袖触れ合うも……
いつの間にか眠っており、アヤムに肩を揺すられ、僕は目を覚ました。
「汽車がコンキスタに入りましたよ。もうすぐ駅に着きますから、下車の準備をしてください」
ようやく到着か。長い移動だったけれど、着いてしまえばアッと言う間に感じる。
ふと左肩に重みを感じた。見るとアイが頭を乗せ、寝息を立てている光景が確認できた。
「肩を寄せ合って眠る男女。なかなか微笑ましい絵でしたよ」
アヤムが悪戯に笑う。
「おい、起きろアイ。到着だ」
まどろんでいたアイが目を擦り出すと同時に、汽車が停止した。窓の外には巨大なプラットホームが望める。コンキスタ中央駅。フェンスター公国の物流の要だ。
ワラワラと出口へ歩く乗客の波に乗り、僕らも汽車から降りる。
プラットホームから伸びる通路を進み、広い駅構内を歩き、コンキスタの地を踏む。
「……デカイな」
それが僕の率直な感想だった。コンキスタを表現するに、これほど適した言葉はないと思える。立ち並ぶ建物の屋根は高く、南北に伸びる中央道は広く、行き交う人々の数は途方もない。とにかく街としての規模がデカイのだ。
「そりゃあ首都ですから。人口、経済規模。全てにおいてファキオワードとは桁が違います。市内観光と行きたいところですが、まずホテルにチェックインしましょう」
僕らは駅前の馬車乗り場を目指した。
馬車はほとんど出払っているようで、停留所に待機しているのは一台だけだった。
乗車をお願いすべく近づくと、先客がいるようだった。
「そこをなんとかなりませんか。知らなかったもので」
「条例なんだからなんともならないよ。会社に知れたらクビになっちまう」
「そんな……ホテルまで徒歩で行けと! 日が暮れちゃいますよ」
一人の女性が御者と揉めていた。
赤い髪に尖った耳。スーツ姿で、小脇に抱えたアタッシュケース。汽車内で擦れ違ったエルフの女性に間違いない。
「あのー、今乗車は可能でしょうか?」
アヤムが声をかけると、御者は「ああ、問題ないよ」と、笑顔を向けてきた。
「そちらの女性と口論していたようですが? なにかあったので?」
「いいえ、大したことではありません。この人が危険なものを馬車内に持ち込もうとしたので、それで少々揉めただけです」
そう言って御者は女性が持つアタッシュケースを指差した。
「そのステッカーが貼られているってことは、その中身は武器なわけ?」
アイは目敏くアタッシュケースのアームマークを発見したようだ。
「はい。このステッカーがあれば、フェンスター公国ではどこにでも武器類の持ち込みが可能だと聞いていたもので……。ただ、コンキスタ市には特別な条例があるらしく、このステッカーを張っていても制限されるらしいのです」
女性はシュンと肩を落とした。
「少し違う。制限されるのは、あくまで一般人による持ち込みだ。あんたが警官とかならなんの問題もない。ここは公国の首都だからな、治安を脅かす要因は極力抑えられているんだよ」
女性は諦めたようで、御者にクルリを背を向ける。
「あのー、ちょっといいですか?」
僕は彼女を呼び止めた。
「あなたの行先はどこですか? 場合によってはオレたちが助けになるかもしれませんよ」
女性が振り向く。「私の行先はホテル・オールドハンツですけど――」。
「おや、なんたる奇遇。私たちと同じ場所じゃありませんか。こんなことってあるんですね」
アヤムがそう言うと、女性は藁にも縋りたい表情をした。
「なら決まりだな。アイ、身分書は持ってきただろ」
「ええ、ここにあるわ」
アイはポケットから掌サイズのプレートを出した。
「こいつはたまげた。お嬢さん騎士なのか。その若さで大したもんだな」
御者さんはアイが掲げたプレートに顔を近づけ、繁々と見つめた。
『ナイトエンゲージ証明書』。別名、『騎士ライセンス』とも呼ばれる、公国発行の身分書だ。アイだけでなく、エリーやシャロ姉さんも所持している。これがあれば自宅に刀剣の保管も可能なのだ。
「あの女性はオレたちの同伴者ってことになりませんか」
御者は腕を組んで考えたすえ、
「まあそのくらいならいいだろう。そこのお姉さんはお嬢さんのお供ってことにしてやるよ。全員乗りな。行き先はホテル・オールドハンツだな」
めでたく馬車に乗ることができた女性は、移動中に自己紹介をしてきた。
名前はベネッサ・カレンといい、エルフ自治区に本社を構える武器メーカーの営業担当者らしかった。目的は僕らと同じくアームズフェスタだ。当日会場を訪れる各国の騎士団関係者へ、自社製品の売り込みを行うために入国したらしい。
「武器業界の方だったんですか。ちなみにどこのメーカーでしょうか?」
思ったとおり、武器オタのアヤムが興味を示した。
「『クロウルーフ』という会社よ」
アヤムは記憶を探るよう、視線を上に向ける。
「ちょっとわかりませんね。メーカーは大方把握しているつもりでしたが。不覚です……」
「知らないのも無理はないわ。なにせ創立二年のベンチャー企業だもの。社員は私を含めて六人だけなのよ」
ベネッサさんは苦笑いを交えながら語った。
「社員六人って、ずいぶん小規模よね。近所のスーパーでももっと従業員がいるわね」
「大学時代の仲間六人で始めたの。言い出しっぺのルドアーノが社長で、彼の家のガレージが本社よ。よく屋根にカラスが止まっているから『クロウルーフ』って社名にしたわけ」
アイの無礼な発言を、ベネッサさんは軽く流した。
「ルドアーノは学生時代から行動力だけは人一倍あってね。全校を巻き込んだパーティーやら、カーニバルを企画していたわ」
いわゆるリーダー気質があったわけか。どこの世界にも一人くらいそんなやつがいるものだ。
「大学を卒業間もなく、彼が言い出したわけよ。『みんな、オレたちで世界を変えようぜ』って……」
「世界を変えるって、ずいぶん壮大ね。そもそも私としては、世界を変えるのと、武器会社を始めることに因果関係が見えないんだけど?」
ベネッサさんは、よくぞ聞いてくれました、とばかりに不敵な顔をする。
「ルドアーノにはあるアイデアがあったのよ。世界を変えるほどのパワーを秘めた武器のアイデアがね――」
僕、アイ、アヤムの表情が変わったことに、ベネッサさんが微笑を浮かべる。
「世界を変えるほどのパワーを秘めた武器ですか。もしかしてそのアタッシュケースの中身がそうだったりします」
アヤムの問いに、ベネッサさんはゆっくりと頷いた。
「いったいなんなわけ? 見せてちょうだいよ」
「ダメよ。これは企業秘密なんですから」
伸びてくるアイの手から、ベネッサさんはケースを遠ざけた。
「ケースの大きさからして、ショートソードの類だと思われますが。どうでしょう?」
アヤムの予想に、ベネッサさんは、「大外れ」と首を振るう。
「剣とかそういうレベルのものではないわ、私たちの自信作は……。これは間違いなく世界に変革をもたらすわ」
そう言ってベネッサさんは、愛しそうにケースの表面を撫でた。
「もしかして聖剣アスラームみたいに、神さまからもたらされた的なニュアンスですか」
「いいえ。神さまの寵愛とかでなく、もっと物理的かつ現実的な力よ」
物理的かつ現実的な力。なんのことやら。
僕はベネッサさんにミステリアスな印象を抱いた。




