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セルフィリア王国最高の宿屋、旅館「森さと」   作者: 森田季節
二人の旅商人、旅館に泊まる編
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2話 二人の商人、旅館に泊まる(2)

思ったより早く書けたので少し早く更新します!

「いや~、部屋に案内されたばかりなのに、もう天国に来たみたいな気分だ!」


 心から、バルスはそう言った。


 商人という職業柄、海千山千の世界で生きてきた。

 宿だって、なかにはこちらの商品を盗もうとするような所もあったし、廊下に娼婦を歩かせているような所もあった。

 まともな娼婦ならまだマシなほうで美人局つつもたせで、男が乗り込んできて一気に金を巻き上げてくる恐れもある。


 一言で言えば、宿というのは必ずしも落ち着く場ではなかったのだ。


 しかし、このリョカンは違う。

 人間に安らぎを与えることに特化している。


 タタミという床の上で、足を伸ばしていると、じわじわと疲れが逃げていくような気もする。


「まるで回復魔法がかかっているみたいに体力が戻ってくるよ」


「そう言っていただけると、うれしいです。こちらもやる気が出ますから」


 従業員の若い女はにっこりと笑みを見せた。


 まるで童女みたいな天真爛漫な笑顔だ。


「あの、お嬢さん、もしよかったらお名前教えてもらえませんか……?」


 まだ結婚をしていない若いケイリーが顔を赤くして尋ねた。


「名前ですか。若女将のあおいと申します」


「アオイさんか、珍しい響きですね」


 やはり、どこかの異民族が経営している宿なのだろうか。

 まあ、こんな立派な宿を峠の途中に作るのだから、国とも何かのつながりがあるんだろう。


 あらためて、バルスは部屋を見まわした。


 少しくぼんだようになっているところには、縦に長い絵がかかってある。

 その下には壺。


 絵はわからなかったが、壺のほうにはすぐ目がいった。

 バルスは駆け寄る。


「この壺、王に献上してもいいぐらいのものだ! 文様も異国を思わせる! なんて貴重な!」


「ああ、その空間は床の間です」


「トコノマ?」


「はい。その壺は古伊万里こいまりですね。といっても私も陶磁器は詳しくないので、聞いたまま覚えているだけですけど」


「驚いた。まったく、貴族になったみたいだ」


 王侯貴族がきれいな調度品を並べた部屋に客を招待することは知っていた。

 ここはそれに近い。

 物の数は多くはないが、その分、手入れが行き届いている。むしろ、いくつも見せびらかすように置いてないだけ、趣味がいいかもしれない。


「おもてなしができているなら幸いです! お食事にはまだ時間がありますので、よろしければお茶菓子もどうぞ」


 今度は葵は薄い紙に包まれたものを差し出してきた。


 それから、減っているハーブティーをまた注ぐ。


 ケイリーが一つを開くと、どうやら菓子のようである。


「これは何ですか? わからないことだらけだ」


淡雪あわゆきという、餡を薄いもなか生地ではさんだお菓子です。口の中で溶けるように感じるからそんな名前になったそうですよ」


 口に入れてみると、なるほど、やさしい味だ。


 そして、ハーブティーともよく合う。


「まずハーブティーだけのお味を、そのあとにお菓子との組み合わせを楽しんでいただければ幸いです」


 はんなりと葵は微笑んだ。


「バルスさん、ここは冗談抜きで天国のようなところですね」

「いや、まったく。ケイリーの言うとおりだ」


 バルスも壺から戻ってきて、お菓子を食べていた。


 別に奇跡のように特別なことをしているわけではない。

 気の利く人間なら十分に思いつくことといった程度のことのはずだ。


 なのに、自分の家などよりよほど気持ちが落ち着く。

 違うな。それとはまた別種の落ち着きだ。


 バルスもケイリーも足をテーブルの下に伸ばして、旅の疲れをとる。


「まだお夕食まではお時間もありますし、よろしければお風呂にお入りになるか、お庭をご散策ください」


「庭か。こんな立派な宿の庭となると、そそられるな」


 バルスの言葉にふと、ケイリーはもっとわがままが通らないかなと思った。


「あの、葵さん……もしお時間があれば庭を案内していただけないですか?」


「ええ、喜んで」


 葵は時間の確認などもせずに、快諾してくれた。


 二人はエレベーターで一階に降りると、そこから庭に通じる扉を開けた。


 といっても、内側から外も見えるのだが。

 大きな透明なガラスが庭のほうに広がっている。


「バルスさん、これ、作るのにどれだけの金がかかったんですかね?」


「途方もないな……しかも、外側の景色がぼやけることなく、くっきりと見えている……」


 透明な扉を開けたところには、また違う木製の履物が並んでいる。


「この下駄というものにお履き替えください。下駄で歩くのが難しい場合は、外用のスリッパもございます」


「異民族の履物だろうか?」

「走るのには不便そうですが」


 どうせなら、ここのマナーに従おうと二人とも下駄を試した。


 最初はバランスを崩しそうになるが、すぐに慣れてきた。ようは重心移動の問題だけだ。


 その庭園は二人の知っているものとはかなり違っていた。


 花が咲き乱れているわけでもない。

 プロムナードの両側に線対称に景観が広がっているのでもない。


 背の低い植栽が並んでいて、奥には竹の林が広がっている。


「さすがに庭まではたいしたことはないな」


「バルスさん、聞こえますよ」


 二人は葵の後ろをまだ履いたばかりの下駄でゆっくりとついていく。


 しばらく行ったところで、葵が立ち止まった。


「ここからだと一番、お庭がよく見えますよ」


 そこまで来て、バルスも目を見張った。


「あぁ……こうやって、楽しむのか!」


「バルスさん、何があったんですか? ――――あっ!」


 ケイリーも息をのんだ。


 目の前には池が広がっている。

 その池に庭の緑がきれいに映っているのだ。


 これも線対称の光景と言えるのだろうか。


 しかも、竹の林も、その奥にそびえる山なみも庭の一部であるように上手に映り込んでいる。


「借景と言いまして、自然の風景をそのまま庭に取り入れる手法です。ちょうどよい山があって良かったです」


 池には水鳥が遊んでいる姿もある。

 庭の奥では白や青の花もかすかに見える。


 派手さはないが、自然と調和した、やさしい庭園だ。


 ケイリーはバルスがほうけたようになっていることなど珍しいなと思いながら、その様子と庭を見ていた。

次回も深夜あたりに更新できればと思います!

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