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民営騎士団は眠らない  作者: 実乃里
第二章 ビッグフレンドデーモン
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デーモンの襲撃

「じゃあエリーとシャロ姉さんは先に担当区域に向かってください。私もあとで合流するから」

「なるたけ早くきてくださいよぅ。エルグデーモンはとても恐ろしい生物なんですからぁ。私はすでにガクブルですぅ。ブルブル」

「いずれにせよ、私たちはやれるだけのことをやるまでよ。いつも以上に気を引き締めて依頼に臨みましょう」

 

 エリーとシャロ姉さんから、普段の余裕は感じられない。それだけ危険な相手なのだ。


「二人にはピエトロ地区を担当してもらう。もしやつを発見したとしても、二人だけで挑んではいかんぞ。まず我々に合図を――」

 

 警部の言葉は、突然鳴り響いたサイレンに掻き消された。


「警部! デーモンです! やつが姿を現しました」

 

 外に待機していた警官が血相を変えて飛び込んできた。みんなの顔に緊張が走る。


「やはり潜伏していたか。やつはどこだ!」

「民家を襲撃したのち、スターム地区を南に向かって進んでいるとの連絡がありました! 現在、デッカー警部のチームが追跡中とのことです」

「民家が襲われただと。なんてことだ。私もすぐに行く。――すまんが予定変更だ。二人は私についてきてくれ」

「了解です。出撃よエリー」

「わたしがんばります。気合いぃ!」


 ノア警部と二人を乗せた馬車は、サイレンを鳴らしながら走って行った。


「さてと、私たちも行きましょうか。アスリットちゃん、忘れ物がないか確認して?」


 アイはとんでもないことを言い出す。


「わざわざ今出て行くこともないだろ。デーモンが市内で大暴れの真っ最中だろが!」

「トモ君の言うとおりです! もう少し状況を考えてください」


 ボクとアヤムの批判に、アイは心底うざそうな表情を浮かべた。


「状況を考えたうえで、今が絶好のチャンスだと判断したのよ。デーモンはスターム地区を南に進んでいるんでしょ。アスリットちゃんの自宅があるザウアー地区とは反対方向じゃない」


 ここでようやく、アイが言わんとしていることに気がつく。


「そうか、今はデーモンの居場所が判明しているんだもんな。逆に考えればスターム地区以外は安全なわけか」


 どこに潜んでいるかわからない状況より動きやすい。


「そういうこと。好機は今。また姿を眩まされないうちに動くのが利口よ」


 セシールさんの判断は早かった。


「アヤムちゃん、急いでユーゲントさんから馬車を手配してきて」


 ベケット騎士団は『ユーゲント・レンタホース』のお得意様だ。面倒な手続きは不要、口頭で伝えれば即座に馬車が用意される。

 アヤムが店に入って二分足らずで、ユーゲントのスタッフが通りに馬車を出す。


「気をつけてねアイちゃん」

「大丈夫ですよ。仮にデーモンと出会ったとしても、この剣ならやつの外骨格でも切れるはずです。遅れは取りません」


 そう言ってアイはW105の鍔をカチンと鳴らしてみせた。

 先週、冥精霊に襲われたアイを助けるため、僕がオーブリーから借りたロングソードだ。あの一件のあと、この剣はセシールさんが購入し、今はベケットの備品となっている。普段は武器庫に保管され、必要に応じて仕事に導入される。使用するのはもっぱらアイだ。エリーは武器を使わないし、シャロ姉さんは自身で特殊レイピアを所持している。


