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セルフィリア王国最高の宿屋、旅館「森さと」   作者: 森田季節
森のヌシと旅館編

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26話 異世界従業員(2)

「では、説明いたしましょう!」


 先輩らしく、少し胸を張る葵。


「料理の説明ができなかった時、フレイアさんはどうしました? 少し具体的に聞かせてください」


「えっ? それはすぐに広兼さんのところに行ったですニャ」


「今、『すぐ』と言いましたよね?」


「そりゃ、そうですニャ。お客様は住んでるわけじゃないんだからすぐに聞かないと間に合わないですニャ」


「だから、大丈夫なんですよ。ちゃんとやれてます!」


 まだよくわかってないフレイアはきょとんとしている。


「すぐに聞きに行ったのは誰のためですか?」


「それはお客様のためですニャ」


「ほら、お客様のためにフレイアさんは行動できてるんですよ。それこそ、おもてなしの基本なんです!」


「あっ……」


 ちょっと、フレイアも飲み込めてきた。


「私達も人間です。すべてを完璧にこなすことなんてできません。失敗することだって、わからないことだってあります。でも、その時こそ、おもてなしができるかどうかの分かれ目なんです!」


 葵は力説する。


「お客様の質問にすぐ答えようとしたそのフレイアさんの姿勢、きっと、お客様も好感を持って受け止めてくれたはずですよ」


「じゃ、じゃあ、失敗じゃなかったことですニャ?」


「そういうことです!」


 グッジョブのポーズをとる葵。


 多分、異世界ではグッジョブの意味にならないので、フレイアは何かよくわかってないようだったが。


「もちろん、わからないことは少ないほうがいいですけどね」


「はい……そこは頑張りますニャ……」


 フレイアは鼻のあたりまで顔を沈めて、ぶくぶく泡を出した。


「あ~、肩より下までつかっちゃうと、のぼせやすくなりますよ~?」



 フレイアはまだまだミスも多かったが、徐々に成長してきた。


 徐々にではあるが、確実に成長してきているのも事実だ。


 以前は廊下を走るのもばたばたあわただしかったのが、ほとんど足音を立てずに、しかも姿勢もかなりいい。


 それは優秀なメイドと同じような挙措だった。


「なかなか、ものになってきたわね」


 廊下ですれ違ったフレイアを見て、女将の息吹が小さな声で言った。


 女将は従業員の姿もよく見ているのだ。


「学ぼうって意識があれば、誰だって人は成長できる。そこにどこの出身かなんてことは関係ないわ」


 満足そうにうなずくと、息吹はまた仕事に戻っていった。


 ――と、そこに少々特殊な客がやってきた。


 それは一人の冒険者なのだが、明らかに体にケガを負っていた。とくに腕からは血が流れた痕がある。


「申し訳ない……山脈の崖で誤って落ちてしまった……。回復魔法を使える方はいないだろうか……?」


 そう、冒険者は危険な職業だ。ケガをしてしまうことだって、当然にあるのだ。


 息吹もこれには驚いた。少なくとも、日本ではケガ人は宿ではなく病院に搬送されるから、こういう客を見たことはない。


「回復魔法ですか……。従業員にあたってみますね」


 ただ、あまり息吹はそれには期待していなかった。おそらく集落あたりまで降りて魔法の使える人間を探さないといけないだろう。


 しかし、そこにいい人材がいた。


「回復魔法なら簡単なものなら昔、使ってましたニャ!」


 フレイアがすぐに冒険者のほうに行く。


「ああ、これはかなり腕をやられてますニャ。自分の回復魔法で足りるかわからないけど、とにかくやってみますニャ……」


 フレイアの顔は真剣そのものだ。

 これまでの仕事の中で一番真剣かもしれない。


 傷口に手を当てると、そこに淡い光が現れる。


 開いていた傷口が少しずつ閉じていった。


「ふぅ……これで応急処置としてはどうにかなったかなと思いますニャ……」


「ありがたい……痛みもかなりおさまった……」


 冒険者も礼を言った。


「フレイアさん、こんな力があったんですね!」


 様子を後ろで見ていた葵が目を輝かせた。

 魔法を見ると、テンションが上がるのだ。


「これでも冒険者ではありましたからニャ……」


 照れくさそうにフレイアは頭をかく。


 新しい人材は本格的に「森さと」になじんできたようだ。

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