【第八章】 聞き覚えのある声
チェシャの死から、およそ一ヶ月が経った。
チェシャというリーダーを失った《ホーリーノエル》は、解散こそしてはいないものの、以前のように、メンバー同士で《エアフリ》を通じて集まり、《リゼルヴィア》をお喋りしながらプレイすることを、頻繁にはしなくなった。
ミカに至っては、よほどショックだったのか、あれから一度も顔を見せていない。
週末にだけは、ウルフやマシューと三人でそうすることもあるけれど、以前のような賑やかさがない。
皆、楽しそうに振る舞って、マシューが軽口を叩いたりしてみせるんだけれど、どこか上辺だけで、偽りの明るさが漂っているような気がする。
《エアフリ》を通じての《ホーリーノエル》の集いには、あの澄んでいてよく通る声で、時に少しお高くとまっているような発言をしていた、リーダーであるチェシャの存在が欠かせなかったというのを、彼女がいなくなってみて、初めて思い知らされた。
彼女の死の悲しみは、時間が経つにつれて薄れていくかもしれないけれど、《ホーリーノエル》に、以前のような賑やかさが戻ってくることは、もう二度とないのかもしれない。
私は、月曜の朝方、そのいなくなったチェシャとの思い出を振り返り、切ない気持ちになりながら、人いきれに満ちた電車に揺られ、新宿区にある出版社へと出向いた。
今日はそこで、今度、とあるミステリィ誌で連載することになる短編小説の打ち合わせのために、担当編集者と会うことになっている。
正午前になって、出版社内にある喫茶店での打ち合わせを終えた私が、エントランスから外へ出ると、通りの向かいにある書店の中から、よく知る女性が出てくるのを見かけた。
思わず、驚きに胸が一つ高鳴った。
よく知っている女性・・・・・・、だけど、その女性なはずがない。
矛盾を抱えながらも、とにかく気がかりで、被っていたキャスケットの唾を目深に下ろし、その後をこっそりと追うと、その彼女は、近くにあったコンビニに入った。
しばらく間を置いてから入店して、レジ近くの棚に載せられているサンドイッチなどを物色している振りをしていると、その女性が、選んだ商品を籠に入れて、レジに精算にきた。
店員さんに、パスタを温めるかどうかを尋ねられて、
「はい、お願いします」
短く答えただけだったけれど、その声にも、よく聞き覚えがあった。