「油断大敵ですよ、アイ。先週の冥精霊のときだって、トモ君がいなければどうなっていたことか」

「アヤムはいつも口うるさいんだから。あのときはたまたま運が悪かっただけよ。不運はそう何度も起きないわ。だから心配なし。オーケー!」


 アイの反論はメチャクチャだ。イヤな予感しかしない。


「心配だからオレもついて行っていいかな」


 自分でもなんでそんな行動を選択したのかわからない。気紛れというやつだろうか。


「非戦闘員のあんたがついてきたところでなにができるのよ?」

「なにが起こるかわからない以上、『なにができる』かなんて答えようがないだろ。大丈夫だって、不運はそう何度も起きないんだからさ」


 自分の発言を引用されたことで、アイが口を噤む。


「わかったわよ。足を引っ張らないでよね」


 話しは決まった。僕はアスリットちゃんと一緒に馬車へと乗った。


「わあい、お兄ちゃんが一緒だ」

「もう少しだけつき合わさせてもらうよ」

「小学生にデレデレしてんじゃないわよ。このロリコン」


 僕に失礼極まりない発言を浴びせたのち、アイは馬の手綱を握り、馬車を発車させた。

 現在街は不安と恐怖の只中にある。鳴り止まないサイレンに、時折風に乗って聞こえてくる魔法による爆発音。通りには刀剣を装備した警官が配置され、殺気だった視線で周囲を見回している。外出制限のため、一般市民の姿はない。全ての商店はシャッターが下ろされ、まるで災害にでも備えているようだ。


「デーモンはまだ退治されないの?」


 アスリットちゃんの疑問に答えるように、街の遠くから光と轟音が聞こえてくる。


「退治の真っ最中みたいだな。まだかかりそうだ」


 今のはデーモンが発した衝撃派に違いない。同じものを公園で見た。市内で交戦中らしい。


「お巡りさんたち、勝てるのかなあ?」


 アスリットちゃんは遠くから上がった煙を見ながら、心配事を口にする。


「なあ。考えたくないが、もし警官隊がデーモンに負けたとしたらどうなるんだ?」

「そうね。公国の正規軍が投入されるかしら。それでもダメなときは、セプテムアハト修道会にでも応援を要請するんじゃない……」


 魔物退治のプロが出てくるほどの事態に陥らないことを祈りつつ、馬車の窓から街の方を見やる。不思議なことに、あれ以降光や轟音は聞こえてこない。そういえばサイレンも鳴り止んでいるではないか。


「あれっ、もしかして退治完了した?」


 アイも周囲の静けさに気づいたようで、丘の上に差しかかったところで馬車を止めた。

 丘から一望した市内は平穏だ。爆発もなければ怒号が聞こえてくることもない。


「どうやら片付いたみたいだな」

「あーあ、この手でバッサリ切り伏せて、武勇伝の一部にしたかったのに。つまんないわね」


 アイは御者席にもたれかかった。


「これでピッピを探しに行けるね。街に戻ろうよ」

「ダメ。今日はもう家に帰りなさい。お母さんに心配かけるんじゃないわよ」


 アスリットちゃんの申し出を、アイは却下する。


「えーっ、お姉ちゃんのケチ。ピッピ探しに行くったら行くの!」


 ……勘弁してくれよ、僕が頭を抱えたとき、不意に馬車がグラリと揺れた。


「ダメッたらダメ。今日は大人しく帰るのよ。子供は黙って言うこと利きなさい!」

「もう! お姉ちゃんなんかキライ! いいよ私一人で探しに行くもん」


 二人は口論に夢中で気づいていないらしい。


「なあ二人共、今揺れなかったか?」

「はあ? 知らないわよ。そんなことより、あんたからもこのガキになんか言ってやってよ。ほんとに生意気でさ――」

 

