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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第三章 夏フェスに行こう
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事態打開

 僕らは一言も発することなく、馬車に揺られていた。


「次の交差点を左折してくれよ。つけ加えるなら、まがり切ったところに警察の詰め所があるんだが、変な気を起こすのはお勧めしない。オレとしても、この眼鏡のお嬢ちゃんの咽から血が噴き出す光景は見たくないんだ。君もそうだろ。騎士のお嬢ちゃん」


 ロバートだけが饒舌だ。憎らしいくらいに。


「黙ってなさい、この強盗犯」


 アイはロバートをキッと睨みつけた。


「おいおい、御者が余所見をするもんじゃない。事故でも起きたら大変だろ。なんの罪もない市民が巻き込まれるかもしれないぜ。それは可哀そうってもんだ」


 アイは大きく舌打ちし、視線を前方に戻す。

 あのあとロバートは、僕ら四人に馬車に乗るよう命じてきた。

 状況が見えてこないものの、アヤムの身が危険に晒されていることだけは確かだった。僕らは大人しくロバートの要求に従った。

 彼は次に、アイにあることを命じた。それは僕とベネッサさんを縄で縛れというものだった。アイは拒否するも、ロバートがナイフを持つ手に力を入れたことで、やむなく要求を呑んだ。

 アイによって両手を後ろで縛られた僕とベネッサさんは、同じく縛られている花屋の男女二人の横に座らされた。

 その後、ロバートは自らの手でアヤムを縛ったのち、アイに命じて馬車を発車させた。


「いったい聖剣を盗んでどこに向かうつもり! リサイクルショップなら駅前にあったわよ」


 ロバートが笑う。


「面白いお嬢ちゃんだ。店主がどんな反応をするか試してみたい気はするが、残念ながらオレは迅速に行動する主義なんだ。悪いがこのまま帝国との国境まで直行してくれないか」


 隣国のテロール帝国のことだ。フェンスター公国とは罪人引き渡し条約がないため、帝国との国境を目指すのは、犯罪者の典型的な行動パターンだ。


「はあっ、本気でそんなこと考えてるわけ。バカじゃないの。公国側があんたの通過を許可するわけないじゃん。国境警備隊に逮捕されて豚箱に送られるだけよ」

「なあに心配は無用。なにせこちらにはナイトエンゲージ証明書があるからな。騎士なら適当な理由をつければ通してもらえるのさ」

「おバカな強盗さん。私のライセンスを提示したところで、本人じゃないって即バレるわよ」


 ここでロバートがまた笑った。


「なにを言ってるんだ。オレは自分のライセンスを提示するだけだ。本人なんだからなんの問題もない」


 アイがエッとした顔で振り返る。


「あんた、本物の騎士なのか!」


 僕は思わず口に出した。


「昨日そう名乗っただろ。フリー騎士のロバート・アダムスって……」


 こんな下種なやつが騎士だって。なにかの冗談としか思えない。


「恥ずかしくないの、こんなコソ泥の真似ごとして。騎士ならもっと気高く生きなさいよ」

「オレとしてはじゅうぶん気高いつもりだがね。フリーの騎士は特定の主を持たない代わりに、契約を結んだ相手には最善の忠義を尽くす。金銭で雇われたといえ主には違いない。主の命で動くなら、それは立派な騎士的行動だ」

「つまり……この聖剣強奪は誰かの命令で行ったということですか?」


 アヤムが恐る恐る口を開く。

 先程の話しから推測するに、帝国にいる誰かが命じたことになる。冗談じゃない。国際問題に発展する。


「驚きはしないわね。悪名高い帝国民だもの。ほしいものがあったら力づくで奪う。むしろ得心がいったくらいよ」


 ベネッサさんは吐き捨てるように言う。


「あなたは聖剣をなんだと思っているのですか。あれは――」


 ナイフの側面で咽元を触れられ、アヤムは「ヒッ」と言葉を止めた。僕らもハッと身を固くする。


「少し喋りすぎた。ここからは真面目に行こうぜ」


 そう言ってロバートは顔から笑みを消す。

 このままではいずれ国境に到達してしまう。なんとか攻勢に出なくては。

 まず状況を分析だ。ロバート以外で馬車には六人がいる。それぞれ、僕、アイ、アヤム、ベネッサさん、花屋の店員二人。この中で唯一縛られていないのがアイだ。なぜ騎士であるアイを束縛しなかったかだが、考えられるのは警戒を一人に集中するためだ。アヤムにナイフを向けていなくてはならないため、御者は誰か別の人間に頼まなくてはならない。仮に僕を御者にしたとするなら、ロバートが警戒しなくてはならない人間は、自由に動ける僕と、アイの二名になってしまう。アイは少女とはいえ騎士だ。縛られた状態でもどんな反撃をしてくるかわかったものではない。そうロバートは計算したのだと予想する。現に、彼はアイにのみ注意を向けているようだ。僕、アヤム、ベネッサさん、花屋の二名には余り気を配っていないように見受けられる。この状況を打開するには、この油断につけ入ることが最善だろう。

 頭を巡らせながら、僕は後ろに回されていた左右の手首を捻り、縄を緩ませた。

 人間の手首は楕円形をしている。縛られる際、太い部分同士を重ねておき、縛られたのち、手首を捻って細い部分同士を重ねれば縄が緩むのだ。手品の解説書に書いてあった。

 僕は自由になった手をベネッサさんの背中に回し、ロバートに気づかれないよう彼女の縄を解く。


「まだ縛られたふりをしていてください」


 小声で語りかけると、ベネッサさんは小さく頷いた。

 花屋の二人も自由にしてあげたかったものの、僕らと違い両手両足、体も厳重に束縛されており、とても解くことができそうになかった。

 僕、アイ、ベネッサさん。これで動けるのは三人だ。鍵になるのはアイだろう。実力だけなら男の騎士にも引けは取らない。ロバートの実力は不明だが、真っ向勝負ならアイが遅れを取ることはないだろう。僕がやるべきことはロバートからアヤムを引き離すことだ。

