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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第三章 夏フェスに行こう
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ロバート・アダムス

 アヤムのセクハラ行為から逃れるべく、アイは僕を連れて街の散策へ赴いた。


「アヤムと一緒に出かけるってだけで心配だったけど、予想的中ね」

「アヤムってあれが素なのか?」

「ええ、私が入団間もない頃はよくあんなふうにスキンシップを取ってきたものよ。あれは間違いなくレズっ気あるわね」


 本人がいないことをいいことに、酷い言いようだ。


「あっ、大きな噴水がある」


 アイは立ち止まり、左を指差した。

 言葉どおり大きな噴水だ。ヴィクトモンス公園の噴水も大きいけれど、それより二回りほど大きい。


「あれってもしかして、レヴィーの泉じゃないか」


 アイは、「はっ?」と首を傾げる。どうやら知らないらしい。

 レヴィーの泉とは、コンキスタにある観光名所の一つだ。コインを投げ入れると願いが叶うといわれている。


「コンキスタは水の街だからな。豊富な地下水源があったから自然と人が集まり、公国が樹立された際に首都とされた。そう学校で習ったろ?」


 アイはサッと視線を逸らした。首筋には大量の脂汗が見られる。


「知ってるわよそのくらい。中学のとき習ったわよ!」

「いや小学校の学習範囲だって」

「グダグダ言ってないであそこに行くわよ。黙ってついてきなさい」


 アイに手を引っ張られ、泉へと近づく。

 透き通ったキレイな水だ。底には大量のコインが見える。泉の脇には観光看板が立てられ、泉の歴史が示されている。

 かつてこの場所には、地下水脈を汲み上げる施設があったらしい。ここから汲み上げた水は街の地下に設置された貯水タンクに流され、市民は井戸から自由に水を掬うことができた。井戸は街中至るところに設置され、その名残は今でも残っている、と……。

 看板には街の遊歩道の絵が描かれており、地面にある丸いフタが強調されている。どうも不要になった井戸に封をしたものらしい。街の歴史遺産として、あえて埋めずに残しているとのこと。

 公国で親が子を叱る際に用いる文句。「悪い子は井戸の底に落とすぞ」は、ここから発生したとの雑学で、看板の説明文は終了していた。


「小さい頃、よくお父さんから言われた……」


 アイはそう呟くと、コインを泉に投下した。

 ゆっくりと両手を握り合わせ、祈りのポーズを取る。

 ――やつの手がかりを得られますように――。

 静かな口調だった。それでも、内に秘められた強さが感じられた。

 なんのことか尋ねることはしない。触れてはいけない部位に思えたからだ。

 僕もコインを投下する。願いごとはとくに思いつかなかったので、「アイの願いが叶いますように」とした。

 その後、適当に市内を歩き回ったり、大きなショッピングモールで汗を鎮めたりしているうち、外が暗くなってきた。そろそろ帰らなければ。夕食の時間をすぎるとホテルのレストランが閉まってしまう。

 立ち並ぶ建物の窓には、ポツポツと明かりが灯り始める。強い光だ。ランプでなく電球を使用しているのだろう。


「コンキスタって、全家庭に電気がきているのかしら?」

「業者の人の話しでは、現在急速に普及し始めているらしい。さすがに全家庭ではないだろう」

「業者の人?」

「ああ、オレの家でも電気を引いているんだ。お袋が興味本位で導入したんだよ。そんで電線を引く工事のとき、ちょっと話す機会があったってだけさ」


「ふうん」と、アイは感心がないようだった。


「なんかあちこちが紐だらけで、見た目がよくないわよね」


 アイは建物の上を指差す。


「あれは紐じゃなく電線ってんだ。間違っても触るなよ。雷撃魔法を食らったように黒焦げになるぞ」

「危ないわね。切れて地面に落ちてきたらどうするのかしら」

「気にするだけ無駄だって。切れた電線が頭の上に落ちてくる確率より、馬車の事故に遭う確率の方が高いんだからさ」


 僕らは駄弁りながらホテルに帰った。

 

※ ※ ※ ※ ※


 部屋に戻ると、アヤムは本を読んで待っていたようだった。


「さて、二人もデートから戻ったことですし、レストランに向かいましょうか」

「ええ、楽しいデートだったわよ。そうよねトモル」


 アイは僕の腕に抱きついてきた。


「さあさあご飯食べに行こ。私お腹ペコペコよ」


 あえて冷やかしに乗ることで、相手の面白みを削ぐ作戦だ。効果はあったようで、アヤムはつまらなそうに唇を尖らせた。

 アイに引率される形で、僕はホテル内のレストランへ入る。

 入口にいたスタッフに部屋の鍵を提示すると、奥の席に案内された。

 どうも借りている部屋に応じ、夕食のテーブルが決まるシステムのようだ。吹き抜けから見える二階のテーブルには、いかにも上流階級を思わせる人たちがついている。


「こんばんは。あなたたちも夕食」


 僕らのテーブルにベネッサさんが近づいてきた。


「こんばんは。ベネッサさんもこれから夕食ですか」

「私は食べ終えて部屋に戻るところよ」


 ベネッサさんも僕らと同じく、ビジネスクラスに宿泊している。


「マイザさんも上が気になっているようね」


 そう言ってベネッサさんは二階を仰ぐ。


「みんなフェスタが目的でコンキスタを訪れている業界関係者よ。有名武具メーカーの重役とか、各国の騎士団員たちね」


 そう言われて見れば、ガタイのよい男の人たちが何人もいる。目つきもどこか鋭い。


「せいぜい今の地位に胡坐を掻いているがいいわ。明日、全てをひっくり返してあげるんだから」


 ベネッサさんは不敵な笑みを浮かべながら親指の爪を噛んだ。


「その発言も、あなた方が開発したという武器が元になっているわけですよね?」


 アヤムが会話に割り込んできた。「ええ、そうよ」とベネッサさん。


「そんなこと言って。どうせ大したものじゃないんじゃないの」

「アイさんも、そう言っていられるのも今のうちですよ」


 アイの無礼な発言も、ベネッサさんは意に介したようすはない。


「いずれ、大陸にいる全ての騎士にお詫びをしなくちゃね。あなたたちのこれまでの努力を無為にしてゴメンね、って」

 