 アイがみなまで言い終わらぬとき、天井からバキッと音が響く。

 今度はアイも異変に気づいたようで、口論をやめ、馬車の天井を仰ぐ。


「なんか天井にいるっぽいわね」


 頭の中に沸々と湧いてくる不安に眩暈を覚えつつも、僕は恐る恐る窓から顔を出し、馬車の天井を確認する。

 僕の不安は百発百中だ。馬車の天井には、退治されたと思われたデーモンがへばりつき、爪を床に突き立てているところだった。

 胸中で絶叫しながら、僕は顔を引込める。


「――デ! デデデッデッ!」


 パニックで回らない舌に苛立ちを覚える。


「『デ』がどうしたのよ。わかるように言いなさいよ!」


 瞬間、先程僕が顔を出した窓が割れ、デーモンが逆さまに顔を捻じ込ませてきた。


「――招かれざる客だ!」


 やっとの思いで発した言葉は、二人の絶叫に掻き消された。


「アイ、馬車を出せ!」


 アイは手綱を引っ掴み、馬車を急発進させた。

 デーモンは顔を引っ込めるも、天井にはまだ気配がある。


「なんであいつがいんのよ。退治されたんじゃなかったの!」

「ここにいるってことは退治されてなかったってことだ。なんできたのかは本人のみぞ知るだ!」


 街が静かになったのは、単にデーモンがこっちに移動してきたにすぎなかったのだ。それにしてもなんだって僕らが乗る馬車を襲うのだ。わけがわからない。

 こちらの疑問に答えるわけもなく、デーモンは馬車の天井に穴を開け、車内に手を伸ばしてきた。


「伏せろ!」


 僕はアスリットちゃんの頭を押さえ、床に伏せさせた。


「もっとスピードは出ないのか! こいつを振り落とすんだ!」

「無茶言わないでよ。馬の脚力にだって限界はあるのよ」


 馬が驚いて暴走しないだけマシか、と思いながら、僕は立てかけてあるW105を手に取り、頭上のおぞましい腕に叩きつける。

 もの凄い堅さだった。岩でも叩いたかのような衝撃に、両手が痺れを訴える。

 一応、多少のダメージは与えたのか、腕が天井に引っ込む。


「トモル、手綱代わって」


 僕はアイに剣を渡し、代わりに手綱を握った。

 乗馬は中学のとき体育で習った。馬車馬の扱いは初めてだけれど、大体似たようなものだろう。手綱は軽く握り、張りすぎず弛ませすぎず。右折のときは右を引き、左折のときは左を引く。疾走させるときはパチンと撓らせる。

