列車の旅
グローベルク家のドアをノックすると、ルーチェさんが応対に出てきた。
「ああ! マイザさま。お待ちしておりました! えーとえーと、――どうしましょう。しばしお待ちを!」
ルーチェさんが慌ただしく奥に消えると、
「お嬢さま、急いでください。マイザさまがきちゃいましたよ!」
「適当に待たせときゃいいわ! それより私のサンダル早く見つけてよ!」
不届きな声が聞こえてきた。アイはまだ準備中のようだ。
「帽子も見つかんないわ。ああもう、寝癖だってなおってないのにいー!」
どうやら寝坊したらしいことが窺える。
「マイザさま。どうかご助力を!」
ルーチェさんの切羽詰まった呼びかけに答え、僕は家の中に入り、アイの準備を手伝う。
着替えと洗面道具を旅行鞄に詰め込み、忘れ物がないか最終チェックをすませる。
「ああ大変ですお嬢さま。もう時間がありません!」
時計を見ると、出発の時間が迫っている。
「まずい、アイ行くぞ」
「えっ、ちょっと。まだ日焼け止め塗ってないって――」
「あとにしてくれ。このままだと汽車に乗り遅れちまうぞ!」
僕はルーチェさんにお別れを言ったのち、アイを自転車に乗せて駅まで急いだ。
駅前広場にはアヤムの姿があった。
「二人共早くしてください。汽車はすでに停車してます!」
大急ぎで駅の駐輪場に自転車を止める。
「ボヤボヤしてんじゃないわよ、トモル」
「どの口が言うか」
僕とアイは駅の入口に走った。
入口の改札前では、アヤムが足踏みをして待っていた。
「三人分の切符はすでに購入してあります。このまま汽車へ乗り込みましょう!」
三人でプラットホームに走り、停車していた汽車の中に滑り込む。直後に鳴り出した発車ベルを聞きながら、手の甲で額の汗を拭う。
「間一髪間に合いました」
アヤムは体を屈め、辛そうに肩で息をしている。僕も壁に寄りかかり、息を整える。
「あの程度のダッシュで息切れなんて、二人共だらしないわよ」
僕らとは対照的に、アイは息一つ乱していなかった。
「私とトモ君は民間人なんです……。現役騎士の基準で語らないでください……」
「そうだそうだ。そもそも、アイが寝坊しなければこんなことにはならなかったんだからな」
僕とアヤムに非難され、アイは唇を尖らせる。
「すぎたことは忘れなさい。それより早く席に着きましょ。私たちの旅はこれからよ」
アイは涼しい顔で、客車へと歩いて行ってしまった。僕とアヤムは、「やれやれ」と後に続く。
切符は自由席だ。適当に空いている席を見つけ、腰を降ろす。
「鉄道に乗るのも久しぶりだぜ。こうやって窓から景色を見ていると、旅に出るって気分になるよな」
フェンスター公国国営鉄道。公国を東西に横断する鉄道で、主要な街や村同士を結んでいる。僕らの住んでいるファキオワード市にも駅があり、遠くの街へ出かけるときに利用するのだ。
「たかが一泊二日で大袈裟ね。それにこれは旅じゃなく出張よ。騎士団の用事で行くんだから。遊びではないのよ」
アイの言うとおり、僕らは遊び目的で遠出するわけではない。公国の首都であるコンキスタに、仕事として向かうのだ。ただし依頼ではなく、あくまで内輪的な内容だが……。
「みんなと言っても私たち三人だけですから、肩を張る必要はありません。遠足気分で行きましょう」
そう言ってアヤムは、リュックから水筒を取り出す。
「なにせ念願だったアームズフェスタを見学できるんですよ。私の胸は今から高鳴ってます!」
アームズフェスタとは、毎年夏に行われている武器の見本市の総称だ。名立たる武器メーカーが剣やナイフといった、自社の最新モデルを展示する催しだ。特定の開催地は持たず、モーラ王国の地方都市だったり、テロール帝国の首都だったりと、年ごとに異なっている。今年はフェンスター公国で行われるというわけだ。
今回の見学を企画したのはアヤムだ。ベケット騎士団の次期主力装備の選定という名目で、セシールさんを説得したらしい。
「アヤムにしてみれば、趣味と実益を兼ねた最高の出張ね」
最近知ったことだけれど、アヤムは武器オタクなのだ。通称『武器オタ』。武器というものに対し、人並み以上に好意を寄せる人たちの総称だ。武器オタ自体は割とポピュラーで、僕の友人のオーブリーもそうだし、クラスでも何人か合致するやつはいる。しかし大抵は男子の趣味だ。女の子で武器オタは珍しい事例と言えるだろう。
「それに今年は大目玉があるじゃないですか。聖剣ですよ! 聖剣アスラームが会場に展示されるのですよ!」
『聖剣アスラーム』。七百年前、勇者ヒューゴ・モーゼルが魔王オウガイツトムを討伐するのに使用したとされる剣だ。本来なら博物館に厳重に保管されているのだが、今回のフェスタでは特別に一般公開されるというのだ。
「メッチャクッチャ楽しみです! アスラームですよ! 魔王を討伐した歴史的な武器ですよ! この機を逃したら武器オタの名が廃るってもんです! 私はチャンスを逃さない女なのですぅからぁ!」
アヤムは「グヘヘ」と不気味な笑みを浮かべ、アイが微かに身を引く。
「ところで、アイの方はどうなのですか? 面倒臭がりのあなたにしては珍しく、自分から志願したではありませんか?」
当初はアヤムが一人で赴く予定だったものの、急にアイが自分も行きたいと言い出した。
「アイちゃんが行くのなら、トモ君も行かないとね」と、なぜか僕も同行するハメになってしまったのだ。
「本当はアイだってドキドキの癖に。ほら、心臓がバクバクいっているじゃないですか」
アヤムはアイの胸に頬を埋める。
「バッ、バカア! なにやってんのよ。離れなさい、変態女!」
アイは引き剥しにかかるも、アヤムはなかなか離れようとしない。
「そ、れ、と、も。トモ君とのお泊りに興奮しているのですかあ? ムフフ」
「だっ、誰がこんな優男に興奮なんかするもんですか! ふざけてないで早く離れなさいぃ!」
「イヤですよ。せっかくアイと一緒なんですから、もう少しイチャイチャしていたいです」
アヤムは相当浮かれているようだ。
いつもベケットで真面目にしているも、彼女は僕らと同い年の女の子なのだ。歳相応の茶目っ気と思えば頷ける。
「離せえ! この痴女!」
「最高の褒め言葉です。グフフ!」
それはそうと、疲れる旅になりそうだ。




