依頼完了……だが……?
次の捜索範囲は公園の周辺だ。僕らは公園沿いに歩き、ピッピを捜索する。
公園の周辺にはお店が並んでいる。喫茶店、洋服店、ファストフード、玩具屋。公園内の露店も足せば、メインストリートを上回る店舗数だ。
「……いないな」
「……いないわね」
「ピッピどこいったんだろ」
各お店を裏まで確認しながら進むも、一向にピッピらしき猫はいない。猫は何匹か見かけたりしたも、アスリットちゃんは「違うよ」と首を振るうばかりだった。
「ねえ、ピッピについてもっと詳しく教えてくれないかな。普段どんなものを好んで食べているとか、家ではどんな行動をするとか、なにかヒントになるかもしれない」
アスリットちゃんは考え込む。
「うーんとね。ピッピは臆病で、蛾にも驚いて逃げちゃうの。あとは、とっても意地汚いことかな。台所に置いてあったお肉を勝手に食べちゃって、何度もママに怒られてるの」
上出来だ。じゅうぶん手がかりになる。
蛾に驚くくらいなら、森に入る可能性は低いだろう。あとは、家の肉を勝手に食べる癖だ。お腹を空かせ、肉屋の売り物を失敬していることも考えられる。肉屋に訊けば、有益な情報を得られるかもしれない。
頭の中で今後の行動予定を立てていると、
「あらっ、ここにこんな店あったっけ?」
不意にアイが、一軒の店の前で足を止めた。
入口のすぐ上には魔法陣が描かれ、その横に、『トンプスンアロマ』とある。
「ああ、思い出した。ここって新しくできた香水ショップだよ。確か有名な香水ブランドの支店が、今週市内にオープンするって言ってた」
夕食時のラジオニュースでそんなことを言っていた。
「わあー、いい匂いなの」
店舗の入口から漂ってくる香りに、アスリットちゃんはうっとりと目を細めた。
「なんなら見て行くか?」
「なにバカなこと言ってんの。今は仕事中よ」
「さっきはソフトクリーム食べてたくせに」
「あれは休憩中だからいいのよ」
「……色気より食い気なんだな」
間髪入れずに、アイの肘が僕の胸を捉えた。
「次は手加減しないからね。まだなにか言うつもりなら、よく考慮しなさいね」
「いえ……、滅相もございません……」
僕は胸を押さえながら、くぐもった声で返事をする。
「痴話喧嘩っていうんだよね。こういうの?」
「ぜんぜん言わないから! いい。トモルはただのお供よ。私がボスで、こいつが部下。私が長で、こいつが手下。私が主で、こいつが召使い」
アイはアスリットちゃんの発言を念入りに訂正した。そんなに僕との関係を疑われるのが不満なのか。
「痴話喧嘩も大概にねぇ」
「だから違うって言ってんでしょうが! しばくわよ……てっ、あれっ?」
アイはすぐに今のがアスリットちゃんでないことに気づく。
声の主は僕らの横に立っていた。
「妙なところで会いますねぇ」
「二人もトンプスンアロマを見にきたのかしら?」
トンプスンアロマの入口には、エリーとシャロ姉さんが立っていた。二人共、手には装丁のよい紙袋を提げている。
「ううん、私たちは仕事の最中。なんか新しいお店ができてたから、なにかなって立ち止まっただけ。二人の買いものってここだったの?」
「そうですぅ。噂どおりオシャレな店舗でしたよぅ。念願のアルマニーが手に入って、ウキウキしてますぅ」
エリーはその場で軽く飛び跳ねて見せた。彼女流にウキウキを表現しているらしい。
「私はロセリーニを買ったわ。前から楽しみにしてたのよね。トンプスンストアがオープンするのを」
シャロ姉さんは提げていた紙袋を、愛おしそうに胸に抱いた。
「変わった香水屋ね。壁に魔法陣が書いてあるから、てっきり魔導協会の施設かと思ったわ。なんか魔法陣の形も似てるし……」
「正式名はトンプスン・アロマコーポレーション。創立者のヨーゼフ・トンプスンは元々、魔導師ギルドのメンバーだったのよ。ギルドが解散したあと、会得していた薬草の知識を生かして香水作りを始めたところ、これが爆発的にヒットしたのが始まり。トンプスンアロマの名で各国の王族たちからも好まれ、いつしか一流ブランドとして確立されたのよ。会社のロゴが魔法陣なのは、ヨーゼフが魔導師ギルドに所属していた名残ね」
さすがは物知りシャロ姉さん。
「ちなみに蛇足ですけどぉ。魔導師ギルドが解散したあと、有志によって設立されたのが今の魔導協会なんですぅ。魔法陣が似ているのはそのためですよ、多分」
つまり協会とこの店は大本が同じというわけか。納得した。
「魔導協会はわたしのパパがお仕事してたところだよ。パパは魔法のぷろふぇっしょなるな人だったの」
アスリットちゃんが僕の前に立つ。過去形になっているところが悲しい。
「その子は誰かしら? 二人の知り合い?」
僕は依頼内容をエリーとシャロ姉さんに伝えた。
「シャロ姉たちは黒猫をどこかで見かけたりしなかった?」
「ゴメンなさいね。力にはなれそうもないわ」
シャロ姉さんは首を振るった。
「あのー、その探している猫、ピッピちゃんでしたっけ。その子の特徴をもう一度教えてもらえますかぁ」
そう言ってエリーは視線を微妙に上げる。
「えーとね。全身が真っ黒で、お目目が真っ赤で、あとモジャモジャしてて可愛いの」
ふんふんと、エリーは斜め上を見たまま頷く。
「首輪とかはつけてますかぁ」
「つけてるよ。青くてキラキラしたお宝石みたいな石がブラブラしてるやつ」
エリーは、「おおーっ」と感心を示した。
「ひょっとして、あの子がピッピちゃんだったりしますかぁ」
エリーは先程から見上げていた先を指差した。
いつの間にそこにいたのか、トンプスンアロマのオーニングの上には、一匹の黒猫が蹲っていた。赤い両目に、首には青い石が垂れ下がった首輪をしている。
「ピッピ!」
アスリットちゃんが歓声を上げた。どうやら「ひょっとして」しまったようだ。
僕はアスリットちゃんを肩車し、オーニングの上にいるピッピに手を伸ばさせる。
「ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん。ピッピが見つかったよ!」
なんという偶然。厄介な依頼が思わぬ解決を見せてくれたことに、アイもホッとしたようだ。
「ふう。イソベメグミに感謝しないとね」
アイは柄にもなく、大陸で崇拝されている女神に祈りを捧げた。
「早いとこ本部に戻ろうぜ。今日は倉庫の整理をする予定なんだ」
「ここで会ったのもなにかの縁よ。みんなで帰りましょう」
シャロ姉さんの言葉に従い、僕らは帰路についた。




