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セルフィリア王国最高の宿屋、旅館「森さと」   作者: 森田季節
二人の旅商人、旅館に泊まる編
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5話 二人の商人、旅館に泊まる(5)

 食事を終えた二人はせっかくだからともう一度温泉に入りに行った。


 当然、外の景色はもう真っ暗だが、闇夜を見ながらの風呂もそれはそれでオツなものだった。


「バルスさん、僕、いまだに信じられないぐらいですよ」


 露天風呂から月を眺めながらケイリーが言う。


「じゃあ、魔法使いに幻覚でも見せさせられてるとでも言うのか?」


「そのほうがまだありうるんじゃないかなと思うほどです」


「たしかにな。こんな立派な造作の建物を作って、資金が回収できると思えん。しかし、建っているのは事実だ」


「もしかしてセルフィリア王国の国策なんでしょうか? こんな宿があれば街道の利用者も増えるでしょうし、女性の旅もしやすくなります」


「国の金か。まあ、なんらかの秘密があるんだろうな」


 いつものバルスならとことん調べようとするところなのだが――


「でも、まあ、俺はこれだけ素晴らしい宿があってくれるだけで満足だ」


「ですね」


「むしろ、この宿がなくなってはいろいろと困る。次は息子と一緒に来るかな」


 風呂から戻ると、布団が敷いてあった。


「また、葵さんか。彼女も実によく働くな」


「本当にそうですね」


「そういえば、ベッドがこの部屋にはなかったからな。なるほど、布団だけを床に敷くのか。靴で入るわけではないから汚くはないな」


「変わった様式だと思いましたが、なかなか合理的なんですね」


「ケイリー、ところで話は変わるのが、お前、結婚はまだだな」


「はい、そうですが」


「葵さんのような働き者の妻をもらわんといかんぞ」


「いきなり、何を言うんですか!」


 こういう話をするとベイリーはだいたい嫌がる。


「真面目な話だ。商人の妻はよく働いてくれんと困る。自分が店を開けている間、きりもりしてもらわんとダメだからな」


「まあ、その意味はわかりますが」


「それにしてもよい宿だ。いっそ、もう一泊泊まりたいぐらいだ」


 にやっとバルスは笑った。


 二人はぐっすりと快眠した。




 翌朝、またひとっ風呂浴びた。

「朝風呂というのもいいもんだな、ケイリー!」

「ですね! 今日という一日がとてもよく運びそうです!」


 二人は二階にある食堂に行った。


 朝はここで食べるということを言われていたのだ。


 夕飯と比べると朝はシンプルにパン食だ。

 食パンは何枚でも食べていいし、ほかにも変わったパンがある。


「あの、葵さん、このパンには何が入ってるんですか?」


「それはあんパンですね」


 食べてみると、甘い。


 パンを食べながら、オレンジジュースをぐいっと流しこむと峠をのぼる気力も出てきた気がした。


「さて、部屋に戻って、出発の準備をするか」


 バルスが口を紙でぬぐいながら席を立つ。


 まだ自分たちは山を越えないといけない。

 あまりゆっくりしていては日が暮れてしまう。


 名残惜しさを感じつつ、二人がフロントに鍵を戻しに来た時――


「あっ、まだ間に合いましたね!」


 葵が声をかけてきた。

 手にはバスケットのようなものを持っている。


「ん? 僕たち、何か忘れ物でもしてたかな?」

 ケイリーは手持ちの荷物を確認するがとくに忘れているものはない。


「いえ、これからお二人は山越えをされるんですよね」

「うん、そうですけど」

「もし、お邪魔にならなければ、お昼ごはん用におにぎりを作ったので持っていってください」


 それは笹の葉らしきものにくるんだ俵型の握り飯だった。


 米、たしかリゾットにする時に使う穀物のはずだとケイリーは思った。


「本来だと梅とかおかかとかたらこを入れるんですが、お口に合わないかもしれないので甘辛くした牛肉の佃煮を入れています」


「えっ、そんなのわざわざ悪いですよ」


「この山の上にほとんどお店がないことは私も知ってますから。せめて、ちょっとでも役に立てばと思って作りました」


 また、にこりと笑う葵。


 その顔にケイリーは顔を赤くし――

 バルスの目は笑っていなかった。


 それは厳とした商売人の時の表情だった。


「葵さん、この昼食代はいくらかな」

 そうバルスは尋ねる。


「いえ、これはお客様へのおもてなしです。つまり、タダです!」


「そうか。さてと、二人分の宿代を払わんとな」


 布袋からバルスは金貨10枚を出すとフロントの男の前に置いた。


「お客様、多すぎますよ。お酒代を別にしても金貨7枚でお釣りの銀貨が出ます」


「いや、お釣りはいりませんよ、支配人」


 手を軽く横に振って、バルスは不要の合図をする。


「いえ、それでは取りすぎです!」


 フロントの男が慌てた。

 その態度からしても、やはり誠実な宿なのだとわかった。


「その葵さんという方に昼食と、そのほかたくさんの『オモテナシ』をいただきましたからな」


 バルスは鷹揚に理由を述べる。


「我々商人は無償の接待を好みません。どんなことでもお金で換算してしまう生き物でしてね」


 ちらとバルスはケイリーを見る。

 同意を求めるような目だ。


「それで、葵さんやその他、この宿の方々の誠意ある接客には金貨10枚分の価値があると判断しました。これを受け取っていただけませんと、こちらも落ち着きません。どうか取っておいてください」


 ケイリーも無意識のうちにうなずいていた。

「そうです。僕たちはそれだけの歓待をしてもらいました! これは正当な対価ですから!」


 仕方ないとフロントの男もうなずいた。


「どうやら、お釣りは受け取っていただけないようですので、預からせていただきます。ですが、もし次に来られた時にお釣りの受け取りを忘れたことをおっしゃっていただきましたら、すぐにお支払いいたしますので」


「そうですな。まあ俺は忘れっぽいから思い出さんでしょうがな」


 そして、バルスとケイリーは宿を出た。


「ありがとうございました!」

 葵が宿の前まで出て頭を下げていた。


「こちらこそありがとう!」

 ケイリーも大きな声で返す。


 馬はきれいに毛並みを整えられていて、気持ちよさそうだった。


 無事に王都アレンシアに帰りついた二人は行く先々でアリマー山脈に最高の宿「森さと」ができていることを伝えてまわったという。


 商人はタダ働きはしないし、対価を支払わないこともないのだ。


 旅の目的自体をアリマー山脈にある宿「森さと」に設定する旅人が現れるのにも時間はかからなかった。

次回は夜の更新予定です。「森さと」が異世界に来た時の話です。そこから、今度は貴族のお嬢様が泊まる話を明日あたりからできればと思います。

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