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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第一章 バイト先は騎士団本部
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キレイ好きの性

 ベケット騎士団の本部は、お世辞にも広いとは言えなかった。

 入口を入ってすぐの空間が接客スペースで、その奥に小さな部屋が四つあるだけだった。デスクが並ぶ事務室、仮眠用のベッドが置かれた休憩室、剣や鎧が保管してある装備部屋、ダンボールが摘まれている倉庫。それとは別に、シャワールームとトイレが完備されている。

 元々この建物はブティックだったらしい。経営していたのはセシールさんの父である、パネット・メルーオーダさんだ。メルーオーダ家は公国でも指折りの企業家で、市内にもたくさんの系列ショップを持っている。ベケット騎士団が民間に譲歩された際、パネットさんが買い取り、セシールさんが社長を任されたのだそうだ。


「民間である以上、利益を上げなければなりません。剣を振るう以外にも仕事をする必要があります。先程のエリーとシャロ姉さまのように、老婦人がなくしたイヤリングの捜索など、些細な依頼でも受けて、報酬を得なければならないのです」


 棚の書類を整理しながら、アヤムさんはそう語った。


「男の団員がいないのはそのせいか。納得が行ったよ」


 合点しつつ僕は、事務室に並んだロッカーを雑巾で磨く。

 セシールさんからの業務説明を受け、僕はさっそく仕事を開始した。内容は事務所全体の清掃。やり方は全て一任するとのことなので、手始めに一番汚れていた事務室の清掃から取りかかることにした。

 雑巾で壁の黒ずみや、家具類の埃を拭き取っているうち、アヤムさんが事務室にやってきたのだ。

 彼女と話したおかげで、ベケット騎士団の内情は大よそ把握できた。


「旧ベケット騎士団の頃から所属していた人は全員やめちゃいました。浮気調査やペットの世話。街の便利屋になり下がることに抵抗があったんですね」


 アヤムさんは寂しそうに顔を曇らせた。

『ベケット騎士団』が『ベケット総合ライフサービス』に変わったのち、大きな変化が訪れたらしい。本来は屈強な男が大多数を占めていた騎士団に、容姿の優れた女の子たちが入ってくるようになったのだ。理由は単純に、お客の受けがいいからだそうだ。筋肉ムキムキの男より、可愛らしい女の子の方が世間に好まれるのは真理だ。アヤムさん、エリーさん、シャロさんが入隊したのもそういったわけらしい。確かに三人共、容姿は満点だろう。


「結局、残ったのは私たち四人だけ。社長を含めた五人が、今のベケット騎士団の全人員なんです。私と社長は現場には出向きませんから、実際に動くのは三人だけですね」


 エリーさん、シャロさん、そして今はいないアイさんがそうなのだろう。


「アイさんってどういう人ですか?」


 バイトとはいえ、今日から僕もベケット騎士団の一員だ。仲間がどのような人間なのか興味は尽きない。


「鋭い牙を湛えた子猫と言ったところね」


 答えたのはアヤムさんではなく、事務室に入ってきたシャロさんだった。


「ナイフより鋭くて強力な牙よ。ピンクの可愛らしい毛並みとは裏腹に、気性は荒ぶる猛獣のごとくね」


 シャロさんの説明に、アヤムさんがウンウンと同意する。どうもアイさんはおっかない子らしい。

 どこか既視感を覚えつつ、事務室の掃除を終わらせ、別の部屋に向かう。

 次は休憩室だ。簡易式のベッドが一つ設置され、その脇に水玉模様のストールがかけられたポールハンガーが置かれている。本棚には暇つぶし用の漫画雑誌とコミックがギッシリつまっており、ほとんどが少女漫画だ。ここを一番使うのは社長のセシールさんらしいので、彼女の趣味だろうか。

