猫探し
僕らは市の中央に位置するヴィクトモンス公園を訪れた。
「うわあ、今日はお店がいっぱいだ」
広場に立ち並ぶ露店を前に、アスリットちゃんは大はしゃぎだった。
猫探しには彼女も同伴することになった。飼い主がいた方が猫探しの効率も上がるだろうという理由なのだけれど、本音は、自分もピッピを探したいというアスリットちゃんのわがままに僕らが根負けしたのが正解だ。
問題はどこから手をつけるかだ。ファキオワード市は広い。この中から猫一匹を探し出すのは至難の技だ。闇雲に動いたところで成果は上がらないだろう。
一応、作戦のようなものは立てた。猫というものは自分の縄張りを持ち、行動はその範囲内に収まることがほとんどだ。ピッピもその例外ではないだろう。
そんなわけで僕らは手始めに、アスリットちゃんがピッピとよく遊んだ場所である、ヴィクトモス公園から探すことにした。ピッピは頻繁に訪れていたここを縄張りとしている可能性が高い。
「いつもママはあのベンチに座ってて、わたしとピッピは公園の中で遊ぶの」
アスリットちゃんは公園全体を仰ぐように手を広げて見せた。
「範囲は公園の敷地全てね。市内全域よりはマシだわ」
公園はけして狭くはない。広場はよいとして、その向こうにある散歩コースが曲者だ。森林浴を目的としており、ちょっとした森になっているのだ。猫探しにとってこれほど不都合な場所はない。
「じゃあ、私とアスリットちゃんは広場付近を探すから、トモルは森をお願い」
そう言うとアイはアスリットちゃんと手を繋ぎ、露店の方に歩いて行ってしまった。
残された僕は無言で森の方を見やる。……難儀な仕事になりそうだ。
※ ※ ※ ※ ※
藪蚊やアブ、その他無数の羽虫にたかられながら、僕は森の中を歩いた。
言うまでもなく、森は死角の山だ。木々の割れ目、草花の陰、倒木の隙間。それらを全て確認するのは不可能に近い。最初のうちは目を凝らして歩いていたものの、人の集中力はいつか途切れるものだ。途中で疲れはてた僕は、漠然と周囲を見ながら散歩コースを歩き、いつしか森を抜けていた。
こんなの一人で手に負えるわけがない。僕は服に付着した葉を払いながら広場へと戻った。
アイたちの方はどうだっただろう。もしかするとピッピを発見しているかもしれない。
微かな期待を胸にアイとアスリットちゃんを探すと、露店の店先でソフトクリームを舐めている二人を発見した。
「あっ、お姉ちゃん。お兄ちゃんが帰ってきたよ」
アスリットちゃんの声に、隣のアイが僕に気づく。
「どう、猫は見つかった?」
語り口からするに、アイたちの方も成果なしだったようだ。
「ダメだった。影も形もない」
「……役立たずね」
暴言ここに極まれりだ。僕の眉間に皺が寄った。
「実際問題、ピッピが森に潜んでいるとして、探し出すのは非常に難しいよ。それこそ百人くらい人を集めて捜索しなくちゃならない。一人で探すなんて元々無茶なんだよ」
そもそも、確実にこの公園内にいる保証はないのだ。条件が悪すぎる。
「ピッピは怖がりで暗いところがキライなの。だから絶対に森にはいかないよ」
「ありがとう。おかげで捜索範囲がしぼれたよ……」
できればもっと早く言ってほしかったと思いつつ、僕は心の中で溜息を吐く。
「じゃあ、休憩がすんだら公園の周辺を捜索するわよ。――おじさん、バニラシェイクもお願い」
「わたしはイチゴシェイクがいい!」
ソフトクリームを食べ終えたのち、シェイクを口にする二人。結構呑気だ。
不意にアイが隣の露店へと視線を移したのがわかった。
シェイクのストローを口から離し、そちらに歩いて行く。
「いらっしゃいお嬢さん。どれも最高のナイフだよ」
店主が言うとおり、露店には大量のナイフが並べられている。刃物専門の露店のようだ。
アイは真剣な目でケース内に並んだナイフを確認している。さすがは騎士だ。武器には興味があるらしい。
「……ねえおじさん。黒晶石のナイフって扱ってる?」
なにか普段と違うアイの雰囲気に、違和感を覚える。
「黒晶石のナイフねえ……。扱ってないどころか、聞いたこともない」
「どんな小さなことでもいいの、小耳に挟んだことない! 刀身が黒晶石で作られていて、柄が金色になってるやつ!」
「黒晶石で刃物なんか作れっこない。デレック&イーノス社の刀剣技師たちが束になっても無理だ。黒晶石は脆いからね、加工の段階で砕けちまう。仮に形にできたとしてもだ、リンゴに刃を入れただけでポッキリいっちまうだろうなあ」
そこまで聞き、アイはようやく引き下がった。
「ただ、黒晶石の刃はわからないが、金色になら思い当たるぞ。恐らくクレメンダインだろう。テロール帝国で採掘される金に似た金属だ」
おじさんは自分の記憶を探るように腕を組む。
「クレメンダインか……ありがとね、おじさん。覚えておく」
「おじさんとしては感謝の言葉より、なにか買ってくれた方が嬉しいね」
商売人はみんな似たような性格だ。オーブリーの父さんもこんな感じの人だ。
今度は逆にアイが困った顔をして見せた。口元に苦笑いを浮かべ、並んでいるナイフをザッと見渡す。
「あんた、護身用にどれか買ったらどう」
自分には目ぼしい商品がなかったようで、購入役を僕に押しつけてきた。
「少年が護身用に持つなら、マルアー社のラクークシリーズなんてどうだ。軽くて使い易いぞ。刃の長さも控え目だから、普段持ち歩いていても市の刀剣条例にも引っかからん」
正直なところ、僕は刃物が余り好きではない。唯一許せるものは料理包丁くらいなものだ。
どう断ろうか悩んでいると、変わったナイフがあることに気がついた。
一見ただの折り畳みナイフと思いきや、そうではない。ドライバー、ヤスリ、缶切り、ハサミ、ノコギリ。色々な用途のガジェットが、刃と並んで柄に収納されているのだ。
「ノックス社のアミイナイフか。それは武器じゃない。キャンプとかに持っていく多機能ツールだ」
面白い商品だ。値段は五千メント。じゅうぶん手が届く価格だ。
「おじさん、オレこれにする。これがほしい」
「おう、まいどあり」
店主のおじさんに料金を払い、僕はアミイナイフを手にする。
「どうせならもっと強そうなの選べばいいのに。そんなんじゃ敵とは戦えないじゃない」
「オレの敵は部屋の埃や黒ずみ、シンク回りのカビだぜ。それにはどんな名剣でも太刀打ちできないだろ」
「口ばかり達者なやつって嫌われるわよ」
そんなやりとりをしつつ、アイスクリーム屋に戻る。
「お帰り。お姉ちゃんとお兄ちゃん。デートはどうだった」
アスリットちゃんはからかうような口調だった。
「違うわよ! 誰がこんなやつとデートなんかするのよ。不名誉極まりないわ」
アイに強く否定され、僕はほんの少し頬を膨らませる。
「さあ休憩は終わり。ピッピの捜索を開始するわよ。遅れんじゃないわよ、トモル」
「わあ、お姉ちゃん照れてる。かわいいんだ」
「うるさいわね。大人をからかうんじゃないわ」
「大人は素直にならなきゃダメだって、ママはいつも言ってるよ」
「あーもう。子供なんてキライだ――!」
アイはアスリットちゃんから逃げるように公園の出口へ歩いた。




