさせる。


「国家権力もだらしがねえな。そんなことじゃ治安なんて守れねえぞ。悪人が悪さし放題だ。

例えばこんなふうに――」


 聖剣にまた変化が起きる。刃先から柄にかけ、縦に溝ができたと思ったら、やがて刀身が左右に分かれ始めた。ちょうどハサミのような形状だ。


「ここにいる全員に、一つアドバイスをくれてやる。『はやく逃げろ。さもないと死ぬぞ!』」


 ロバートがそう言うや、ハサミの間に光の塊が現れ、どんどん大きくなる。


「今のオレは機嫌がいい。特別に十秒待ってやるよ」


 ロバートは剣先をこちらに向け、カウントダウンを始めた。

 僕らは逃げた。頭の中に鳴り響く危険信号に従い、恥も外聞もなく全力で逃げた。アイも素直に従っていることから、彼女もことのヤバさを感じているようだ。

 カウントダウンが半分を切ったとき、隣を走っていたアヤムが古井戸の蓋に躓き、転倒する。すぐに立ち上がるも、膝が折れ、再び地面に座り込んでしまう。彼女は元々運動が得意なタイプではない。疲労で限界がきたのだ。

 僕は引き返し、アヤムを抱き抱え、近くの建物の影に飛び込む。


「2、1、0。時間切れだ!」


 瞬間、目の前が光に包まれる。焼けるような熱と一緒に、木片やレンガなど、建物の外材が飛び散ってくる。僕はアヤムに覆い被さり、彼女を庇った。

 一瞬意識を失ったらしい。ハッと気づくと、辺りは散々たる有様だった。レンガ造りの建物は崩れ、木造家屋は粉々になり、道の石畳は全て吹き飛んでいた。


「トモ君。大丈夫ですか」


 下にいるアヤムが動き出す。彼女に怪我はないようだ。よかった。


「オレは大丈夫だけど、アイとベネッサさんは?」


 逃げた方向に目を凝らすと、それと思しき人影が残骸の影から姿を現し、こちらに手を振ってきた。二人共無事だ。警官たちもなんとか難を逃れたようで、ぞろぞろと物陰から現れる。


「はっはー。いいことを教えてやろう! 今のは最低出力だ」


 破壊の痕跡を満足そうに眺めつつ、ロバートがこちらに近づいてくる。

 今のが最低出力。つまりは手加減してこの惨状ということか。信じられない力だ。


「さて、次は最高出力を試すとしよう。どれだけすごいんだろうな」


 もはや言葉も出ない。周りの警官たちや、遠くにいるアイたちも呆然としている。逃げる気力すら失っているようだ。


「やめてください!」


 無謀にも、アヤムはロバートの前に立ち塞がる。


「聖剣を邪なことに使用するなんてあってはなりません。それは女神イソベメグミが人の幸せを守るために作られたのですよ!」


 アヤムの言葉を、ロバートは両手を広げて流す。


「それは間違いだ。これはただの強力な兵器にすぎない。聖剣なんて名称は人が勝手にそう呼んでいるだけだ。もしヒューゴ・モーゼルが悪事に使用していたなら、間違いなく魔剣と呼ばれただろうな」

 

 斧理論を思い出した。木を切る斧は、殺人にも使用できる。仮に人を傷つけた斧は悪なのかと言われたら、答えは否だ。悪いのは使用した人間だ。


「現にオレでも使用できる。こいつが作動したとき、頭の中に声が響いてきて、使用方法を詳細に教えてくれた。つまり誰でも使えるよう設計されているわけだ。物語に登場するような、選ばれた勇者の剣とは根本から違うんだよ。剣の力をどう使うかは当事者次第。ヒューゴ・モーゼルは人類のため魔王討伐に使用した。オレは任務遂行のために使用する。それだけだ」


 ロバートは再び剣に光を集め始めた。しかしアヤムは引く素振りを見せない。


「逃げな、眼鏡のお嬢ちゃん。最大出力でぶっぱなす。そこに立っていると体が消し飛ぶぜ」

「イヤです。それを返してください」


 どうする、このままではアヤムが危ない。なにかあいつに一泡吹かせる方法はないか。

 必死に頭を回転させているときだった。ふと地面にある、あるものが目についた。

 ――あれだ! 