 ベネッサさんは、「それでは素敵な夜を……」と、レストランから出て行った。


「まるでわからないわ。なんなのかしら?」

「明日になればわかりますよ。それより早く食べてしまいましょ。温かい料理をわざわざ冷ますのは愚行ですよ」


 ベネッサさんと話しているうち、テーブルには料理が並べられていた。

 コンキスタの伝統料理、『コドルンレッド』だ。鶏肉にナイフを入れると、中からアツアツのチーズが染み出てくる。このチーズは近郊のコドルン地方で作られており、脂っこくないのが特徴だ。鶏はコンキスタ原産の『サマーレッド』という品種だ。二つを合わせたから『コドルンレッド』。

 これが実に美味しい。一緒に出されたヴェルデ茶の苦味と相成って、絶妙な味を演出していた。アイとアヤムも同じ感想なようで、終始笑顔で口に運んでいた。

 食事が終了したあと、アイが立ち上がった。


「私はこれからジュースをもらいに行くのだけれど、美味しいものを食べたおかげで機嫌がいいわ。特別に二人の分ももらってきてあげるけど、なににする?」


 なんてこった。あのアイが僕らのジュースをもらってきてくれると……。

僕はアップルジュースを頼む。アヤムはイチゴジュースだ。


「了解。待ってて」


 カウンターに歩いて行くアイ。


「心配です。明日大嵐になってフェスタが中止になったらどうしましょう」


 アヤムは本気で心配しているようだ。本音を言うと、僕も微かに心配していたりする。それだけ奇異なことなのだ。


「トモ君と行動するようになって、アイは変わりました。まったく変化はないですけど、確かに変わりました。それでも変化は見られませんが……」

「――どっちなんだよ」

「トモ君のご想像に任せます。最終判断は自分の目でどうぞ」


 アヤムは結論を僕に丸投げしてきた。

 アイが変わった? とてもそうは見えない。普段のわがままは留まるところを知らないし。クラスではすっかり、僕はアイの従者と思われている。アイに用事がある人は、まず僕に要件を伝えにくる始末だ。「タレントのマネージャーみたいだな」。オーブリーの発言を否定することはできなかった。

 そうこうしているうち、コップが乗ったトレイを持って、アイが戻ってきた。

 瞬間、僕は胸中で悲鳴を上げた。

 アイの左前方から人が歩いてきたのだ。速度、タイミング、全てがアイとマッチングしていることを一瞬で悟る。これはダメだ。頭の中で弾き出された予測は最悪のものだ。

 予想どおり両者はぶつかり、ガシャンとガラスの割れる音がレストランに響く。

 ――いつ聞いてもイヤな音だ。散らばるガラス片と、床に零れるジュース。自分の家ではないにしても、精神的にくるものがある。


「ああ、なんということだ。怪我はないですか、お嬢さん」


 アイとぶつかったのは若い男だった。金髪碧眼の美形で、服装は白いタキシードだ。


「えーと……ゴメンなさい。服が……」


 アイは気まずそうに頭の後ろを掻き始める。アイが言うように、男性が着ているタキシードの胸部分には、ジュースが付着して濡れてしまっていた。


「いえいえ、私の不注意が招いたことです。お嬢さんが気に病むことなどなにもありません。本来なら騎士たる者、常に注意を怠ってはならぬものなのに……。私はまだ未熟だ」

「あなたは騎士なので?」


 僕はアイと男性のところに歩く。


「ええ。尊大ながら、フリーランスの騎士などをやっております」


 フリーランス。その名のとおり、国や地方自治体などの組織には所属せず、依頼に応じて動く騎士だ。傭兵との区別は、ライセンスの有無で決まる。名乗った者勝ちの傭兵と違い、フリーでも騎士は『ナイトエンゲージ証明書』を所持しているのだ。


 僕は彼から差し出された名刺を受け取る。


「それではご機嫌よう。若き恋人たちに幸あれ」


 キザな台詞を残し、男性は二階に上がっていった。


「『フリー騎士 ロバート・アダムス』。聞いたことない名前ね」


 アイは僕の手にある名刺を覗き込んできた。


「騎士は無数にいますからね。私たちが知っている名なんてほんの一握りですよ」


 アヤムも覗いてきた。そりゃそうだ。大陸にいる全ての騎士の名を把握している人なんて誰もいない。フリーランスともなればなおさらだろう。

 零したジュースの後処理を従業員に任せ、僕らは席に戻る。


「ときにアイ。私たちのジュースはどうなったのです?」

「なんかやる気なくしたから、トモルが持ってきてよ。私はオレンジね」

「へいへい」


 僕はトレイを持ってカウンターへ歩いた。

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