 休憩室内の埃を一通り除去したのち、入口から部屋全体を見渡す。

 汚れは粗方根絶したものの、どうも気に入らない。原因は床だ。薄黒くくすんだフローリングが痛ましくてならない。

 途端、ムズムズと血が騒ぎ始めた。この床をなんとかしなくては。家の家事を長いことやっているせいで、すっかり衛生面に対し神経質になってしまった。

 僕はセシールさんのところに行き、休憩室の床にワックスをかけることを提案した。


「いいわよ。全てトモ君に任せるって言ったからね」


 許可はもらった。あとは行動あるのみだ。

 床用ワックスが倉庫にあったのは幸運というより他ない。僕はさっそくバケツに水を汲み、ワックスの原液を溶かした。

 ハンドワイパーがなかったので、雑巾を使用することにした。部屋の奥から始め、徐々に入口に近づくようにワックスがけをする。


「大がかりにやっているねぇ」

「滑るから気をつけてくださいね。このタイプのワックスは三時間もすれば乾くはずですから」

「了解。がんばってねぇ。トモ君からはプロの気配がするよぉ」


 エリーさんが去り、僕は全神経を作業に集中させる。

 塗り残しが出ないよう注意し、なるたけワックスが均等な厚さになるよう塗布する。生活空間は見栄えも重要だ。いくら手間をかけても、かけすぎるということはない。

 ピカピカになる床に喜びを感じながら作業を続けていると、不意に入口のベルの音が聞こえてきた。誰かが事務所にきたようだ。


「トモ君。客間にきてくれない。今アイちゃんがきたから、あなたを紹介したいのよ」


 セシールさんに呼ばれ、作業を一時中断する。

 アイさんがきたか。シャロさんの話しでは怖い人のようだけど、どんな子なのだろう。

 緊張を湛えて客間に出てみると、見覚えのある女の子の姿があった。


「クラスの男子。なんであんたがここにいんのよ」


 同じクラスのアイリス・グローベルクがそこにいた。


「トモ君は今日からベケット騎士団の一員よ。私たちの身の回りの世話をしてくれるわ」

「社長が前に言っていた雑用係って、こいつのことだったんですか」


 アイリスは胡散臭そうな目を僕に向ける。

 僕は説明を求め、セシールさんにキョトンとした目を向ける。


「彼女がアイちゃんよ。我らが騎士団の新人。トモ君と同じウィンターサイド高校の生徒よ。驚かそうと思って黙ってたわけよ」

「驚いたもなにも、彼女とは同じクラスですって」

「あら、そこまでは知らなかったわ。これって運命の廻り合わせじゃないかしらね」


 セシールさんはどこか楽しげだった。


「あんたマイザだったわね。あのエロフとつるんでる男子。そんなやつに私たちの身の回りのこと任せていいものかしら?」


 エロフとはオーブリーのことを指す。エロイエルフという意味だ。高校入学早々、女子たちに手を出しまくった結果つけられた不名誉な異名だ。


「社長、この男子は信用なりません。私たちの貞操が脅かされます。いつ発情して襲われるかわかったものではありません」

「待てい! 人をなんだと思ってんだ。そんな人の道に外れたことするわけねえだろ!」


 ひたすらに人聞きの悪い話だった。もしかして他の女子も、僕のことをオーブリーと同じくエロ野郎だと思っているのだろうか。だとすると由々しき事態だ。


「アイちゃんアイちゃん。話はわからないけど、トモ君はそんなことしないわ。私の眼鏡に叶ったんだから間違いないって。私が判断を間違えたことないでしょ?」


 不満そうだったけれど、セシールさんに言われ、アイリスは引き下がる。


「一応忠告しておくわ。シャロ姉さんに手を出したら剣で首をはねられ、エリーに手を出したら魔法で焼かれ、アヤムに手を出したら彼女のお兄さんに海に沈められる。そして私に手を出したら木に吊るしたうえ、あんたのことをレイプ魔としてクラスに広めてやるんだから」


 忠告でなく脅しと言った方が適切だ。僕は苦笑いを浮かべる。


「話は決まったみたいね。さあ二人共握手して」


 僕はアイリスと握手をする。


「マイザ・トモルだ。よろしく頼む」

「アイリス・グローベルクよ。せいぜいみんなのために尽くすことね」


 そう言ってアイリスは僕の手を強く握ってきた。小さな手に似合わずかなりの握力だ。


「言っておくけど、みんなの真似して『アイ』なんて気安く呼ばないでよね」


 いったい僕が彼女になにをした。ここまで嫌わなくてもいいじゃないか。

 胸の中に不満が募ってくるも、文句を言ったらどうなるかわからない。猛獣の扱いは慎重に行うに限る。

 アイリスは乱暴に僕の手を振り解くと、奥へと歩いて行く。


「そうそう。アイちゃん、昨日ストール忘れていかなかった?」

 

 アイリスが足を止め、ハッとした顔をする。


「休憩室のポールにかけてあるから」


 あのストールはアイリスのものだったのか。猛獣の所持品にしては可愛らしい図柄だった。


「ありがとうございます。お手間を取らせました」


 礼儀正しくお礼を言い、アイリスは休憩室の方に消えた。

 ここで僕は思い立つ。休憩室は今ワックスがけの最中だ。


「待て。あそこは今――」


 滑り易くなっているから注意しろ。そう後に続ける間もなく、休憩室の方から悲鳴が聞こえてきた。

急いで向かうと、派手に転倒したアイリスの姿があった。不運なことに、置かれていたバケツを巻き込んだようで、彼女の全身はワックス塗れになってしまった。せっかく着替えてきたのに、なんて不幸なやつだ。

 アイリスはゆっくりと立ち上がる。頭に被っていたバケツを、更にゆっくり外すと、中から鬼のような形相が現れる。自分の中で警報が鳴り始めるのがわかった。


「えーと。今ワックスが塗られていて、この部屋の床は滑るから気をつけろよ、って言おうとしたんだけど……。大丈夫か?」


 こちらの呼びかけにはなにも答えず、彼女は無言で近づいてきた。

 逃げろ! 僕の中の本能がそう告げるも、どういうわけか足が動かなかった。まるで蛇に睨まれた蛙だ。野道で地竜にでも遭遇したらこんなふうになるかもしれない。動いたら即刻首筋を噛み切られる。


「これはあんたの仕業……」


 前髪からワックス液を滴らせながら、アイリスは迫ってくる。凄まじく怖い。


「確かにそうと言えるかもね。ははっ……」


 嘘を吐くことすらできやしない。完全に彼女の迫力に飲み込まれていた。


「ほっほら。休憩室がキレイなら気分が晴れるだろうと思ってさ……。教室だって汚れていたら掃除するだろ。部屋って場所はキレイにしていた方がなにかと――」

 

 必死の釈明も虚しく、アイリスは大きく拳を振り被った。

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