 策を思いつくや、僕はすぐに行動を開始した。

 それはロバートの後方三〇メートル付近にあった。光に吹き飛ばされた残骸で上手い具合に隠れている。恐らくロバートも気づいていないことだろう。

 僕はこっそり彼の後ろに回り、周りに散乱する袋を被せ、それを隠す。


「やいロバート、アヤムに手を出すんじゃねえ!」


 落ちていた警官の剣を拾い、切っ先をロバートに向ける。


「オレと勝負しやがれ! そのチャラい金髪を剃り落として丸坊主にしてやる。まさか逃げたりしねえよな、プロ騎士のロバート・アダムスさんよ。まあ怖いなら仕方がねえけどな」


 我ながらチープな挑発だ。なにか企んでいることは明白。冷静な状態なら不審に思い、警戒を強めることだろう。だが今のあいつは冷静とは違う。聖剣の力に当てられ、頭がどうにかなっちまっている。


「はっはー! 勝負ときたか。なかなか愉快な試みだぞ小僧。オーケイ、その勝負乗った。ちょうどお前には恨みがあるからな、この手で直に制裁を加えてやるのも乙だ」


 ロバートは聖剣を剣の状態に戻し、こちらに歩いてくる。

 まんまと挑発に乗ってきた。まずは第一段階クリア。段階とは言ってみたものの、このあと僕がやるべきことはなにもない。やつが近づいてくるのを待つだけでいい。


「念のため訊いておくが、お前、本気でオレに勝てると思っているのか?」


 勝てるなんて微塵も思っていない。今のあいつは無敵だ。体は不可視の障壁で守られ、いっさいの攻撃が遮られてしまう。


「逃げないということは、死ぬ覚悟ができたと考えていいわけだよな」


 不正解だ。死ぬ覚悟なんかない。僕が逃げないのは、お前を真っ直ぐ誘導するためだ。


「聖剣で切られるなんて滅多にできない経験だ。貴重な体験になるぞ。まあ、すぐに地獄へ落ちるわけだから意味はないかもしれんがな」


 地獄に落ちる、か。僕は込み上げてきた笑いをグッと堪えた。残念ながら落ちるのは僕じゃない。


「なあロバート、この国で悪いことをしたやつがどうなるか知ってるか……」

「さあな。市中引き回しのうえ、百叩きの刑とかか」


 彼は嘲笑を上げながらこちらに歩いてくる。


「なら教えてやるよ……」


 残り7メートル、6メートル、5メートル……。


「この国で悪いことをすると……」

 4メートル、3メートル、2メートル。ロバートは剣を振り上げ、一気に間合いを詰めてきた。そして――。


「井戸に落とされるんだ」


 そしてロバートは地面に吸い込まれるように消えた。

 僕は前方に空いた穴に近づき、縁から中を覗く。穴の底では、尻餅をついているロバートの姿があった。作戦成功だ。


「なんなんだこの穴は!」

「古井戸さ。コンキスタ市の歴史を象徴する遺物だな」


 この街にはあちこちに古井戸の痕跡が残っている。歴史を伝えるものとして、あえて埋めずに、蓋をした状態で保存されている。

 ここの蓋は石畳と一緒に、先程の攻撃で吹き飛んでしまった。それが功を奏した。剥き出しになっていた古井戸を袋で隠し、即興の落とし穴にしたのだ。


「ちくしょう。出しやがれ、クソガキ!」


 睨んだとおりだ。聖剣の加護を持ってしても、空を飛ぶことはできないのだ。


「ああ、出してやるとも。ただしあんたが聖剣を手放すことが条件だ。聖剣をこっちに投げて寄越すなら、ロープを降ろしてやる。その気がないのなら、このまま現状が維持される。これは取り引きだ。呑むも呑まぬもそちらの自由。さあどうする?」


 ロバートが初めて焦りの色を見せる。井戸の高さは約8メートル。自力で這い上がるのは難しい。聖剣がどんなに強力とはいえ、空腹までは満たしてくれないだろう。ギブアップするしかない。