 御者席と客席が一体型の馬車でよかった。おかげで馬車内から馬の操作が可能だ。

 馬車は少人数用の小型で、当然のことながら、内部でロングソードを振り回すことは想定されていない。アイは突きで応戦していた。

 天井やら、左右の壁やら。デーモンの手が伸びてきた場所を剣で突いている。まるで玩具の、『チョビヒゲ間一髪』だ。


「あーもう。ちょこまか動かないでジッとしてなさいよね!」


 今のところ手応えはないようで、アイの苛立ちはピークに達していた。


「お姉ちゃんの下手くそ。早くあいつを串刺しにしちゃってよ!」


 アスリットちゃんは床に伏せたまま、アイを罵倒する。幼女とは思えない過激な発言だ。


「うるさいわね! 言われなくてもそうしてやるわよ」


 アイはデタラメに天井に刃を突き立て始めた。次第に穴だらけになる馬車。とんでもない騎士だ……。

 この馬車が保険に入っていることを祈っていると、ふと天井から気配が消える。足元から生えてくる刃に、さすがのデーモンもうんざりしたのだろうか。

 もしかすると退散してくれたか、と甘い考えを抱いたのも束の間、


「トモル、前!」


 視線を前に戻すと、前方の覗き窓にデーモンの顔があった。


「そこどいて!」


 そう言うが早いか、僕の顔の横を銀色に輝く刃が通過し、前方の覗き窓を貫く。


「殺す気か!」

「チッ、殺りそこねたわ!」


 アイの台詞は僕ではなく、デーモンに対してだ。デーモンは馬車の左側に移動し、アイの攻撃を避けたようだった。

 まてよ、これはチャンスだ。僕は手綱を引き、馬車を左の石壁に寄せた。


「二人共、掴まれ」


 馬車を壁ギリギリまで寄せ、側面にへばりつくデーモンを石壁に擦りつける。しつこい汚れは擦り落とすのが一番だ。


「いいぞお兄ちゃん。このままあいつをミンチにしちゃえ」


 壁に擦りつけられ悲鳴を上げるデーモンに、アスリットちゃんのテンションが上がる。

 彼女の健やかな成長のためにも、こんな幼児教育に不適切な状況は早々に終了させるに限る。僕は魔界からの客人にお帰り願うべく、更に馬車を寄せる。

 ……甘かった。こいつはエルグデーモンなのだ。この程度でまいる相手ではなかった。

 デーモンは例の衝撃波を放ち、無理やり馬車を押し退け、上空へ逃れてしまった。

 仕留め損ねただけでなく、更なる悲劇が僕らを襲う。


「ちょっと、なんで御者席から離れんの。あんたは馬の操作に集中しなさいよ」

「もはや操作不能だ」


 そう言って僕は、切れた手綱を掲げて見せた。

 これにはさすがのアイも青ざめ、アスリットちゃんも言葉を失う。この先は急カーブになっており、御者の操作を離れた馬が上手くまがってくれる可能性は低い。

 そして悲観に暮れる僕らを気遣うこともなく、事態は進行する。

 デーモンが再び馬車に降りてきたのだ。アイが天井を穴だらけにしたせいで、屋根の上にいるやつの姿がよく確認できる。向こうも穴からこちらを覗き込み、僕ら三人の顔を繁々と見比べている。まるで獲物を物色しているかのようだった。


「アイ、剣を貸せ」

「なんなのよ急に、戦闘は私の担当よ。素人は引っ込んでいなさいよ」

「いいから貸してくれ、考えがある」


 僕はアイから剣を引っ手繰り、床に穴を開ける。馬車の車輪軸が剥き出しになったことを確かめ、今度は切れた手綱を結んで輪を作る。これで準備はオーケーだ。


「こんなときになにやってんのよ」

「せっかくだ。客人を中に招いてやろうじゃないか。二人共よく聞いてくれ……」


 僕は作戦を二人に伝える。


「ずいぶんメチャクチャな作戦ね。上手く行くかしら?」

「崖から転落よりマシだろ」


 この先には急カーブがあったはずだ。この速度ではとてもまがり切れない。


「私やるよ。お兄ちゃんの作戦に命を預ける」


 アスリットちゃんの言葉で、アイも腹を決めたようだ。

 こちらの決定を待っていたかのように、デーモンは天井の一部を破壊し、上半身を捻じ込んでくる。

チャンス到来だ。僕はすかさず手綱の輪を、デーモンの翼に絡めた。


「今だ、アイ!」


 手綱の反対側を握っていたアイは、それを床穴から覗く車輪軸に絡ませる。車輪軸は糸巻の要領で手綱を巻き取り、デーモンを馬車内に引っ張り込む。デーモンはそのまま床穴まで引き摺られ、翼を穴に飲み込まれて身動きが取れなくなる。成功だ。


「さっさと離脱するわよ」


 間髪入れずにアイが前方の壁を剣で切り裂き、僕らは馬車の外へ出た。

 それから疾走する馬の背に三人で跨り、馬車と切り離して脱出する。

 まさに間一髪だった。僕らが離れたすぐあとで、馬車は前方の崖へと消え、大きな破壊音を響かせる。

 縁から見下ろすと、地面には大破した馬車の残骸が散乱している。もう少しで僕らも同じ運命を辿るところだった。


「私たちの勝ちだね、お兄ちゃん。デーモンをフルボッコにしてやったの」

「ああ。魔界の使者とはいえ、さすがにこれは効いたろう」


 崖の下にデーモンの姿は見られない。恐らく残骸の下に埋まっているのだろう。動き出さないということは、それなりにダメージを負ったに違いない。


「とにかく警察に連絡しましょ」


 僕らは馬で街に戻り、巡回していた警官へと事情を説明したのち、アスリットちゃんを自宅へと送った。

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