デーモン出現
近道をするため、ヴィクトモンス公園を抜ける。
時刻が正午になり、いよいよ人も多くなってきた。首からカメラを提げた観光客と思しき人も見受けられる。
「みなさん、お腹空きませんかぁ?」
食べ物の屋台前にきたとき、エリーさんが呟く。
「せっかくなので、ここらの屋台でお昼をすませたらどうでしょうかぁ。みんなで芝生に座ってワイワイやったら楽しいと思いますよぅ」
いいアイデアだ。天気もいいし、外で食べるのも一興だ。
みんな異論はないようなので、僕らは屋台へと足を運ぶ。
僕はホットドッグで、アイとシャロ姉さんがフランクフルト。エリーはタコヤキという変わった食べ物を頼んだ。アスリットちゃんは鳥の串焼きを選び、ピッピとわけて食べた。
「エリー、まだ食べてるの。ちんたら突いてないで、豪快に口に入れなさいよ」
「そんなこと言ったって、これ熱いんですよぅ。私が猫舌なのアイちゃんだって知っているじゃないですかぁ」
エリーは楊枝に刺したタコヤキに、フーフー息を吹きかけ冷ましている。
「タコヤキはメントゥム大陸の外から伝わってきたとの説もある食べ物なんですからぁ。食べるのも一筋縄ではいきません」
そんな大陸外クオリティーの食べ物に興味を引かれたのか、ピッピが動きを見せる。
アスリットちゃんの腕から抜け出すと、エリーが冷ましていたタコヤキに齧りついた。
「コラッ! ピッピ。意地汚いよ。お姉ちゃんのものに手を出しちゃダメよ」
アスリットちゃんはエリーにしがみついているピッピを引き剥す。
「ゴメンなさい。お姉ちゃんの服が切れちゃった」
引き剥す際にピッピが爪を立ててしまい、エリーの服が僅かに解れる。持っていた香水の紙袋にも爪の跡がついてしまった。
「構いません。私は猫ちゃんが大好きなのですぅ。許す代わりに頬擦りさせてもらいますぅ。うりうりっ!」
エリーがピッピとじゃれ合っていると、不意に雷鳴が響た。
空を仰ぐも、雨雲らしきものは見当たらない。気のせいだろうか。
「なんか頭の後ろがピリピリするのよね。視線を感じるような?」
そう言ってアイは、辺りをキョロキョロと見渡す。
「そうそう。なんだかイヤな気配が漂っているのよね。空気が変わったっていうのかしら?」
シャロ姉さんもアイと同じく周りに注意を向け始める。いったいどうしたのだ。
「あっ!」
急にアスリットちゃんが声を荒げ、僕はドキッとした。
「レムリンだ!」
近くの露店に走るアスリットちゃん。そこは玩具を扱っており、店の脇に漫画のキャラクターが描かれた看板が置かれている。可愛らしい三角帽子に、露出度の高いフリフリの服。手に持っている羽の生えている杖がレムリンステックだろうか。
「あれって、最近流行ってる漫画よね。なんだっけ。ミラクルエンジェルとかいうやつ」
「魔女っ娘エンジェル ミラクル・レムリンですよ、シャロ姉さま。月刊フレンドに連載されていて、コミックスは現在十巻まで出ています。実は社長も読者なんですよ。本部の休憩室にコミックスが揃っているの気づきませんでしたかぁ?」
セシールさんが漫画を嗜んでいることは知っていたけど、まさかレムリン読者とは……。
アスリットちゃんは露店の前に立ち、物欲しそうな表情をしている。商品棚にあったであろう、レムリンの玩具は売り切れのようだった。
「諦めなさい。お母さんに怒られたでしょ」
「ううーっ。レムリンステックほしいなのー」
アスリットちゃんが歯痒そうに呻いたときだった……。
もう一度雷鳴が轟いた。かなり近く、しかも断続的に鳴り続けている。一向に収まる気配がなく、周りの人たちも異変に気づき、不安な表情で頻りに天を見上げる。
異変が起きたのはそのときだった。
一際激しい雷鳴と共に、僕らが立っているほんの数メートル横に、天から黒い塊が降りてきたのだ。
タールのようにドロドロしているそれは、地面から一メートルほどの高さで制止し、グニャグニャと蠢き始める。
「なんなの、この気持ち悪いもの?」
この場にいる全ての人の気持ちを、アイが代表して口にした。
そしてその答えはすぐに得られた。タール状の物体はうねりながら姿を形成し始める。
一応生物だと思われた。体長は約二メートル。犬や狼のように突き出た口と、尖った犬歯。両手の指には鋭い鉤爪を有し、背中からは飛膜状の翼が生えている。異常なのは皮膚の構造だ。体毛の類はいっさいなく、全身が黒っぽい鎧に包まれている。すぐにそれが鎧ではなく、昆虫などと同じ外骨格であると悟った。
「……嘘ですよねぇ……」
初めて見るエリーの怯えたようすに、只ならぬものを感じた。
「なんで、デーモンがこんなところに出てくるんですかぁ!」
エリーの悲鳴に反応するかのごとく、目の前の異形が吠えた。
集まっていた野次馬たちは蜘蛛の子を散らすがごとく、いっせいに逃げ出す。
デーモン出現の話は瞬く間に伝達され、即公園は大パニックになった。
逃げ惑う人々の中、逸れないよう僕はアスリットちゃんと手を繋いだ。
「トモ君はその子を連れて逃げて! 私たちが時間を稼ぐわ!」
シャロ姉さんからも余裕が感じられない。それだけまずい状況なのだ。
「アイ。同時にしかけるわよ」
「了解です。エリー、援護して」
アイとシャロ姉さんは携帯していたナイフを抜き、デーモンへと向かって行く。
僕はアスリットちゃんを抱え、速やかにこの場から離れた。別に恥ずかしいことじゃない。人にはそれぞれ役割があるのだから。
眩い光と轟音を背中に受けつつ、僕はとにかく走った。




