4話 二人の商人、旅館に泊まる(4)
二人が自室に戻ると、葵が座って待っていた。
「そろそろ、お食事ですので、お待ちしておりました」
たしかに足の低いテーブルが横にどかされていて、そこに別の台が置かれている。
ここに食事を運んでくるのだろう。
「あっ、これは申し訳ない。お待たせしてしまったかな」
「いえいえ、お客様におくつろぎいただくのが一番大事なことですから」
にこっ。
また、満面の笑みを葵は浮かべる。
「それでは用意をいたしますね」
葵が部屋を出ていくと、またすぐにトレーを持って戻ってきた。
いくつか皿が載っている。
「まずは食前酒です。どうぞ」
小さなグラスを、それぞれの台に置く。
酒好きのバルスはすぐに口に入れた。
「ほう、果実酒か」
「甘いけれど、嫌な甘さではないですね!」
「これは梅という植物を漬けたお酒ですね」
葵が説明を加える。
「梅か、このアリマー山脈のあたりではとれるのかな」
「そ、それは……企業秘密ということで……」
ちょっと葵が慌てたので、二人も聞かないことにした。
そんなところで困らせても何の意味もないからだ。
「そうだ、お酒はあるかね?」
酒好きのバルスはすかさず聞く。
「別料金にはなってしまいますが、それでよければ何種類か取り揃えております」
「なるほど。そうだな、いくつか料理を食べてから何を頼むか決めさせてもらおうか」
実際、この宿でどんな料理が出てくるか見当がつかない。
続いて出されたのはゼリー状の何かだ。
「これは煮凝りと申します」
口に入れてみると、思った以上に味が濃くて面白い。
ただ、それよりケイリーはその料理の細工の細かさに意識がいっていた。
「これ、わざわざ緑色の葉で包むようにゼリーを載せているし、まるで宮廷料理みたいな手の込みようですね……」
「料理長の広兼さんは、本当にアイディアマンなんですよ。あと、お客さんの嗜好にもできるだけ合う料理を考えてるんです。たとえば、刺身は止めておいて焼き魚にするとか、梅干しや茗荷は使わないとか」
少し葵が得意そうに言った。
自慢と言えば自慢だけれど、その様子も邪気がないから、ケイリーは聞いていて気持ちがよかった。
恋とまでは言えないだろうが、この「若女将」が気になっているのは事実だ。
そういえば、宿の人間とこんなに長く話をする機会など普通はなかった。
「サシミというのはどういう料理ですか?」
「生の魚にソースをかけて食べる料理です」
「生の魚!? それは当たるんじゃないですか!」
「あ~、それは川の魚ですね。海の魚だと大丈夫なんですよ。とはいえ、どうやって新鮮なままここまで魚を運んできたか不思議に思われますし、希望者の方以外には出さないことにしてます」
「やはり貴族の宿なのか。貴族は変わった料理を試すからな。生の魚というのもありうる話だ」
バルスは一人で納得していた。
次に出されたのはウナギという魚を焼いて甘辛いタレをつけたものらしかった。
「ウナギか。どこかの町で食べたことがあるが、精力剤ではあるが、あまり美味いものでもなかった気がするな」
あまりいい記憶がなかったので、バルスはおっかなびっくりだったが、口に入れてみると、すぐに旨味が広がった。
「これはいい! 生臭さもまったくないし、こんなふうに食べられるんだな! こうばしさとうまさと甘さと、いろんな味が口の中にふくらんでくる!」
そろそろバルスは酒がほしくなってきた。
お酒のメニュー表を葵からもらう。ケイリーものぞきこむ。
「麦酒も葡萄酒もあるが、このニホン酒というのが気になるな」
「銘柄みたいな名前が並んでますね」
クロノリュウ、ジュウサンダイショウグン、フジノミネ、その他無数にさまざまな名前が書いてある。
値段はさすがに安酒場と比べると高いが、商人なら問題なく払える額だ。
そもそも、山中で立派な宿に泊まれる時点で、少し値が張ることぐらい我慢できる。
「まずは安いやつを注文して、お手並み拝見といこう」
出てきたのはまったく透明なものだった。
「こんな酒類は初めてです」
「どれ、どんな味なんだろう」
一口飲むと甘さと辛さが同時にやってきた。
そして腹があったかくなってくる。
「はぁ、こういう味か。なるほど……」
「これ、ここの料理によく合いますね! 癖になりそうだ!」
「そうですよね! 日本酒は和食によく合うんです!」
葵も二人の反応が上々なのでうれしそうだ。
そのあともいろんな料理が出てきた。
天ぷらという料理はサクサクとしていて、魚も野菜もおいしく食べられた。
鶏肉と野菜を混ぜてボール状にしたものも地味豊かだ。
これは、ツクネと言うらしい。おそらくどこかの民族料理なのだろう。
それから、葵がなにやら重そうなプレートを持ってきた。
「すいません、お熱いのでご注意ください」
出されたのはまだジュウジュウと音を出しているステーキだ。
「ブランド和牛――あっ、牛のステーキです」
二人はごくりとつばを飲む。
「ケイリー……これは食べる前から美味いとわかるな」
「間違いないですよ、バルスさん」
フォークを突き刺すと、少しふうふうと吹いてから、ケイリーは口に入れた。
「うまいっ! この牛肉は最高にうまいですよっ!」
ケイリーが大きな声を出す。
「たしかに! これはいい! やはり男は肉を喰らわんとな!」
けっこう腹がふくれていたのだが、肉は問題なく入った。
しかし、美味いからこそケイリーは気にかかることがあった。
根っからの小心者なのだ。
「あの、バルスさん、いくらなんでも品数が多すぎるんじゃないですか?」
葵が次の料理を取りにいった間に尋ねた。
「品数が多くて困ることはないだろう」
「食堂つきの宿はありますけど、その比ではありません。これ、間違ってとても高いプランにしてしまっているんじゃないですか?」
たしかに貴族をもてなす時のような食事が出てくる。
「そうかもな……。これは食事だけで金貨5枚は必要かもしれん……」
金貨数枚……。商人とはいえ、まだ若いケイリーにはこたえる額だった。
この世界では銀貨5枚で金貨1枚のレートだ。
不安になってきたので、バルスも確認することにした。
「なあ、葵さん、我々はごく普通の食事付きの二人部屋を頼んだつもりなんだが、この料理の数は何か間違ってはいないかね……?」
たしか、一泊二日食事つきで一人頭金貨三枚だった。
金貨三枚でも一般の宿と比べれば高い。ありふれた宿なら五泊はできる値段だ。
それでも山中の貴重な宿ということと、申し分ない待遇を考えれば安い。ただし、逆に安すぎる気がしてきた。
「これで合っていますよ。お部屋とお料理で金貨三枚のコースです。日本酒は別料金ですけれど」
にこっ。
また葵は元気に笑う。
「そういうことだ。ケイリー、問題ないぞ」
そう言うバルスもほっとしたようだった。
その料理の最後は、わらび餅というぷよぷよした変わったお菓子だった。
「まるでクラゲを食べているようだな」
「こんなの、どこから仕入れてくるんでしょうね」
「まさか、ほかの世界と時空でもつながってるんじゃないのか?」
まさかな。二人は冗談を言って笑った。
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