 ……待とう。人間の集中力は長く続くものではない。ロバートもいずれは注意が散漫になるはず。そのときがチャンスだ。

 もうすぐ馬車が市内を抜けようかというとき、そのチャンスはやってきた。


「そこの馬車、止まりなさい!」


 外から制止を促す声が聞こえてきた。


「ここは低速エリアだ。君たちは速度違反を犯している」


 幌の隙間から外を覗くと、馬に跨った警察が近づいてくるのが見えた。


「クソッ、なんてこった――」


 ロバートは毒づき、アイの方を見る。アイは「知らなかったのよ」と馬車を路肩に止める。


「なんで子供が御者席に座っているんだ?」


 警察に問われ、アイは判断を仰ぐように、覗き窓からロバートの方を見る。ナイスな誘導だ。


「荷台になにか積んでいるのか? 確認させてもらう」


 警官の足音が馬車の後ろに回ってくる。ロバートは立ち上がり、険しい表情で後ろの幌が開かれるのを待っている。

 僕はロバートの注意が逸れている隙に、御者席側から見えるよう両手を掲げた。縄が解けていることが伝わったらしく、覗き窓の向こうでアイが小さく頷く。

 やがて幌が開かれ、警官が姿を見せる。

 ナイフを持ったロバートを確認するや、警官は素早く腰から剣を抜く。


「大人しくしてくれお巡りさん。このお嬢さんに怪我を負わせたくないだろ」


 警官は顔を引き攣らせながら、荷台の中を見渡す。状況は把握できたようで、「お前の要求はなんだ」と、構えていた剣を降ろす。


「さっさと馬車に乗れ。国境に着くまで仕事は休憩だ」


 警官は口惜しそうに荷台に上がってくる。


「乗客が一人増えちまったか。よりにもよって警官とはな。――ちくしょう!」


 激しく舌打ちをしながら、警官から剣を取り上げるロバート。


「なあ、その人、足にダガーを隠し持ってるぜ」


 僕が警官の足元を指差すと、ロバートは釣られるように視線を落とす。

 ――今だ! 心の中で呟くと、僕はロバートがナイフを握っている手にしがみつき、そのまま全体重をかけた。溜まらず体勢を崩し、ナイフを落とすロバート。すかさず警官は反対の手に組みつき、奪われた剣を払い落す。


「早くこっちへ!」


 ベネッサさんはアヤムの服を引っ張り、馬車の外へ走る。花屋の二人も縛られたまま、床を這って後に続く。

 勝負は見えた。人質が全員逃れたことで、ロバートの優位は完全に失われた。あとは彼を御用にして一件落着だ。

 楽観的な考えに浸った次の瞬間、僕は自分の体がフワッと宙に浮くのを感じた。

 エッ、と思う間もなく、僕と警官は互いの頭をぶつける。

 衝撃で暗転する視界。苦悶の声を上げる警官。再び襲う浮遊感と、間もなく訪れた全身の痛み。どうやら木箱の方に放り捨てられたらしい。

 痛みに悶えていると、隣の木箱に警官が飛んできた。彼は頭部を木箱にめり込ませたまま動かなくなる。


「舐めてんじゃねえよ、素人が! 貧弱小僧とロートル警官が束になったところでオレには勝てねえよ」


 やつを甘く見ていた。とんでもない腕っ節だ。


「ならこちらもプロが相手になってあげようじゃない」


 ようやく現れてくれた。我らがプロの騎士が……。


「人質たちはみんな逃げたわ。騒ぎを聞きつけた市民も集まってきた。警察の応援もほどなくやってくるでしょうから諦めなさい」


 そう言ってアイは剣先をロバートに向ける。警官が所持していたやつだ。床に落ちたのをいつの間にか拾っていたようだ。


「丸腰の相手に剣を向けるのがお嬢ちゃんの騎士道かい? 見下げたもんだ」

「お生憎さま、私もあんたを見下げてるのよ。私たち気が合うわね、仲良くしましょう」


 アイが剣を構えると、ロバートは足元のナイフを拾う。


「あくまで抵抗する気ね、ナイフだからって手加減しないわよ」

「まさか。いくらお嬢ちゃんとはいえ、ナイフ一本で挑むほどオレは無謀じゃねえよ」


 そう言うや、ロバートは唯一の武器であるナイフを投擲した。

 アイが剣を振るってナイフを叩き落とした隙に、ロバートは脇にある、装花の土台に手を伸ばす。


「こいつを使わせてもらう」


 中から取り出した聖剣を垂直に構え、アイと対峙する。

 なんてこった。じゅうぶん予想できた事態だったのだ。先に聖剣を奪っておくべきだった。


「はんっ、上等よ。聖剣だろうがなんだろうが相手になってやろうじゃない!」


 聖剣を前にしても、アイは臆することなく、自分に気合を入れる。ロバートを正面に据えたまま、静かに間合いを測り、そして……。


「あばよ」


刃を交わすことなく、ロバートはクルリと後ろを向き、馬車の外に飛び出した。拍子抜けしたアイが、僅かによろめく。


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