 ここでみんなが集まってくる。アイ、アヤム、ベネッサさんを始め、警官たちが井戸の底を眺める。


「ずいぶん姑息な手を使ったわね。引っかかる方も引っかかる方だけど」


 アイが呆れたように深く溜息を吐いた。


「こうなってしまうと聖剣も無力なのですね。なんか複雑です」


 アヤムはげんなりと肩を落とす。


「どんな強力な武器であろうと、使うのが人間である以上つけ入る隙はあるってわけね。見事だわ」


 ベネッサさんは感心ように僕の肩に手を置いた。ちょっと照れる。

 さて、ロバートの腹は決まっただろうか。


「でっ、返事はどうなんだ。取り引きに応じるのか、応じないのか」


 ロバートは、「黙れ!」と、剣先を上空に向ける。刀身が二つに分かれ、再び光を集め始める。

 追いつめられヤケを起こしているのだ。最悪生き埋めになるかもしれないのに。

 急いで井戸の縁から避難する。数十メートル離れた場所に伏せて衝撃に備える。

 やがて上空に向かって光が放たれ、……そしてすぐに終息する。

 不審に思い、恐る恐る井戸の底を覗くと、聖剣に向かって叫ぶロバートの姿があった。


「おい、どうしたんだよ。なんで停止しちまうんだよ。バッテリー? 充電? なんのことだかわかんねえよ!」

 

 聖剣を振ったり、叩いたりと、ロバートが激しく焦っているのがわかる。

 そうこうしているうち、聖剣が変化を見せる。伸びていた各部が縮み、保管されていた状態に戻った。どうやら力が尽きたらしい。


「クソッタレー!」


 ロバートは罵声と共に井戸の内壁を思いっきり殴りつけた。

 かくして、長かった逃走劇は幕を下ろしたのだった。


※ ※ ※ ※ ※


「あっ、トモ君これを見てください。ありましたよ」


 帰りの汽車の中、右隣に座るアヤムは、開いていた新聞を指差す。先程汽車内の売り子から買ったものだ。

 脇から覗き込むと、『聖剣アスラームあわや盗難』というタイトルの記事が確認できた。


「やはり詳細な部分は伏せられているようですね」


 僕は記事をザッと読む。フェスタ会場に展示されていた聖剣アスラームが盗難に遭うも、警察によってその日のうちに取り戻されたとだけ記載されている。


「……街中で起きた破壊については、いっさい触れてないな」

「いいえ、別の欄にこんな記事があります。『野良精霊が市内で暴れ、街の一部に被害が出る』と……」


 俗に言う隠蔽というやつだ。聖剣盗難と街で起きた破壊は別の事件であり、二つの事象の間にはいかなる関連性もない。これがコンキスタ市の意向のようだ。

 今回の事件には報道規制が敷かれることになった。理由はわかる。メントゥム大陸の秘宝、聖剣アスラームが悪用されたとあっては大事だ。聖剣は正しい者のみが使用できる聖なる遺物でなくてはならない。もし真相を公表したなら、いらぬ波風を立ててしまう。隠してしまった方がなにかと都合がいいのだ。


「とんでもない秘密に巻き込まれてしまったものです。今後、公国の諜報機関から監視されたりするんでしょうか。スパイ小説の主人公みたいに」


 僕、アイ、アヤム、ベネッサさんも口止めされることとなった。イソベメグミの像の前で、誰にも口外しないという誓いまで立てさせられた。


「私やトモ君なら問題ありませんが、アイはどうでしょうか? 口は堅い子ですが、うっかり喋ってしまうのではないかと心配でなりません」


 僕は座席の左側で寝息を立てているアイに視線を向ける。よほど疲れたのだろう。席に着くやすぐにバッタリ行ってしまった。


「まっ、オレが目を光らせているから大丈夫さ」


 ハンカチを出し、アイの涎を拭く。


「むうー、トモ君を独占なんてアイだけ狡いです。私だって……」


 アヤムは新聞を置くと、僕に寄りかかってきた。


「なあ、前方の席に移らねえか。二人用の席に三人は狭いだろ」


 汽車の座席は、二人用が向かい合う形で構成されている。くるときは僕とアイが並んで座り、アヤムが前方に一人で座っていた。帰りも自然とそのような形になるかと思いきや、アヤムが不平を言い出した。


「帰りは私がトモ君と一緒に座ります」と……。これにアイが異を唱えたため話が面倒になった。結局三人が並んで座ることで双方が合意した。

「それはできません。三人で座ることでアイも承諾したのですよ。眠っている隙に私たちが席を移るのはルール違反です。もしそうするのであれば、アイを起こしたのち、もう一度話しをしなければなりません」


 実に真面目なアヤムらしい答えだ。


「やめよう。こいつの寝起きの悪さはよく知っている。機嫌を損ねられると後々面倒だ」


 僕は座席に後頭部をつける。


「オレも寝ることにする。体がボロボロだ」

「では私も二人に習いましょう。たくさん怖い目に遭いましたから、慰めのためトモ君に抱きつきますので悪しからず」


 僕らは汽車に揺られながら静かに瞼を閉じた。

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